第23話 麻薬
「まさか逃げるとは思わなかったな」
竹林は僕を廊下の踊り場、その壁に打ち付ける。
痛い。だが、それ以上に痛いのが胸だ。
あの後、どうして天沢が死んでしまったのか。
警察関係者がその真意を知ろうと動き出した。
真っ先に捜査線上に浮かんだのが竹林だ。
「天沢はお前と、魔林、菟田野、呉羽のいじめで悩んでいた。心を殺していった。だから麻薬に走った。楽だったぜ」
クククと笑う竹林。
そんな。それで死んだというのか。
僕のいじめが原因で。
僕がしっかりしていないから。いじめを受けていたから。それに悩み、自責の念にかられ。
なんだよそれ。
死んだはずの魔林の亡霊が未だにみんなを傷つけている。
こんなはずじゃなかった。
誰もがそう思っている中、天沢の死はクラスメイトに戸惑いを、哀しみを与えるには十分だった。
クラスメイトのほとんどが心に傷を負い、泣きはらした顔が見える。
「しかし、天沢のエッチ、気持ちよかったなぁ」
「てめ――――――っ!!」
僕は手に力を入れ、竹林を押し倒す。
そのまま馬乗りになり、何度もその顔を殴った。
先生たちが集まり、僕を抑え込む。
悪いのは竹林だと言うのに、先生たちはまるで僕が悪いと言うように、なだめ出す。
まるで僕が加害者かのように。
未だに信じられないものをみたような顔をする先生たち。
ぶくぶくと沸き立つこの思い。久々に感じた心の内。熱。怒り。
僕は決めた。
――竹林を殺す。
だが同時に思うことがある。
これ以上、クラスメイトが死ねば、陰で誰かが泣くのでないだろうか。すでに心が限界を迎えているクラスメイトは多い。
心のケアを行っているが、みんな病院に通っている。カウンセリングを受けている。
みんな傷ついている。
みんな心を壊している。
でも僕は……。
僕は自分の気持ちに蹴りをつける。
僕は僕のやり方で決着をつける。
それしかないんだ。
僕にできることはこれしかない。
だから竹林を殺す。
クラスメイトのことなど、知ったことか。
今まで散々、見放してきたじゃないか。
そうだ。
クラスメイトが悪い。
天沢だって、きっとクラスメイトを頼っていたら、おのずと違った結果をもたらしたのではないか?
誰にも相談できず、その弱味につけ込んだ竹林が麻薬を売ったんじゃないか。それも一人ではない。他のクラスメイトにも売りつけていた。
そうして〝いじめ〟を見て見ぬふりを続けてきた。
遅かれ早かれ、麻薬による薬物中毒で死ぬのは見えていた。
だが、竹林はそれを考えずに、利己的な意味合いで麻薬を売っていた。
私腹を肥やすために。
そうしてできた集団薬物摂取。
彼ら、彼女らはそんなことに頼らずとも生きていけたはずなのだ。
先生も先生だ。
いじめを把握していれば、こんなことにはならなかったのだ。
最初からすべてを始まらせなければ。
僕がノリの悪いせいで?
もしかして、僕のせいなのか?
ふとそんな考えがよぎる。
でも仕方ないじゃないか。
僕の家庭は父子家庭で、兄は引きこもり。なら僕が母の代わりに家事をしなくてはいけない。
子どもとの面会が約束された母。
母を一人にできないのも仕方ないこと。
あれ以上、放置していれば精神的にまいってしまうに決まっている。悪化してしまう。
なら僕が兄の代わりに面会するしかないじゃないか。
一ヶ月に一回の面会。それを決めたのは裁判所だ。子どもの様子や気持ちを知らない裁判所だ。
子どもの希望も聴かずに、決めつけたのだ。
僕たちは母と会いたがる、と。
それを望んだのはお母さんだけだ。
僕と兄は望んでいなかった。
病気が治るまでは会いたくなかった。
にも関わらず、裁判所は決めてしまった。
僕には分からない。裁判所の意向も。
なぜ、子どもに決定権はないのか。
当人同士の問題であるにも関わらず、なぜ面会が許されたのだろう。
※※※
兄の部屋は紙が散乱していた。
それはすべて母のやったこと。
しかもその紙には悪口が書かれていた。
狂った母が、その紙をばらまいたのだ。
そして、僕を見つけると、憎しみに満ちた顔を向ける。
「お前もやれ」
そう言って紙を渡してきた。
僕は震えるほど恐怖した。
次はお前の番だ。と目が語っていた。
だから仕方なく紙に悪口を書き、兄の部屋にそっと置いた。
でもそれで終わりじゃなかった。
コンセントの中をあけ、中にマイクがあると言い張る母。
精神疾患を抱えた母と子ども二人。父は別居中。
それでは子どもの心がもたない。
それは誰でも予想のつくこと。
にも関わらず、裁判所は父が別居していたことすら認識していなかったのだろう。
でなければ、児童相談所に連絡がいくはずだ。僕たちの意見を聞くはずだ。
それともこれも期待のしすぎというやつか。
僕たちは政府からも見捨てられた根無し草。
みんな本当の僕を見ようとはしていない。
みんな理想を、もっと面白くあれと、そう見ているのだ。
ただのお坊ちゃんだと。
楽な解釈に逃げ、僕の家庭環境を推し測ることもできない。
僕の心が壊れていく。
それも知らずに周りは、みんなは無責任な夢をぶつける。解釈をする。
自分勝手な解釈をするな。
僕がどれほど粉骨砕身してきたのか。
家事など習ってもいないのに、お昼の番組などを見て、見よう見まねで料理をはじめとする家事を学ぶ。
遊んでいる時間なんてなかった。
だからノリが悪いと言われるようになった。
いじめのきっかけだ。
不登校の兄がいるせいで、家庭環境が良いと思われる。意味が分からない。学校に原因がないのなら、家庭に原因があるに決まっているじゃないか。
なんでみんな僕を見ようとしない。
僕に理想を求める。
なぜ、僕を見捨てる。
なぜ、僕を見放す。
なぜ、本当の僕を知ろうとしない。
自分は違う。自分には関係ない。自分とは違う世界の出来事。そう言って現実から目を背け、分かったようなことを言う。
本当のことを知らない人ばかりだ。
真実を知っているのは僕だけ。
怒りも憎しみも。
知らないから、攻撃できる。
知らないから、無情になれる。
知らないから、無慈悲になれる。
無知とは罪であり、罪悪である。
それを知らない人が多すぎる。
そんな世界にくさびを打ち込む。
それが僕にできること。
ただの坊ちゃんじゃないことを証明してみせる。
僕は僕のやり方で生きる。
復讐は遂げる。
そうだ。
竹林と魔林の妹を殺す。そういえば、光二も関わっていそうだな。
あいつも僕が助けてやらないとな。介錯してやらないとな。呉羽の時みたいに。
面白くなってきた。
これでみんなを幸せにできる。
害悪を殺すことによって僕たちは平穏を取り戻すのだ。
「大丈夫?」
凜とした声音が耳元に響く。
学校の帰り道。校門前で柱に寄りかかっていた僕を小柄な女の子が支えてくれていた。
大丈夫? 大丈夫なわけあるか。
たくさんの人が死んだ。そしてこれからもたくさんの人が死ぬ。心も。
「はい。ビニール袋」
吐き気を催していたのを知ってか。僕にビニール袋を差し出す女の子。
「わたし、
「どうして、僕の名前を」
そう呟き、ビニール袋に戻す。
「知っているよ。有名人だもの」
そうなのか。
ああ。そうか。ネットで散々情報が漏洩しているものな。
それは有名にもなるか。
でもあれはすべてじゃない。
兄が家事をしないこと。
父が放任主義なこと。
母が未だに面会し、泣き出すことが多いこと。
レオが殺されたこと。
なに一つ知らないネット民。そんな彼らが面白おかしく事実をねじ曲げていく。
この世界が面白くあれ、と。
そこで生まれた陰謀論。
どれも的外れな見解だ。
結局、本当の僕を知っている人などいないのだ。
「みんな好き勝手書いているだけさ」
僕は紗菜にそう言う。
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