第18話 あったかもしれない日常
自分の席に着くと、隣、前斜め、その横の席に花瓶が添えられている。
魔林、菟田野、呉羽の分だ。
「おれ、呉羽のこと好きだったのに」「私だって魔林のこと」「しかし、三人が死んで得する奴と言えば」
みんな一斉に僕の方を見る。
そこには冷たい視線だけでなくグサリと突き刺すような鋭い眼差しもある。
空気が凍ったように固まり、ドライアイスが溶けるように悶々と白い煙が立ち上るような気がした。
みんな僕を責める目で見つめる。
「やめてよ!」
一人犬星だけが僕の味方をした。
「そいつが政府にけしかけたんじゃないのか!」
一人がそう言うと、みんなが同意する。
ネットに流された陰謀論を信じる者も少なくない。
僕の父が政府高官だと思い込んでいるものも少なくないらしい。
「バカじゃないの」
視線がそちらに向く。
髪を尖らせており、その中に緑色の髪が目立つ。確か名前は
「陰謀論なんて本気で信じているの?」
そこには小気味よい笑いがこぼれていた。
「あんなの嘘に決まってんじゃん。世の中よ、もっと面白くあれ? なんてね」
クスクスと笑いだす檜山。
「あははは。ばっかみたい」
机の上に足をのせて組み直す檜山。
スカートは鉄壁で中を見せてはくれない。
だが、彼女の意思は伝わった。
陰謀論を信じていたクラスメイトは沈黙し、自分の席に座り出す。
隣、魔林とは反対側に座った生徒Aが話しかけてくる。
「おれ。
「よろしく。僕は八神輝星」
「知っている」
嬉しそうに話しかけてきた竹林に驚きを隠せない。
これまで普通に話しかけてくる者なんていなかった。
それがこうも変わるとは。
やはり復讐というものはいいことだ。
「八神、今日時間あるか?」
「え。ない、けど?」
竹林はニカッと笑い、手を差し伸べてくる。
「みんなでカラオケにいくんだ。こいよ」
気安い言葉に、気安い態度。
少々気に食わないが、彼なりに気に懸けてくれているのかもしれない。
しかし、カラオケとは。
僕は気に入った曲があれば、それをエンドレスリピートする。だから知っている曲名は少ないし、最近の流行も知らない。
「ごめん。カラオケは……」
「何々? ノリ悪いじゃん」
その言葉を聞き、一瞬でフラッシュバックする。
それは魔林の言葉。
――ノリ悪いじゃん。
そう言っていじめが始まったのだ。
「いや、やっぱり、僕も参加しようかな? でもたくさんは歌えない」
「そうそう。最初からそう言っておけばいいじゃん」
竹林は嬉しそうにニカッと笑う。
学内ヒエラルキーが変わったのか、竹林が威圧的な態度を放つ。まるで自分が一番だと、そう言いたげだ。
まるで猿山の猿だな。本能だけで生きている。インスティントである。
知性のかけらも存在しない態度。
だが、ここでこじれてしまえば、魔林の二の舞。僕は渋々従うことにする。
「大丈夫、ですかね?」
隣で全部を聴いていた犬星は不安そうに僕の袖を引く。
魔林のように暴力を振るう、ってことはなさそうだが、面倒くさい相手であるのに変わらない。
いっそボッチにしておいてくれた方がマシだ。
「犬星、メガネつけていたんだな」
隣にいる犬星に訊ねる。
「そうなの。コンタクトレンズの時もあるけどね」
何げない会話を終え、僕は自席に座る。
少し考えてみる。
なぜ、僕はカラオケに誘われたのか。なぜ犬星は一緒にいてくれるのか。
分からないことだらけで僕は放課後、カラオケに向かう。
メンバーは五人。僕と犬星、竹林、
「おれ、魔林に借りていたお金があんだよね。もう返す必要ないだろ? ラッキー」
人が死んだというのに、この気軽さ。危険を感じる。だが本人に悪気はないらしい。竹林は楽しそうにしゃべっている。
「ちょっと。仏様に向かってなんていう言い方」
全然御利益のなさそうな雰囲気でしゃべっているのは天沢。けっこう可愛い。
ふと隣から視線を感じる。
犬星だ。何を期待しているのか、分からないが、圧を感じる。
恐怖を感じた僕は避けるようにして顔を背けるが、それが返っていけなかったみたいで頬を膨らませている。
前を歩いていた光二がこちらに向き直り、訊ねてくる。
「なあ、八神の歌ってうまいのか?」
「…………」
沈黙。
誰も聴いたことがないのだ。それはこんな空気にもなる。
だがこれはチャンスだ。
二度と訪れない青春。それを今から体験できるのだ。
「そこそこ」
で、当たり障りのない応えになってしまう。
声も小さい。
「つまりは、自信がないわけだ! だが安心しろ。こいつ下手くそだから」
ケタケタと笑いながら話す光二。指先は竹林に向かっている。
「いいだろ。こういうのは熱い心だ! 鋼の意思だ! 大事なのは気持ちだ!」
どこかの熱血ヒーローのような応えを言う竹林。
その姿勢はよしだが、実際どんな裏を持っているのか。計り知れない。
いや、僕が疑り深くなっているだけかもしれない。
分からない。
いじめの前は僕にも友達というものがいた。そして仲良く会話をしていた――はずなのだが、どうもしっくりこない。
まるで孤独を愛しているように、頭の片隅で、人のあらを探している。そればかりか、みんなといると孤独感を味わうことになる。
これは夢なのではないか? と疑ってしまう。
ほっぺをひねるが、痛い。
「なにをしているの?」
犬星が困惑したように聴いてくる。
「いや、いれが夢なんじゃないかって思って」
素直に話してしまうが、それ以外の言葉が思いつかなかった。
会話のうまい人はこのあたりでうまい返しをするんだろうな。
「変なの~」
ふふっと笑ってくれたからいいものの、これが魔林だったら……。
胸のあたりにモヤモヤした気持ちが残っている。
これでもまだ僕は生きている。
アシャという少女に出会い、僕は最強の力を手に入れた。それでもなお僕を一人の人間としてみてくれている犬星。
どんなに深い器を見せても、僕は負けたりはしない。
「つーかさ。犬星と八神はそういったご関係なのかい?」
唐突に、天沢が振り返る。
「「え」」
関係。つまり男女の交際関係という事だろうか?
それとも友達としての?
「いやいやないない」
全力で否定したが犬星には伝わっていないのか、少し頬を染めていた。
僕と友達になるって恥ずかしいことらしい。
まあ、僕みたいな薄らトンカチの
そんな僕の肩に、肩をぶつける犬星。
どういった意図があるか分からず、戸惑ってしまう。
カラオケ店につくと、僕は緊張した面持ちで自動ドアをくぐる。
初めてだ。友達と来るのは。
家族となら小さい頃に訪れたことがある。それもかなり昔の記憶だ。
「すいません。学割で、あ、五名っす」
意外にも光二が主導権を握っているのか、竹林はそのまま促す。
店員とのやりとりを終えると、僕たちはカラオケボックスに向かう。
ここから始まる僕の新たな生活。新生活。
僕は失った青春を、過去を取り戻すんだ。
「ここで飲み物をとっていくんだよ」
僕は犬星に教わりながら、飲み物を注ぐ。
と、隣から光二が操作する。
「ホットミルクとサイダーの合わせ技~!」
ニカッと笑う竹林に、クスクスと笑う天沢。
これもノリってやつか。僕は苦い顔をして飲み下す。
マズい。
これは顔にはだせないな。
みんなが先にいく。
犬星だけが話しかけてくれる。
「それ、私が飲もうか?」
「いいよ。僕が飲み干す」
そう言って一気飲みする。
甘ったるい。そしてマズい。
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