僕は神になれない。

夕日ゆうや

第1話 僕は神になれない。

 誰も助けてはくれない。報われる人も、報いてくれる人もいない。誰も他人の人生なんて想像しない。口先だけの、でくの坊。何もできないくせに知った風な口を聞く。理解していないのに、分かったような顔をする。手を差し伸べる者なんていない。勝手に死んでいろ――そう言う。望んで生まれてきた訳じゃない。産んでくれと頼んでいない。産まれたいと願った訳じゃない。関わりたいと思った訳じゃない。逃げて何が悪い。隠れて何が悪い。何を信じればいい。何を守ればいい。

 この世界で。

 この残酷で冷め切った世界で。

 僕はなんのために産まれてきた。なんのために生きてきた。

 誰も応えてくれない。誰も信じてはくれない。

 人は変わらない。

 他人は所詮他人だ。何も変わらない。守るだけの価値もない。生きている意味なんてない。産まれてきた意味なんてない。

 どうせみんな死ぬのだから。百年も経たずに死に絶える。みんな消えていく。一人残らず消えていく。自分の存在など、誰も覚えていない。

 僕の思いなんて忘れ去られる。

 なら、

 ならなんで苦しんでまで生きなきゃならない。なんのために生きていなくちゃいけない。

 たくさん失って、たくさん傷ついて。

 狂気、熱情からもほど遠い。誰もこの世界が変わるなんて信じていない。

 一部の人間の幸せのために、僕たちは搾取される。一部の人間のために僕は生かされ続けている。

 誰かが犠牲ならなくちゃ、誰も助からない。

 僕が死んでも誰も悲しまない。悲しいということすら知らない。見えない。感じない。

 世界は冷酷で、残酷で……。


 信じてみた。でもすぐに裏切られる。

 僕は誰からも必要とされていない。誰も必要ない。

 今度は何を失えばいい。腕? 足? それとも心。

 人間らしさなんてどこにもない。みんな自分の自己満足のために生きている。だから誰も僕が傷ついているなんて想像もしない。

 悩みや苦しまない人間なんてアニメやマンガだけの話。そんな当たり前のことすら分からない。他人の話なんて聞こうともしない。自分の勝手な都合によって発信された言葉を曲解させる。自分の都合のいいように……。

 法律でさえも、その都合にねじ曲げられる。

 人間は自分と違う存在を排除する。所詮は数の多い方が勝つ。数の暴力なのだ。少数派マイノリティは排除される。誰もマイノリティのために手を差し伸べたりしない。

 自分よりも劣っていると認め、排除する。そこに悲哀はない。感情はない。ただ使えない人間が消えていくだけ。敗者は敗者らしく消えていくだけ。

 存在自体が間違っていたのだ。

 産まれて、そのうち消えていくだけの存在。無駄に生き物を殺し、咀嚼し、生きながらえている。こんな価値のない人間ですら、生き物を食らい、地球を汚し、資源を消費していく。

 生きている価値も、産まれてきた意味もない。必要とされていない。


 誤って産まれた僕が生きて、望まれて産まれてきた彼女が死んでいく。

 未来ある少女が死んで、未来なき僕が生きている。

 他人に、そんな違いはどうでもいい。生きていようが、死んでいようが関係ない。どうせ他人事。誰も面倒ごとには巻き込まれたくない。

 だから助けようとはしない。

 誰も人の涙を見ていない。うちに秘めた悲しみに気がつかない。気にもとめない。あるいは気がついていても、気がついていないふりをする。……だって、面倒ごとに巻き込まれたくないから。


 人間の都合によって産まれ、生きて、そして死んでいく。その命にどれほどの意味があるのだろうか?

 僕には彼が生きているのは、生きている意味だった。

 でも誰もそんな事情は知らない。知っていても聞きはしない。面倒には巻き込まれたくない。

 どうせ他人のやったこと。

 だから自分には責任なんてない。だから関係ない。知らなかった、だから俺に責任はない。

 自分に免罪符を与え悪くない、と。悪いのは誰にも相談しなかったあいつだ、と。


 相談しても、信じてはもらえない。

 相談しても、自分でなんとかしなさい。

 無理だ。

 ストレスの限界だ。

 僕一人では持たない。身が持たない。身体が壊れていく。心が壊れていく。

 誰も気がつかない。

 世界が壊れてもかまわない。だって僕が壊れてもかまわないのだから。

 だから犯罪者。

 だからやばい奴。

 だから悪。


 僕は悪。

 誰も救えないし、何も守れない。

 たった一つの命でさえも……。

 他の場所、他の時間なら生きていられたのかもしれないのに。なのに、僕のもとへ来てしまった。なんの力も持たない僕のところに。救えないのに……。

 時間だけが過ぎていく。

 現在を過去へと追いやっていく。未来を現在に変えていく。

 過去は取り戻せない。未来は夢ではない。

 救いなんてない。

 僕は罪人。

 無力で、無価値で、無気力な僕には何もできない。

 そしてまた失っていく。また消えていく。

 失っていく。

 気持ちだけでは救えない。

 みんな見て見ぬふり。

 潰れた僕を見てあざ笑う。見下す。

 楽しいらしい。

 自分よりも下がいると安心するらしい。

 評価なんて所詮は相対的なものだ。だから自分よりも下がいると、自分がマシに見える。

 他人には神になることを求めておいて、自分はギリギリのところで安堵する。


 次はお前だ。

 そう神は言っているのかもしれない。

 次に消えていくのは僕の番なのかもしれない。なのに、なぜ次は僕の支えなのだろう。なぜ神は僕からすべてを奪っていくのだろう。

 真綿で首を絞めるように、じわじわと殺していく。心がすり切れ、何も残らなくなるまで削っていく。残りカスすら目障りでしかない。


 社会のゴミ。

 何の役にも立たない。誰も救えない。

 増えていく遺灰。増えていく傷。増えていく悲しみ。

 でも誰も気がつかない。

 僕が消えても世界は回っている。僕が忘れ去られても世界は回っていく。

 僕がいても、いなくても世界は変わらない。人は変わらない。

 何も変わらない。


 恥さらし。

 僕には世界を変える力なんてない。僕には誰かを守るだけの力なんてない。

 僕は自分の精神を制御するので精一杯だ。

 怒りを抑え、不安を押し殺し、日々を生きていく。

 それだけで力を使い果たしている――にも関わらず、他人は僕に生きろ――と無責任な希望を言う。残酷な現実を突きつける。

 生きる理由も分からない僕に。

 世界は僕の味方ではない。世界は僕を見つけてはくれない。

 どんなに苦しんでいても、生きろと言う。


 ――僕は神になれない。

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