番外編1

『私と小夜の会話はとてもくだらない。くだらないだけにとても楽しい。』


 私は一人で待っている。お姉さんを待っている。外は最近寒くなってきたけれど、お姉さんが来れば身体が暖かくなるため、そこまで問題ではない。

 私はベンチの上に立ち遠くを見る。先日、お姉さんに土足でベンチに上がることを咎められてしまったため、きちんと裸足だ。できる女になるためには、こういう小さいな一歩が必要なのだ。

 最近は、頭の中がすっきりとしている。つい数日前までは頭の中に霞がかかったようなもやもやに襲われていたため、いつもより何倍も頑張らないと、まともに活動ができなかったのだが、お姉さんにな脳内のリセット方法を教えてもらってから、思考が捗るようになった。

 そのお姉さんだが、お姉さんは不思議な能力? 特技? を持っている。私には見えないし、触れることもできないのだが、私の頭のてっぺんにある『何か』……動作を見る限り、限りなく本に近い何かを引っ張り出し、その中身を覗いている。

 これはあくまで予測になってしまうのだが、本の中身は、所謂世間一般で言うところの記憶、であったり、思考、であったりするのだと思う。私の頭の中がパンクしていたことも、あまり言葉を発することが得意ではない私の思考を読み取ったのも、そう言うことなのだろう。

 きっと、こうやって思い描いていることも、お姉さんには把握されることだろう。いぇーいみてるー?

 それはどうでも良い、そんなことはどうでも良いのだ。私は、今現在、ある芸をお姉さんに見せたくて仕方がない。思考のパンク状態から解放され、学友たちから恐る恐る話しかけられた際に会得した芸。必殺リコーダーDEフルートだ。縦笛をまさかの横向きに演奏するといったなかなか趣のある演奏方法だ。弱点をあえて上げるとするならば、少しひょっとこじみた表情になるため、華の女子には厳しいってところだ。私は一向にかまわんが。

 このリコーダーDEフルートをクラス内で実践したところ、男子たちは大爆笑。女子たちは、それは人前ではやってはいけないと言いつつ、お腹を口もを抑えて笑いを殺していた。つまり。この芸は人を笑わせる力があるってことだ。最高か?

 しかも楽曲はかの有名な『トランペット吹きの休日』だ。リコーダーなのに向きは横向きで曲名はトランペット。矛盾だらけでわけがわからないところが最高ではなかろうか。

 ちなみに先生に披露したところ、横向きには言及せずにリコーダーで『トランペット吹きの休日』を演奏したことについて驚かれてしまった。違うんだ、見てほしいところはそこではない。

 待ち遠しい。お姉さんがここに来るのが待ち遠しい。あまりにも待ち遠しいので、リコーダーのウォーミングアップを始めよう。具体的に言えば、唾抜きだな。

 お姉さんまだかな。鳴無小夜の渾身のタンギングを見せつけてやる。


 私は思わず頭を抱える。小夜は全く……。


「急に女の子がベンチの上でリコーダーを横向きに持ったかと思ったら、ひょっとこ顔で、なんだっけ……トランペットの休日? を吹き始めるなんて、誰が予想できるかっ」

「トランペット吹きの休日だぞ。お姉さん」

「あぁもう、どっちでもよろしい!! ほらもうそんなひょっとこ顔してたら、顔が歪んじゃうよ? 戻して戻して」

「何故だ……男子は大爆笑、女子からは隠れ笑いをいただいたのに、何故お姉さんは笑わない!?」

「いやま、普通に面白かったけど」


 なぜか決めポーズをしている小夜の脇を抱えて、ベンチから下ろす。律儀に靴を脱いでいるあたり、私の言いつけは守っていたみたいだ。しかし、小夜は私が腹を抱えて笑うのだと思っていたのだろう、ものすごく不服そうな顔をしている。


「これが大人の余裕なのか? そうなのか?」

「いや、それは違うと思うよ……」


 小夜は無表情ながらも、ぷくっと頬を膨らませている。怒っている……と言うより、拗ねてる? どうしたものか……、ここは私の年上としての地力が求められているのではないか?

 口角を上げ、無理矢理、お腹を震わせる。先程の小夜の情景を思い出しながら……。


「あっはっはっはっはっは」


 笑った。目一杯笑った。笑って……いるよね。

 すると、小夜は再びベンチに上り、私と目線を合わせ、上体を後ろに逸らす。そして。


「…………施しは受けぬ!!」

「あいたっ!!」


 ベンチの上の小夜から頭突きをもらう、ほんの少しだけ痛い。目の前の小夜はさらにさらに頬を膨らませ、遺憾の意を示している。


「作られた笑みなど!! 笑みなど!!」

「いたっ、ごめん!! ごめんって!! いたたた!!」


 ぷりぷりと怒っている小夜は何度も何度も私の頭へ頭突きをしてくる。石頭なのか、ただ容赦がないだけなのか、段々と痛みが築盛されていく


「子供の反逆だ、受け入れろ大人」

「反逆というか……ただの暴力……!!」


 私がそう言うと、小夜の頭突きが止まる。何やら、自分自身でショックを受けたような表情をしたが、すぐに頭を下げる。


「……暴力はいかんな。ごめんなさい」

「え、あ、うん。大丈夫。ちょこっとしか痛くなかったから」


 何となく気まずそうにしている小夜を再び抱き上げてベンチから下ろす。なんだか意気消沈しているみたいだ。


「ごめんなさい。本当に」

「本当に大丈夫だから、ね? ね?」


 私がそう言うと、もう一度だけ、小夜は頭を下げた。



 しばらくすると、小夜の謝罪モードは終わり、いつも通りの小夜に戻った。


「お姉さんは決めポーズはないのか?」

「決め……いや、ないかな」

「なんと」


 やたら大きなリアクションで小夜は驚く。相変わらず無表情の彼女だったが、素で驚いているのはわかる。


「むしろ、なんで小夜は決めポーズを?」

「かっこいいからだ」


 理由は単純明快だった。というかこの子小学生だった。


「学友の女の子にはウケが悪いんだ……。男の子も恥ずかしがってるのがたまにいるし」

「いやまぁうん。恥ずかしい子は恥ずかしいでしょ」

「そうやって、子供たちは大人になるんだな……」

「何を言ってるんだ小学校四年生」


 妙にアンニュイな表情を浮かべる小夜の額にかるーくチョップを入れる。……手を上げた瞬間、小夜がビクッと身体を震わせたのは気のせいだろうか。


「お姉さんも開発しましょうよ。決めポーズ」

「知り合いに目撃されたら、立ち直れないから無理」

「なんと」

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