第8話 ファスキナーティオ・ダイヤ

 絶句して口をパクパクしているエマの横で、シマエナガたちが陽気にさえずる。


『姫さまがはめられた! 悪い男だ!』

『アタシ知ってる! こういうの、“腹黒”って言うんでしょ!?』

『お腹が黒いの〜? ぷぷぷ〜変なの〜』


「はめたわけじゃないさ。知らなかったんだよ。まさか彼女が二人きりになる意味をわかってないとは」


 勉強不足はエマの自業自得で、返す言葉もない。おまけにシロもきちんと忠告してくれていたのだから、ますます言い逃れはできなかった。

 渋い顔をしていると、シロがぴょんとアルヴィンの肩に飛び乗り、クックックッと悪い顔で笑い始める。


「アルヴィンさまも悪いお方ですねえ……。姫さまにそんな常識がないと、最初から知っておられたのでしょう? でもそういうの、嫌いじゃありませんよッ!」

「シロ、そこは抗議してほしいところよ……」


 精霊といえど、仮にもシロはエマの従者。にも関わらず、なぜかやたらアルヴィンの肩を持っている気がする。


 そんなシロの顎の下をこちょこちょと掻きながら、アルヴィンがにっこりと微笑む。


「二人きりになるなんて独身の令嬢だったら大問題だが……婚約していると発表すれば何も問題ない。そうだよな、エマ?」


(この婚約、早まったかしら……)


 ここぞとばかりに呼び捨てにしてくるのが腹立たしい。だがエマが受け入れてしまった以上、渋々認めざるを得ない。


「……ええ、構いません」

「なら、早速破片と黒幕探しと行こうか。ちょうど明日、マスネ家で誕生日パーティーがある。アリシア嬢も来るはずだから、もう一度証人が誰か聞いてみよう。マスネ家にも入り込めるから破片も探せる」

「そ、そうですね」


 エマよりずっと切り替え早く、アルヴィンがテキパキと明日の段取りを説明し始めた。

 強引なやり方ではあったが、言葉通り魔法の鏡と黒幕についてきちんと協力してくれるつもりらしい。エマは少しだけ態度を改めることにした。


「それより、いいのですか。勝手に婚約を決めてしまって」


 いくら売り飛ばされる予定とは言え、王子は王子。むしろその“都合のいい駒”が勝手に結婚話を決めてきたら、怒られないのかと心配になったのだ。


 そんなエマの気持ちを察したのか、アルヴィンがふっと笑う。


「もしかして心配してくれているのか? ……なかなかのお人よしだな。俺はお前を嵌めようとしたのに」

 

 言いながら、ぽんぽんとエマの頭を叩く。

 その瞬間、エマが令嬢ではありえない速さで飛び退いた。――こう見えて運動神経はいいのだ。


「突然触るのはやめてください! 心臓に悪いので!」


 バックンバックンと鳴る心臓を抑えながら、エマがキッとアルヴィンをにらむ。


「おっと、ちょうどいい位置でつい。悪い、これも駄目か」

「駄目です!」


 エマはとびきり怖い顔で言った――つもりだったが、それを見たアルヴィンはなぜか笑っていた。


 それから、頭を切り替えたらしいアルヴィンが確信めいた口調で言う。


「国王のことだったら心配しなくていい。雪の女王率いる、外の者全てを拒むイルネージュ王国。そこに王族として繋がりを作れるのはとてつもない功績だ。なんと言っても世界一希少で、世界一謎に包まれている“ファスキナーティオ・ダイヤ”の原産国だからな。靴を舐めてでも潜り込みたい輩が腐るほどいるんだ」


(そうなの? ……知らなかった)


 予想もしていなかった言葉に、エマが目を丸くする。


 民たちは氷の宮殿に平気で出入りするが、言われてみれば外国人を全く見かけたことがない。まさか入国拒否をしていたなんて。


(本当にわたくし、何も知らないのね)


 将来の女王として修行に取り組んできたつもりだったが、ここに来て無知ぶりがどんどん露呈している。エマは恥ずかしくなった。


 その上、恥を忍んでもう一つ聞かなければいけないことがあったのだ。


「あの、もうひとつ。……“ファスキナーティオ・ダイヤ”ってなんですか?」


 予想通りアルヴィンの瞳が大きく見開かれる。

 言葉で聞かなくても、彼の顔を見れば何を言いたのかわかった。雪の女王の娘なのに知らないのか? と表情で語っているのだ。


 シロが急いで耳打ちしてくる。


「姫さまあれですよ、ほら、あれ、あれ。女王さまがいつも、その……」

「いつも?」


 珍しくはっきりと言わないシロの言葉を引き継ぐように、アルヴィンの肩に着地したシマエナガたちがジュリリリとさえずる。


『女王さまが作ってるやつ!』

『おっきい、綺麗な宝石!』

『ぴかぴか、つるつる、ぷぷぷ~!』


 ああ、ダイヤのこと、とエマがうなずいたのとシロが叫んだのは同時だった。


「コッ! コラーッ!!! お前たち、それは口に出しちゃいけません! 国家機密ですよ!!!」


 えっ? そうなの? とエマが驚くよりも早く、もっと仰天した人がいた。

 アルヴィンだ。


「あれを女王が作っているのか!?」


 彼は叫んですぐ、ハッとしたように辺りを見渡した。

 そして誰にも聞かれていないか茂みや物陰を入念に確認してから、声をひそめてエマに聞く。


「……おい。娘ということは、お前も作れるのか? ファスキナーティオ・ダイヤを」

「えっと……これのことですか?」


 言いながらゴソゴソとポケットを探る。ちょうど先日、暇つぶしに作ったダイヤを入れっぱなしにしていたのだ。豆粒一粒ほどにも満たない、小さなダイヤがころりと手のひらに躍り出る。


「小さいですが、一応わたくしが作ったものです」


 アルヴィンがダイヤをよく見ようとグッと距離を縮めてきたため、エマは慌てて後ずさった。


「あの、どうぞお手にとって見てください! 近いのです!」

「ならお言葉に甘えて」


 全く遠慮せずに、アルヴィンが宝石をつまみ上げる。すぐさま太陽光にかざし――それから絶句した。


「……これを、本当にお前が作ったのか?」

「そうです。……お母さまのダイヤとは違うでしょう?」


 エマは母ほどの技術を持ち合わせていない。母のダイヤが名前をつけて呼ばれる高品質なものだとしても、エマはまだその領域まで届いていなかった。事実、このダイヤもしてしまったのである。


「違うも何も、この小ささでもわかる輝きに透明度、間違いなくファスキナーティオ・ダイヤだ。さらにこの青色……! これはダイヤの中でもさらに希少なブルーダイヤなんだぞ!?」


 気色ばむアルヴィンとは反対に、エマはきょとんと首をかしげた。


「ブルーダイヤ……? この失敗作がですか?」

「失敗作なんてとんでもない。お前、これを売ったらいくらになると思う?」


 問われて、エマたちは揃って首を振った。シロもその辺りはよくわかっていないらしい。


「平民なら、一生生活に困らないな」

「これがですか!?」


 エマが叫び、シロが「ヒェッ!」と白目をむく。たわむれに作った小さな宝石が、まさかそんな価値を秘めていたなんて。


『すごい! さすが姫様です!』

『ねえ、これ売ってみんなで遊びに行こうよ!』

『すごいの~大金持ちなの~ぷぷぷ~』


 シマエナガたちが興奮し、肩の上でぴょんこぴょんこと跳ねる。アルヴィンは彼らが落ちないよう軽く手で押さえてやりながら言った。


「ファスキナーティオ・ダイヤはそれだけ貴重なんだ。品質もさることながら、何よりダイヤ自体がほとんど出回っていない。この国の王妃ですら、持っているのは指輪一つだけだ」


 言いながらアルヴィンはなおもダイヤを検分した。横から見てみたり、斜めに掲げてみたり、下から覗き込んでみたり。見つめすぎて溶けるんじゃないかと心配になるぐらい調べている。


「人がこれを作っているなんてにわかには信じ難いな……。そもそも鉱物を作れる魔法なんて聞いたことがない。一体どういう原理だ?」

「そうなのですか? 訓練を積んだ魔法使いなら作れるのかと思っていました」

「訓練?」

「はい」


 エマはすうと息を吸い込んだ。


「最初に素材を自分に取り込むんです。ひたすら触ったり舐めたり、時には食べたり、完全に自分の一部として一体化するまで、何日も何日もひたすら一緒に過ごすんです。そうするとだんだん夢に見るようになって、幻覚も見えるようになって、聞こえないはずの声も聞こえるようになって、最後には常に感触を感じられるようになるんです。その状態で素材の声に耳を傾け魔法を発動させると――」

「待て待て待て、もういい! 十分だ!」


 憑りつかれたようにしゃべり続けるエマを、アルヴィンが慌ててさえぎった。隣ではシロやシマエナガたちがハラハラした顔でこちらを見ている。


 エマは話を止められて、少しだけ傷ついた顔をした。――いつもそうなのだ。エマが雪の創成魔法の話をしだすと、なぜかみんな引いた顔をする。


「残念だが、俺に説明されても何がなんだかさっぱりだ。わかるのはただ一つ。常人がそれを実践したところでブルーダイヤは作れないし、おそらく魔法使いも無理だろう。でなきゃあんなに高価になるわけがない」

「さすがアルヴィンさまッ! 鋭い見立てですね。実はその通りなんですよ!」


 訳知り顔にうなずいたのはシロだ。


「この素晴らしい創成魔法が使えるのは、王国でも女王さまと姫さまだけ。つまり雪の女王一族だけなのです!」

「知らなかったわ……」


 エマが小声でつぶやく。民たちが魔法を使えないのは知っていたが、まさか他の魔法使いたちも使えないなんて。


「創成魔法って言ったな……。もしかして、訓練とやらを積めばなんでも作れるようなるのか? 例えば金貨とか」


 アルヴィンの質問に、エマがパッと顔を輝かせる。創成魔法はエマが一番得意とするもの。今度は引かれないよう、慎重に言葉を選びながら話す。


「なんでもではないですが、金貨は作れます。金属のように硬いものは相性がよくて簡単なんです。逆に柔らかいものは苦手で……。生き物は全く作れません」

「そうか……」


 エマの言葉に、アルヴィンが考え込む。それから目を細め、低い声で言う。


「いいか。親切で言うが、魔法のことは絶対俺以外には言うな。さっきみたいにみんなの前で使うのもダメだ。これ以上面倒なことに巻き込まれたくなかったらな」

「それがようございますよ! 姫さま!」


 うんうんとシロもうなずいていた。シマエナガたちはわかっているのかわかっていないのか、ジルルルと陽気にさえずっている。


「わ、わかりました」


 エマがこくんとうなずく。

 この国の事情に関しては、悔しいが圧倒的にアルヴィンの方が詳しい。おまけにシロも同意しているのなら、つまりはそう言うことなのだろう。


(そしてダイヤでこれだけ騒がれるということは……は絶対に漏らさないようにしなくては)


 うっかり色々話しすぎてしまったが、そんなエマにもひとつだけアルヴィンに言っていない魔法があった。雪の女王一族に関わる、とても大事な魔法。


 それだけは何が何でも秘密にしようと、エマはひっそりと心に決めたのだった。

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