第14話 リュセットのドレス

「その前に、リュセットさまのドレスを用意しなければ」


 エマの言葉に、家令のセバスがおずおずと進み出た。


「しかし、リュセットさまがお持ちになっているのはこの一着きり。そもそもお義姉さま方のデビュタントドレスを譲り受けたので、替えになるようなドレスが……」


 セバスの言葉に、エマはゆっくりと首を振ってみせる。


「いいえ、ドレスは。……なのでアルヴィンさま。わたくし魔法を使っても?」


 言いながらアルヴィンを見ると、彼は納得がいったようにうなずいた。


「そうだな。今回はお前に頼った方がよさそうだ」


 リュセットが赤い目のまま、不思議そうにこちらを見ている。セバスも何が何だかという顔だ。扉近くに控えたシロだけが、にこにこと微笑んでいる。


「ただし、二人ともこれから起きることは他言無用で頼めるか? とても大事なことなんだ」


 アルヴィンが目を細めて聞くと、二人は訳が分からないながらもそれぞれうなずいた。それを見てすぐさまエマが立ち上がると、無残な姿になったドレスを持ち上げる。


 それからドレスをリュセットに向かって掲げ、ゆっくりと息を吸って呟く。


「――祝福を」


 途端、白い光が屋根裏部屋に弾けた。


 きゃっという悲鳴はリュセットのもの。七色に光る部屋の中、元々はドレスだった光がふわりと浮き上がった。エマが手を動かすと光は変形し、キャンバスの絵の具が伸びるようにスーッと白い筋を描いていく。


 そして雪の結晶が輝きながらひときわ強い閃を光放ったあと、一同が見たのは真っ白なデビュタントドレスを着たリュセットの姿だった。


 形はシンプルでありながら、一目で最高級品だとわかる上質なシルク。元々リュセットが作っていたレースの飾りは袖元と胸元を彩っており、彼女の清楚な美しさを引き立てている。


 見事としか言いようのないドレスに、頰を紅潮させたリュセットがほうっと吐息をもらした。


「す、ごい……。なんて素敵なドレスなの……!」


 セバスチャンは口をあんぐりと開けたまま、驚きすぎて声も出ないらしい。


「リュセットさまが用意していたドレスとはだいぶ形が変わってしまいましたが……これなら他の令嬢方にも引けをとらないはずです」


 エマの言葉に、アルヴィンが感心したように言った。


「すごいな……。引けをとらないどころか、王室でもこんな質のいいものは見たことがないぞ。これがお前の魔法なのか」

「はい。……ただし弱点があります」


 罪を白状するように、エマがぽそりと付け足す。


「弱点?」

「その……わたくしもここまでのものを作ったのは初めてなので……恐らくずっと形を維持できない可能性が高いです」

「形が維持できない?」


 問いかけに、エマはこくりとうなずいた。


「前も言いましたが、わたくしの魔法には得意不得意があります。硬いもの、金属や鉱物は得意なのですが、衣服のように柔らかいものは苦手で……。このドレスも、恐らく夜十二時には形を維持していられなくなると思います」

「つまり、ドレスが消えると?」

「はい。なので夜十二時までには必ず帰りましょう」


 言いながらリュセットの方を向く。彼女はまだ惚れ惚れとドレスに見とれていた。


「えっと、よくわかっていないのですが十二時までに帰ればいいのですね?」

「そうです。それから、出かけるならお化粧もしましょう。シロ、お願いできる?」

「はいッ! わたくしめにお任せを!」


 後ろにいたシロが男性陣を押しのけ、嬉々としてリュセットの隣に滑り込んでくる。


 シロは器用なことに、髪結いや化粧も得意としていた。本人いわくそれも侍女の務めらしいのだが、その腕前は母であるファスキナーティオ女王も認めるほど。そのためシロを呼び寄せる際には、母にずいぶんと渋られたものだ。


 まだ衝撃から立ち直ってないセバスがごしごしと目元をぬぐいながら言う。


「……いやはや、私は皆さまよりだいぶ長く生きておりますが、こんな魔法は初めて見ました。確かにこれは隠しておかなければ大変なことになりますね」

「だろう。……まあもう今更遅いかもしれないがな」


 エマの魔法は、アリシアに詰め寄られた時にうっかり使ってしまったばかり。その点についてはエマも大いに反省している。


「あのう……あれから、お兄さまに何か言われましたか? わたくしのことで……」

「兄上から連絡は来たが、適当に誤魔化した。俺たちが婚約していることを伝えたから、兄上であってもお前にはそうやすやすとは近づけない」


 その言葉にエマは感心した。


(婚約の効果ってすごい……。第一王子まで退けられるなんて)


 アルヴィンは自分のための婚約だと言っていたが、実はそれによってエマも守られていることをここ数日感じていたのだ。


 先日のマスネ子爵家の誕生日パーティーでも、エマにちょっかいを出そうとする輩は近づいてこなかった。今までシロと一緒に行動していても、なんだかんだ絡まれていたのに。それに心なしか、以前よりあからさまな悪口を言われることも減った気がする。


「お待たせいたしました! リュセットさまのお支度が整いましたよ!」


 シロの明るい声が屋根裏部屋に響き渡る。振り返ったエマは、化粧の出来栄えを見て満足そうに目を細めた。


「リュセットさま、とても素敵です。それでは舞踏会に行きましょうか」

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