おいしい棒

「も、もう……お爺ちゃんってば」


 恥ずかしさのあまりにリアは顔を赤くしてうつむく。そうだな、相手が相手だから余計にだろうな。


「遥さん、まさかそんな事を確認するためにわざわざ学校まで来たんじゃないですよね……?」

「それもひとつの理由」

「他には?」

「単純にドライブしたかったとか、大二郎くんとリディアちゃんの顔が見たくなったとか、そんな理由かな。後は仕事の話もあるわ」


 やっぱり仕事の話はあるよなあ。

 納期はきちんと守っているけど、不都合とかあったんだろうか。それとも、ついにクビか……?


「そうでしたか。そ、その……俺、切られちゃうんですか?」

「切られる? まさかクビにされると思った? そんなワケないでしょう。大二郎くんは優秀よ。ずっとお願いしたいくらいだわ」


 ほっ……どうやら職は失わずに済みそうだ。


「それを聞いて安心しました。俺はまだ路頭に迷いたくないですからね」

「大二郎くんは大丈夫じゃない? リディアちゃんいるし、ね?」


 いきなり話を振られたリアは、困惑する。もしかして、シートの寝心地がよくて半分寝てたのか? 少しまぶたが重そうだな。


「……は、はい。わたし、大二郎を支え続けていきます」

「その理由は?」

「り、理由、ですか」

「この際だから聞かせて欲しいな」

「す、好きだからです。それだけじゃ……ダメですか?」

「う~ん……七点ね」


 しょぼ!!

 遥さんの恋愛採点は厳しいね。

 悔しかったのだろう、リアは顔をマジにした。……ま、まさか言う気か?


「十年前、ロシアに住んでいた時です……」

「うんうん」

「大二郎から……その……『国際郵便』があったんです」


「それでそれで?」


「……その中身に『手紙』と『おいしい棒』が77個入っていたんです。それが嬉しくて。――でも、なんで77個なのかなって疑問に思ったんです。調べていったら、大二郎の誕生日だったんですよね。それが面白おかしくて、もうそこから彼がずっと気になってしまって……同時に日本が好きになったんです」


「そんな素敵な贈り物を大二郎くんはしていたのね」


 贈り物。もう記憶は曖昧あいまいだが、当時の俺は世界地図を眺め、ヨーロッパに憧れていた時代もあった。そこで広大なロシアがどんな国かなと子供心に気になった。


 だから、俺は親父に頼み込んで知り合いにロシア人がいないか聞いた。すると、いたではないか。遠い親戚で。


 当時は、性別どころか顔も知らない相手に贈り物をしただけだった。相手が女の子だなんて知らなかったからな。


 だが、その相手こそ『リディア』だった。


 そんな奇跡や偶然が重なり、今に至るわけだ。まさか同棲生活までするようになるとは思わなかったけど。


「わたし、当時はひとりぼっちだったんです。だから、日本からの贈り物が本当嬉しくて感動したんです」


「そう。それで、手紙の内容はなんだったの?」


「それは……子供の頃のわたしは当然、日本語が読めませんでした。でも、今なら普通に理解できますし、その気持ちも理解できます。……ごめんなさい、手紙の内容は教えられません。これはわたしだけが知っておきたいので」


 どうやら、リアは俺が昔に出した手紙の内容を自分だけに留めておきたいらしい。まてまて、当時の俺よ、なんて書いた!? 無論、思い出せるはずもない。十年前だぞ。無理だ。記憶は掘り起こせない。


「気になるわね。大二郎くん、思い出せないの?」

「残念ながらお手上げです」

「そうよね~。子供の頃だものね。手紙の謎は迷宮入りかな」


 遥さんは諦めていた。

 無理に聞く趣味はないらしい。

 さすが大人の女性だ。


「お、弁天島だ」

「話していたらあっと言う間だったわね、もう直ぐ到着ね」


 ドライブも終わりかぁ。

 昔懐かしの思い出話もできて結構楽しかったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る