第50話冒険者連合軍vs魔王軍幹部共②


 各地の冒険者が集まって結成された組織…


『冒険者連合軍ギルド』。


 いくつもの師団を持ち、現在その内の四つの師団がそれぞれ魔王城の東西南北にある四つの城門に向かっていた。



 ――― 魔王城 南の城門 ―——


「…ここが、魔王城ですわね?」


「ええ、そうですわ…お姉さま。」


 筋骨隆々の人間の集団が肩で風を切って、魔王城 南の城門に到着する。


 冒険者連合軍 …第5師団【美しき剛腕】。


 団員全員がパワー系ファイターの女戦士であり、鍛えた自慢の筋肉を活かしたフィジカル戦法を得意とする集団である。


 それを指揮する人物…、198センチメートルの大柄で、鍛え上げた両腕が自慢の女戦士『麗人の求道者 サーシャ』が、大きな城門を見据える。


(…ついに、ここまで来ましたわ。)


 魔王城の城門を前に、サーシャの闘気が高ぶる。


 今にも暴れさせろと、鍛え上げた筋肉たちがピクピクと動く。


(落ち着きなさい、私の筋肉たち。この門を越えたら、好きなだけ暴れさせてあげますわ。)


 ―ピピッ


(あら…)


 木の枝に留まって羽を休めていた小鳥に、サーシャが気づく。


(そういえば昔、お屋敷の窓から見えた木にも、あんな可愛らしい小鳥さんがいましたわね。)


 歌う様にさえずる小鳥に、目を細める。


(…思えば、あの日からずいぶん遠くまで来てしまいましたわ。)


 木々の隙間から漏れる木漏れ日を浴び、サーシャはふと昔を思い出した―――…



 …―――冒険者になる前、サーシャは、格式の高い貴族の麗女であった。


 貴族家の長女として生まれた彼女は、戦いとは無縁の平穏で優雅な生活を送っていた。


 紅茶を嗜みつつ、小鳥のさえずりを聴きながら庭に咲いた花を愛でる日々。


 そんなサーシャには、両家が決めた婚約者がいた。


 サーシャはその婚約者に好意を抱き、将来はその婚約者の妻になって二人で幸せな日々を過ごすことを夢見ていたのであった。


 そして、待ちに待った婚礼の時。


 そこでサーシャは、婚約者から突然婚約を破棄されてしまう。


「な…、なぜですの!?なぜ今になって、婚約の破棄などと…」


「…なぜだと?君には、わからないか。」


 そう言って、婚約者は冷たい目でサーシャを見る。


(ああ…、いつもはあんなに優しい目で見つめていてくれたのに…。どうして、そんな冷たい目を…)


 きっと何か理由わけがあるに違いない。そう、二人の愛を引き裂く様なとてつもない理由が…――


「僕が、君みたいなデカイ女と結婚するわけないだろーー!!」


「な、なんですってー!?」


 ──ガーン…!


 白目を剥いてショックを受けるサーシャ。


「君の背が高いばかりに、いつもいつも僕がどれだけ惨めな思いをしていると思っているんだ…っ 」


 婚約者はそう言うと、を入れた靴を脱いで、その場に叩き付けた。


「サーシャ、君の身長はいくつだ!?」


「え…、198cmですけど、それが…?」


「それがじゃない!僕は、160cmだ!!」


 サーシャを見上げて叫ぶ婚約者。


「君と話す時、僕は上を向かなければならないし…、キスする時は毎回足場を持って来なきゃならない!」


「それでしたら、今度から私がしゃがんで…」


「それじゃあ、僕が子供みたいだろー!」


 サーシャがしゃがんで自分と顔の位置を合わせるその構図はまるで、大人が小さな子供(もちろん子供は婚約者の方)に接する様だ。


 それを想像して身長の低い自分が惨めに思えた婚約者は、顔を覆って天を仰ぎ、「おおおお~ん」と嘆く。


 その様子に、事態を見守っていた婚礼の出席者達は若干引いていた。


「じゃあ、一体どうしろと…?」


「ハァ~…。顔が良いからと思って婚約したが、もう身長差の屈辱に耐えられん…。とにかくサーシャ、僕は君とは結婚しない。だが、その代わりに…」


 婚約者はそう言って、式場の扉に視線を向ける。


 すると、扉が開いて一人の女性が式場に入ってきた。


「あ、あなたは…!?」


「ご機嫌麗しゅうございます、お姉さま。」


 サーシャの妹であった。


 ウェディングドレスを着飾ったサーシャの妹は、ヴァージンロードを堂々とゆっくり歩いてサーシャ達の方に近づくと、そのまま婚約者の隣に立った。


「どいうことですの…?」


 困惑するサーシャに妹は応えず、勝ち誇ったような顔をする。


「見ての通りだ。」


 婚約者がサーシャを見上げて、傲然と言い放つ。


「僕は、身長が同じくらいの君の妹と結婚することにしたのだ!」


「な、ななな…なんですってー!?」


 ――ガーン…ッ


 またもや白目を剥いてショックを受けるサーシャ。


「ほほほ!そういうことですわ、お姉さま。申し訳ありませんが、彼は身長が同じの、小柄で可愛いらしい私と結婚することにしましたの。」


「そ…そんな…」


ちなみに、サーシャの妹の身長は165cmである。


「だいたいサーシャよ…」


「なんですの…?」


「お前みたいなデカい令嬢がいるかー!!」


「ひっ、ひどいですわ!」


 ――ガーン…ッ


「あと、お姉様。うちの家督は彼が継いで、この屋敷は彼と妻である私の物になります。なので、お姉さまは追放しますわ!」


「そんな、取って付けたみたいに追放なんて … !?」


 ――ガーン…ッ


「ごめんあそばせ~、お姉さま♪」


「そういうことだ。さらばだ、サーシャ!」


「そ、そそ…、そんなー!」


 ――ガーン…ッ

 ―ガァ ン…

 ーガァン…


 こうしてサーシャは婚約者を取られ、家も追放されてしまった。


 …だが、サーシャは挫けなかった。


 自分を捨てた婚約者と妹に復習することを誓ったサーシャは、己を鍛えることにした。


 鍛錬に鍛錬を費やす過酷な日々を乗り越え、なんやかんやで冒険者となったサーシャは、数々の強敵との戦いを経てさらに逞しく、より強くなり…、


 そして遂には、婚約者と自分を追放した妹への復讐を果たした。


 その後、戦場での数々の功績を称えられ、冒険者連合 第5師団の師団長となったのであった。



「サーシャお姉さま!一気に魔王城に攻め入りましょう…フィジカルで!」


 隣に立つ仲間の声に、サーシャの意識が追憶の日々から戻る。


 自分をお姉さまと呼んで慕う第5師団の仲間であり、妹分たち。サーシャは微笑んで頷く。


「…そうね。みんな、ご覚悟はよろしくて?」


 サーシャの声に第5師団の全員があらためて気を引き締め、各々が重量ある武器を握りしめる。


『美しき剛腕』の団員一人一人が鋼の如く逞しい腕をしており、さらにはピチピチのショートパンツから覗くその御美脚は、サラブレットの脚の如き無駄な脂肪が無く仕上がっている。


 まさに、団員皆がサーシャと同じく己の肉体を限界近くまで鍛え上げた淑女の精鋭達である。


「さあ…皆さん、行きますわよ!フィジカアアアアル!!」


『イエス、フィジカアアアアル!!』


 第5師団の前列にいる淑女達が、拳を強く握って膨らんだ上腕二頭筋と血管が浮き上がった前腕で顔の前をクロスガードして、前傾姿勢になる。


「皆さん!フィジカル突貫で城門をぶち抜きますわよ!!」


『はい!サーシャお姉さま!』


「皆さん今日も、キレてますわよ!」

「キレッキレッですわ!」

「いい血管浮き出てますわ!」

「背中がドラゴンの鱗の様ですわ!」

「紅茶にプロテインでも入れてたんですかー!」


他の淑女達の掛け声により、前列の淑女達の闘気がさらに高まる。


 気炎万丈な淑女達が立ちはだかる城門に自慢の筋肉をぶつけて破壊し、城に入ろうとする。


 しかし、その前に城門は開け放たれ、中から一人の魔族が現れる。


「むっ、き…貴様は」



「ガハハ!よく来たな、人間どもよ!俺が直々に、貴様らの相手をしてやる!!」



 現れたのは、燃える様な真っ赤な髪に、2メートルを超える大柄な体格の魔王軍幹部…、


『炎帝 フレイムル』であった。


「魔王軍幹部が自らお出ましとは、お嘗めになられたものですわ。しかし、こちらとしては好都合ですわよ!」


 鍛え上げた太い上腕二頭筋を膨らまし、肩に重機でも乗せてんかー!?という具合に僧帽筋が盛り上がるサーシャ。


これは彼女の戦闘のスタンバイを意味しており、抑えつけていた己の筋肉達をいつでも解放出来る状態にある。


「なんだなんだ~?せっかく俺が出向いたというのに、全員女ではないか。女相手では、いまいち燃えんな…──むぅッ!!?」


 女戦士集団『美しき剛腕』の先頭に立つサーシャを見て、目を見開くフレイムル。


「あ、あれは…ッ」


「魔王軍幹部の一人、炎帝 フレイムル!いざ、尋常に勝負─―」


「美しいッッ!!!」


「───なっ、えっ!?」


 フレイムルの大きな声に、サーシャが戸惑う。


「なんと美しい女性だ!うむ、美しいぞ!」


「な、なな…なにを、言って…」


 顔を真っ赤にして固まるサーシャ。


「お、お姉さま!しっかりして下さいまし!魔族の戯れ言に、惑わされてはいけませんわ!」


「ハッ…!そ、そうですわね。魔王軍幹部め!そんな戯れ言で私を油断させようなんて、あまいですわ──」


「俺は戯れ言は言わん!本気で貴様は美しいぞ!人間ッ!!」


「にゃっ!?にゃにゃ、にゃにを」


 炎が灯った様なギラギラとした真っ直ぐな眼差しで言われ、顔を真っ赤にしたサーシャが困惑する。


「うむ…、そうだ貴様!俺の妻にならないか?」


「にゃにゃにゃ、にゃんですってー!?」


 さらに当惑するサーシャ。


 ワケがわからない突然の求婚に目を回し、頭から煙が吹く。


「お姉さま、パニクりすぎて言葉遣いが猫になってますわよ!」


「にゃっ!?くっ…私とした事が、はしたないですわ!」


「お姉さま、気をしっかり持って下さいましぃ! 」


「だだ、だって~」


「お忘れですか、お姉さま。私達、【美しき剛腕】のモットーを!『決して男には靡かない、信じるものは己のフィジカル!』」


「ハッ…!…そうしたわね。」


 自分の頬をパチーンッと叩き、気を引き締めたサーシャがフレイムルを睨み付ける。


「…魔王軍幹部 フレイムル。ご冗談も、ここまでですわ。」


 静かな闘気を高めるサーシャ。敵を見据えて、強靭な両腕を顔の前まで上げたアップライトな構えを取る。


「ぬッ…!」


 一分いちぶんの隙も無い構えに、フレイムルが短く唸る。


「ついに、お姉さまの精密に鍛錬された筋肉達が解き放たれますわ。魔王軍幹部もこれで終わりよ。」


 妹分たちが、激戦を予想して頬に汗を流す。


(私ってば、魔族のあんな戯れ言に心を動かされるなんて…)


 ──そう…。あんな言葉、私を油断させるため。もしくは、人間の女である私を侮って遊んでいるのか…。どちらにせよ、本心じゃない。私の様なデカイ女、人間の男どころか魔族の男も好きになるはずが…──


「…素晴らしい」


「え?」


「高く構えたその両腕の前腕と上腕二頭筋、素晴らしいぞ!さらには腕や上半身だけでなく下半身…、ハムストリングも良く鍛えられているのがわかるほど、仕上がっている!うむ、ナイスバルクだッッ!」


「にゃっ!?」


「ガハハ!これは、俺も負けてられん!!」


 そう言うと、フレイムルの体から紅蓮の炎が激しく燃え上がった。


 眩しいほどに炎上した炎が、すぐにボッと音は立てて消えると…


「「「…っ!?!?」」」


 そこには服を灰に変えて、パンツ一丁になったフレイムルが立っていた。


「ガハハ!美しき女戦士よ、どうだ?俺の鍛え上げた筋肉は!!」


「なぜ服を焼いて脱ぐんですの!?」


「貴様の素晴らしい筋肉を見たら、俺の筋肉も見せねばと思ってな!ガハハ!!」


「見せなくていいですわ!」


 両手で顔を覆いつつ、指の隙間からチラッチラッと見て抗議するサーシャ。


 後ろに控える美しき剛腕の淑女達から、「キャー、ほぼ全裸の殿方ですわー!」と悲鳴が上がる。


「筋肉の淑女よ、あらためて問おう!俺と結婚し、我が妻となる気はないか?」


「ご冗談を!殿方が…、わ、私の様なデカい女を好きになるなど、ありえませんわ!」


「俺は、デカい女が好きだ!!」


「にゃにゃ…にゃんですってー!?」


「その高身長と筋肉美!まさに、俺好みだッッ!」


「にゃんですってええー!!?」


「お前みたいにデカい女と出会えて、俺は嬉しいぞおおお!!」


「…ッ!!!」


 ――ズキュゥゥン


 撃たれた様に胸を抑えたサーシャが、よろける。


「お、お姉さま?」


「…胸が苦しい。なんですの、この気持ち…」


「お姉さま!?」


「くッ…、美しき剛腕の淑女皆さん!私…なんだか心臓がドキドキするので、今日はこの辺でお開きにして帰りますわ!」


「ちょっ、お姉さま!!?」


「ガハハ!!筋肉の淑女よ、俺の胸に飛び込むがいい!!」


 パンツ一丁のフレイムルが、バッと腕を広げる。


「あ…、あなたの広くて逞しい大胸筋になんて、誰が飛び込むもんですか!」


「お姉さま、お顔が真っ赤ですわよ!それに心なしか、乙女の表情になっているような…」


「にゃにゃにゃ、にゃってにゃーい!!」


「ガハハ!!恥ずかしいならば、俺が直接抱きしめに行ってやろう!!」


「にゃあああああ!?け、結構ですわ!」


 近づこうとするフレイムルに、サーシャは背を向けてその場で屈み込むと、


「お…、覚えてやがれですわーーーー!!」


 クラウチングスタートで、魔王城とは逆の方向へと猛スピードで走り去って行った。


『お姉さまああああ!!?』


 その後を追う、美しき剛腕の淑女達。


 誰もいなくなった南の城門前でフレイムルは、


「ガハハ!…ふぅむ。フラれてしまったか。」


 少し落ち込んだ様子で自分の頭をかくのだった。

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魔王軍の幹部会議で「…ふん、くだらん。」て言うやつになった 夕陽 八雲 @aoi-saka

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