第29話  Me too

『封魔札』を持ったイシダの手が、俺の顔に迫る。


(あれを貼られたら、一巻の終わりだ!)



―シャァアアー!!


どこからか空気が漏れたかの様な鳴き声と共に、一匹の蛇がイシダの手に噛みついてお札貼りを阻止する。


「痛いっ! なんだこの変な蛇は!?」


(あれは、カラカサ!!)


レシンとの戦闘でヒミカの手から離れていた傘の様な蛇、『カラカサ』。


開いたら傘になる特徴的な首周りの襟巻を閉じて、


イシダの手に噛みつきながら、その腕に長い胴を巻き付かせる。


「くそ、このっこのっ!」


—シァゥゥゥッ!


振りほどこうとするイシダだが、カラカサは懸命に巻き付いて離れようとしない。


( ありがとう! カラカサ君!)



─ドコッ ドカッ


と、近くで何かを打ち付ける鈍い音がしたかと思うと、


「はあ…っ、危なかったですね。よくやりましたわ、カラカサ!」


レシンを数発殴って来たヒミカが、俺とイシダの間に割って入る。


魔力を大分封じられたからか、かなり息が上がっている。


イシダは焦り、カラカサを腕に巻いたまま急いで後ろへと飛び退いた。


「くそっ、痛いっ!いつまで噛んでるんだこの蛇!」


腕を大きく振り続けるイシダ。


「ちくしょう!に封魔札を使えば、もっと楽に倒せると思ってたのに!!」


(なっ!! ちょっ、おま!?)


なぜ、それを…


「うちのリオンさんが、弱っている?いったい何を根拠にそんなことを言っているのですか?」


「ああ? 昨晩、お前らが裏切った家老を追いかけて森に入っていくのを、隠れて後をつけていたんだよ。途中で見失ったが、腰の曲がった格好のリオンがヒミカに捕らえられているのを見たんだ……って、痛い!離れろ、変な蛇!」


(あの時か!! まさか、見られていたとはッ)


俺が腰を抜かして生まれたての小鹿みたいになっていたところを、ヒミカに拘束された時だ。


「会話まで聞こえなかったが、見た所あまり調子がよくないようだな! まさか、あのリオンともあろう者がぎっくり腰か?」


(どうやら、リオンの中身が俺になっているという事までは知らないようだが、リオンが不調だと思われたのはまずいぞ!)


「そうか…、終焉の王は調子が良くないのか。」


( って、うおっ!?)


ヒミカのパワーパンチでふっ飛ばされたのだろうか、


鼻から上、頭の半分が欠損しているレシンが俺の方を向いて口を動かす。


(こわっ! ゾンビか、お前は!!)


しかし、すぐに頭の欠けた部分に砂鉄が集まり、修復されていく。


(頭をやられても、砂鉄化した肉片が集まって元の形に戻っていく!? 不死身かよ…)


「全力のリオンと戦いたかったのだが、致し方ない。弱ったまま仕留めるとしよう。」


完全に頭が元に戻ると、レシンは両拳を鉄に変えた。



「封魔札を貼り付けようとした時、俺の動きに反応できていなかったように見えた。相当調子が良くないんだろう。今がチャンスだ、レシンさん!」


カラカサの噛みつきに耐えながらも、俺に狙いを定めるイシダ。


「俺の目から見ても、確かにあの時リオンは反応できていなかったようだ。それほどまでに弱っているのか、それともただ単純に弱いのか…。いずれにせよ脅威ではない。イシダ、弱ったリオンはお前に任せるとしよう。」


レシンは俺への興味が失せたとばかりに視線を外し、ヒミカへ向く。


「では、戦いの続きと行こうか。ヒミカよ。」


「あらあら、私もかなり弱っているんですよ?この札のせいで。」


指で顔に貼られた札を、チョンチョンとつつくヒミカ。


「ふふ…、東の国の武人は相手に毒を盛る様な真似をして、弱った所をいたぶるのですか?」


「卑怯とでも言いたいのか?」


「いいえ、卑怯とは言いませんよ。戦いですし。 ただ、強者との闘いを楽しんでいる様にみえたので、この様な決着はあなたの望むところではないのでは?と、思っただけです。」


(そうだ、武人なら正々堂々と戦え、こらあ!)


「ふっ…、武にのみ生きていた昔の俺ならばそう思ったかもしれんな。しかし、武人なら武でのみ決着をつけるという考えは、未熟者の考えだ。

毒を盛るような真似と言ったが、『毒もまた武 なり』。 

…これは、無敗の拳法家と呼ばれた俺が毒によって死を迎えたときにそう悟った事だ。」


(え、死? 生きてんじゃん)


しかも、不死身というオプション付きで。


「ついでだから、消えゆくお前たちに教えておこう。俺もこのイシダと同じ、別の世界からこの世界に魂を移した『喚ばれし者』だ!」


(ナ、ナンダッテー!?)



…と、驚いてみたものの、


(まあ、家老に憑依してたし、実はそうじゃないかなーと思ってました。)


俺以外にサクタロウという例がいると知ってから、「レシン、あいつやっぱそうじゃね?」と頭の片隅で考えてました。



「レシンもそうでしたか。なるほど…、やっぱり『喚ばれし者』にはろくな人がいませんね。」


新しく『喚ばれし者科』にレシンが追加されても、ヒミカの中では喚ばれし者の印象はよくならなかったらしい。


「おいおい。このレシンさんのはだな、俺がいた世界じゃめちゃくちゃ強い武術家として超有名な人なんだぞ!八極拳ていう─」


「イシダ、そんな事はどうでもいい。この世界では、前の世界での俺の評判なぞ何の意味も無い。それよりも、……思ったのだがリオンよ」


「…なんだ?」


俺に興味が無くなったはずのレシンが俺を見る。



「貴様も、『喚ばれし者』か?」



(な、なんでやねーん!どこでわかった!?)


「実際に対峙して感じたのは、噂に聞く終焉の王とは大分印象が違うことだ。 貴様からは強者の気配を感じられぬ。身のこなしも雑というか鈍い。 しかし、魔族独特の気配は感じる。…ということは、体はリオンそのもので中身が別。必然的に貴様が喚ばれし者であると考えられる。」


(名探偵か、お前は!!)


提示した証拠が、気配とかいう曖昧なものだけだけど。


「ふふっ…、 ちっ」


口元を隠して、小さく舌打ちをするヒミカ。


「え、え!? リオンも喚ばれし者なのか!?」

 

本気で驚くイシダ。


(そうだよ、Me tooだよ!)


「俺もだ!」


(知ってるわ!)


さっき聞いたっつーの。


「だとすればリオンは現在不調なのでは無く、単純に中身の者がリオンの力を使えていないだけなのだろう。」


(うん、そうなんだよね~)


「ならば、リオンの首を取る事は容易いぞ、イシダ。」


( うぉいっ!!)


「三傑の一人を倒すには、絶好の機会じゃねーか!よっしゃあ、大出世キターー!」


テンションを上げたイシダは、叩きつける様に封魔札をカラカサに貼り付けた。


─シュア…ッ


カラカサの体から力が抜けると、


イシダは「うらぁっ!」と腕を振って、俺の足元にカラカサを放り投げた。


(あぁっ、カラカサ君!)


ぐったりして激しく呼吸するカラカサを抱きかかえる。


イシダが肩で息をしながら、ニヤリと笑って俺を見る。


「はあっ、はあっ…よし、今度こそそこの襟巻き蛇みたいに、この封魔札を貼り付けてやるぞ!偽リオン!」


「やはり、確実にリオンの体は仕留めておきたい。 先ずは、リオンを倒すとしよう」


(やばい、二人に完全にロックオンされた!)


「蛇達!!」


ヒミカの袖から大量の蛇が飛び出し、レシン達へ向かう。


「ちっ、小賢しい真似を」


「ああっ!! また蛇かあ!」


レシン達が蛇達に絡まれてる間に、数匹の蛇達が俺の足元に近づく。


そして、互いに尻尾の先を噛み合う形で俺を囲んで円を作る。


「今から『転移魔法』を使って、あなたを別の場所に逃がします。」


(なぬ!?転移魔法って、テレポートするやつか!)


ヒミカが俺に掌を向けると、円の内側が紫色に光り出した。


「本当は拘束しておきたいのですが、今ここでリオンさんを失うわけにはいきませんからね。」



「このっ、ちくしょう共! うんたらどうたら~…、はあっ!!」


イシダは蛇を振り払いながら、封魔札を発動させる。


「うっ!! …はあっ、はあ」


札が静かに発光し、多くの魔力を封じられたことを示す様にヒミカはガクッと崩れて、片膝を地につけた。


「これで、ヒミカの魔力は半分以下にまで封じた! 大量の魔力を必要とする転移魔法を使えば、さらに魔力を消耗するぞ!?

死にはしないが、少ない魔力で不死身のレシンと俺を相手に戦う気か?」


(さすがに、ヒミカでもそれは厳しいんじゃないか…)


「……ふふっ、言ったでしょう。今ここでリオンさんを失うわけにはいかないって。」


(なぜ、そこまでリオンを守ろうとするんだ?)


いくら三傑と呼ばれてて強い魔族であったとしても、今は何の役にも立たない魔王軍幹部だぞ。


魔力を消費して俺を逃がすよりも、ヒミカ自身の魔力をできるだけ温存させて、残りの魔力を使って戦った方がいいはずだ。


「では、行きなさい。 もう何処へとでも、逃げちゃってください。 あと、その子の事、よろしくお願いしますね。」


目で俺が抱きかかえているカラカサを指す。


紫色の光は強くなり、円の外と内の境界を隔てる。


「ヒミカ! お前も一緒にここから逃げ─」


「あっ!ちなみにですが私、転移魔法は得意じゃないので。 海の上とか戦場のド真ん中に移っちゃったら、ごめんなさいね?」


(な、なにいいいい !?)


不安になる言葉を聞いた後に、目の前が紫色の光で覆われた。




一瞬だけ目の前に広がった紫色の光が、ゆっくり消えていく。


光が消えたさきには、さっきまで居た所と違う場所であるとわかる光景と─


「ふぁっ!? リオン!!」


(─っっ!!?)


敵がいた。


小さな体にオーバーサイズなローブを纏い、手には如何にも魔法使いが持ってそうな杖を持った少女、


『魔導士 メイラ』が、突然現れた俺を指差して驚いていた。


「な、何故ここに!? しかも、変な蛇を抱えてるし」


「…ふん、何故だと?そんな事…」


(俺が、聞きてええわああーー!!)


これ、転移魔法使って敵から別の敵の前に移っただけじゃねーか!



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