第28話 とある国で「間者」をするやつになった奴

 魔王軍の幹部会議で「…ふん、くだらん」ていうやつになった俺とは別に、


 とある国で「間者スパイ」をするやつになった『よばばれし者』が目の前に現れた。


(俺やサクタロウの他にも、喚ばれし者がいるとは…)


「喚ばれし者…」


 ヒミカがチラッと俺を見る。


「…その反応、どうやら喚ばれし者について少しは知ってるようだな。リオン、ヒミカ。」


 家老Eもとい、イシダが言う。


「他の世界からこの世界に魂を召喚された者を『喚ばれし者』という。俺は、東の国からジャホン国を密かに監視するために送り込まれたこの間者の体に憑依した。」


 <この間者>と言うところで自分を指すイシダ。


「その後は、俺が間者の役目を引き継いでこの国にいる魔王軍の情報を流し、東の国の人間軍に貢献してきた。東の国が魔王軍に滅ぼされずにいるのは、俺の働きのおかげと言ってもいいだろうな。」


 そう言ってどや顔をしやがる。


「あなたが憑依したというその家老は、東の国の間者だったのですね。

 ちなみに、昨晩私達が捕らえたもう一人の家老も東の国から送り込まれた方なのでしょうか?」


「いいや。あいつは、魔族に対してかなり恐怖心を抱く奴でな。この国から魔族を追い出すために協力してくれと言ったら、あっさりと仲間ジャホン国を裏切って東の国に付いたんだよ。」


 ヒミカの蛇に締め付けられ、その後レシンに体を乗っ取られた、あの憐れな家老を思い出す。


 そういえば、会議でクロエに指摘された時かなりびびった様子を見せていた。


(うまく心の弱い部分を利用されて、間者二号に仕立てられたという事か。)


「この戦いで東の国が勝てば、東の国『シラーン国』の王から俺は、ジャホン国の王の地位を与えると約束されている。そういうわけでヒミカとリオン、俺がこの世界で成り上がるために、お前らはここで確実に倒させてもらうぞ!」


「…ふん、なるほどな」


(他国のスパイが、この国の王にか…)


 しかも、俺と同じ別の世界から来た喚ばれし者。


 初めから居たのかもわからないくらい存在感の無かった奴が、随分なキャラ設定と野望を持ったものだな。


(俺たちを倒す気満々の様だが、果たしてうまくいくかな)


 あのブラインとレシンですら勝てなかったヒミカに、イシダ一人が勝てるとは思えないが。


 そのヒミカはイシダの話を一通り聞くと、


「…はぁ~。喚ばれし者って、ろくな人がいないんですね。」


 わざとらしく溜息をついた。


「ね?リオンさん。」


(そのろくな人がいないの中に、俺も入ってるんですかね?)


「残念ですわ。あなたはジャホン国の代表である家老の中でも、特に優秀でした。目新しいものをたくさん発案して、この国の文化の発展に貢献していましたのに。」


(目新しいもの?いったいどんな…)


「あなたが考えた『家政婦 茶屋』、あれ結構評判良いんですよ。」


(あれ、おイシダの発案かよ!?)


「特に『けもの耳の家政婦さん』が若者に人気だとか」


 どうやら、どこの世界でも獣耳が付いた家政婦さんは人気らしい。


「くっくっくっ…あの『家政婦 茶屋』、実は元の世界の知識からヒントを得て考えたものだったのだ!」


(考えたっつーか、もろパクリだろ。)


 異なるところと言えば、家政婦さんの耳が本物なことと、


『美味しくなるおまじない』がガチ魔法なとこだ。


「ジャホン国がヒミカに占領されてから、この国に移住して来た魔族を見た時にピンっと閃いたのさ。『けもの耳の家政婦がいる店があったら、ジャホン国民にウケんじゃね?』ってな!」


(国が乗っ取られてるのに、何考えてんだ…)


 東の国の間者だが、仮にもジャホン国の代表である家老だろうが。


「夢にまで見た実物の『けもの耳の家政婦さん』に俺は、感動した!」


(お前の趣味かい!)


「狙い通り、開店してからあっという間に人気店となった!戦争してる相手が給仕やってる店なのに、大繁盛だよ!?自分で出しておいてなんだが、正直この国の国民の感受性どうなってんの?って思ったわ!」


(何事にも適応力の高い国民性なのでしょうね…)


 てか魔族戦争してる相手に、メイド喫茶擬きやらせるおイシダの感性はどうなってんの。


「さらに言えば、ジャホン国にある店のほとんども、実は元の世界の知識からインスピレーションを得て俺が発案して建てたものだ。」


(通りで、町に並ぶ店が見た事ある様なものばかりだと思ったら…)


 どうやらイシダは間者をやる傍ら、元の世界の知識を使っていろいろこの国に輸入していたみたいだ。


「本当に残念です。これからも、ジャホン国の発展のために働いて欲しかったのに。」


「安心しろ。ヒミカと残りの家老達がいなくなった後、俺がこの国の王となり、のジャホン国は引き続き発展させるさ。 …東の国シラーン国の属国としてな!」


 イシダは柏手を打ち、


「ごにょごにょうんたらどうたら~…」


 ブツブツと呟いた後、両掌をヒミカに向ける。


「―はあっ!!」


「―っ!?」


 力が抜けた様に、ヒミカの膝がガクッと崩れた。


(なぬっ!? どした?)


 ヒミカは崩れた姿勢を直し、イシダを睨む。


「……これは、思っていたより厄介な札の様ですね。」


(あの札か!)


 見ると、ヒミカに貼られている札が静かに発光している。


「その『封魔札』は、発動させることで相手の魔力を、札に封じ込めることができるんだよ。 」


(さっきのあれは、札の効果を発動させるための動作だったのか!)


「ある程度の相手ならば札を貼るだけで魔力を封じられて疲労困憊になるが…、強大な魔力を持った魔王軍幹部クラスとなれば、札の術者である俺が何度も封魔札を発動させて、地道に少しずつ魔力を札に封じ込めなければならない。」


 イシダは再びパンッと柏手を打ち、「うんたらどうたら~…」と呪文らしきものを唱え始める。


 ヒミカが地面を蹴り、素早くイシダの方へと向かう。


「厄介な魔法ですが、予備動作が長すぎますわ。待っていられるほど、私は優しくありません!」


 ヒミカの剛拳が、掌を合わせたまま呪文を唱えるイシダを襲う。


 しかし、二人の間に割って入った人物によりヒミカの拳が振り払われた。


(なっ、あいつは!)


「あなたは…!?」


 ヒミカの目が見開かれる。


 呪文を唱え終わったイシダがニヤリと笑みを浮かべ、両手をヒミカに向ける。


「はあっ!!」


「うっ、しまった…!」


 よろけるヒミカに、


「…無様だな、龍蛇の女王よ」


 そう言ったのは、


(レシン!?)


 ヒミカの拳で体を打ち貫かれて絶命したはずのレシンであった。


「あなたは死んだはず。なぜ…」


 驚くヒミカの視線が、自身の拳で打ち貫いたレシンの胴へと移る。


「それは…っ」


(うぇっ、なんだあれ!?)


 致命傷となったはずの箇所を見ると、打拳で開けられた体の穴に黒い砂が吸い込まれて集まっていき、穴を塞いでいた。


(体の怪我が治っていく…。 何かの回復魔法か? )


 俺達が驚いている僅かな間にも、ぽっかり開いていたレシンの体の穴が塞って、致命傷だった損傷部分が完治した。


(何だ、今の黒い砂は?)


「レシン…、あなた『禁忌の魔法』に手を出しましたね?」


(禁忌の魔法?なんだそのヤバそうなワード!)


「禁忌の魔法は、人の身を捨てて自分自身を魔法そのものにする力。レシンの体に集まった黒い砂、あれは砂鉄…レシン、あなたが使ったのは禁忌の魔法の一つ『黒鉄クロガネ』ですね?」


(自分を魔法に!?)


「ふ…、より高みを目指すためだ。人の身では、貴様ら魔王軍幹部と渡り合えんからな。」


 辺りに飛び散っていたレシンの血や肉の破片までもが砂鉄となり、レシンの周りへと集まる。


「さあ、再戦と行こうか。ヒミカ!」


 レシンが一瞬でヒミカに間合いを詰め、


「ごおおおおおお!」


 大きく踏み込んで威力乗せた打拳を放つ。


「ふっ、くっ…!?」


 それをガードして受けたヒミカの体が浮き、後方へと吹っ飛ぶ。


(さっきまで圧倒していたヒミカが、一撃で吹っ飛ばされた!?)


 着地して態勢を立てなそうとするヒミカに、


「うんたらどうたら~…はあっ!!」


 イシダがまたしても封魔札を発動する。


「―くっ!?」


「ずいぶんと体重が軽くなったものだな、ヒミカ。」


「力を封じる札を私の顔に貼っておいてよく言いますね。あと、なんですか?そのは。 」


「ふっ、見ての通りだ。」


 と化した自身の拳を掲げて見せるレシン。


「武人は修業により身体を鉄の様に鍛えることを目標にするが、これこそ武人の理想の拳と言える。…目標としていたものが魔法一つで手に入るのだから、木や壁に体を打ち付けて鍛えていたのが馬鹿らしくなるものだ。」


「魔法一つと言いますが、禁忌の魔法はそんなお手軽に使えるものではないのですけどね…」


 攻撃を受け止めた腕を擦るヒミカ。その顔には、余裕が無い様に見える。


(ヒミカは魔力を封じる札を張られ、レシンは体が魔法そのものだという…もしかして今、やばい状況なんじゃないか?)


「さて…」


 イシダの目が俺へと向けられる。


(な、なんだよ…)


 内心ビクつきながらも、動じてない様に装う。


「リオンにも、この封魔札を貼らないとだな。」


 懐から、新たな封魔札を取り出すイシダ。


「…やめておけ。そんなものを貼った所で俺の強大すぎる魔力を封じる事はできん。」


 俺は、眉間にしわを寄せて鋭くした目でイシダを睨む。


「ひっ…、さ、さすがリオン。すげえ迫力だ。魔王軍幹部ヒミカを間近で何度も見てる俺でさえ、睨まれただけでブルったぜ。」


(よぉし、ビビれ~ビビれ~。てか、俺に近づくんじゃね!)


「だが、どんなに強い魔族であろうとこの封魔札を使えば関係ない。全魔力を封じるとともに、最後にはその生命力をも奪うのだからな!」


(え、ていうことは…)


 あの札を貼られたら、魔力だけじゃなく命まで強制的にシャットダウンさせられるということか。


(なんつー凶悪なアイテムなんだよ!そんなやべえもん、俺にも貼ろうとしてるのかよ!)


 …しかし待てよ。


 魔力を封じるという札は、現在魔力の無い俺に効果があるのか?


「…ちなみに、参考にまでだが聞いておこう。 もし、魔力の無い者がその封魔札の効果を受けた場合、どうなるんだ?」


「え? 即死するだけ。」


(…………へえ。)


「魔力が強くければ一度で絶命することはないが、魔力の弱い者は一度の発動で生命力ごと封じ込められて死ぬ。」


「…そうか、わかった。」


(俺がピンチなのがわかった!!)


 これは、まずい!


(魔力が弱い者どころか、魔力の無い俺は一発でアウトやん!)


「終焉の王リオン!この効能あらたかなお札を、お見舞いしてやんよ!」


「…ふん、くだらん」

(いらねえよお!そんなやべえ札ぁ!!)


「いくぜ!リオーン!」


 身体強化魔法を使い、イシダが凄い速さで俺へと走って来る。


(ちょっ、脚早っ!)


「チッ…、させません!」 


 ヒミカが俺のフォローに入ろうとするが、


「こちらも、させぬわ!」


 レシンがヒミカの前を遮って、足止めをする。


「っ、邪魔ですわ!」


「おおおおおおお!」


 ヒミカとレシンが再び拳を交わす。


 その傍らで、


「その魔力と命、封じ込めさせてもらうぜー!リオン!!」


(ぎゃああああ!早まるな、イシダああああああ!!)


 凄い速さで走ってきたイシダが、ポーカーフェイスで立ったまま強張って動けない俺に近づき、封魔札を持ったその手を俺の顔に伸ばそうとしていた。



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