閑話 愚王たちのその後パートⅡ④
「国王陛下からの返事はまだないのか!?」
「はい」
辺境軍の将軍は苛立たしげに言う。
春は魔物が活発になる。
年によるが、今までの十倍以上になることもある。
今年はあまり雪がふらなかったので、例年よりずっと多くなると見ている。
そのことをまとめて、中央に増員依頼をしたが、あの馬鹿どもは『今は辺境に左遷できる要員がいません』などとふざけたことを言いやがった。
将軍はぶん殴ってやりたい気分ではあったが、辺境軍の将軍が中央の人間を殴ったところで、魔の森から出てくる魔物の数は減らない。
仕方がないので、国王様に直訴することにした。
各軍の将軍はこう言うときのために国王への直訴権を持っているのだ。
そう思ってかなり前に国王陛下への謁見依頼の手紙を出したのだが、返事が返ってくる気配がない。
「もうすぐ春になって魔物が溢れてくるというのに」
もう辺境に雪はあまり残っていない。
雪が完全に溶けきれば魔の森から魔物が溢れてくるだろう。
中央軍は対魔貴族の十分の一も働いていない。
魔の森に大きく突き出したようになっていた我が国の国境は今は直線に引き直され、守るべき距離はかなり減った。
それでも、中央軍は出撃が間に合わず大きく国内に魔物が入ってくることもあるのだ。
このままでは春になって魔物が増えれば持ち堪えられない。
対魔貴族がいた時は対応が遅れるなんてことはなかったのに。
「将軍。中央軍の大隊長がいらしています」
「こんなときになんだ?」
扉の外から兵が入ってきて来客を伝えてくる。
どうやら、中央軍の大隊長が来たらしい。
将軍より下の位にもかかわらず先触れも出さないとは。
あいつらは辺境軍を下に見ている。
中央軍と辺境軍は本来対等の筈だ。
だが、大隊長どころか、中隊長クラスでも将軍である私を軽く見ているところがある。
中央軍の大隊長に用などない。
あの鼻持ちならない中央軍の連中は大したこともできないのに態度ばかりでかいのだ。
「通してくれ」
だが、ここで追い返すのも大人気ないな。
もしかしたら、増員の話が中央軍経由できたのかもしれないしな。
「なんのようだ」
「我が軍の将軍に代わり挨拶に来ただけですよ」
「挨拶?」
将軍は大隊長が何を言っているかわからなかった。
この大隊長は今までも何度も顔を合わせているので、まさか赴任の挨拶に来たわけでもあるまい。
まず、将軍に赴任の挨拶などにくるほど殊勝なものは中央軍にはいない。
「隣国と開戦したので、中央軍は三中隊を残して戦場に移動します。将軍は忙しいため私が代わりに参りました」
「なぁ!?」
大隊長のセリフに私の頭は真っ白になる。
今でさえ足りるかどうかわからないのに、この上数を減らすとは何を考えているのか?
それでは完全に魔物に押し負けてしまうではないか!
「では、私はこれで」
「ま!?」
退室の許可も出していないのに大隊長は部屋から出て行ってしまう。
「待て」という合間すらなかった。
将軍は椅子にどかりと腰掛けて頭を抱える。
もう打てる手はほとんど残っていない。
「しょ、将軍。いかがいたしましょう?」
「……一般市民を徴兵しろ」
「なぁ!?」
軍は非常時に周辺の市民を徴兵する権限がある。
その権利は辺境軍も有していた。
今はそれを使って人員を集める他ない。
「魔の森の氾濫は間違いなく起こる。三中隊で足りるはずがない。今は有事だ」
魔の森の氾濫は必ず起こる。
隣国でも起こっているのだから、ほぼ間違いない。
今でさえ足りていないのに三中隊で全域をカバーするのは不可能だ。
であれば、辺境軍で中央軍が来るまで持ち堪えられるようにする必要がある。
持ち堪えたところで、三中隊では、魔物を倒すこともできないかもしれないが。
「……もし、何も起きなければ将軍の首が飛びますよ」
「その時はこの首で償うしかあるまい」
国王陛下は対魔貴族に寄生していた辺境軍もあまり快く思っていない。
隙を見せれば首を切ってくるだろう。
もしかしたら、物理的に首が飛ぶかもしれない。
だが、何もしなければ間違いなく、魔物に殺されて死ぬ。
どうせ死ぬなら、この国の将軍として国の役に立って死にたい。
「できるだけ多く集めろ。もしかしたら、中央軍が逃げ出して我々だけで戦うことになるかもしれんのだからな」
「は!」
副官は部屋から出ていく。
一刻も早く徴兵を行うために行ったのだろう。
春になるまでもう時間がない。
「世の中ままならないものだ」
幸い、徴兵はルナンフォルシード公爵家の協力もあり、想定以上に集まった。
徴兵を始めたのが雪解け前でまだ農業を始めていなかったのも幸いしたのだろう。
もう少し遅くなればどうなっていたかとゾッとする。
徴兵を始めてから一週間後、魔の森から魔物が溢れ出した。
辺境で中央軍三中隊が壊滅するのは魔物が溢れ出した初日のことだった。
中央軍の中隊はまとまっているところを魔物の群れに襲われて、一夜にして壊滅したのだ。
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