閑話 ジーゲの報告

「これが例のポーションかい?」

「はい」


 ジーゲは辺境の村からの行商から領都に帰って辺境伯様に呼び出されていた。

 ポーションの件は事前に連絡していたから、呼び出されるのは想定の範疇だ。

 納品予定なんかも聞いてくるように言われていたので、近いうちに呼び出されるとは思っていた。


 もともと今日はいつ頃に百本完成して、それをいつ頃取りに行くかの相談をするはずだった。

 だが、錬金術師様が数本一晩のうちに作ってくれたので、サンプルを辺境伯様に献上することになった。


 材料を魔の森に取りにいかないといけないので、百本が出来上がるのは半月後位になる予定らしい。


「……ちょっと試してみるか」


 サンプルに辺境伯様が口をつける。

 ジーゲは驚きに目を見張る。

 普通、こういうものを試すのは毒見役などの役割のもののはずだ。


 この辺境伯様はいつも率先垂範で自分でやってしまうと聞いていた。

 近くに立っていた執事長様もまたかという顔をしているから珍しいことではないのだろう。


 だが、目の前でやられると心臓に悪い。

 もし、毒とかだったらどうするつもりなのだろう。

 どういう対応になろうとジーゲの首が飛ぶことは間違いない。


 高いものだからとそのまま持ってこずにちゃんとこちらでも毒見をしておくべきだった。

 次からは絶対に確認してから持ってくることにしよう。


「……思っていたより悪くない味だね」

「そうなのですか?」


 辺境伯様は驚いたような顔でポーションを見る。


 少し驚いた。

 以前に試した兵士はあまりにひどい味に飲み干すのに半日以上かかったらしい。

 ミーリアさんが味は少し改善しているはずだと言っていたが、改善されても大したことないと思っていた。


 悪くない味であれば自分用にも購入するのも視野に入れるべきかもしれない。


 ……味が気になるな。

 やっぱり毒見をしておくべきだった。


「それに、効果は報告以上のものがありそうだね。古傷が治ってるよ」


 辺境伯様は自分の手を確認している。


 魔術師にはポーションが効きにくい。

 相当高位のポーションを使っても傷口がふさがらないなんてことも起こるそうだ。


 それなのに、古傷まで治してしまうとはかなりの高位のポーションなんじゃないだろうか。

 値段は普通のポーションの十倍以上するが、これであれば買うものもいるかもしれない。


 それに、心なしか肌もツヤツヤしている様に見える。

 これなら貴族に美容品としてうることができるか?

 美容関係はそれこそ湯水のようにお金を使う人がいるからな。


 いや、そんなことより今は戦争の方が優先される。

 その辺りに使える様になるとしても第三王子が政争に勝ってからだな。


 ……それに、首輪付きの私には関係ないことか。


「そういえば、戦争の方はどうなのですか?」

「気になるかい?」


 声音は普通だが、辺境伯様の視線がキツくなる。

 冷や汗が私の背筋を伝う。


 戦争の話は地雷だったか?

 辺境伯専属になっているとはいえ、商人が気にするべき内容ではないというのはわかる。


 もしかしたら、評価が少し下がってしまったかもしれない。


 もうここまできたら本当のことを言うべきだろう。


「いえ。ミーリアさんが気にしていましたので。今後もポーションを量産するべきなのかと」

「……そうかい。まあ、少しくらいは教えておいても良いかもね。アリアの功績でもあるんだし」


 辺境伯様は机の上の資料を手に取る。

 そういえば、アリア様が王都で色々やって開拓村が注目されたからその隙に戦争関係の情報を抜き取ったと言っていたか。


 あれはその資料なんだろう。


 辺境伯様が苛立たし気にしているのは少し気になるが、ミーリアさんに聞かれたのだ、聞ける部分は聞いておくべきだ。


「どうも、隣国は戦争に魔物を引っ張り出してくるつもりらしい」

「戦争に魔物をですか?」

「あぁ。どうも、魔物を誘導する魔道具が見つかったらしくてね。それを使って私たちの軍に魔物をぶつけるつもりらしい」


 辺境伯様がいら立っている理由が分かった。


 魔物は人類共通の脅威だ。

 どうやら、隣国はそれを戦争に利用するつもりらしい。


 魔物を戦争に使う国なんて聞いたことがない。


「教会は何も言っていないんですか?」


 回復魔術を使う教会は魔物を神敵としている。

 敬虔な教徒は魔物からとれる魔石さえも使わないほどの徹底ぶりだ。


 そんな教会が魔物を利用するなんて言う行動許すはずがない。


「どうも、うまく隠してるらしくてね。今回の戦争でも偶然魔物が迷い込んだと白を切るつもりらしい」


 隣国は教会に対する対策も考えているらしい。

 だが、どんな対策であろうと、そう何度も使えるわけがない。


 もしかしたら、今回の戦争で我が国に大打撃を与えるつもりなのかもしれない。

 どちらにしても、いつものような小競り合いでは終わらなさそうだ。


「隣国の魔物は動きを止める力を持っていたり、少し厄介らしいからね。今から対策を考えているところだよ。ほんとに早くわかってよかった」

「なんとか、なるんですか?」


 ジーゲがそう聞くと、辺境伯様はむつかしい顔をする。


「わからないね。経験のないことだから。グレイスネークは大きな音や強い光を嫌うっていうから大きなドラでも用意しているところだよ」

「そんなことでどうにかなるんですか?」

「やらないよりはマシだろ?」


 たしかに、我が国と隣国では出る魔物の種類が違う。

 グレイウルフとは何度も戦闘している辺境伯様でも、隣国に出現するグレイスネークの対処法などは知らないのだろう。


「そうだ。次に村に行く時に何か手がないか錬金術師に聞いておいてくれるかい? 魔の森の近くで生活しているんだからもしかしたら何か手を持っているかもしれない」

「そうですね。ポーション瓶ができるだけ早く追加で欲しいと言われているので、仕入れが済めばすぐに向かおうと思います」


 小競り合いはいつも夏前に行われる。


 まだ時間があるから、一か月後にポーションを取りに行こうかと思っていたが、隣国が魔物を使うなどという禁じ手を使ってくるのだ。

 できるだけ早くポーションを手に入れたほうがいいだろう。


 それに、魔の森の近くで暮らしている錬金術師であれば、いろいろな魔物の特徴などを知っているかもしれない。


「……空のポーション瓶だったら、城の倉庫にあるはずだから持って行っても良いよ」

「よろしいのですか?」

「構わないよ。半分はうちへの納品用だろうしね」


 城の備蓄品ということは、緊急時のために用意しておいたものだろう。

 今それを使うということは、辺境伯様から見ても、今回の隣国の行動は緊急事態だということなのだろう。


 可能性が低くとも、色々な情報を集めているのかもしれない。

 そういえば、いつもより屋敷が慌ただしかった気もする。


 少しでも早く行動するべきだとジーゲは思った。


「では、明日にでも出発しようと思います」

「悪いね。頼むよ」


 ジーゲも今は辺境伯様のお抱えの一人だ。

 辺境伯家にとって良い方向に向かう様に動くのは当然だろう。


 ジーゲは頭を下げて退室した。

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