貴族の闇依頼

「いらっしゃいませ」

「……」


 俺の経営するバーにいつものように客がきた。

 王都のスラム街にあるこんなバーに来る客はまともな客じゃない。

 おそらく、裏の仕事を依頼に来た相手だろう。


 このバーは俺の昔いた組織の連絡の場となっている。

 歳をとって組織の仕事にはついていけなくなったので半分抜ける代わりに連絡役の仕事をしているのだ。


「なんにしますか?」

「……」


 男は無言のまま俺の前に座る。

 そして、辺りの気配に神経を研ぎ澄ませる。


 こういう客は多い。

 後ろ暗い依頼をする者の半数はそうだ。

 特にバックに貴族や大きな組織がある客はうかつに話をしたりはしない。

 盗み聞きなどを警戒しているのだろう。


 こっちもそんなことがあれば店を畳むしかないので、十分な警戒をしているが、お偉いさんは俺たち下々の人間を信じたりはしないのだ。


「……どうぞ」


 俺は無言で水を差し出す。

 まあ、飲まないだろうが、何もないというのも不審に思われる。


 そして、魔道具を発動させた。

 この魔道具はカウンターに座った人間の声が俺にしか聞こえなくなる魔道具だ。

 どこかの遺跡から出てきた物らしいが、こういう仕事の時には最適だ。


 しかし、なんの用事だろうか。

 今は王都で社交が開かれている。

 春は下々の者は何かと忙しいというのに、お貴族様とは本当に暇なのだなと毎年思う。


 それはさておき、大体は社交が始まる前には情報収集を終わらせ、暗殺の依頼をしに来るにしても遅い。

 いや、そういえば、今年の武闘会で貴族崩れが貴族を倒したという話を聞いた。


 もしかして、そいつを殺せという依頼か?


 もしそうであるならば、しっかりと調べて受ける必要があるだろう。

 その貴族崩れが強いというのもあるが、大体そういう奴は何かしらの後ろ盾を持っている。

 そこを調べずに手を出せばやけどでは済まないことになる。


 もしくは、隣国で動きがあったのか?


 ずっとうちの国と隣の国は小競り合いを続けている。

 もう原因もわからなくなるくらい昔からの因縁なので、貴族たちは真面目に戦ってはいない。

 俺たちのような裏のものを通じて隣国と繋ぎをとり、目障りな貴族を潰したり敵勢力の力を削ぐことに戦争が利用されているのだ。


 今年の夏も何かあるという話は流れてきている。


 隣国もうちと同じような状況で、隣国の好戦派がうちの国の主戦派である第二王子派と組んで第三王子派に何かをするという話だ。

 うちは関わっていないので、詳しくは知らないが、第三王子派にはうちに人員は行かないように手配している。


 第三王子はスラムで炊き出しなどをしてくれるいい王子だが、戦争がなくなると俺たちも困るのだ。


「依頼がある」

「どういったご用件でしょうか」


 たっぷり十分ほどしてから客は話し出した。

 さっきから色々な魔道具を使っていたから、盗み聞きされていない確証を得られたのだろう。


「辺境の開拓村を調査してほしい」


 予想外の依頼に俺は一瞬反応できなかった。


「……開拓村ですか?」

「あぁ。去年新しい開拓村が作られたのはお前も知っているだろ?」

「えぇ。まぁ」


 そういえば、一昨年の冬に開拓村の住民募集があった。

 辺境伯の肝煎だったのでうちからは誰も人を出さなかった。

 魔の森の近くの開拓村は魔石が手に入れやすくてうまくいけば大儲けできるが、辺境伯の目を盗んでやるにはリスクが高すぎる。

 それに、男が一人も居なくなったという話も聞いたので今年の春には無くなるだろうとのもっぱらの噂だ。

 見栄のために辺境伯が補充の人員を入れるかもしれないが、そう長くは続かないだろう。

 そんな場所を調べろとは、いったいどういう理由だろうか?


「もしかしたら遺跡が見つかったかもしれない」

「なるほど」


 遺跡。

 古代文明の遺産が大量に見つかる場所だ。


 もしそれが見つかったのであれば、相当な利益を生むだろう。


「何か確証があるのですか?」

「それくらいは調べろ。……と言いたいところだが、今は少しでも早く結果が欲しい。だから教えてやろう。武闘会に出た貴族崩れが魔術を斬る魔剣を持っていたのだ」

「そのものが件の開拓村の関係者だったと」

「そうだ」


 なるほど。

 それは調べる必要がありそうだな。


「来週にまた来る。それまでに調べておけ」

「ここから魔の森までは馬車で半月かかります。流石にそれは……」

「それまでに分かった部分だけでいい。どうせ現地に行く者の他に王都でも情報を集めるのだろう?」

「‥…ご明察です」


 俺は頭を下げた状態で苦笑いをする。

 どうやら、全てお見通しのようだ。


 こういう客は面倒なので、少しでも余裕を持っておきたかったのだが。

 まあ仕方ない。


「わかりました。では一週間後に」

「任せた」


 男はそう言って金貨を一枚置いて席を立つ。

 金貨が前金とはなかなか剛毅な客だな。

 いや、バックにいる貴族がそれだけでかいということか。


 俺は客が店から出て行くまで頭を下げ続けた。

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