閑話 愚王たちのその後Ⅱ②

「国境の状況はどうなっている?」

「はっ! こちらも中央軍が動かせないせいで攻め切れていませんが、向こうも軍を統率し切れていないらしく、一進一退という状況です。おそらく隣国も飢饉の影響を完全には払拭し切れていないのでしょう」

「そうか」


 隣国が攻めてきてから軍をかき集めて国境に向かわせた。

 軍務大臣が最前線に行ってしまったので、今対応しているのは副軍務大臣だ。


 どうやら状況は悪くはないらしい。

 どうやら隣国はまだ飢饉の影響から完全復活できていないそうだ。

 そのせいで戦争に負けたと理解していないのだろうか?


 いや、それがあっても勝てると思われたのか。

 この国の去年の状況はかなりひどいものだった。


 おそらく、そのことは隣国も承知の上だろう。

 どこから漏れたかは大体わかっている。


「隣国から人質として嫁いできた妃はまだ発見できないのか?」

「は、はい。方々に手を回して探して入るのですが、まだ……。もしかしたらもう国外に脱出しているかもしれません。手引きしたものは捕らえてあります」

「……そうか」


 人質として隣国から嫁いできた妃はいつの間にかいなくなっていたらしい。

 もっと早くに気づいていれば状況も変わっていたのかもしれないが、今更そんなことを言っても仕方ない。


 私が後宮に立ち入り禁止にされていたことで発見が遅くなった。

 原因はそれだけではない。

 騎士団が壊滅したため、近衞騎士に本来騎士団が行う仕事を依頼していたせいで後宮の警備が薄くなっていたのだ。

 その隙をつかれて脱出されてしまったようだ。


 妃たちは現在、自室で謹慎としている。

 今回のことの原因は妃たちにもある。

 私に抗議するためとはいえ、私を後宮から追い出したのは彼女たちだ。


 だが、今は謹慎以上の罰を与える予定はない。


 もっと重い罰を求める声も多かったが、妃たちは重要な役職を占める貴族の関係者だ。

 もし重い罰を与えれば国は間違いなく荒れる。

 すでに妃たちを謹慎にしているために中央へのパイプが薄くなったと不満が出ているくらいなのだ。


 そして、そういうことを言う貴族に限って力を持っている。

 この状況で自己の利益しか考えないものが権力者の中に多くいたと言うことだ。

 この国にはこんなに膿がたまっていたのかと驚いてしまった。


 しかし現状、これ以上国内を荒らすわけにはいかない。

 妃への罰や膿を出すのは全てがおさまった後ということになるだろう。


「中央軍はいつ頃動かせそうだ?」

「魔の森と領地を隣接する貴族には通達済みです。一ヶ月以内にはなんとかできるかと」

「そうか」


 魔の森と隣接するのは4つの公爵家だ。

 うち一つがルナンフォルシード公爵家でもう一つがディズロールグランドハイト公爵家だ。

 その二つも含めて四つの公爵家からは今回の戦争にも出兵を求めていない。


 ディズロールグランドハイト公爵家は今までの罰に兵を出させるべきだという話は方々から出た。

 だが、ディズロールグランドハイト公爵家からの嘆願もあったので、出兵は求めなかった。


 もっと戦後に批判を浴びそうなところがあったので、不満は分散させたいと思ったのだ。


「ルナンフォルシード公爵家は大丈夫なのか?」

「ルナンフォルシード公爵家には第二王女殿下が私兵を率いて向かったそうです。殿下の私兵は数は少ないですが、精鋭揃いと聞いているので、おそらく大丈夫でしょう」

「……そうか」


 第二王女はアーミリシアのことを気に入っていた。

 ルナンフォルシード公爵家に嫁いだ後も定期的に通っていたようだ。

 戦争が起きて中央軍が魔の森の防衛から外れるかもしれないとわかれば行くのは予想できたことだ。


「しかし、大丈夫でしょうか?」

「何がだ?」

「他の三家からルナンフォルシード公爵家ばかり贔屓していると言われないでしょうか?」

「うーむ」


 私は腕を組んで考える。


 ルナンフォルシード公爵家は法衣伯爵から土地持ちの公爵に最近なったばかりだ。

 王家が助けなければいけないということは少し考えればわかるだろう。

 だが、周りがどう考えるかはわからない。

 いざと言う時はディズロールグランドハイト公爵家を盾にするつもりだが、それだけでは足りないかもしれないな。


「第二王女の私兵は中隊規模だったな?」

「はい。そのはずです」

「であれば、他の三家には中央軍から中隊規模の部隊を残した方がいいだろう。三中隊であれば抜けても中央軍全体にはそれほどの影響はなかろう」

「では、そのようにいたします」


 副軍務大臣は頭を下げる。

 元々そのつもりだったのだろう。

 どうやらこれでこの話は終わりのようだ。


 私は大きなため息を吐く。

 今は王家の威信が低下している。

 付け込まれる隙は少しでも少ない方がいい。


 これまでに魔の森から出てきた魔物を考えると、魔の森を守る辺境軍と貴族の軍、そして、中央軍の中隊がいればなんとかなるだろう。


「はあ、もう直ぐ春なのに私のやることはどんどん増えていくな」


 冬はどこの貴族も暇なので、王都に集まってきて社交界が開かれる。

 春になれば作付けもあるため貴族が各地に散って行く。

 いつもは春になればもっと余裕があるはずなのだ。

 今年は暇になる気配は全くない。


「心中お察しします。そういえば、魔の森の辺境軍から面会依頼が来ています。春が来るので至急とのことでしたが、いかがいたしますか?」

「そんな余裕はない。少なくとも、中央軍の国境への移動を待つように伝えてくれ」

「承知いたしました」


 辺境軍からの嘆願は今までも何度もあった。

 どうせいつも通り辺境軍からの増援依頼だろう。


 中央軍と辺境軍で報告される数字が違うので、調べてみたら辺境軍は相当適当な仕事をしていた。

 理由を聞いたら忙しくて仕方がなかったと弁明してきたそうだ。

 私の十分の一も仕事をしていないのに忙しいとか言ってきたときには目を疑った。

 対魔貴族がいた頃はかなり適当な仕事をしていたのだろう。

 確認してみると、ここ数年は報告される数字が毎年ほとんど一緒だった。

 あの様子だと、毎年適当な数字を書いて報告していたに違いない。

 

 戦争が終われば辺境軍も大規模に改革する必要があるだろう。


 こっちは色々とあって家族にも会えていないのだ。

 辺境軍の愚痴など聞いていられない。


 王都はもうすぐ春が来るが、私の冬はまだまだ続きそうだ。

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