勉強しよう!②

「ここの文章と訳本のここの文章が同じはずだから、この言葉は『魔力』と読むと思うの」

「でも、それでしたら次の文章にも『魔力』という言葉が出てくるのに原文の次の文にはこの言葉は出てきませんよ?」

「あ。そっか」


 私たちはスイが夕食を食べている隣でああでもないこうでもないと二人で古代魔導士文明の言葉について話していた。

 まだ最初のページどころか、最初の一行すら訳せていないので、せめて一文くらいは訳したい。


「うーん。やっぱりレインにもう一度聞くしかないのかな」

「そうですね……」

「……たぶん、古代魔導士文明の言葉では『魔力』っていう言葉が二種類あるんだと思う」

「「え?」」


 振り向くと、スイが夕飯を食べ終えて再び食い入るように本を見ていた。


「ス、スイ? どういうこと?」

「一文目は。『人の体の中の魔力』について、書かれている。二文目は、『自然界にあふれる魔力』について、書かれてる。現代の言葉では、どっちも魔力、でも、古代魔導士文明の言葉では、分かれてたんだと思う」

「スイは古代魔導士文明の言葉がわかるんですか?」

「今日、初めて見た。でも、なんとなく、読めそう」

「うそ……」


 スイはその先もスラスラと読み上げて行く。

 私たちはその様子をあっけにとられながら見つめる。


「す、すごいです。スイにこんな才能があったなんて」

「多分、魔導書のおかげ」

「魔導書?」


 スイはどこからともなく魔導書を取り出す。


「この魔導書、私の魔力を底上げしてくれてる。それで、知力が上がった」

「そうなの?」


 スイはコクリとうなずく。


 そうか。

 魔力による強化は今まで戦闘以外で実感したことはなかったが、そんな効果もあったのか。


 今まで戦闘以外で実感したことはなかった。


「もしかして、戦闘用の衣装で勉強した方が捗るってことでしょうか?」

「あ、そっか」


 戦闘用にレインが用意してくれた衣装は魔力を強化する効果が付与されていると聞いた。

 中でも私やスイ、ミーリアの衣装は知力を上げる効果があると聞いている。


「やってみる価値はあるかも」

「そうですね」

「私も、着替える」


 私たち三人は工房で戦闘衣装に着替えて朝まで古代魔術師文明の言葉の解読を続けた。


***


「三人とも何してんの?」

「「「……」」」


 昨日はさっさと寝てしまったので今日は俺が一番乗りで起きた。

 せっかくだし工房で昨日の遺跡の拾得物の整理でもするかと思ってきてみたら、キーリとミーリアとスイの三人が完全装備で机に突っ伏して寝ていた。


 俺が貸した本が机の上に広げられているから三人で勉強をしていたんだろうけど、どうして完全装備なのか全くわからん。

 とりあえず、三人に毛布を掛けて、昨日の拾得品の山に近づく。


「……音が出るといけないし、今日はやめておくか」


 荷物の整理をしていたら少なからず音が出る。

 それで三人を起こすのも悪い。


(今すぐしなきゃいけないことでもないし、整理はまた今度にするか)


 俺は工房を出て、食堂で読書をすることにした。


***


「あ、レイン。おはよう。今日は早いのね」

「おはよう、アリア。昨日はかなり早くに寝たから目が覚めちゃってな」

「……キーリ達は? 寝室にいないからもうこっちにいると思ったんだけど」

「アリアも理由は知らないのか。キーリとミーリアとスイの三人はなぜか工房で寝てたよ。それも完全装備で」

「え?」


 俺の言ったことの意味が分からなかったのか、アリアは何度も瞬きする。


「工房で? 完全装備で? なんで?」

「いや、知らないよ。よく寝てるみたいだったから毛布だけ掛けて出てきた」

「……そう。わかったわ。でも、そろそろ朝食の準備を始めないといけないから起こしてくるわね」

「なんだったら俺が手伝おうか?」

「レインは何もしないのが最大の手伝いだから」

「……はい」


 料理となるとどうしてもうまくいかない。

 一人の時は適当に切り刻んで焼いてたから特に気にしていなかったが、どうも俺は不器用なんだよな。


 しばらくして、アリアは一人で戻ってくる。


「三人はちゃんと起きた?」

「えぇ。起きたわ。今着替えているところ」

「なんで完全装備だったの?」

「知らない。起こしたら時間を聞かれてバタバタと着替え始めたから」

「お、おはよう。遅れてごめん」


 俺とアリアが話しをしていると、キーリが食堂に入ってくる。

 続くようにしてミーリアとスイも入ってくる。


「別にいいけど、どうして完全装備で寝てたんだ?」

「……それは」

「装備で知力を補正したら、古代魔術師文明の言葉の、解読がはかどると思って」


 言いにくそうにしているキーリとミーリアをよそにスイは理由を答える。


「魔導書を持ってから、明らかに、知力が上がったから」

「あぁ、そっか。で。効果はあったの?」

「それが全然。やっぱり魔導書は補正率がすごいのね」


 キーリは肩をすくめる。


「明日もスイを中心に解読していこうと思っています。昨日でとっかかりはつかめましたので」

「そうか……」


 俺は三人の話を聞いて少し考える。

 ちょうどいいタイミングかもしれない。


「キーリ」

「なに?」

「知力を上げる道具を作ってみるか?」


 俺はキーリに新しいアイテムの作成を提案した。


***


「無事帰ってこれましたね。ジーゲさん」

「そうですね。皆さん、ありがとうございます」


 俺たちは辺境伯の居城もあるこの町にあるジーゲさんの店まで帰ってきていた。

 ジーゲさんがほっと胸をなでおろし、俺もほっと胸をなでおろした。

 ジーゲさんの護衛依頼は無事に終了したことになる。

 行きも帰りも何もなかったが、帰りはとても高価な荷物があったので、めちゃくちゃ気を使った。


「ねぇねぇ。ラケル。私一度パーティーを抜けていい? あの村に行きたいんだ」

「まあまて、俺も行きたいから、あとで一緒に行こう」

「やったー!」


 ゼールも一緒に行きたいと思うから、パーティーみんなで行けばいいだろ。

 ジーゲさんも苦笑いをしている。

 彼もいっしょに行きたいのだろうが、いろいろと準備しないといけないものがあるし、すぐには無理だろう。


「店主。申し訳ないが、表に出てきてください」


 俺たちが荷下ろしの手伝いをしていると、店の外から声が聞こえてきた。


「誰だろう?」

「来客の予定はなかったんですがね?」


 仕入れの旅で休業中のはずだから、誰かが来るはずはない。

 それどころか、まだ荷下ろし中だから帰ってきたことを知っているものもいないだろう。


 だが、どうやら、相手はジーゲさんがいることを知っているようだ。


「どうします? 俺が見てきましょうか?」

「……いえ、お得意様とかだったらいけないので私が行きましょう。ラケルさんは護衛についてきてくれますか? 報酬は払いますので」

「わかりました。でも報酬はさすがに受け取れないです。この状況で逃げるってわけにもいきませんからね」


 そう、軽口をたたきながら俺とジーゲさんが店の外に出る。


「商人のジーゲとその護衛をしていた冒険者ラケルだな? 辺境伯様が呼んでいる。そのままの格好でいいのでついてくるように。あ、あと仲間も一緒に連れてきてくれ」


 外には店をぐるっと兵士が囲んでいた。


 ジーゲさんの方を見ると、一点を凝視している。

 視線の先には縛られた男が立っている。

 彼は確か、この領一番の錬金術師じゃなかっただろうか?

 なぜ縛られているんだ?


 まあ、ジーゲさんが青ざめた顔をしているところをみると、いいことではないだろう。


 どうやら、俺はとんでもないことに巻き込まれたらしい。

 無理してでも逃げるべきだったかもしれない。


 俺はため息を噛み殺しながら店の中にリリファとゼールを呼びに戻った。

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