母と転生者①
「レイン。そんなに本ばっかり読んで、楽しいのかい?」
「母さんが呪いであと十年生きられるかわからないのに楽しいも楽しくないもないよ」
十歳のころ、俺は古代魔術師文明の本ばかりを読んでいた。
このころは俺は母さんと二人の生活を結構長いこと続けていた。
俺は五歳の時に俺たちの家系に付きまとう呪いのことを知り、母さんが死ぬ前に何とか呪いを解こうと必死になっていた。
「まあ、お金は有り余ってるからレインが魔術の勉強をする分には別に問題ないけどね」
「うちは完全自給自足だから対魔貴族の仕事で受け取ったお金がたまる一方だったみたいだしね。これ、何代分貯めてあるの?」
「さぁ? 少なくともアタシは親父が金を使ってるところを見たことないね」
魔の森が近くにあり、魔の森での活動が強さに直結するのでうちの家系は一日のほとんどを魔の森の中で過ごす。
魔の森から出るのは家で寝る時くらいのものだ。
「なんか、力を求める男とか、酒とか博打とか好きそうなのに」
「酒も博打も時間をとるじゃねぇか。その時間を修行に当てたほうがいいだろ?」
「……そうですか」
脳筋家系だとは思っていたが、そこまで脳筋だとは思ってなかった。
「まあ、本当は分家の人間が酒で寿命を削ってさっさとおっちんじまったからそれ以来酒は控えるべきってことになってるらしいけどな」
「え? この呪いって食生活で寿命が縮んだりするの? じゃあ、食事も何とかしないと」
今は魔の森で取ってきた野菜や肉を食べていたが、栄養を考えて畑とかも作った方がいいかもしれない。
俺は生活改善に向けて動き出すことに決めた。
***
「レインもよくやるね」
「少しでも長生きしたいしね」
俺は今日も畑を耕していた。
農具はうまく扱えなかったので、魔術で無理やり耕している。
これが思いの外、魔力を食う。
他にも町でいろいろな健康グッズとかも買ってきて、この一ヶ月で家の中はごちゃごちゃとしてきてしまった。
まあ、ほとんどが壊れて動かなくなった魔道具を二束三文で譲ってもらったものだけどな。
効果の程もよくわからない。
魔術って本当に便利だ。
古代魔術師文明のものだったら一瞬で直せるんだから。
どうやら直しているところを街の何人かには見られたらしいけど、買った後だし別に問題ないだろ。
「まあ、レインの人生なんだ。好きにすればいいさ。修行は片手間になってるのはちょっと気になるけどね」
「……本当は母さんにもあまり危ないことをして欲しくないんだ。できるなら対魔貴族の仕事だってやめてほしいくらいだ」
ずっと母さんと二人きりの生活を続けてきた。
修行して、森で動物を狩って、食べる。
料理もまともにできない母さんだけど、俺は今の暮らしも悪くないと思っている。
呪いを解いて、できるだけこの生活を長く続けたい。
「……そうかい。レインはそんな風に考えてたんだね」
「?」
母さんは何かを考えるように黙り込む。
しばらくの間、母さんは俺のことをじっと見つめていた。
***
「よし、レイン。魔の森に行くよ! 準備しな!」
「いや、なにが『よし』なのかわからないし。どういうこと?」
「レインに対魔貴族の秘密の最後の一つを教えるよ。レインへの指導は今日が最後になるから心してついておいで」
いつも以上に真剣な表情の母さんに、言葉を発することができなかった。
「わ、わかった」
「レインは見ているだけでいいけど、装備は全部持ってきな」
「全部? 魔の森の奥に行くの?」
俺は準備をしながら質問する。
準備といっても、片手剣一つといつも身につけてる装備を着れば終わるので一瞬だ。
魔の森の奥の方にはまだ行っていない。
俺はまだそこまで行かなくても魔力が上昇している。
だからそこまで行く必要もないのだ。
母さんは俺が一人でも十分戦えるようになってから魔の森の奥へ行って鍛錬をしているから、その辺に何かあるのかな?
「あぁ。魔の森の一番奥まで行くつもりだよ」
「へ?」
俺は驚いた顔のまま母さんに引きずられるようにして家を出た。
***
「う、そだろ?」
「どうだい? 初めて見るだろ」
俺の目の前には大きな竜が横になっていた。
どうやら寝ているらしい。
母さんについて森の最奥に来ていた。
途中から、母さんにしては珍しく身を隠すように進んできたからおかしいとは思っていたんだ。
どうやら、この竜から身を隠していたらしい。
竜の奥には魔力の噴き出す地点、龍脈がある。
魔力を見ることができるようになったからわかる。
あそこの魔力濃度は尋常じゃない。
おそらくここが母さんの言ったこの魔の森の最奥なんだろう。
魔の森の奥には龍脈があるとは聞いていたが、あそこまでのものとは思っていなかった。
「すごい」
「すごいだろ? 何代か前のご先祖様が見つけたんだ」
「何代も前? じゃあ、あいつはなんでまだ倒されてないの?」
対魔貴族の鍛え方はその魔物の周りで鍛え、魔力量を上げて魔物を倒す。
魔の森の性質上、そのエリアの魔物はそのエリアで魔力量が最大になった人間には敵わない。
よくわからないが、同じエリアにいると魔物より人間の方が強くなるのだ。
だから、何代も前に見つけられていたならもう倒されててもいいはずだ。
「それはね。あの竜が狡猾だからさ。あの竜が起きている間はあの竜がここら一帯にいるものを追い出しちまうんだ。だから、今まで誰もこの辺で修業できてないのさ」
「え?」
「たぶん、あいつは私たちが魔の森で修業して強くなっていることに気づいてるんだろうね」
修行できないんではあの魔物を倒すことができない。
今まで倒されていないはずだ。
「じゃあ、今はなんで襲われないの?」
「あいつは空の色が青から赤に変わっていく短い時間だけ眠りにつくのさ。さすがに攻撃すれば起きるけど、近くに来た程度では攻撃されない」
さっきから動きを見せないと思っていたが、どうやら寝ていたらしい。
「よし。じゃあ、今から私はあの竜に挑んでくるから、レインはここで見ているんだよ」
「なぁ!?」
母さんはいきなりとんでもないことを言い出した。
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