辺境伯が村にやってきた!④

(うむ。まあまあだな)


 少年からは大した魔力は感じられなかった。

 だが、在野の魔術師にしてはなかなか使えるほうなのではないだろうか?


 おそらく、このレベルであれほどのものを作るとは彼は物を作ったりする魔術をこれまで極めてきたのだろう。

 いや、アリアとの間に上下関係があまり感じられない。

 彼が材料を作り、アリアたちがくみ上げるとかをして魔術の利用を最小限に抑えたというのも考えられる。


 同じ方法で一夜にして城を作り上げた”築城”の異名を持つ冒険者もいるくらいだ。


「呼び出して悪かったね。名前は?」

「レインと申します。辺境伯様にお目に掛かれるなど、光栄の極みです」


 冒険者に話すつもりで話しかけると、意外にしっかりした返事が返ってきた。

 見かけによらず、結構な年なのかもしれない。


「お前が魔術でこの家を作ったと聞いたが、アリアのために骨を折ってくれてありがとう」

「いえ。僕がいなくてもアリアたちもこれくらいの家は建てられるようになるでしょう」

「?? そうか。アリアたちとは仲良くやれているか?」

「彼女たちにはよくしてもらっています」


 案の定、同じことがアリアにできると言い出した。

 魔術が使えないアリアにできるようになるということは魔術で手伝った部分は少ないのだろう。


 だが、建築の知識はあるのだろう。

 大方、それをアリアたちに仕込んでいるというところか。


「フローリア辺境伯様。レインの移住を許可していただけるでしょうか?」

「……悪人ではないようなので、まあいいだろう。アリアも彼からいろいろ学ぶといい」

「はい」


 アリアはほっとしたような様子で胸をなでおろす。

 どうやら、彼との関係は良好なようだ。

 これであれば、このままこの村をアリアに任せても大丈夫だろう。


 私が帰る準備を始めようとすると、執事長がすっと寄ってくる。


「アリシア様。物品の売買と新たな移民の件を」


 そして、私の耳元で小さな声で話しかけてくる。

 そうだった。

 男性の移民候補を連れてきていたのだ。


 そして、住民が増えるせいで食料などが足りない恐れがあるから、この村でとれる物品を買い取って食料を村に売ることに決めていた。


 アリアは私からの施しのようなものはあまり受け入れてくれないからな。

 移民の話をする前に物品の売買の話をしないとへそを曲げて無理をするかもしれない。


「そうだ。せっかく来たので、魔石などを買い上げていこう。用意してくれるか?」

「はい。すぐに準備します」


 アリアが奥に行き、魔石を持ってくる。

 思った以上の量があり、中にはとても大きな魔石が一つ混じっていた。


 これほどの魔石を落とす魔物だ。

 相当強かっただろう。

 予想以上の過酷な環境に連れてきた移住予定の男たちの顔が引きつったのがわかる。


「あと、これは買い取っていただければでいいのですが」


 アリアがそういって小瓶に入った緑色の液体を私の前に取り出す。


「なんだい、これは」

「土属性の魔術成分物質を抽出したものです」

「な!? これが……」


 話には聞いたことがある。

 魔術の宿った物質の中から特定の物質を取り出したもの。

 熟達した錬金術師しか作ることができず、魔術薬の素材には必要不可欠だという話だ。


 確かに、瓶からはうっすらもれだす魔力が感じられる。


「……これは、この村で作られたものなのか?」

「? はいそうです。素材はたくさんありますから。レインが売れるかもしれないので見せてみてはどうかと……」


 どうやら、これもあのレインという少年が作ったらしい。

 やはり、あの少年はかなりの錬金術の使い手のようだ。


 もしかしたら、研究のために魔の森の近くに引っ越してきたのかもしれない。

 もしそうであるなら、得難い人材だ。


 そうでなくても、この『土液』と呼ばれる液体は魔力のこもった防具や武器の修繕には欠かせないと聞く。

 これがあるとないとでは勝敗が左右されるほどの戦略物資なのだ。


 今は敵対派閥との間に緊張した空気が流れている。

 彼はなんとしてでも私の勢力下においておきたい。


 私はチラリとアリアの方を見る。


(アリアには迷惑をかけることになるが、仕方あるまい)


 これだけの人材だ。

 アリアは彼をつなぎ止めるためにどれだけの対価を払っているのか想像もつかない。


(必ずこの働きには報いよう)


 私は覚悟を決めてアリアのほうを見る。


「わかった。本物か私では判断できないので、この小瓶一本分は私が買い取ろう。次来る時までにもう少し準備しておいてくれると助かる」

「ありがとうございます」


 アリアは頭を下げる。

 本当に喜んでいるようだ。

 自分の行動の結果が私に認められる商品を生み出すという最高の形で出たのだ。

 うれしいだろう。


 しかし、この小瓶一品分作るのは大変だと思う。

 すべて譲ってくれるようだ。

 こちらとしても、錬金術の使えるものなどに本物か確認する必要があるので、量は多いほうがいいから助かる。


 もし本物であるのなら、今回手に入った魔石全部より価値のある物なのだから。


「今日は実りある一日であった。次来るのは春ごろになると思うが、その時はよろしく頼むぞ」

「はい。お待ちしています」


 私は連れてきた面々を一度見まわす。

 ここに置いていく予定だった男たちは完全に委縮している。

 まるで刑を待つ囚人のようだ。


 これではおいていけないな。

 こいつらとのごたごたでレインとかいう錬金術師がへそを曲げてしまえばアリアがこれまで頑張ってきた苦労が水の泡になってしまう。


「では、全員、帰り支度をしろ。今日はこのまま町へと向かう!」


 私は連れてきた全員を引き連れて領とへの帰路についた。

 男たちはあからさまにほっとしたような様子を見せ、執事長はいぶかしげな眼で私を見ていた。


 ***


「よろしかったのですか?」


 開拓村が見えなくなってきたころ、執事長が話しかけてくる。


「よろしかったって何がだい?」

「開拓村に移民を置いてこなくてです。あの開拓村の土地がすべてレインという少年のものになりますが……」

「あぁ。そのことかい」


 私は懐から先ほどアリアから買い取った小瓶を取り出す。


「こんなものが作れる錬金術師が住み着いてくれたんだ。無理やり押し付けた住民といざこざがあって出て行っちまったらもったいないだろ?」

「それはそんなに貴重なものなんですか? かなりの額を払っていたように見えましたが」

「本物か私では判断できなかったんだけど、そうだね。純度次第ではあるけど、これ一本で領都に家が建つくらいだよ」


 執事長が驚愕に目を見開く。

 この執事長の驚く顔なんて久しぶりに見たので、これが見られただけでもあの村に行った甲斐があったってもんだ。


「彼はすごい魔術師なんですね」

「すごいってわけじゃないけど、器用な魔術師なんだろうさ。私でもこれは作ることができないからね」

「……第三王子の役に立つとお考えで?」

「まあ、ないよりはいいかもしれないね」


 今この国は王位継承争いで荒れている。

 第一王子が病弱なため軍国主義の第二王子と平和主義の第三王子で王位を争っているのだ。


 第二王子が勝てば、国は荒れる。

 だから、私は第三王子を支持していた。


 あの錬金術師がどこまで使えるかはわからないが、いないよりはいたほうがいいだろう。

 いなくなるくらいならまだしも、へそを曲げて相手の味方をされてしまっては大損だ。


「いずれにせよ、あの村は辺境伯領にとって重要な場所になりそうだ。充分注意しておくれ」

「承知しました」


 あの村の税収は魔の森に最も近い村というだけあって群を抜いて多い。

 それに今回、凄腕の錬金術師が加わったのだ。

 来年の収穫は今年よりも伸びるかもしれない。


 私は手に持った小瓶を太陽にかざす。

 私はあの少年が何か波乱を起こしてくれるような気がしていた。

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