閑話 愚王たちのその後③

「父上。もうすぐ王都に帰れますね」

「あぁ。まったく。国王陛下もひどいことをなさる」


 私はルナンフォルシード伯爵家次期当主でもある息子と一緒に新しく私の領地となった場所に来ていた。

 およそ一週間ちょっと前の婚約破棄の件で国王陛下から新しくこの土地が私たちに与えられたのだ。


 あの日、領地持ち貴族となったことで今までの仕事はほかのものに引き継がれ、数日後には辺境へ向かう手筈が整えられていた。

 おそらく、私が知らなかっただけでいろいろな所で根回しがされていたのだろう。


「しかし、ひどい場所でしたね。辺境というのは」

「全くだ」


 何もない土地で、領民もほとんどいない。

 唯一いるのは魔の森を監視する警備隊のための町の住民くらいのものだ。


 その住民もみな粗野で礼儀のなっていない者たちばかりだ。

 私の領地となれば教育する必要があるだろう。


 今日は最後の村を回り、明日から王都に一度帰ることになる。


「母上も憤っていました。高貴なるルナンフォルシード伯爵の持つような土地ではないと」

「……彼女にも悪いことをした」


 妻は私と同じ伯爵家の出身だ。

 彼女は土地持ち貴族の出身で、芸術が盛んな王都に近い領地を治めている。


 そんな場所と比べてこの場所はゴミ箱のように見えるだろう。

 土地持ち貴族の出身だからと無理を言ってついてきてもらったのは失敗だった。


「明日からは忙しくなるぞ。これまで見てきたものを考えると、かなりの脱税があるだろう。搾り取れるだけ搾り取ってやらないと」

「さすがは父上。下賤なものどもの考えなどお見通し、ということですね」

「なに。お前ならすぐにでも――」

「「「「「「GAAAAAAAA!」」」」」」


 その時、獣が叫ぶような声が聞こえて、馬車が止まる。


 私と息子はうっかり椅子から滑り落ちてしまった。


「な、何事だ!?」

「伯爵閣下、大変です」


 扉が開いて騎士が飛び込んでくる。

 叱責しようかと思ったが、今はそれどころではない。

 罰はあとでもいいだろう。


「何があった?」

「た、大量の魔物の群れがこちらに向かってきています!」

「な――」

「「「「「「「GAAAAAA」」」」」」


 私たちは馬車ごと魔物の群れに飲み込まれてしまった。


***


 会議室は暗い空気に満たされていた。

 先程、魔の森の魔物相手に騎士団が全滅したという知らせが届いたからだ。


 その上、騎士団が対応すると聞いて防衛準備を行なっていなかった中央軍は急な出撃によって大きな被害を受けてしまった。

 辺境を任せていた警備隊については壊滅状態だ。

 ここに来てやっと対魔貴族という役割のものがどれだけ重要だったか、王国の人間は気づき始めていた。


 だが、今更どうすることもできない。

 国王自ら対魔貴族はなくすといってしまったのだ。

 それも、その特権を取り上げたうえでの役職の取り上げだ。

 あのパーティーには多くの貴族が来ていた。


 ……いや、今はもうそんな見栄えを気にしていられる状況ではないか。

 南の穀倉地帯が守れるかどうかの瀬戸際なのだ。


「内務大臣」

「はい」

「元対魔貴族のレイン=ウォルフィード、いや、今はレイン=ルナンフォルシードであったか。彼に対魔貴族に戻るように王命を下す。特権も全て戻し、公爵と同等の扱いとすることにする。王宮に召集してくれ」


 その言葉を聞いて、軍務大臣と財務大臣の顔色は一気によくなる。


「それが良いでしょう」

「そうですな。間違いはすぐに元に戻すのがいい。財務大臣としてもできる限りの支援をいたします」


 口々にそういう軍務大臣と財務大臣をよそに、内務大臣の顔は真っ青になっていた。


「どうかしたか? 内務大臣」

「そ、それがですね。レイン=ルナンフォルシードは婚約パーティの日にルナンフォルシード家を追放となり王都から出ていったとの報告を受けています」

「なんだと!? なぜそんなことになっている!」


 内務大臣は言いづらそうに続ける。


「……恐れながら、このルナンフォルシード卿の対応は当然かと。王家との婚約を破棄され、十五歳まで山野で育ったものなど貴族として扱うことはできません。それに、あのような罰則を与えられてはルナンフォルシード卿の心中が穏やかでないのは当然かと」

「ば、罰則? 何のことだ?」

「与えられた領地のことです。大穀倉地帯があるおかげで食料に困らない我が国にとって魔の森のそばの土地はあと数十年下手すれば百年は開拓できない地となりましょう。そんな地を与えられるのは罰則以外の何物にもなりません。お気づきになっていなかったのですか?」

「……」


 なんということだ。

 解決するための最も効果的な方法が取れなくなっているとは。

 軍務大臣や財務大臣も沈痛な顔でうつむいている。

 彼らもあの婚約披露パーティーにいたのだ。

 内務大臣の言っていることの意味が分かるのだろう。


「陛下。恐れながら、もう魔の森の前線を下げるしかないかと。魔の森の中心から離れればその分魔物は弱くなると聞きます」

「うむ」


 軍務大臣の意見を私が検討する。

 不幸中の幸いというべきか、魔の森の近くはまだ開発の手が入っていない。

 下げてもそれほど大きな影響はないだろう。

 焦ったように内務大臣が止めた。


「な、なりません。魔の森の近くの土地は褒美という形でルナンフォルシード家に与えたばかりです。ここで前線を下げるということは与えた褒美を取り上げるのと同義。そんなことをすれば我が国の信用にも関わります」

「なぁ! ではどうすればいいというのだ!」

「……もし、前線を下げるのであれば、ルナンフォルシード家に褒美として与えた土地と国有の土地を交換する必要があるかと」


 国有地を失うのは痛いが、それしか手がないのであれば仕方ない。


「……むぅ。それしかないか。財務大臣。同じ面積になるように土地を算出して交換の依頼を出しておいてくれ」

「承知いたしました」


 この後、計算の結果、南部の大穀倉地帯すべてがルナンフォルシード家のものとなるとわかり、何とかできないかと検討を重ねたが、妙案は浮かばず、王家は大穀倉地帯という大きな収入源を失うこととなった。

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