魔の森で鍛えよう!⑧
「なぁ! レイン兄ちゃんはどこにいるんだ?」
「あそこ。跳ね橋の、すぐ隣、地面に手を突いてる」
展望台について最初にレインを見つけたのはスイだった。
スイが指さすほうを見ると、スイの言う通り、跳ね橋の隣でレインは真剣な顔で地面に手をついている。
あの跳ね橋は堀のせいで村の中から逃げられない事態になるのはさすがにまずいからと言って昨日村に帰ってきた直後にレインが作ったものだ。
そういえば、あの跳ね橋を作ったときもあんな感じで地面に手をついていた気がする。
あいつは真剣な顔をしているとかっこいいのよね。
「魔術が、発動する」
ゴゴゴゴゴゴゴ!
スイがそういった直後、地面が大きな音を立てて揺れた。
今朝の家を建てた時より揺れが激しい気がする。
その直後、レインの手をついている部分から石の壁が生えてくる。
その石の壁はこの前レインが作った堀に沿うように伸びていき、すぐに村を一周するような壁が出来上がる。
「……すごい」
誰かがそう漏らす。
私も同じ気持ちだ。
王都にあっても違和感がないような石造りの壁を一瞬で作ってしまうなんて、レインはどれだけすごい魔術師なんだろうか。
「おーい! レイン兄ちゃーん!」
リノが大きな声でレインを呼びながら手を振ると、レインは壁の上から笑顔で手を振り返してくる。
展望台にいる私たちをすぐに見つけたということは、私たちがここで見ることは予想通りだったのだろう。
「もっと魔術を使えるようにならないと……」
私は屈託のない笑顔で手を振ってくるレインを見てそう呟いた。
***
村の壁を作った後、リノの声が聞こえてきたので家のほうを見ると、5人が展望台から俺のほうを見ていた。
まあ、窓から見ていてもいいとは言ったが、まさかわざわざ展望台に上がって魔術の発動を見ているとは思っていなかった。
この程度の魔術であればそう遠くないうちにできるようになるんだが、もっと派手なことをすればよかっただろうか?
リノは元気いっぱいに俺のほうに手を振ってくれているが、他の4人は特に大きなリアクションを取っていない。
期待はずれで魔術への興味が薄れてたりしたら嫌だな。
「……ま、いっか」
もっとすごいの見せてくれとか言われたらじゃあもっと魔術を勉強しろとでも言っておけばいいだろ。
……勝手に村の外に出て魔の森で修業できないように村の周りに探知魔術だけは張っておこうかな。
俺は今後の魔術修行のことを考えながら家への帰路をゆっくりと歩いた。
***
「アリシア様。これが今年の納税報告書です」
「ご苦労」
私は執事長から今年の納税の書類を受けとり、目を通す。
毎年この作業は慎重にやらないといけない。
女だてらに辺境伯などをやっていると、税金をちょろまかそうとするものははいて捨てるほど出てくる。
私も別に辺境伯になりたかったわけではないが、男兄弟がおらず、適任者がいなかったことと、他のもの以上の魔術の素質があったため、父から辺境伯の爵位を受け継ぐことになった。
まったく、この王国の魔術能力第一主義は何とかならないのか。
魔術が使えるからといって民や配下が言うことを聞くわけではないのだ。
最近は落ち着いてきたが、納得しない親族や家の者とのごたごたは本当に面倒だった。
幸い、子宝にも恵まれ、長男が一定以上の魔力の素質を持っていることがわかっているので、私の次の世代は私の時ほどごたごたしないだろう。
私は納税書類に一通り目を通し、問題がないことを確認し終える。
「問題はなさそうだな。……そういえば、アリアに任せた開拓村の様子はどうなっている?」
「は? 開拓村でありますか?」
納税書類の最初の方に今年からかなりの税を納めている開拓村の名前が書かれていた。
まあ、開拓村なので名前はまだなく、「開拓村1」と書かれていたのだが。
あの開拓村は新規に魔の森を開拓して作ったもので、村長を私の姪でもあるアリアに任せたのだ。
なんでも彼女は魔術が使えないせいで家から追い出されたらしい。
(あの妹も昔は魔術が使えないからといって娘を追い出すような子ではなかったと思うんだが)
他の家のことなので、私には口は出せないが、追い出されて行き場を失った彼女に開拓村を任せた。
開拓村の生存率が低いとはいえ、村長は比較的生き残る可能性が高い。
よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。
「少々書類を探してきます」
「頼む」
執事長は私に一言告げて部屋の外に出ていく。
まあ、私も納税書類を見るまで忘れていたので彼があの村の書類を準備していないのは当然だろう。
私は少し冷めてしまった紅茶に口をつけて執事長が帰ってくるのを待った。
「辺境伯様! 大変です!」
「! どうかしたのか! 隣国の侵攻か?」
執事長が血相を変えて部屋に入ってくる。
「いえ、そうではありません。先ほど言われてアリア様に任せた開拓村について調べたのですが、大変なことになっていたのです」
「なに!?」
私は執事長から書類をひったくる。
――――――――――
開拓村
住民
男:0人
女:5人
今年の春に村に男性10人女性10人で移住し……
――――――――――
その書類には開拓村の説明が書かれていたが、一番最初の現在の住民の欄で私の思考は停止した。
どうして男性がいなくなっているんだ?
その理由はその書類の後半に書かれていた。
どうやら、魔物に襲われ、残った男性が臆病風に吹かれて逃げ出したらしい。
男性住民の募集を行っているようだが、うまく行っていないようだ。
まあ、当然だろう。
この国はずっと戦争をしていて男性はどこも足りていないのだ。
そんなことより……。
「視察に行く必要があるようだな」
「そうしたほうがよろしいかと」
我が国では基本的に男性しか土地を持つことができない。
このまま男性がいない状態が続けばこの開拓村は解散しなければいけないだろう。
そうでなくても、女性が5人だけでは満足に作付けもできない。
「もう冬だ。雪が降る前に向かったほうがいいだろう。準備を急げ」
「かしこまりました」
私は姪の開拓村へと向かう準備を始めた。
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