大きな魔物に襲われました④

 アリアとレインが旅立ってから数時間がたった。

 私は『発光』の魔術を使って発動待機状態を作ろうと悪戦苦闘している。

 今日は出発する時間がいつもよりだいぶ遅かったが、彼女たちは無事野営地点までたどり着けただろうか?


「ミーリア。そろそろ夕飯の支度をしない?」

「……そうね」


 キーリに言われて、もう夕食の時間であることに気づいた。

 発動を遅らせるという一見簡単に聞こえることがこれほどむずかしいとは思わなかった。

 スイとリノがあっけなくやってしまっただけにその思いは強い。

 レインが言った通り、彼女たちは天才なのだろう。


 初日は今更魔術の練習なんてしても意味がないと思って真面目にやっていなかったが、スイやリノはどんどん魔術を習得していく。

 このまま私だけ何もしなければ、この村で魔術がちゃんと使えないのは私だけになってしまうかもしれない。


 それに、レインの教えてくれる魔術は生活の役にも立ちそうだ。

 こういう魔術であれば練習してもいいかもしれない。


 家を追い出される前に彼と出会っていればまた違う結果もあったのかもしれないが、そんなことを言っても詮無いことだろう。


「今日はどうする? ミーリア」

「そうね。昼に食べたスープが残っているから、それに干し肉を追加して少し味を変えるのはどう?」

「いいわね。それ」


 私の意見をキーリが採用したので今日の晩御飯はすぐに決まった。


 私たちが炊事を始めると、スイとリノも手伝いに来てくれる。


「何を、したらいい?」

「キーリねぇ。火の番は俺に任せてくれ!」

「そう? ありがとう、リノ。じゃあ、ちょっと見ておいて」


 彼女たちはとてもいい子たちだ。

 こうやって周りを見てちゃんと行動してくれるのだから。


 最近は暗い顔をしていることが多かったけど、レインが来てから笑うことが増えた。

 やはり、自分を守ってくれる存在がいるっていうのは重要なことなんだろう。


 まずは身の安全がないと私たちは何もできないんだから。


「GAAAAAAAAAAAAA!」


 私たちが夕食の支度をしていると、外から何かの鳴き声が聞こえてきた。


「な、なんだ?」

「わからない」


 その直後、外にある倉庫に食材を取りに行っていたキーリが血相を変えて家の中に飛び込んでくる。


「キ、キーリねぇ?」


 キーリはまっすぐ私たちのほうに来てスープをひっくりかえして竈の火を消した。

 そして、驚く私たちを抱き寄せて信じられないことを言う。


「魔の森から見たこともないような大きさの黒い狼が出てきた」

「え……!」

「シッ!」


 大きな声を上げそうになったリノの口をスイがふさぐ。

 今大きな声を出すわけにはいかない。


「ほんとなの?」

「間違いないわ」

「でも、堀があるから大丈夫じゃない?」

「わからない。あの大きさなら飛び越えちゃうかも。こっちに気づいたかはわからないけどーー」


 ドン!


 キーリが話している途中で何かがぶつかるような音が扉のほうから聞こえてくる。

 どうやら、堀は飛び越えられたらしい。

 あっちは魔の森の方角だ。


 どうやら、私たちがここにいるのはばれているようだ。


「……女子部屋に行きましょう。あそこが一番魔の森から遠いわ」

「そうね」


 私たちはすぐにそう判断して女子部屋へと移動した。


***


 ドン! ドン!


 さっきからどれくらい時間がたっただろう。

 この家だけはちゃんと王都から大工を呼んで建てたので、魔物の襲撃を受けても大丈夫だと信じたい。


 だが、さっきから家がきしむギシギシという音がどんどんおっきくなっている気がする。


「キ、キーリねぇ。大丈夫かな?」

「大丈夫。きっと大丈夫よ」


 バキ!


 だが、限界はすぐに来てしまった。

 完全に破壊されたわけではないが、窓の部分がゆがんだのだ。


 そして、ゆがんで外が見えるようになった部分から魔物がのぞき込んでくる。


「ひぃ!」


 そして、魔物は私たちを見て、笑った。

 完全に私たちを認識されてしまった。


「この部屋にいてはもうだめだわ。移動しましょう」

「わ、分かった」


 私の提案で部屋を移動した。


 だが、移動したとして、どれだけ持つのか。

 頼りにできるレインは町に行ってしまって、帰ってくるのは早くても5日後だ。


(……そういえば、魔物は見た目に対して少食だと聞いたことがある)


 私は、昔そんな話を聞いたことを思い出した。

 実際、この前若い男連中が連れてきたグレイウルフも男性5人を殺してその内臓を食べただけで引き上げていった。


 死体は大部分が残されたままだったはずだ。


(あいつは一匹だから一人食えば満足して帰ってくれるかも)


 私はキーリ達3人を今はレインが使っている部屋へと押し込んだ。


「ミ、ミーリア? どうかした?」

「ううん。なんでもない。ちょっとさっきの部屋に忘れ物をしたから先に隠れておいてくれない?」

「へ? 忘れものって……?」

「いい? ちゃんと隠れておいてね」


 そういって扉を閉め、家の出入り口に向かう。


 今、ここから出れば私が助かる見込みはほぼなくなる。


(でも、キーリやリノ、スイが生き残る可能性が少しでも上がるなら……)


 私は意を決して扉を開けて家の外に出た。

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