大きな魔物に襲われました⑤
家の外はすっかり夕暮れになっていた。
いつも見慣れた風景が真っ赤に染まっている。
この景色がとても不吉に見えるのは自分がこれからたどる運命が最悪だとわかっているからだろうか。
「……正面にはいないわね」
あたりを見回してみるが、家の正面にはいないようだ。
私が食べられる衝撃で家が壊れて三人が下敷きになってしまっては私が食われる意味がなくなってしまう。
そう思い、少しだけ家から離れると、家の角から馬車くらいはある黒い狼がぬっと姿を現す。
こいつがおそらくキーリの言っていた森から出てきた狼だろう。
(黒くて、すごく、大きい)
そのサイズに、たとえ小食でも私一人で満足するか少し不安になったが、今更作戦を変えるわけにもいかない。
唐突に建物から出てきた私を警戒しているのか、魔物はゆっくりと私に近づいてくる。
私は目を閉じてひざまずき、最期の時を待った。
だんだん近づいてくる魔物の恐怖に耐えきれなかったというのもあるし、最期に見るのが魔物の顔というのもあんまりだと思ったからだ。
目を閉じればアリアやキーリ、リノやスイ、そしてレインの笑顔が浮かぶ。
死ぬ直前は自分を恨んでいる人間の顔が浮かぶというが、浮かぶのは愛しい家族の顔だけだ。
この笑顔が守れるなら、私の人生も悪くないものだったのかもしれない。
「『水操作』」
「『土操作』」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
私は思わず目を開ける。
そして、目の前まで来ていた魔物に何かが当たるのを目にした。
「GYA?」
魔物はダメージを受けた様子はない。
だが、何かが当たったのは分かったようだ。
魔物はその何かが飛んできたほうを見る。
その先にはリノとスイの二人が立っている。
(まさか、さっきのはあの二人がやったの? あんなに遠くから?)
二人は腕を精一杯こっちに伸ばしている。
ここから二人のいる場所まではかなりの距離がある。
すごい。今までこんなことできなかったはずだ。
だが、今ので魔力を使い切ったらしい。
二人ともフラフラだ。
「GYAAA」
「! いけない! 逃げて!!」
私は魔物の唸り声に我に返る。
魔物は二人に向けて牙をむき出しにしている。
二人を狙うつもりだ!
私が声を出したのと同時に黒い狼はスイとリノに向かって駆ける。
後ろから出てきたキーリが二人を抱えて家の中に入ろうとしている。
が、あの調子では間に合わない。
「いやぁぁぁぁ!!」
私は顔を覆って悲鳴を上げることしかできなかった。
ガン!
直後、私の悲鳴をかき消すような大きな衝突音が響く。
恐る恐る魔物のほうを見る。
そこには大きな石の壁に衝突した黒い狼がいた。
黒い狼は立ち上がり、村の外に目を向ける。
一陣の風が吹く。
すると、黒い狼の首が落ちた。
私たちを恐怖の底に落とした魔物は魔石だけを残して呆気なく消え去った。
「な、何が……」
黒い狼が最後に見ていたほうを見ると遠くから一つの影がこっちに向かって近づいてきているのが見える。
その影はぐんぐん大きくなってきて、堀の手前まで来た時に誰かわかった。
レインが私たちを助けに駆けつけてくれたのだ。
堀を飛び越えて私のすぐそばまで来たレインは抱えていたアリアを下ろす。
アリアはそのまま私に抱きついてくる。
「ミーリア。無事でよかった」
「……ぁ……っ」
泣きながら抱きしめてくるアリアを慰めようとしたが、うまく言葉が出てこない。
気づけば、私の瞳からも止めどなくなく涙が流れていた。
へたり込んで涙を流し合う私たちをレインは立たせてくれる。
「一旦家の中に戻ろう。またあいつみたいなのが攻めてくるかもしれない」
私はコクリとうなずいてレインに促されるまま家に向かって歩いた。
***
「バカ!」
俺がミーリアとアリアと一緒に部屋家に帰ると、キーリにすごい剣幕で怒られた。
一瞬俺が怒られたのかと思った。
だが、彼女たちの要領を得ない説明をまとめると、キーリが怒っていた対象は俺ではなくミーリアだった。
なんでも、彼女は自分が餌になることで魔物を追い払おうとしたんだとか。
たしかに、魔物は人間を一人食べれば満足して魔の森に帰ることが多い。
どうも、人間の魔力器官に蓄えられた膨大な魔力を捕食することで満足するらしい。
それにしても、やり方が無茶苦茶すぎる。
本当にそうだとしても、ミーリアが犠牲になってしまったら誰も喜ばない。
実際、キーリとスイとリノがもう絶対に離さないと言わんばかりにミーリアにギュッと抱きついている。
アリアもその輪に加わって5人で生還を喜び合っている光景は一枚の絵画のようだ。
俺は、この光景を守れたことを嬉しく思い、なんとか間に合ったことにホッと胸をなでおろした。
***
あのあと、女子部屋は窓が壊れてしまったので、五人の私物を男子部屋に移動して、そこでみんなで寝ることになった。
俺は食堂で寝るつもりだったのだが、スイとリノが離してくれなかったのと、ミーリアに黒い狼が怖いから少しでも近くにいて欲しいと言われたので一緒の部屋で寝ることになったのだ。
まあ、結局まともに寝れなかったけどな。
同世代の女の子と同じ部屋でなんて寝れるかよ!
朝になって、やっと落ち着いたのか、昨日の詳しい状況を聞くことができた。
昨日は夕食前にあの黒い狼が村に攻めてきたらしい。
最初は家に立て籠もっていたのだが、女子部屋の窓が壊された。
男子部屋に移動はしたが、このままでは家が壊されて4人とも食べられてしまうとミーリアは思った。
ミーリアは魔物が小食であるという知識をもとに自分を生贄にして魔物に帰ってもらおうと思い、女子部屋に忘れ物をとりに行くと嘘をついて家の外に出た。
いつまで経っても帰ってこないミーリアを不審に思い、キーリたちは女子部屋に様子を見に行くが、女子部屋にはミーリアの姿はない。
まさか外に出たのかと思い、外を覗いてみると、ミーリアが魔物に食べられそうになっていた。
とっさにスイとリノが魔術で狼を攻撃。
攻撃されて激昂した狼が二人を攻撃しようとしていたところに俺が来て、壁を作って三人を守って魔物の首を落として倒したという感じらしい。
いや、思った以上に紙一重だった。
あと少し遅れていたらスイとリノとキーリの命はなかった。
それどころか、スイとリノが何もしなければミーリアは死んでいたのだ。
朝起きてから家の様子を確認すると家全体が歪んでいてどこまでもつかはわからない。
もし、何もせずに家に篭っていたら崩れた家の下敷きになってみんな助からなかったかもしれない。
正直、ここまでやばい事態になるとは思っていなかった。
俺はあの黒い狼は俺が森の中で魔術に失敗したせいで出てきたことや森の異変に気づかなかったことを謝った。
五人とも俺のせいではないと言ってくれたが、今回のことはどう考えても俺のせいだ。
あのグレイウルフ程度なら堀だけでなんとかなると思っていた。
リノとスイの練習用にと思って村の強化を後回しにしていたのは間違いだったのだ。
(安全第一。やれることは早いうちにやったほうがいい)
俺は今回みたいなことがもうないように村を徹底的に強化することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます