魔術を習おう!②
翌日、朝起きると、すでにみんなが食堂で朝食の支度をしていた。
この村の朝は思ったより早いらしい。
夜更かしはほどほどにしておいたほうがいいかもしれないな。
「あ」
俺が食堂に入った音を聞いたのか、カマドの近くで朝食の準備を手伝っていたリノと目があった。
「ほら、リノ。謝ってきな」
「うん」
キーリに促されて、リノは俺の方に走ってくる。
「昨日は迷惑かけてごめんなさい」
「……」
リノは俺の前までくると、頭を下げてそう言う。
昨日とは違って、借りてきた猫のようにおとなしい。
「リノ」
「!」
俺がリノに声をかけると、びくりと硬直する。
「なんですか? レインさん」
「まだ俺から魔術が習いたいか?」
「え?」
「もし、リノがまだ魔術を習う気があるなら、教えてやってもいい」
「本当!? ……ですか?」
リノの取ってつけたような敬語を聞いて少しおかしくなった。
「ははは。敬語は別にいらない。それに、呼び方も好きに呼べばいいよ」
「!! うん。習いたい! 俺、レイン兄ちゃんから魔術を習いたい!!」
リノが俺のことをキラキラした瞳で見上げてくる。
まあ、リノが兄を俺に求めるのであれば、できるだけ応えてやってもいいだろ。
まあ、どこまで応えられるかはわからないけど。
「本当にいいの?」
キーリが心配そうに俺に聞いてくる。
ミーリアとアリアも俺の方を見ている。
「まあ、魔術が使えるってバレなきゃ大丈夫だろ」
「レインがそれでいいなら、私は止めないけど……」
キーリはまだ少し納得し切っていないようではあったが、了承してくれる。
俺は期待に満ちた瞳で俺を見上げてくるリノの頭にポンと手を置いた。
「キーリのお許しも出たし、教えてやるよ。すぐに俺みたいに使いこなせるわけじゃないぞ?」
「やったーーー!!」
リノはぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。
俺がほほえましい気持ちでリノの様子を見ていると、後ろから服が引っ張られる。
振り向くと、女の子が俺の服を引っ張っていた。
「私も、魔術を、習いたい」
「スイだったっけ? スイも俺から魔術を習いたいのか?」
俺がそう聞くと、スイはコクリとうなづく。
「別にいいぞ? 一人も二人も大して変わらないからな」
「ありがとう。レイン」
とりあえず、二人に教えるためにいろいろとまとめておくか。
***
「……どうしてみんないるんだ?」
「あなたが二人にいやらしいことをしないか見張るためよ!」
あのあと、二人に魔術を教える話をすると、アリアとミーリア、キーリに全力で止められた。
なんでも、魔術というのは家族や親類以外には教えないものなのだそうだ。
家族に魔術師のいない人間は教わるには恐ろしく高い金を払って高名な魔術師に弟子入りするしかないらしい。
結果、魔術を使えるのは貴族や豪商だけになっているのだとか。
これは教える俺のことを気にしての発言ではなく、「俺と家族になろ~」とか言って魔術を教える代わりに女性にいやらしいことを求める魔術師が一定数いるかららしい。
そうでなくても、花街や水商売の人が魔術師から魔術を習ったとかいう話はよく聞くことらしい。
どこの世界に行っても男のやることは一緒なようだ。
まあ、俺はこんな女の子に無体なことをするつもりはない。
三人にはその話をちゃんとしたのだが、どうやら信じてもらえなかったようだ。
しかし、神聖ユーフォレシローリウム人民聖王国では魔術の扱いには厳格な決まりがあった。
弟子を取ったら国に申請する必要があったのだ。
この国ではその辺、かなり縛りがゆるいんだな。
まあ、教える側としてはその方が楽なんだが。
結局、俺の簡易魔術教室にはこの村の全員が集まっていた。
ちなみに、この村はアストラ王国の辺境にある開拓村らしい。
アストラ王国なんて名前は聞いたことがなかったので、どうやら期せずしてかなり遠くに来てしまったようだ。
どうせ神聖ユーフォレシローリウム人民聖王国に帰るつもりもなかったし、ここがどこでも別にいいんだが。
「それとも、二人には魔術のことを教えられるのに、私たちには教えられないっていうの?」
「……まあ、別にいいんだけどさ」
別に教えるのはやぶさかではないんだが、そう敵意全開の表情で見つめられるとこっちとしてはいろいろやりにくい。
なんだろ。
ネタをあばいてやろうという気持ち満々の人の前で手品をしている感じ?
まあ、別に手品と違って種も仕掛けもない魔術について教えるんだからそのたとえはちょっと違うのかもしれないけど、気分的にはそんな感じだ。
「まあ、いいや」
俺は五人の前にカード型の魔道具を配っていく。
「? レイン兄ちゃん、なんだこれ?」
「それでもれっきとした魔道具だから丁寧に使ってくれよ」
俺がそういうと、アリアとミーリア以外の三人はぴゅっと手を引っ込める。
キーリが恐る恐る俺のほうを見て聞いてくる。
「ま、魔道具って高いものなんじゃないの?」
「まあ、安くはないけど、別にそう簡単に壊れるものじゃないし触ってくれて大丈夫だよ。全力で壁に向かって投げつけたりしたら壊れるかもしれないけど」
俺がそういうと、キーリが恐る恐る魔道具に触る。
リノとスイもその様子を見て魔道具に触れる。
だが、まだ見ておっかなびっくりといった様子だ。
もっと高価なものもそのうち使うつもりだったんだが、こんなんで大丈夫なんだろうか?
「しかし、アリアとミーリアは気にせず手に取ったな」
「まあね。私は魔術の勉強はしたことあるから」
「私は初級魔術ならいくつか使えます」
どうやら、アリアとミーリアはかつて魔術を習っていたらしい。
そうか、それなら俺が魔道具を出すこともこれからすることもおよそは想像できるか。
「そうか。じゃあ、二人はもう何をするかわかってると思うけど、まずはこの魔道具を使うところから始めてもらう」
「魔道具を、使う? それが、魔術を使うのと、何か関係があるの?」
「いい質問だな。魔術や魔道具は人間の中の魔力を使うことで発動できる。だけど、普通に生きているだけじゃあ魔力なんて感じられないだろ?」
俺がそう聞くと三人はコクコクと何度もうなづく。
よしよし、話を聞く態勢がちゃんとできているようだな。
「そこで、この魔道具だ。魔道具を使うときに魔力を使う。それによって魔力を使った感触を体で覚えてもらう。まあ、二、三日もやってれば感覚はつかめてくるはずだ」
俺は彼女たちに魔術の講義を続けた。
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