魔術を習おう!①

 まあ、簡単な跳ね橋ならすぐに作れるだろ、さっき魔の森から切ってきちゃった木材もあるし。


 俺はそんなことを考えながら堀の近くまで行って堀を飛び越える。


「……ちょっと!」


 堀を飛び越えると、後ろから声がかけられる。

 振り向くとアリアたちが堀の反対側で立ちすくんでいる。


 なんだ、付いてきてたのか。


 丸太を置いた位置は遠いし、しょうがないので、俺は別の魔術で即席の橋を架けることにした。


「『土操作』」


 俺は土を操作する魔術を使い、近くにある土を使って対岸まで橋を架けた。

 アリアはぎょっとして立ち尽くしている。


 なんだよ。

 わたりたかったんじゃないのかよ。


「おぉーーー! すげーーーー!!」


 アリアは全然動こうとしなかったが、リノが俺のかけた橋を渡って俺のほうへと全力で駆けてくる。


「魔術ってやっぱスゲーな! レイン兄ちゃん! 俺にも魔術を教えてくれよ!!」

「え? 嫌だよ。めんどくさい」


 単に教えるだけなら別にいいのだが、魔術は特権階級の使う物だとなっている。

 勝手に教えたりすると色々と面倒なのだ。


「えー。いいだろー。頼むよ」

「ダーメ。この話はこれで終わり」


 俺がそういって魔の森に歩いて行く。

 そのあとも、リノはことあるごとに俺に付きまとい、魔術を教えてほしいとせがんできた。


 ***


 魔の森の近くを散策してみたが、魔物は出てくる様子はない。

 本当は森の中まで安全を確認したほうがいいんだけど、活性化している森に無闇に踏み入るのはかえって危険だと思い、そこで引き上げた。


 リノがずっと俺の服を引っ張って離れなかったと言うのも理由の一つだ。

 一人ならやりようは色々とあるが、誰かを守りながらとなると一気に難易度が高くなる。


「なぁ。レイン兄ちゃん。ちょっとだけだから。ちょっとだけならいいだろ?」

「ダメだって。ちょっとも全部も面倒は大して変わらないんだよ」

「さきっぽだけ。さきっぽだけだから!!」

「……そんな言葉誰から習ったんだよ」

「??」

(こいつ。意味もわからず使ってるな?)


 夕食を終えた今もリノは俺の足にひっついて魔術を教えてとせがんでくる。

 アリアと今後俺がどこに住むかとか説明している間も、夕食をご馳走になっている間も、リノは二言目には魔術を教えてくれと言い続けている。

 正直、ここまで必死に物をせがまれるのは前世も含めて初めてかもしれない。


 子供ってのは本当に凄いもんだ。

 目的を達成するために手段どころか恥も外聞もかなぐり捨ててくる。


 正直、この攻撃は俺にとって効果抜群だ。

 もう、ちょっとめんどくさくなってきたから魔術をリノに教えてもいいかなと思い始めている。


 教えないのは教えた後がめんどくさいと言うだけの理由なんだから。

 教えない状況がそれ以上にめんどくさければ、教えてもいいかもと思っている自分がいる。

 俺のせいで魔の森が騒がしくなっている現状、リノから逃げるために村を出ると言う選択肢はないからな。


「もー。リノ! いい加減にしなさい!」

「でもキーリねぇ……」

「レインも困ってるでしょ。それ以上にわがまま言うようだったら……」

「……わかった」


 リノはキーリの台詞を遮るように小さな声でそう呟くと、俺から手を離し、とぼとぼと食堂から出て行った。

 その日、俺はその後、リノと会わなかった。


 ***


 俺は十個のベッドがある男子部屋で本を読んでいた。

 ここはこの開拓村の男性が寝泊りする部屋らしいが、今この村には男は俺しかいないので、貸し切り状態だ。


 結構使っていなかったのか、部屋はかなり埃っぽかったが、その辺は魔術でなんとかした。


 本当、魔術様様だ。


「(コンコン)」

「? どうぞ」


 夜遅くになって、部屋に誰かが訪ねてきた。



「夜遅くにごめんなさい」

「キーリ。何かよう?」


 部屋に入ってきたのはキーリだった。


 俺の部屋の様子を見て少し驚いたように目をみはる。

 まあ、当然か。

 光る玉が宙に浮き、どこから出てきたのかわからないものがたくさん置いてあるんだから。


 恐る恐る俺の方に近づいてくる。


「まあ、座りなよ。どのベッドも所有者がいないから今は座りたい放題だよ」

「……そうね」


 キーリは俺が使っているベッドの隣のベッドに腰掛ける。

 まるで何か悪いことをしたかのようにチラチラと俺の方を見る。


 そして、決意を固めて顔を上げた。


「あのね。リノのことで謝りにきたの」

「リノのこと? ……あぁ。魔術を教えてほしいっていってたこと?」

「そう。レインにつきまとって。迷惑だったでしょ?」


 迷惑かと言われると、微妙なところだ。

 ただわがままを言うくらいで、母さんが死んだ時に擦り寄ってきたハイエナに比べれば可愛い物だ。


 可愛い子に抱きつかれて嫌な気分ではなかったし。


「……もう少し早く止めて欲しかったけど、迷惑ってほどでもないよ」

「ごめんなさい」


 キーリの顔が暗くなる。


「私たちには兄がいたの。少し前に死んじゃったんだけど、それ以来、リノはほとんどわがままを言わなくなった」


 いきなり重い話が出てきて、俺は黙った。


「もし魔術が使えたら守れたかもと思ったのかもしれないし、レインは背格好が兄さんに似てるから、兄さんが帰ってきたと思ったのかもしれない。リノのことを守ってくれてたのは兄さんだったから……。あんなに元気なあの子は久しぶりで止めるのが遅れちゃった」

「……」

「リノにはレインにわがままを言わないように言っておくわ。今日はごめんなさいね。おやすみなさい」


 キーリはそう言って俺の部屋から出ていく。

 キーリの目の端には光るものが見えた気がした。


 バタンと言うドアが閉まる音を聞いた後、俺は主がいなくなったベッドを見回した。


 このベッドにはおそらく、少し前まで誰かが寝ていたのだろう。

 その一人がリノの兄だったのだ。


 この世界では弱いものは簡単に死ぬ。

 そんな当たり前のことを俺は思い出していた。


「まあ、少しめんどくさいくらいならなんとかするか」


 俺は独り言を呟いてベッドに入り、部屋の光を消した。

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