憑き物付きの九十九さん
こよみ
誰にでも出来る簡単なお仕事です。
1
新宿歌舞伎町のメインストリートから少し外れた所にあるボロボロの雑居ビル。
そのビルの4階にある、《九十九怪談事務所》と木の板に筆で書かれた看板が立てかけてある部屋の前に私は立っていた。
ドアのベルを押すと、ジーっと聞き慣れないベルの音が部屋の中から聞こえてくる。
ジーッ ジーッ ジーッ
何度かベルを押すも、誰かが出てくる気配はない。
「あのー!バイトの面接に来た桜下澪ですけどー!」
コンコンっ!と2回ドアをノックするも返事がない。
「すみませーん!」
さっきよりも大きな声で呼びかけるも、誰も出てくる気配が無い。
バイトの面接時間は…間違ってない。確かに17時って書いてあったし。腕時計に目をやると時計の針は17時ピッタリを指している。
不安になりながらもドアノブに手をかけると、鍵が開いている。
どうしよう。一瞬迷ったものの、澪はゆっくりとドアを開いて中に入る事にした。
「失礼しまーす…。」
恐る恐るドアをゆっくりと開けて覗き込むと、暴力団の事務所にでも置いてありそうな革製のソファーが対面で置いてあり、壁には隙間なく本棚が並んでいる。
いくつかショーケースも並んでいたが、黒い布で覆われていて中身は見えなかった。
本棚に入り切らなかったのか、至る所に山積みされた本や無造作に置かれた資料のような物が散乱していて、足の踏み場もない。
部屋の奥には、大きな机と社長が座るような安楽椅子。
その椅子にもたれ掛かるようにして、1人の男が眠っていた。
口元まである長い髪は真っ白で、窓から差し込む夕日に照らされてオレンジ色に染まっている。
驚くほど整った顔をしているその男はどこか中性的で、寝ているだけなのに、まるで映画のワンシーンでも見ているかのように思えた。
やば…めっちゃカッコいい…。
20代後半くらい…いや、30代くらいにも見えるその男が目を覚ますと、澪がドアから覗き込んでいるのに気付いた。
入っておいでというように無言で手招きすると、少し面倒くさそうに椅子から立ち上がって伸びをする。
「あ…あの…。私バイトの面接で…。」
澪は散らばる本を踏まないようしながら、部屋の中に入っていく。
「あぁ、君が澪ちゃんだね。待たせちゃって申し訳ない。取り敢えずそこのソファーに座ってよ。」
顔だけで無く、声も中性的だ。電話越しだったら、男性か女性か判断に迷うだろうな。
そんな事を考えながら、澪は促されるままソファーに座ると、男は対面のソファーに座り、ジーッと澪の後方を見つめてきた。
「あ、あの!これ履歴書です!」
自分が見つめられてると勘違いした澪は、慌てて鞄から履歴書を取りだした。
「ありがとう。」
片手で澪の履歴書を取ると、足を組んで履歴書を上に掲げながら読み上げた。
「桜下澪、16歳。高校1年生か…。じゃあ早速で悪いんだけど、仕事の内容を説明させてもらうよ。」
「え…?ちょ、ちょっと待ってください!私まだ面接も何も…。」
「あぁ、面接ならもう終わった。合格だよ、100点満点、花丸だ。おめでとう。だからさっさと仕事内容と待遇について話そうと思うんだけどいいかな?」
明らかに面倒くさそうな男の態度に、少しイラッとしながらも、澪は「わかりました。お願いします…。」としか言えなかった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。僕のことは…そうだな、九十九(つくも)とでも呼んでくれ。名前が無いと何かと不便だしね。」
どうやら九十九と言うのは、本名では無いらしい。
そう話すと、男は胸の前でパンっ!と1本締めのように手を叩き。立ち上がって澪を見下ろしながら話しを続けた。
「まず主な仕事内容だけど、《私の話を聞くこと》これが澪さんにやって頂きたい1番の仕事です。あとは雑用ですかね。見ての通り、この部屋は散らかっていますので、本の整理や買い物の代行とか…。私、あんまり外出たくないないんですよ。」
「お話を聞くだけ…ですか?」
「そう。私の話を聞くだけ。」
口角が上がってニッコリと笑ってはいるが、目が座っている。
話を聞いて事務所の片付けをするだけでいいなら、こんなに美味しいアルバイトは他に無い。あとはお金の問題だ。
「あの…。求人には、1日1万円保証って書いてあったんですけど、本当にそんなに貰えるんですか?」
そう言えば私、このバイト求人どこで見つけたんだっけ。
「そうだなぁ…1つの話を聞いてくれたら1万円って感じでどうかな?」
男は人差し指を立てながら、変わらない笑みを私に向けたまま話し続ける。
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