ヴァルデマルと黒歴史
ここはウレタとエッカルトに設立予定の、魔術連合国。
日々、ヴァルデマルとイザーク、そしてスノウズの数名で建国作業に勤しんでいる。
「ついに勇者との戦争ですか」
イザークはそう言う。
イザークとヴァルデマルは、戦争に参加の許可を下されなかった。アリスが信用していないというよりは、こちらの建国作業を少しでも早めてほしいということだった。
二国にまたがる建国作業を、たった数名で完了できるはずもなく。この仕事はまるで亀のようなペースで行われていた。
面接官であるマリルの許可を得た、少ないながらも優秀な、合格者達のクラス分けをしているのだ。それぞれの能力に見合った学級へ割り振れるよう、イザークもヴァルデマルも頭を使う。
適性があっても知識も何もなければ、基礎のクラスから。基礎が出来ていれば応用が学べるクラスへ。そういったものを、マリルの書き出してくれた〝履歴書〟から選り分けていくのだ。
本来であれば魔人となった彼らが、人間のためにここまで時間を割いているのは、本人たちにとっては苛立たしいことだ。文句も言わず淡々と作業をしているのは、これがアリスの命令であるということ。
しかしそれも、戦争が目前となった今では停滞気味だ。
「あぁ。先日魔王城にて、アリス様が宣言なされた」
「すごい……。俺も見たかったです」
「……はぁ、イザーク」
「い、いえ! 分かってます、俺に権利は……」
欲を漏らしたものの、イザークはすぐに理解を示した。彼らに関する決定権は、全てアリスが握っている。
自分勝手に「こうしたい」「あぁしたい」などと、軽率に言えた立場ではないのだ。
二人はアリスとの圧倒的な力の差により、下に付いた者達だ。そのアリスの考えと命令に逆らえるだなんて、思うはずがない。
「ならいいんだ。こちらも急かされているからな。とっとと魔術連合国を確立したいとのことだ」
「は、はい……。あ、そういえば、ルーシー様も駆り出されるのですよね」
「あぁ」
彼らの直属の上司とも言える、ルーシー・フェル。魔術をメインとする二人にとっては、アリスを除いた崇拝対象でもある。憧れなんて言えないくらいに、高いレベルの魔術師少女だ。
彼女も時間が出来れば、建国作業に携わることがある。スキルの恩恵で魔力消費をたいして心配しなくて良い彼女は、その作業スピードにも驚かされる。
ただしセンスが〝独特〟――彼女いわくアガるデザイン、アリスには現代的すぎると却下――であるがゆえに、すぐにペースは落ちてしまうのだが。
そんな圧倒的な力を持つ魔術師、ルーシー。
随分と丸くなってしまったイザークは、彼女の繰り出す魔術に興味があった。
「一体どれくらい強大な魔術を使われるんでしょうね……!」
「さあな」
キラキラとした瞳で語る。
イザークは人間では到達できない領域を目指して、魔人となった。他者である人間の犠牲なども厭わず、贄を捧げて人ならざるものとなった彼。
そんな彼にとって、アリスやルーシーという者達は自分が到達したい頂きだった。
己の理想とも言えるその頂点の存在を、この目で見られるとしたら。それは興奮すること間違いない。
だが興奮気味のイザークに対して、ヴァルデマルは冷めている。資料に目を落としたまま、雑に返答をした。
「つれないですね……。興味はないんですか?」
「あるに決まってるだろ。だが俺たちがその場にいても邪魔なだけだ」
「じゃ、邪魔……」
ヴァルデマルにバッサリと切り捨てられて、ただただオウム返しをする。
このヴァルデマルの発言も、己を卑下して言っているわけではない。彼はしっかりと事実を捉えて、自身の立場をきちんと理解しているだけだ。
アリスに仕えている様々な者達の中で、最も長く仕えているだけある。
「考えても見ろ。俺たちとは違いすぎる。あの方々が魔術を展開している間、何か補佐が出来ると思うか?」
「いえ……」
「だろう。見ているだけ邪魔だということだ。後学になるかもと考えているなら、それも無駄な考えだな」
アリス達はイザークとヴァルデマルにとって、理想の場所。だが二人が到達できる場所ではない。
元人間だから、魔人になったから。そういった理由で叶えられる地位ではないのだ。
この世界に存在する者ならば、叶うことはない。レベル199になれたとしても、アリス達レベル200との1レベル差は強大なのだ。
神から特別に許可されたその小さな差は、圧倒的だということ。
「俺たちはあの方々に、命を頂いただけ十分だと思うしかない。勇者側ではなくて良かったのだと、心から喜ぶしかないんだ」
「……」
アリスが敵に回ったら。それを想像して、イザークは顔色を変えた。
きっと攻撃されたことに気づく前に、命を失っているに違いない――と。こちらが一つ攻撃を繰り出そうとした瞬間には、もうイザークは死んでいるのだ。
たった数個の、小石でその力量差を理解させられたイザークならば分かる。魔術すら使われていないイザークが、それを存分に振るうアリスと対峙したのならば。
それは恐ろしいことなのだ。
「俺たちに出来ることは、与えられた命令をできる限り丁寧に素早くこなすこと」
「……はい」
ヴァルデマルの言葉が重く心に響いた。アリスの配下になると決めた以上、ヴァルデマルの言う通りなのだ。
彼女の邪魔をせず、望まれた仕事を望まれた通りにこなす。
それが一番、命を延ばすこととなる。
重い空気が流れている部屋に、コンコンとノックが響く。この国にいるのは、二人を除いてスノウズくらいである。
ノックをした相手もそれを分かっていたのか、それとも純粋に礼儀がないだけなのか。相手の許可を得ないまま、部屋へと入ってくる。
「二人共、そろそろ休憩でもどうだ」
そう言って入ってきたのは、スノウズの最年少であるサイラシュだった。
スノウズの中でも最も青い体毛を有しており、性格は短気。しかし凝り性でもある彼の性格は、魔術連合国の建国作業において十二分に発揮されていた。
比較的温厚なスノウズ達だったが、サイラシュはそれにはあまり当てはまらない。アリスには敬意を払っても、他の者達には変わらず接しているくらいだ。
バイルやドリンに言わせてみれば、「己よりも優れた魔術を有するヴァルデマル殿に敬意を払え」とのことだが、当人はその言葉を右から左へと聞き流している。
「珍しいな、お前が呼びに来るだなんて」
普段ここにやってくる者と言えば、ドリンやバイルだ。上記の通り、人当たりもよければ礼儀正しい彼ら。
一応上司に値する二人に、失礼のないように対応できるからだ。
感情的で熱が入りやすいサイラシュと違い、冷静に報告を行える。そういった点でも、その二人が率先して会いに来ることが多かった。
だからヴァルデマルは、扉が開いた瞬間、見えたのがサイラシュであることに驚いたのだった。
「ドリン達は焼き菓子を作っていて、手が離せん。俺は菓子など作れぬからな」
「だからお前がお使いに来たわけか。フッ、笑えるな」
ドリンとバイルが主にやって来るのは、別の理由もあった。
あろうことか、イザークとサイラシュは仲が悪いのだ。売り言葉に買い言葉。ああ言えばこう言う。顔を合わせればすぐに喧嘩。
それが何度か起これば、ヴァルデマルもドリン達も分かってくる。この二人を会わせてはならないのだと。
アリスからは仲良く仕事をしろ、だなんて言われていない。しかし喧嘩が始まれば、お互いに口論がヒートアップし、作業が滞るのだ。それで怒られるのは一体誰か。
怒られるのみで済めばいいのだが、運が悪ければ命の危険すらある。ヴァルデマルとドリン達は、日々ヒヤヒヤしながらこの二人の対応にあたっているのだ。
そして今も例に漏れず、イザークがサイラシュへと喧嘩を吹っ掛ける。
きっと遺伝子レベルで彼らは仲が悪いのだろう。
「ハッ。レベルだけ高くても、アリス様のお力を瞬時に理解できなかった馬鹿が」
「あ?」
「は?」
サイラシュもその言葉を受けて、喧嘩を買って出た。お互いにバチバチと火花を散らしている。
このまま止めずにいれば、どちらかが魔術を繰り出しかねないほどだ。
――当然だが、ヴァルデマルがそれを許可するはずがない。
彼はアリスと隷属契約を結んだ身。アリスを始めとする、幹部達を不快にさせるような行為は許されないのだ。
だから彼にはここで、止めに入る義務が発生する。
「やめろ、二人共。張り合うな」
「失礼しました」
「すまん」
この場において、最も力を持つのはヴァルデマルだ。イザークもサイラシュも、静かに謝罪をした。
二人の瞳はまだまだ喧嘩をしそうなほど苛立ちに染まっていたが、ヴァルデマルがそれを見逃すはずもない。
「体力は減らないとは言え、集中力は途切れるからな。ここらで休憩もいいだろう。切りが良いところで向かうと伝えてくれ」
「承知した」
休憩を取るという返答をすることで、サイラシュを部屋から出した。長居していれば再び口論を始めるため、この対応でよかったのだ。
ヒートアップしすぎた二人を止めることほど、疲れることはない。もちろん、疲労は感じないヴァルデマルが疲れるのは、精神面でということだ。
まるで子供のおもりをしているように感じるのだ。二人は子供ではないはずなのに。
しかもその〝子供〟は、高位の魔術を駆使するものだから、余計に止めるのが苦労するのである。
「はぁ、あいつ俺様よりも弱いくせに、なんで楯突いてくるんだよ……」
「知識の面では彼らは上だぞ。何でもかんでも武力で考えるな、全く……」
レベル170に到達しているヴァルデマルですら、スノウズには敬意を払っている。アリスのペット、アリスが認めて連れ帰ってきた――そういう理由もあるが、彼らは〝魔術の知識人〟の名に値する知恵を有しているからだ。
アリスと出会い、己の高かったプライドをへし折られたヴァルデマルは、視野が変わった。
二度の命の危険を経て、アリスに仕えた。他人に敬意を示すという気持ちを得た彼は、己の未熟さと新たな知識への探究心を得た。
力こそが全てと自負していた己を見返すたびに、あまりにも愚かな行為だったと反省する。
ヴァルデマルにとってイザークは、部下の一人でもあり、まるで己のそんな恥ずかしい歴史を見ているようだ。
教育をするたび指導をするたびに、ヴァルデマルはため息ばかりが出るのだった。
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