真実に近付く
「なん……だ、これ」
イルクナーに訪れたオリヴァー一行が見ていたのは、どの記憶にもないイルクナーだった。
兵士の勧誘としてやってきたときも、マイラの状態を見に上陸したときも。イルクナーは美しい街並みの港町のままで、色とりどりの家屋が迎えてくれた。
しかし今日はどうだろう。
立ち並ぶのはボロボロの家――だったもの。激しい攻撃のあとが見られ、どこもかしこも酷く崩壊していた。
テントで暮らしている子どもたち、炊き出しをやっている大人。家屋の修復作業に携わる者たち、などなど。
「お、おかしいですね。直近で何かが……?」
「確かにそうだな。聞いてみよう」
オリヴァーたちに同行していた兵士も、その不自然さに声を上げる。
オリヴァーが近くにいた住人へと、声をかけるために近づいた。
「あの、すいません……」
「!」
「あんたら……」
オリヴァーの顔を、知らないものはいない。特に戦争の舞台となったアリ=マイアでは、情報が遅れているのにも関わらず、広く知られている。
しかし住人がオリヴァーたちに向けたのは、歓迎や喜び、嬉しいという感情ではなかった。
訝しげな視線を投げかけて、ジロジロと異物を見るかのように見つめている。誰もが心地よいと感じるような目線ではないのは、確かだった。
住人らは、オリヴァーを見ながらひそひそと話し合っている。
「……あの御方に連絡を取ってこい」
「あぁ」
そんな言葉が聞こえたと思えば、住人の一人は小走りでどこかへと行ってしまった。
なんだなんだ、と考えている暇なく、残された住人が口を開いた。
先程の怪訝そうな視線からは考えられないほどの、笑顔に満ちた表情だった。
「おやおや、勇者様ではありませんか」
歓迎されていない雰囲気は、感じ取っていた。オリヴァーも、そこまで愚かではない。
アベスカの国民に嫌われているのはわかるが、玄関口であり戦争にてさほど被害がなかったイルクナーで、ここまで嫌悪されるだろうか。
しかしオリヴァーには、それはわからない。人の心は、感じ方は、それぞれだからだ。
とはいえ、ここまで態度が急変するのは、流石におかしいというもの。
今度はオリヴァーが、不審なものを見る目で住人を見つめ返した。
「……」
「どういったご理由で、イルクナーのような田舎へ?」
「魔王の動きを見に行こうと思って」
「そうですか」
ニコニコ、とまるで貼り付けたような笑顔で喋る。その不気味さに、とっとと質問を終えて去ってしまいたい。そう思った。
だから余計な話をやめて、とっとと本題に移る。
「ここは何があったんですか?」
「何も」
即答だ。最初から答えが用意されていたかのように、美しいまでの返し。オリヴァーの言葉に食い気味に返している。
流石にこの惨状を見て、何もなかったとは言わせない。オリヴァーも負けじと質問を繰り返す。
「……どう見ても、建物が壊れていますよね」
「古い建築物でしたから」
「言い訳に無理があるぞ。あれは外部から攻撃を受けたようなものだ。はっきりと言ったらどうなんだ」
質問していたオリヴァーの横から、苛立っているアンゼルムが口を出す。あまりに支離滅裂な返答に、生真面目なアンゼルムは耐えられなかったらしい。
オリヴァーはそんな彼をなだめながら、住人の返答を待っていた。
「何を言ったところで、もう過ぎたことではありませんか。勇者様は今到着した。我々はもう既に被害にあっていた。他に何を求めますか? それに我々は、あなた方に助けを求めておりません」
「……それは……」
オリヴァーは答えられなかった。アベスカに恨まれているというのも、彼はよく知っている。だから、今もこうして民を救えなかったということは、彼の中で強い衝撃だった。
それゆえに、これ以上お前は必要ない、そう言われてしまえば何も言えない。
アンゼルムもそれを見て、オリヴァーを住人から引き剥がした。これ以上は時間、そして精神力の無駄だ。
「……もういい、行こう。オリヴァー。アベスカは遠い」
「あ、あぁ」
何よりもここからは徒歩だ。いくらパルドウィンに比べて小さな国とは言え、徒歩で向かうには少々遠い。何度も野宿を必要とするだろう。
この男一人のために、時間を割いている場合ではないのだ。
オリヴァーはあまり納得がいかなかったが、ここで悩んでいる場合ではない。今はもっと、大きな問題が抱えられているのだ。
不気味なまでにじっと見つめている住人をおいて、オリヴァーたちは街を抜ける道を進んだ。その間ずっと異様な視線が突き刺さっていたが、彼らは気にせずに歩いた。
アリ=マイアでは、勇者は嫌われている。それはよく知っていることだったからだ。
彼らは街を出て、小高い丘を越えた。イルクナーは港町にしか大きな集落はない。そのほとんどが丘で、あとは遊牧民が生活している場所だ。
だから主要都市である港町を抜ければ、あとはなにもない。
丘を越えた頃には、日が落ちかけていた。いくら勇者集団とはいえ、夜中に活動するのは危険だ。
長い船旅も経ているため、彼らは疲れも溜まっている。ここで一度、野宿をすることとなった。
――マイラの変なスープもなく、ユリアナもいない。付き添いの兵士がいるが、静かな一泊だ。オリヴァーたちは、未だにこの違和感に慣れずにいる。
それもそうだ。何年も経過したわけじゃない。この数ヶ月の間に起きたことだった。
「じゃあ、その、アタシ寝るね」
「交代の時間にまた起こすよ」
「オッケー」
野宿となるため、気は抜けない。全員が眠りにつくわけにもいかず、交代制で誰かが眠る。兵士を除いて、今のパーティでは一番弱いコゼットは、なるべく一人にならないよう時間配分に気を付ける。
森も近くにあるため、彼女のスキルならば助けを呼べるだろう。だが戦闘が起きた場合の相手が、圧倒的な強さを持った相手ならば?
マイラやユリアナの前例もある。ここで手を抜くことなんて、できなかった。
「どうする気だ」
「何が?」
オリヴァーに問いつつ、アンゼルムは焚き火をつつく。パチパチと音を立てる焚き火を調節する要領で、ツンツンとつついている。
遠くでは、港町の明かりがうっすらと見えた。パルドウィンに比べれば遥かに田舎だが、それでもアリ=マイアで最も栄えていると言っても過言ではない。
星々が空で煌めいている時間でも、イルクナーの港は煌々と光り輝いているのだ。
少し肌寒い夜空の下で、アンゼルムは再び口を開いた。
「魔王城を確認して。なにかあったら、即座に叩きのめすのか?」
「……いや、俺だけじゃ足りない気がするんだ。報告を持って、国に帰り、軍を編成して貰う」
アンゼルムは驚いたような顔をした。それもそうだろう。オリヴァーの実力を知っているのだ。
彼の圧倒的な実力であれば、そのまま戦いに挑んだっていいだろう。あのヴァルデマルを思い出せばいい。あちらから命乞いをするほど、オリヴァーは強い男なのだ。
だから、オリヴァーの口からそんな作戦が出てきたことに驚いたのだ。元々国に相談してこちらにやってきた。だから伺いを立てるのはわかる。
しかし軍を編成してまで、は考えていなかった。
「そこまでか」
「そこまでだ。頭のいいお前なら分かってるだろ。ユリアナもいない、マイラも死んだ。俺だけじゃ……」
「……勇者のお前ですら、そんな弱気にさせるとはな。本当に、一連は魔王の仕業なのか?」
アンゼルムも、信じられないわけじゃない。ただ、確信がないのだ。
実際にその魔王を見たわけじゃない。話を聞いたわけでもない。ただただ、圧倒的な強者にねじ伏せられたという事実があって、その強者を束ねる誰かがいるということ。
その強者とは、本当に敵対する相手なのか。彼らにはまだわかっていないのだ。
「さぁな。少なくとも、俺達じゃ想像し得ない何かが起こっているんだろう」
「……そうだな」
勇者や、王国の優秀な魔術師たちですら感知できない何かが、迫っている。それが良いことなのか、悪いことなのか。
しかしオリヴァーは、愛するユリアナが奪われてしまった。その奪った相手が誰であろうと、それは勇者と敵対するということになるのだ。
「それはそうと、お前はどうなんだよ」
「何のことだ?」
「コゼットだよ」
依然として焚き火をつついていたアンゼルムは、そこでピタリと動きを止めた。
「なっ、何を言って……!」
「だって最近、普通だろ。もしかして好――」
「そ、それは! あの霧の日に……その……」
「どうしたんだよ、ヨース次期当主ぅ?」
「や、やめろ!」
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