調和2

「ハーフエルフの住んでる場所に行ったことは?」

「……何か彼らが粗相を?」

「君の弟じゃないんだから」

「うぐっ、その件に関しては申し訳ありません……。――居住区には何度か、出向いたことがあります」

「じゃあちょうどいいや」


 アリスは当たり前のように手を差し出した。完全にディオンの頭を掴みにかかっている。

それを見るとディオンは体にグッと力を入れた。まるで受け入れるというよりは、覚悟しているかのように。

 アリスは頭を掴んで、情報を吸い取る節がある。

以前ダークエルフの集落に向かう際も、この方法で場所を特定し、〈転移門〉を開いた。

だからディオンは何をされるかを知って、身構えたのだ。


「え? ディオン?」

「うっ……申し訳ございません。頭に触れられるのは、幼少期以来で……その、慣れておらず……」

「んん~! よ~しよしよし」

「お、おやめください!」


 ディオンには珍しく可愛いことをいうので、アリスも面白がってワシャワシャと頭を撫でてやる。

褐色の肌でも分かるくらいに、真っ赤になってしまうのだった。それがなんだか、アリスもおかしくて撫で続けてしまう。


「ささ、それじゃ。気を取り直して」

「……はい」

「オッケー。集落の入り口か、ちょうどいいね」


 ディオンの記憶から景色を汲み取ると、すぐさま〈転移門〉を開いた。

二人の目の前には門が現れれば、アリスはためらいなくそこへ入った。

 もう既に一度見せていた魔術だった。

だからダークエルフ訪問時とは違って、先にディオンを送ったりする必要はない。

万が一攻撃されてもアリスになら防ぎ切れるのだが、それは置いておく。


 アリスが入るとディオンも、当たり前のようについてくる。

別に供回りを必要とはしなかったが、断る理由もなかったのでそのままにした。

 中を通ればすぐにハーフエルフの集落だ。

流石に他のハーフエルフ達は見たことがない魔術なので、突然現れた門と突如として出てきた二人に驚いている。


「思ったより小規模だね」

「立場が弱いですから」


 アリスは「ふーん」と適当に相槌をうった。これからはそんな立場など関係なくなるからだ。

居住区を離れて人間とすみ始めれば、そんなこと些細な問題だ。

 早速アリスは目の前にいたエルフに声をかけた。このまま出向いてもいいが、大半のハーフエルフ達はアリスのことを知らないだろう。

ダークエルフであり、ダークエルフの王国・スライネンの第一子女であるディオンを連れていれば、なんとなくその立場も理解できるだろう。声をかけずとも突っ切っていくという手もあるが――ここは下手に動くべきではない。

 頼み事をしにきたのだから、相手を不安がらせるようなことは避けるべきである。


「あー、おい。そこの。責任者を呼んでこい」

「部族長に、アリス様がいらっしゃったと伝えろ」

「は、はい!」




 大して待たずに、ヴィンフリート・エルツェが急ぎ足でアリスの元へやって来た。

あの食事会の時にやった来た、部族にて二番目に権力がある男だ。

 やって来たのがヴィンフリートだと分かると、ディオンはあからさまに表情を変えた。

配下に入ったのであれば、本来は族長が迎えるというもの。なのにやって来たのは、前回同様ヴィンフリートだった。


「お、お待たせ致しました。どういったご用件で……」

「おい、今日もイルメラはいないのか」

「………………た、体調不良でして」

「前も体調不良だっただろう。どうせまた二日酔いか」

「ぐっ……申し訳ありません……」

「え、なになに? どういうこと、ディオン」


 事情を知らないアリスだけが置いてけぼりである。困惑するアリスに、ディオンは嫌そうに説明を始めた。

 ディオンはハイエルフほど、ハーフエルフを嫌っていない。

が、その部族をまとめあげる人物のことはよく思っていなかった。


 イルメラ・ベールケ。

普段は温厚で冷静、優しい――まさに部族を守る母たる存在だ。

 しかし彼女が好いて好いて仕方がない酒が入ろうものならば、全てが変わる。

穏やかなイルメラは消え去り、暴君たる男勝りな彼女が出てくる。

 つまるところ、悪酔いするのだ。


「……そんな訳で、イルメラは酒乱なのです……」

「もしかして、前のご飯の時も……」

「たっ、大ッッ変申し訳ございませんっ! 二日酔いでございましたぁあ!」


 ヴィンフリートが華麗なまでの土下座を披露する。それも飛び込むように地面へ向かい、土だの草だの気にせず、頭を擦り付けて謝罪をした。

 流石のアリスも苦笑いだ。

族長であるイルメラに対しても、過剰な程に謝罪をするヴィンフリートに対しても。


 アリスが強大な存在なのは分かっているが、誰も彼もこんな態度ではなかなか話が進まない。

 そう考えると、ディオンは比較的マシな方だったな……とアリスはふと思うのだった。


「でも良かったねぇ。ここに来てたのが私とディオンで……」

「確かにそうですね。エンプティ嬢とかだったら、即刻首が飛んでいたかもしれません」

「やめて……ありそうで困る……」

「ははっ、失礼」


 ディオンに言われたように、エンプティが「長は二日酔いで行けませんでした」と聞いた時の反応を浮かべる。

 即座にスキルで武器を生成し、ハーフエルフを殺していくのが頭に浮かぶ。

もちろんそうなるのは避けたいので、アリスが早い段階で止めに入るのだが……怒り狂うのは間違いない。

 エンプティはアリスが全て。

そんな理由で欠席したのであれば、アリスを侮辱されたと受け取るはずだ。


「こほん。本題に移ろうか。イルメナさんに会いに行っても?」

「え!? 寝込んでますが……」

「二日酔いくらいなら私の魔術で治すよ。部族全体に関わる決め事だから、ちゃんと話させてほしいかな」

「そういうことでしたら……どうぞ。ご案内致します」

「俺もついてっていいのか?」

「……構いませんよ」


 ヴィンフリートの返事が少しだけ嫌そうな雰囲気を纏っていたのは、仕方がないことだ。

ハーフエルフはどのエルフからも迫害されている。だからハーフエルフも、ほかの部族をよく思っていない。

 それだというのに、集落の中を通ると言うのだから。

 もちろん、ディオンも何かがあるのは覚悟している。

長きに渡るエルフのいざこざだ。国を担うために様々な勉強に励んだ彼女にとって、よく分かっていることだった。




 ヴィンフリートの案内で、イルメナの家へと来ていた。

今は〝体調不良〟にて療養をしているものの、一応自宅兼仕事場でもある。

入口には兵士が武器を構えて立っていた。


「ヴィンフリート様! そちらは?」

「ご苦労。こちらはアリス様だ。イルメナと大切な話があるとのことだ。もう一人は……分かるな」

「スライネンの姫君ですね」


 ヴィンフリートがオブラートに包んで言おうとした所を、兵士がまさかの斜め上の回答を投げつける。

ずっと男として育てられ、今も尚男勝りな女として民から慕われているディオンにとって、その〝姫君〟という呼称はこそばゆいものだった。

 恥ずかしいのだか、気色悪いのだか、よく分からない表情をしながら反論する。


「や、やめろ、小っ恥ずかしい。俺が姫っつー女に見えっかよ。ダークエルフの女で構わねぇよ」

「やーい、ディオン姫〜」

「ア・リ・ス・様っ!」

「いっひひひ〜」

「お人が悪いですよ!」


 二人のやり取りを見ていた兵士とヴィンフリートは、なんだか少しだけ和やかな気持ちになった。

アリスの姿も性格も知らず、この世界における全てを有した最強の人物だと聞き及んでいた。

 〝ご機嫌取り〟に行ったのも、エルフ達が恐れるあのヴァルデマルすら屈する存在が現れたと聞いたからだ。

ヴァルデマルの性格はよく知っていたし、勇者に負けたことも知っていた。だからそんなヴァルデマルが頭を垂れる人物なぞ、恐ろしいに違いないと思っていた。


 もちろんアリスは邪智暴虐な振る舞いこそないものの、己を害する存在には容赦がない。

この姿を見てエルフ達が調子に乗ろうものならば、またアリスの態度も変わってくるだろう。


「あっははは、って――ふざけてる場合じゃないな。入っていいか?」

「あ、もちろんです! お足元に気をつけてください」

「足元?」


 アリスが不思議そうに繰り返す。兵士は「あっ……」と不味そうな顔をした。

扉を開けながら、申し訳無さそうにしている。

それはヴィンフリートも同じだった。

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