救出作戦
魔王城――
「――ベル」
アリスの声は、稀に聞く不機嫌さを帯びていた。
それは呼ばれたベルもよく分かっていた。瞬時に姿を表して、アリスの足元に傅いた。
ちらりと一瞥したときの表情は、いつもと同じ普通のアリスだった。
しかしピリピリと肌を焼くようなこの刺激は、アリスの怒りに呼応して空気が魔力を帯びているのだ。
そして微弱ながら攻撃力を伴っているらしく、きっと幹部以外がここに来てしまえばダメージを負うことだろう。
ライニールの監視を頼まれているベルだったが、トマスかハリスのどちらかを置いておけばそれなりに抑止力として作動している。
そのためベルは比較的アベスカと魔王城を行き来する生活をしているのだ。
今日に至ってはたまたま城内にいた。運がいいのか、悪いのか。
「はい、我らが主」
「出掛ける。ベルとディオン、ヴァルデマル達で魔王城の防衛にあたって」
「はっ。アベスカはどうなさいますか?」
何があったかなどは聞かなかった。
だが状況から察するに、先程連絡を取ってきた存在――パラケルススとユータリスに危険が迫っているのは理解出来た。
それにアリスがここまで憤慨していること。これ以上何を聞こうというのだろう。
ただアリスの命じたことを遂行する。それだけで十分だ。
「ルーシーがいれば十分。あー、あとユータリスをルーシーの元へ送るよ。通信中は大丈夫そうだったけど――魔術に掛けられていないか、検査してもらうよう伝えてくれる?」
「はい。となりますと、供回りは」
「ハインツ、エキドナ、エンプティ」
「かしこまりました。何人たりとも通しはしません」
そう言うとベルは早速防衛のために動いた。
瞬間的にアリスの前から消えて居なくなったのがその証拠だ。
これからベルは城の中を駆け回ることになる。
エキドナとハインツ、エンプティが一時的に城を開けることにより、城の防衛レベルは最大限に引き上がる。
アリス不在の間、絶対にこの防衛を突破されてはならない。
これ以上アリスに怒りを抱かせる訳にはいかないのだ。
「――勇者は、私が殺す。絶対にだ」
アリスは小さくそう呟いた。
怒りにより更に漏れ出た魔力が、ビシリと壁にヒビを作っていた。
◇◆◇◆
アリスはユータリスに周囲の景色を送ってもらうことで、〈転移門〉を作成することに成功した。
写真であれ映像であれ記憶であれ、一度でもアリスが見ることが出来ればその場所への門を開けるのだ。
転移してきたのは、ボロ小屋が建てられている森の中。
微かな反応があることから、そこに二人がいるのだと推測できる。
小屋周辺には攻撃の跡は見られなかったが、街からこの場所に向かうまでに幾つも見られた。所々に散らばる矢に、木々が折れたり切れたりした跡。
二人が小屋に入ってからは、何をしているか分からないため警戒したままなのだろう。だから戦闘をした形跡がないのだ。
「クソが……やってくれたな……」
「……」
アリスがボソリと独りごちる。
幹部達はその様子を見つつも、何も言うことは無かった。控えめなエキドナだけではなく、いつも嫌なほど絡んでくるエンプティも、叫びながら正論を説いてくるハインツでさえも。
心底苛立っているアリスに対して何も言わなかった。
アリスはつかつかと小屋へと歩を進める。問答無用で扉を開けて中に入れば、まず視界に入ってきたのは浮遊するクリーチャー。
見たこともないソレを目にして、連れてきていた幹部三人が咄嗟にアリスの目の前に立った。
「三人とも、大丈夫。彼はスカベンジャーだよ」
「……あぁ、彼がユータリスの部下なのですね」
「失礼致しましたッ!」
「驚きましたわ、驚きましたわ……」
仲間だと認識すると、警戒していた三人は一気に気を緩めた。
戦闘態勢を解いて、アリスの側に立つ。
「こちらこそ申し訳ありません。皆々様方にご迷惑とご心配を……」
「いいんだよ。さ、もう戻っていいよ。後は私が片付けるから」
「はい。それでは我が主を、どうか宜しくお願い申し上げます」
そう言うとスカベンジャーは、再び空間が渦巻いて消えていく。
残ったのは奥にいる二人だ。
何もない小屋の中で、静かに横たわるパラケルスス。そしてそこに寄り添うようにして座り込んでいるユータリス。
本当に微かではあるものの、パラケルススが活動している様子が見られる。
〝生きている〟とも形容するべきか。
「エキドナ、外を見張ってて」
「はい……」
アリスに言われてエキドナは小屋を出た。
外に出たエキドナがスキルを発動したのを確認すると、アリスはパラケルススとユータリスの元へと近付く。
ユータリスはそんな主人に応じるように、パラケルススから離れて頭を下げた。
「お手数をお掛け致しまして……大変申し訳――」
「謝罪はいいよ。私のミスでもあるから。とりあえず検査も兼ねて、ユータリスは先にアベスカに行ってもらう」
「承知致しました……。失礼致します……」
ユータリスの返事を聞くと、アリスはすぐに〈転移門〉を作成した。
転移先はアベスカ城内。ルーシーが城のどこにいるかは知らないが、そんなことは門を潜ったユータリスが探せば良いこと。
ユータリスは深々と頭を下げると、小屋から早々に立ち去った。
この場に居ても、己が出来ることは何もない。最初から最後まで足を引っ張っているという思いがある彼女にとって、長居することは苦痛だった。
「パラケルスス、私だよ。分かる?」
ユータリスを見送ると、アリスは横たわるパラケルススに駆け寄った。
見たこともないくらいに衰弱していて、命が一本の糸で繋がれているくらいに弱っている。
それだというのになんとか体を起こそうとしている。自分の主人がやって来たことで、挨拶だったり謝罪だったりをしようとしているのだろう。
こればかりは忠誠心の高さを悔やむ。こんなときくらいは自分を優先して欲しい、とアリスは心を痛めた。
「……ア、リス、さま……」
「今治すからね」
アンデッド向きの回復魔術を付与すれば、一瞬にしてパラケルススの状態は完全回復した。
流れる血液も、何もないまっさらな状態。
――そうなったはずだった。
外傷は完治すれど、パラケルススの具合の悪さは戻らないのだ。
「……チッ」
「毒のようなものが、だいぶ侵食しているようですねッ!」
「相手は勇者の一味だ。すぐに正体を見破って、魔術を撃ち込んだんだろうね~」
いつものようにおちゃらけて喋っているものの、明らかに怒りが含んでいる。
この状態も治すことだって出来るが、果たしてどれほどの魔術を込められたのか。解析も含めると相当な時間がかかる。
一体どれほどの時間がかかるか、だなんて今のアリスには分からない。
「傷が治っただけで十分楽になりましたぞ。アリス様、ありがとうございます」
「いいんだよ。大事な私の子だから当然でしょ」
「それでなのですが、相手は治癒魔術、光系の魔術を習得しているものと思われます」
「そう……」
それを聞いてアリスはハッとする。
何かの状態異常になっているのだとは分かっていたが、それが何なのか。相手が魔物や魔族だと見破れたのならば、光属性の魔術を撃ち込むのは当然のことだろう。
だからパラケルススは、光という毒に当てられてしまったのだ。
属性がわかれば解析がより早くなる。それだけは安心出来た。
(パラケルススのちょうど天敵と、エンカウントしちゃったんだね……)
可哀想に、私の大切な子――アリスはそう思った。
この世の最大レベルを超えた存在であるから、と慢心していた節もあった。
だからアリスも悪い。
だが先に手を出したのは、あちら側。であればこちらはそれに応戦する。因果応報、正当防衛。やられたらやり返す。
レベル200の我が子をここまで衰弱させたのだから――それ相応の反撃があっても、良いというものだ。
「何よりも兵が数万おります」
「万単位? なんでそんなに」
森の中に想像よりも多い数の兵士が潜んでいることは、こちらに来た瞬間何となく察していた。
だがまさかそこまでの量の兵士がいるとは、アリスも思っていなかった。
ここはパルドウィンでもなければ、ジョルネイダでもない。
日々魔物の影響で精神をすり減らしている、アリ=マイアの一国・オベールだ。
「ええ、はい。その、実は始めはパルドウィン王国の戦争への、参加者を募るデモンストレーションでした。数百程を引き連れて来ていたのですが、自分とユータリスの存在がバレてしまいまして」
「うんうん」
「追加で増えたのです」
話を聞いていたアリスは、そこでピタリと相槌を止めた。まさか勇者側がそこまでの対応をしてくるとは思わなかったのだ。
「……二人のために? 人間にとっちゃ高位な転移の魔術で、わざわざ呼び寄せたってこと?」
「そのようですな」
「ふーん……」
増援を呼ぶに値したと考えたのは、勇者の認めるべき点だ。
しかし数万程度の雑兵で、自身の生み出したパラケルススが叩き殺せると思われたのは――癪である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます