基盤作り
「はあ……」
そう大きなため息をついているのは、パラケルススである。
ちょうど今しがた、対応していた人間が帰っていった。一緒に連れて行ったのは、病で亡くなったはずの娘――娘にそっくりなホムンクルスだ。
パラケルススはユータリスと共に、オベールの滞在を始めてはや数日。
アリス神化計画もとい、トレラント教布教のためにやって来ている。
しかしながらやっている事は、アベスカでのことと変わらずホムンクルス生成である。
借りているホテルを拠点とし、地道に〝患者〟を増やしているのだ。
「結局こうなるのですなぁ……」
「仕方ありませんよ。土台を築かねばなりませんから……」
「……分かってますぞ」
レベルが下回るユータリスに諭されて、パラケルススは拗ねながら答える。
とはいえオベールに来た目的は、アリスによる支配のための下準備。
本格的にアリスが動き出せば、城などの重要施設を乗っ取ってホムンクルス生成にも力が入るだろう。
だが今回頼まれたのは、純粋な宗教の布教だ。
布教方法が些か不謹慎かつ魔物的で邪教らしくはあるものの、神となる存在が魔王なのだから仕方がない。
そもそもアリ=マイアという神は存在しないのだから、どんな方法であれ現人神であるアリスを信仰するのは当然のことだろう――それが幹部の考えである。
「キリがいいですから、休みましょうか?」
「そうですな。ならば街に出て、何か食べませぬか?」
「食事ですか? 我々には不必要では……」
ユータリスは修道女という形を取っているものの悪魔であり、パラケルススも
つまり食事は不必要な行為であり、パラケルススの今回の提案は無意味なものなのだ。
食事は出来ないことはないが、人間や動物のように栄養として体内へ渡ることは無い。
アリスは娯楽のように楽しむこともあるのを知っているが、二人の中の神とも言える存在と同じ考えをするのは不敬だと――ユータリスは思考をやめた。
「もちろん娯楽ですぞ。もちろん我々の為ではありませぬ。娯楽として楽しまれるアリス様の為、様々な土地の食べ物について知っていれば有利です」
「有利……ですか」
「ええ。あのスライム馬鹿女をギャフンと言わせられますぞ」
「わ、私は別に張り合ってなど……」
ほかの幹部よりも少しだけレベルの低いユータリスは、張り合うどころか同じ土俵にも立てない。
彼女のレベルは勇者以下であり、知識人としてのポジションがなければ、エンプティなどから拒絶されていたかもしれない。
そんな彼女に対して、エンプティと張り合う――などと言うパラケルスス。
しかしそれは自分の為でもある。
「当然、ユータリスが張り合わずとも、自分が張り合いますとも。アリス様に認められ、褒められるのはこの上ない褒美」
「……褒められる……」
「それに、知識人として喚ばれた貴女でしたら、新たな知識を得たとお喜びになられる。如何ですかな?」
「……行きましょう、街へ!」
パラケルススのプレゼンテーション、もとい説得は大成功。
元々パラケルススの誘いとあれば、断ることはないユータリスだ。
だがその〝知識人としての力量〟について言われてしまえば、行かざるを得ない。
なんと言ってもユータリスもアリスを愛している。だから、そんな大切な主に褒められるという最上の行為を、受けてみたかった。
ところ変わって、オベールのスイーツショップ。
女性が並ぶ店に、修道女のユータリスとパラケルススがやって来ていた。
他人――人間の目など気にもせず、女性で溢れかえる店内だと言うのに、パラケルススは何の問題もなくケーキを食べている。
「人間の食べ物は、案外美味しいのですね」
「そうでしょう? この仕事が終わったら、アベスカ城に来てみるといいですぞ。あそこの使用人は、茶と菓子が異常に美味いのです」
「是非伺いますわ」
テーブルに並べられた様々な菓子類を、上品に食べるユータリス。
パラケルススも一口二口と口に頬張り、その味を確かめている。
これならばアリスにも紹介して大丈夫だ、と確認をしながら。
一緒に頼んでいた紅茶を飲み干すと、パラケルススは切り出した。
「さて、次はどうされますかな?」
「甘い物を食べた後ですから……塩分が欲しくなります」
「ではそういったものを探しましょうぞ。郷土料理などを探すのも、良いかもしれませんな」
「良いですね」
ただの気分転換、休憩のつもりだった二人だが、結局オベールの店を制覇するほどに飲食店をハシゴした。
どれだけ食べようが彼らの体になんの影響もないが、唯一知識という点ではいい経験が積めたのだ。
「ふう、結構食べましたな。全然膨れませんが」
「吸収もされてませんけどね」
「次はどうされます?」
パラケルススから意見を求められたユータリスは、少し考え込んだ。
小さい都市ながらも、まだまだ飲食店は存在する。とはいえそろそろ飽きてきた頃だった。
知識人とは言えその知識が全て食に向いているのも、少々偏りすぎではある。
ここは本来である知識の宝庫とされる場所へと、ユータリスは赴きたかった。
そしておずおずと向かいたい場所を答えた。
「それでは……、書店を見かけまして。寄ってもよろしいでしょうか?」
「構いませんぞ」
ユータリスの発見した本屋は、所謂古本を取り扱う本屋であった。
置いてあるのは小難しい歴史書や哲学本など、子供向けや娯楽小説とはかけ離れた本ばかり。
新たな知識を得たいというユータリスにとっては、丁度いいだろう。もちろん娯楽小説も知識となり得るが、真実を描いた本ではない限り彼女にとっては不要な知識だった。
パラケルススは別段本には興味がないため、適当に店内をウロウロとして時間を潰している。
時々興味を惹かれるような本を見つけて、ぱらぱらと数ページ捲ってはまた本棚へ戻し――を繰り返しながら、ユータリスを待っている。
いつもホムンクルス作成に時間を割いて、本来修道女であるユータリスの力を発揮できていないこともある。だからパラケルススは、この場で待つのは苦ではなかった。
ホムンクルスを作っている時間を換算すれば、彼女はその倍以上待っていることにもなるのだから。
しかしながら、長期滞在を見込んでいたパラケルススとは違って、ユータリスは数分程度の滞在で戻ってきたのだ。
さすがのパラケルススも驚いている。
「めぼしいものは御座いませんでした」
「……早いですな」
「速読が得意でして」
これもアリスの〝設定〟である。
この世界における知識は、大抵が本などの書物である。そして知識人であるユータリスが、その情報を素早く仕入れられなくてどうすると言うのだろう。
そんなわけで、シスター・ユータリスの得意とする事柄の一つ――速読だ。
彼女は一分間もあれば、十冊程度を全て読み切る事ができる。
流し読みや斜め読みとなれば、もっと速く済むだろう。
ユータリスは書いてある内容を適当に流し見して、有益ではなかったり既に知識として有しているものがあたら、即座にそこで読むのをやめた。
それを繰り返した結果、数分で大抵の在庫は読み終えたのだが――彼女にとって、読みたい本はこの店に無かったのである。
「この書店で置いてある知識は、全て有しておりました」
「ふうむ。なるほど。書店めぐり――もいいですが、どちらかに絞るのも悩みますな。どうですかな。別行動してみるのは」
「…………危険では? 命令違反にもなり得ます」
「はは、そうですな。やめておきましょう。時折街の書店に寄るよう、予定を調節しましょうぞ」
「ありがとうございます」
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