マイラ・コンテスティ
オベールとは、アリ=マイア教徒連合国の一国である。
アベスカの西に位置するその国は、それに次いで魔族の被害が多い国である。
南には亜人や魔獣が多く住まう〝大森林〟があり、人々は北へと追いやられていた。
ジョルネイダとは違う理由で、オベールの人間も生きる場所を奪われているのだ。
さて、そんなオベールに大勢の観光客――ではなく、プロパガンダにやって来た勇者の仲間。
彼女はマイラ・コンテスティである。
パーティーの中ではヒーラーやバッファーとしての役割を担い、普段はオドオドしているものの、戦場でキビキビと動くさまは誰もが知っている。
そんな彼女が戦地で仲間たちを助ける様子は、彼女の青い髪に青い瞳から取って〝青の天使〟とも呼ばれている。
パルドウィンの強さを示すため、マイラが引き連れているのは五百弱の兵士達。
ただのデモンストレーションではあるものの、それほどの量の人間を貸し出したパルドウィンはやはり戦争常勝国なのだ。
「活気がない国だなぁ」
「アベスカと同じで来ない方が良かったんじゃ……」
中心街へと向かいながら、兵士達が口々に零している。
盛んな港町であるイルクナーと比べて、アベスカやオベールはやはりその勢いに欠ける。
魔王戦争はまだまだ癒えておらず、それがなくともオベールは元々魔族からの侵食があったのだ。
普段から精神をすり減らしている彼らには、余裕などないのだ。
「で、でも、アベスカほど被害はない……ね。だから、大丈夫……」
「そうでしたか!」
「まあ兵士が採用できなくても、良いらしいですからね!」
マイラは豪快に笑う兵士達に合わせて愛想笑いをした。
採用しなくてもいいと言うのは、建前でもある。パルドウィンとて、戦力がとれるに越したことはないからだ。
勇者一行が加わったことで、パルドウィンの力は圧倒的になった。
とはいえジョルネイダはオリヴァー級が3人もいるのだ。
たとえ召喚されたばかりで知識や能力がなくとも、苦戦を強いられるのは間違いないだろう。
パルドウィンは勝ちたい負けたい以前に、今の平和な国を崩壊させたくない気持ちでいっぱいだ。
つまりパルドウィンにとっては、辛勝は敗北と同じ。
国の安泰のためにも、完全なる勝利を収めたいのだ。
「で、でも、だからって……ね。手を抜くのは、だめ……」
「そっ、そうですよね! 失礼致しました!」
「おい、お前達! 我々がマイラ様のお力になれるよう、頑張るぞ!」
「おう! 他の隊に負けないよう、力強くパルドウィンを見せよう!」
うおおお、と兵士達のやる気が上がっていく。
マイラ自身は大したことを言っていないのに、相手は前向きに捉えてくれる。
過去のマイラであれば、こんなことは無かっただろう。
◇◆◇◆
マイラ・コンテスティは、貴族ではない。一般の家庭で生まれ育ったただの平民である。
とはいえ、家庭環境が〝一般の平民〟とも言い難い。
彼女は物心がつく前から、膨大な魔力と強力な魔術適性を有していた。
わざわざ雪山に入り込み、亜人や魔獣を狩っている冒険者ですら驚くほどの実力。
その力は、自身の家族や周りの大人たちを恐れさせるには、十分過ぎるほどだった。
だが彼女の故郷では、誰もがマイラを避けていた。
――彼女に関われば命が危うい、と。
それは実の母親と父親も一緒で、寄り添うように見えてマイラのことを化け物だと思っていた。
村の人間はマイラを「化け物」「呪われた力」と罵り、世界を知らない田舎娘のマイラは、ここで死んでいくのだと幼いながらも実感した。
実家は貧しく、首都へ出て力の解明や勉強に励む金銭など無かった。
村人たちはコンテスティ家に近寄ろうともせず、マイラに同情するどころか忌み嫌っていた。
だからマイラは、力の正しい使い方を知る機会を得られないままだった。
「アンタなんて産まなきゃ良かったのよ!」
「村の人間の態度が、日に日に酷くなっている……」
両親は口々に言う。
村人から受ける仕打ちが、日を追うごとにエスカレートしているのだ。
過去にマイラは魔力を暴走させて、村の子供に怪我を負わせたこともある。
それをきっかけに、コンテスティ家にかかる重圧は増えていく。
村を出る金もなく、もしも出れたところで新しい職につける能力もない。
仕方なくそんな日々に耐えていた。
だが人間なのだから、限界というものが存在する。
「素晴らしい子ですね」
「神に選ばれたに違いない」
しかしそんな日も、とある旅団が訪れたことによって簡単に覆された。
彼らが言うのは、村人からかけられた言葉の真逆であった。
旅団の一員は誰一人としてマイラを否定せず、それどころか称賛していくのだ。
その瞳に宿るのは嫌悪や憎悪、畏怖などではない。純粋な憧れ、褒め称える気持ちだった。
マイラは理解できなかった。
まだ幼いということもあったが、彼女にとっての世界の全てはこの村だった。だから、真逆の言葉をかけてくる彼らに、すぐに理解を示せなかったのだ。
「教育にはさぞお力を入れたのでしょう? 一体どういう魔術を得意とされるのですか?」
「え、い、いえ……」
「んん? もしかして、なんにも魔術が使えないのか?」
「ちょっとヴァジム!」
村にやってきた旅団というのは、ラストルグエフ夫妻率いるものだった。
息子が成長した今、訓練も兼ねて仲間を引き連れて各地を回っているのだ。普段冒険者がいかない場所まで赴いては、その地の問題を解決して回っている。
そう言った慈善活動も含めて、旅をしていた。
オリヴァーを鍛えるにしても、首都や友人の領地内では訓練に限界がある。
それに何度も戦っていては、そのあたりの魔獣や魔族が狩り尽くされてしまうというもの。
冒険者が足を踏み入れない僻地へ赴いて、人助けがてら訓練をする。それが彼らにとって、今はベストな流れであった。
「ねえ、マイラ。おれと、むこうであそぼう」
「! で、でも、わ、私、のろわれたこ、……ね。遊んじゃ、だめ……」
「関係ないよ。おれ、つよいから」
「…………わかった、ね」
これがマイラとオリヴァーとの、初めての出会いだった。
オリヴァーは旅団がマイラの住んでいる村に滞在している間、ずっと彼女と遊んでいた。村の人間から何かを言われようが、関係なくマイラと一緒に居たのだ。
そもそも英雄の子であるオリヴァーに、村人が何か口を挟めることが出来るはずもなかった。
マイラは幼いながらも傷ついて、砕けていたその心をやっと修復し始めた。
だがそんな日々もすぐに終わりを告げる。
元々旅団は各地を転々とするつもりだったもの。だからマイラの村に留まるのも、時間が決まっていた。
出発が決まった日、マイラは心を決めた。
「わ、私、も……連れてってほしい……ね」
「マイラちゃん……」
「そうしたいところだが……」
マリーナが感動し、ヴァジムが少し悩む。そしてオリヴァーは、強かさを手にれたマイラに微笑んだ。
しかしながらラストルグエフ夫妻率いる旅団が、マイラを受け入れることは難しい。
幼いながらも剣術と魔術に秀でたオリヴァーならばまだしも、マイラは〝魔力が強い〟というだけ。
その有する魔術はまったくなく、しっかりと操れていないことから暴走も懸念される。
不安定要素を連れて村々を回れるほど、彼らに余裕もない。連れて行ってあげたいのは山々だが、今言えるのは拒否の一言だけだった。
「ごめんなさいね、マイラちゃん。旅をしながら面倒を見れるほど、私達も余裕があるわけじゃないの。オリヴァーは同じ年だけど、私とヴァジムに負けないくらい戦えるのよ」
「…………そう、なの……ね」
「だから……そうね。まずはコントロールを学びましょう。一人でいる時間が長いなら、その時間を有効に使って」
「……!」
マイラは大魔術師であるマリーナから、コツを幾つか学んだ。
地道に少しずつ練習を重ねていれば、王国の魔術師を凌駕するほどになれると。
今までこんな丁寧に喋ってくれた大人は居なかった。だからマイラも、マリーナの話を真剣に聞き逃さないように必死になって聞いた。
「魔力で身体能力をカバーできるようになったら、ヨース領にいらっしゃい。私達がいなくても、魔術に関してならトップクラスの人達がいるわ。あなたのことは伝えておくから、そこで基礎を教わると良いわよ」
「あ、ありがとうございます……ね」
瞳に涙をためて感謝するマイラを見て、マリーナはそっと優しく撫でてやる。
マリーナはマイラを、幼い子とも将来有望な魔術師とも思っていた。
だからそんな子供の未来を、潰すような大人は許せなかった。
もしも今の状況が、ただの旅行であったら。きっとこの場で旅行を切り上げて、自治領へと戻っていたことだろう。
村人たちが感じているのは、未知なる強大な力についての恐怖。
だがマイラが有しているのは、そんな恐怖をも遥かに凌ぐ――大魔術師への才能だった。
(絶対、絶対この人たちのために……強く……なる、ね!)
そうしてマイラは、いつしか国一番のヒーラーと呼ばれるほどにまで上り詰めた。
有した力を復讐に使うのではなく、誰かを助けるために使う。
本来のマイラが優しい人間であることを、よく知らしめる事柄であった。
そしてもしもこの時にラストルグエフ一家――オリヴァーの救済がなければ、きっとそのまま村で人生を終えていたことだろう。
オリヴァーは、幼い頃から勇者としての責務を果たしていたのかもしれない。
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