部下の資格
ディオンは正式に部下になったということで、スライネン王国から魔王城へ居住を変えていた。
そしてそんなディオンと、アリスがやって来たのはおなじみ格闘場である。
「アイテム?」
「そ。ディオンのレベルは170、ヴァルデマルと同じでしょ?」
「そうですが……」
この城にきてから、ヴァルデマルという存在を改めて見た。
アリスに――そしてその部下にペコペコとしている姿は、非常に滑稽である。こんな男に怯えていただなんて、とディオンは呆れた。
しかしながら近距離専門であるディオンの戦闘スタイルは、遠距離魔術を可能とするヴァルデマルとは相性が悪い。
ダークエルフが屈してしまうのも、仕方がないことであった。
「うちの幹部の平均レベルは、200なんだよね」
「……は?」
「あっはは、驚くでしょ」
「お、驚くも何も! この世界の最高レベルは、199とされているはずです!」
その事実は誰もが知っていることだ。到達できるかは別として、この世界における最高レベルを記憶していた。
ディオンもいずれはその高みに登らんと、日々訓練をしていた。
必死に生きてきた結果、170レベルに達している。人類や他の魔族から考えれば、高い領域だ。
だがアリスとその幹部は、その高みすら超えた場所にいるというのだ。
「うん。だから私達は異常なんだよ」
「な……」
「勇者を殺すためだけに、生まれた異端者」
「…………」
部下にするにあたって、ディオンには目的を説明した。
あまりいい表情とはいえなかったが、忠誠を誓った身としてはその完遂を見届けるべきだと感じた。
アリスもその様子には気付いていたが、気遣いなどせず触れないでいた。
たまにエンプティには「優しすぎる」と零されることがある。だから王たる振る舞いの一つとして、部下の憂いを無視するべきではないかと考えるときもあった。
全てをすくい上げていては、何も終わらないと。
それに何と言っても、勇者を殺すことはアリスの希望でもあり、神からの頼まれごとだ。
間違えて殺された以上、ここでもし勇者を仕留め損ねたとしても。神から文句を言われることはないだろう。
だがそれでは、アリスのフラストレーションが溜まったままだ。
勇者や正義の味方が、どうせ最後に勝つ。
途中まで有利だった悪役は、まるで世間の都合に合わせるように。終盤で一気に殺されてしまう。
そんなのはもう見飽きたのだ。
だからアリスがここで変える。
たとえ部下だろうが、国民だろうが。何を言われても、その意志は変えない。
「話が逸れたね。そんなわけで、身を守るためにも能力の平均化を図るよ。これをまずあげよーう!」
「こちらは?」
「ゼウスの指輪だよー」
「……拝借します」
アリスとディオンが格闘場に来ていたのは、ディオンへのプレゼントとそれのテストだ。
ヴァルデマルとは違ってお気に入りとなったディオンは、他の幹部と同じ程度のレベルであってほしかった。
それこそアリスのわがままではあるが、反論するもの――主にエンプティだが――を押し切ってここまでやって来たのだ。
何よりもずっと思っていたことがある。
ジョルネイダ公国に三人の199レベル勇者が召喚されたのに、本当にアリス側は追加戦士があれだけでいいのか。
間違えて殺してしまったのならば、もっと厚遇でもいいのではないか。
リーレイとシスター・ユータリスを造ったあの日から、ずっと思っていたことだった。
アリスから丁寧に指輪を受け取ると、ディオンは左手にはめようとした。
それを止めるため、慌ててアリスが口を挟む。
「おっと! ディオンのことは好きだけど、はめるなら左手薬指以外にしてね? 死にたくないでしょ」
「? よく分からないですが、承知しました」
(ダークエルフには結婚指輪の概念はないのかな? まぁどちらにせよ部下達は私が生み出したから、エンプティが〝その知識〟を持っている可能性は大いに存在するし、警戒しておいて問題ないでしょ……)
ディオンは言われた通り左手を避けた。右手の人差し指に〝ゼウスの指輪〟を装備する。
すると一気にディオンのステータスが跳ね上がった。
アリスは効果を分かっていたが、本人であるディオンはもっと実感していた。
体力、機動力、それぞれの耐性や攻撃力。
それら全てが一瞬にして、強制的に引き上げられたのだ。
「……っ、おぉ! なんだか力が漲るように感じます……!」
「間違いはないと思うよ。30レベルくらい無理矢理引き上げたからね。絶対になくさないでね」
「当然です。アリス様からの賜り物、紛失など致しません」
「レベルを上げると同時に、魔力値や体力値、機動力、耐性など総じて上がってると思うよー」
「……素晴らしいですね……!!」
ずっと欲しかったオモチャを貰った子供のように、はしゃいでいるディオン。
199レベルの高み程度ではない。それを超えた神の領域に到達したのだ。
早く試したい、そんな気持ちになっている。
(うわぁ、引くくらい喜んでる……)
「それで!? まだあると言ってましたね!?」
「う、うん。はいこれ」
「これは!?」
次にディオンへ渡したのは、白金の太めのバングルだった。
両腕用なので合わせて二つだ。それぞれ片方には赤色、もう片方には茶色の小ぶりな宝石がが付いている。
シンプルで上品なものだ。洒落っ気がないディオンには少々不釣り合いかもしれないが、選んだのは効果によるもの。
そのあたりは少しだけ目を瞑ってほしいものだ、とアリスは思った。
「
「もちろんです!」
楽しそうに両手に着けていたディオンだったが、指輪と違って即効性のある能力ではない。
そのためか着け終わる頃には、はしゃいでいた気持ちはどんどん下がっていく。
「ふむ……俺には少し上品な代物ですね」
(上がりまくったテンションが落ち着いちゃった)
完全に落ち着いてしまったディオンを見ながら、面白かわいいななどと思いつつ。
アリスはバングルの効果を伝えるべく動いた。
これこそ、先程ディオンが望んでいた――実践である。
「まぁ実際に使ってみれば分かると思うよ」
「?」
「行くよー」
「何――だっ!?」
助走もつけず至近距離からの、高速ジャブ。
ディオンでも認識できて、なおかつ死なない程度に発動したパンチだった。
そのためディオンは即座に反応できた。
ガードのために両腕を上げて、アリスのジャブから頭部を守る。
「――なん、……っ!」
受けたのは腕だったはずなのに、ビリビリと体全体が震えるほど強烈なパンチ。
踏ん張る足が、闘技場の地面に跡をつけている。
(なんだこの激しい拳は! 今まで出会ったこともない威力、スピード! それに――)
両腕のバングルからは、淡い白色のオーラが放たれている。
それは指先から肘までを覆っていて、盾のような役割をしたのだとわかった。
このバングルの効果がなければ、ディオンの両腕は粉々になっていたのだ。
「なんですか、これ……」
「それはねー。戦闘時になると発動する、特殊なバングルでね」
先程のように防御の役割を担いながらも、取り付けられた宝石は攻撃にも有利になる。
赤色の宝石は火属性を表していて、攻撃の際にはBランク程度の炎魔術を付与できる。
茶色の宝石は土属性だ。こちらは攻撃時に属性攻撃を付与出来る訳では無いが、それぞれの攻撃力が上がるというすぐれものである。
「相手の敵意や闘志を自動で検出して、勝手に展開されるタイプだから。万が一隠密兵が潜んでいても、分かりやすいはずだよ」
「それは助かります」
「ただうちの子達みたいに、息をするように殺すような人には使えないから。過信しないでね」
「承知しました」
アリスが腕を下げて、戦闘の意思を消せばバングルはもとに戻った。
そんな二つのアイテムを撫でながら、ディオンはアリスに問う。
「こんな良いものを貰っていいのですか」
「いいよいいよー。配下になってこれから貢献してくれると、誓ってくれるんでしょ?」
「勿論です。貴方様の拳となり盾となりましょう」
「よろしくね、ディオン」
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