ダークエルフの国2
「治した。心配ならば医師に見せると良い」
「治し……あ、……その、俺は――」
――ディオンは、アリスを完全に信用していなかった。
お互いの上下関係の理由が、罪滅ぼしという意味も兼ねているからということもある。
粗相をしてしまった弟のために、自分が犠牲になることで国を守る。その程度の考えで部下になった。
だからアリスを信用せず、尊敬せず、猜疑心を抱いたまま部下になった。
恐怖のもとに支配された、奴隷と一緒。唯一違うのは、枷がないこと。
ディオンはその場に膝をついた。まさに、傅くような姿だ。
頭を伏せて、静かに低く言った。
「……俺を、殴ってくれ。いや、殴ってください、アリス様」
「ん? は!?」
「俺は貴方様を疑っていました。きちんとした喋り方をしていなかったのが、その表れです。ですが、もう心は入れ替えます。ダークエルフ一族が裏切ろうと、俺は貴女の忠実な拳であると誓います」
突然そう喋りだしたディオンに、アリスは驚きを隠せない。
所々入っていたタメ口のような、高圧的な喋り方も一切消えてなくなり、そこにいたのはアリスを尊敬する部下だった。
困惑したアリスは、今まで王のように繕っていた喋り方を忘れるほどだ。
「え、え!? なにこれ!?」
「アリス様。母上殿を治したから猜疑心が消えて、忠義心がアップしたんだと思うんですよね」
「あ、なるほど。……って、私疑われてたの……?」
「アリス様……」
焦るアリスに対して、横からひそひそとベルが助言する。
まさかまさかの気づいていなかったアリスに対して、ちょっと呆れながら。
ディオンだけではなく、その場に居たダークエルフ全員が深々と頭を伏せた。
オネルヴァは国民全体から愛されていた、まさに母親のような存在だ。オネルヴァを蝕んでいた毒は、国民全てが憂慮している問題だった。
だからその場に居た全員がアリスに忠誠を誓った。
中には静かに涙するものだっていた。それくらいには、オネルヴァは国民から愛されていた存在だったのだ。
そして誰よりも泣いていたのは、あの厳しいグレーゴーアだった。
元々は彼のせいで巻き込まれたこと。
それが元の元気な妻へと戻ったのだ。これがあの危惧していた、悪しき魔王だと思えるだろうか。
神と崇め讃えても良い程度には、この場のダークエルフの中での、アリスの好感度が非常に上がっていた。
「じゃ、改めて聞くけどディオンの弟はどこ?」
「はっ! おい! 国指折りの機動力を持った戦士を連れてこい! 急いで探すのだ!」
「はい!」
アリスが聞けば、グレーゴーアが感涙を流しながらも大声を張り上げる。
忙しい人だなぁ、とアリスは他人事のように思っていた。
その場のダークエルフ達は、命令を聞くとバタバタと急いで探しに出た。先程の状況とは全てが変わっていた。
――こんな寛大で慈悲深いアリス様に、なんてことを!
改めてヨルクが行った暗殺未遂を思い出して、一同は捜索により力を入れた。
「アリス様、あたしが行きましょうか?」
「んーん。私は彼らを信じるからねー」
「……申し訳ありません。俺は……疑うようなことを……」
ベルの言う通り、正直この場の全てにおいて最高の速さを誇るのは、間違いなくベルである。
ベルが探しに行けば数分とかからずとも、ヨルクなる男を引きずり出せるだろう。
だがアリスは彼らを信じている。万が一取り逃した時にだけ動けば良いと思っていた。
そんなアリスの発言を受けて、ディオンがしおれながらボソボソと答えた。
「いんだよ、私もディオンの立場だったら疑ってる。生きるため……仲間のために配下になったんだから、しょうがない」
「まさかそんなに寛大とは……。このディオン、命のある限り忠誠を尽くすことを誓います」
「う、うん……。よろしくね」
数分して、逃げようとしていたところを、とある戦士が発見し捕縛に至った。
しっかりと縄で縛られて、その表情は不満げだ。
グレーゴーアが直接指南しただけあって、ヨルク自身もそれなりに手練た戦士だ。
そのため捜索に時間が掛かったのだった。
なにはともあれ、完全な逃亡を許さなかっただけ十分である。
そんなこんなでアリスの目の前に置かれていた犯罪者――ヨルク・ヒミネ・スライネン。
ディオンと同じくグレーの頭髪、ディオンよりは少し濃い色の金色の目。
ディオンは男前とも言える男勝りな女ダークエルフだったが、ヨルクもヨルクで顔の整ったダークエルフだった。
「チッ、死に損ないの化け物め……」
「アリス様に向かってなんて口を……!」
「この男は処刑すべきです!」
「ダークエルフの恥だ!」
ヨルクがアリスを蔑んで言えば、あの治療術を見ていたダークエルフ達は口を揃えて言う。
その態度に気を悪くしたのか、ヨルクはわざとらしく舌打ちをしてみせた。
アリスはなんとも感じていなかったが、ベルと――ディオンがそれを見て酷く腹を立てていた。
「まあまあ、どうどう。みんな落ち着いて。私にとっちゃあの程度の毒は、スパイスにしか成り得ないんだから」
「……す、スパイス?」
ここで初めて、ヨルクが不快そうな顔から表情を変えた。まさに「何を言っているんだ」と言うふうな表情だった。
もちろん、毒の効能を知っていれば、その発言は有り得ない。
だが毒を知っているヨルクであっても、アリスを知らなかった。
アリスの毒物に対する耐性とその無尽蔵とも言える体力、そして所有しているスキルと魔術諸々。
それらを知っていれば、アリスから出てきた発言が嘘ではないと理解できたはずなのだ。
「嘘をつくな! あれは、ダークエルフの知る中では一番の猛毒! しかもそれを何束も入れたんだぞ!」
「うんうん。そうだよね。多分普通の魔族とか人間が食べたら、即死だと思う」
「な……」
「まぁそれはそうとして、処分をどうしようかな……」
うーん、と考えこもうとしたときだった。
横から腕をガッシリと掴まれたのだ。予想以上に強い力で、しっかりと。もはや痛いぐらいに。
振り向けば満面の笑みをもってアリスを見上げている、ベルが居た。
もう今までで見たことのないくらいに、それはそれは120%の笑顔である。
「アリス様、ください」
「なに……?」
「くーだーさーい! めちゃすこな顔なんですよおお! かわいい! 欲しいんです!」
「ご飯じゃなくて
「そうですぅー!!」
ブンブンと掴んだ腕を激しく動かしながら、ベルはそう叫んだ。
ベルの主食は人間である。それは幹部であれば誰もが知る事実。
だが例外もいる。それは〝顔の良い男〟。
食べるには勿体ないイケメン。それらは食べるのではなく、楽しむためにある。ベルの中での定義はそうだった。
「はぁぁあぁ、褐色イケメン、裏切りの弟とか属性盛りすぎだっての。マジすこ。すこすこ。推し決定なんですが……。うわぁあ、どうしようスーツとかも似合いそう。逆に白い服とか? 絶対似合うだろ……民族衣装で筋肉チラ見せとかもえちちじゃん……。って、ハッ!? 着せる服がない……? アベスカの国王からぶん取――」
「わ、分かった分かった。向こうもソレでいいならあげよう。隷属契約しようね」
突然早口で大量に喋りだしたため、アリスは無理矢理手で口をふさいで黙らせた。
いきなりのことにダークエルフ一同は驚いているし、ポカンとした顔で二人を見ていた。
ベルの言っている殆どが理解できなかったのが、不幸中の幸いともいえよう。
以前アリスが思っていた「どれだけ恥ずかしい設定にしても、この世界じゃ知らない内容だから大丈夫」という謎理論。
しかしながら実際起こってしまうと、少々恥ずかしいものであった。
「……と、言うわけでどう?」
「どういうわけですか!?」
困惑しながらディオンに伝えると、やはり伝わっていなかった。
アリスはゴホンと咳払いをして、先程のベルの〝翻訳〟を行った。
「つまり、えーっと、うちの部下が彼をとっても気に入ったみたいで……奴隷として欲しいから、身柄を預かるっていう意味で処刑は終わりでどうかな?」
「そ、そんな処遇でよろしいのですか?」
オネルヴァがアリスの言葉に、そう漏らす。
〝そんな処遇〟というのは、〝そんなに軽い処遇〟ということだ。
どんな失態をしてしまったところで、オネルヴァとグレーゴーアにとっては家族であり大切な息子。
どんな罰を課せられようとも、息子が生きているということはまだ幸せなことだろう。
彼らの中では、ヨルクの死をも覚悟していたのだから。
「うーん。強制労働とか拷問とか肉体で奉仕とかはな――いや、ある意味全部ソレに当てはまるのか? 人によっては苦痛で嫌なことだから、軽い処置じゃないけど」
「???」
「俺は問題ないです、アリス様」
イマイチ理解の及ばないヒミネ・スライネン夫婦だったが、横からディオンが声を掛ける。
一応あのダイニングルームでは、ディオンがスライネン――ダークエルフ代表で来ていたため、これを総評と捉えることにした。
「そう。じゃあそうしよう」
「やったぁー!!! あたしだけの等身大着せ替えフィギュアだぁー!!!」
「黙ってベルちゃん……」
終始うるさいベルをよそに、アリスは二人の隷属契約を進めて、スライネン王国を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます