裏組織1

 裏組織撲滅、出発前――


「え、っと……?」


 困惑するプロスペロの前に、ルーシーとベルが立っていた。

先程の衛兵とのやり取りから、彼女達が偉い立場であることは理解していた。だから反応に困っていたというのもあるが、盗賊をやっていて世情に疎かったプロスペロでさえも見たことのない人物だった。

 アベスカで偉い人物といえば、あの傲慢で買い物狂いの若き王・ライニールとその取り巻きの大臣たちだ。だからこんなに若い少女達が偉い地位にいるのだと思うと、余計に違和感を抱いていた。


「あーしはルーシー。こっちがベル。これからアンタには、この国の裏組織の場所へ案内してもらうし」

「ちょ、ちょちょ、どういうことですか!? やっぱり突き出されるってことですか!?」

「愚か者。話は最後まで聞きなさい」

「す、すいません!」


 ルーシーによる雑な説明と、プロスペロの混乱が相まって答えを急いでしまう。

完全に言葉が足りない説明だったルーシーを補うように、冷静なベルが突っ込みを入れた。

それでもプロスペロの混乱はまだ収まっていないようで、ベルが落ち着けと諭してもソワソワしっぱなしだ。

 もうここまで来たら人間の態度など気にしてはいられない。こうして喋っている時間でも、アベスカに巣食う裏組織どもはその汚い仕事を続けている。

アリスが支配すると決定した以上、部下達はその支配する土地を汚すような存在は許さない。

 時間の無駄だと感じたベルは、怯え困惑するプロスペロを無視して話を再開する。


「きみを助けたのは、アリス・ヴェル・トレラント様。我々が忠義を尽くす、たった一人の偉大なる存在」

「アリス……」

「様をつけろ人間、喰われたいの?」

「ひぃ! はい! アリス様!」


 流石に呼び捨てに対しては、冷静だったベルも言葉の足りない脳天気なルーシーも、睨みつけて静かに怒る。

一瞬でその場の空気が変わったことは、プロスペロにも分かった。

 ふう、と一息つくとベルは再び口を開いた。


「アリス様は愚かなる人間に代わって、この国を支配する新たなる王です。我々はその忠実なる下僕。プロプロ――だっけ?」

「ぷ、プロスペロです」

「そう。じゃあプロスペロ。きみもアリス様に助けられたその生命を、アリス様のためだけに振るうと誓うといい」

「え? あの……」

「喜ぶし! 初仕事はなんと、この国を汚す裏組織壊滅なんですケド!」

「はっ、はぁああ!?」


 ニコニコと喋るルーシー。その発言に、プロスペロは目を丸くした。

その内容の無茶苦茶加減と、盗賊の下っ端だった自分では絶対に出来ない偉業。

そしてそれを当然の如く言ってくる少女。まるでこの二人にはいとも簡単に、赤子の手をひねるように出来るように。


 自分の仲間は、あの――アリスという女性に簡単に倒されてしまった。

だがたかが盗賊だ。潰そうと思えば潰せるだろう。

現に、他国では冒険者が盗賊を退治するという依頼もあると聞いた。そこそこ力のある人物であれば、簡単に成敗できるだろう。

 だがそれと裏組織壊滅は話が別だ。そもそも大きさが違うのだ。

それこそ国が力を入れて、軍を用意してまでしなければ無理かもしれない。伊達に国の目を掻い潜り、長年悪事を働いてきたわけではないのだ。


「無茶ですよ! 最近ライニール国王との癒着が無くなったせいで、更に裏組織は荒れてるんですよ!」

「あ、ふーん。あのクソ王って裏組織と手を組んでたんだ……」


 ルーシーはにっこりと笑顔のままだったが、その声色は笑っているようには聞こえなかった。

ベルですらゾクリと悪寒を感じるほどの不気味さだったが、当然のことであった。


 別にこれといってライニールには「隠し事をするな」などと言っていないし、アリスとガブリエラのように奴隷契約を結んだ間柄でもない。

だが彼・ライニールは、アリス達一行の配下だ。

 取り急ぎ土地を手に入れたかったこともそうだが、これと言ってしっかりと調査を行っていなかった。特にライニールに裏があるかないか、などもまだまだ探っていないことだった。

 本来であれば一番にやることだろう。国の長ともなる人物が裏切ったとなれば、それこそ面倒なこと。

特に頻繁に旅行に出向くライニールである。それはそれは交流も深いことだろう。

もしもアリスの存在が外に漏れ出たりでもすれば、アリスの望んでいる計画全てが台無しになる。


 ライニールが黙っていたのは、アリスに対する反抗か。その目を欺き、貶めるつもりだったのか。

そう詮索されてしまってもおかしくない。少なくとも、ここにいるアリスの配下の二人は瞬時に、ライニールに対するイメージがダウンした。


 ルーシーは魔術空間から紙を取り出す。紙は空中でふわふわと浮いていた。ちょうどルーシーにとって、ものを書くにはベストな高さだった。

 腰にいつもぶら下げている魔術用の杖で、その紙に書き込んでいく。インクもペン先もないが、ルーシーが杖を動かすたびにその白い紙にはつらつらと文字が浮かんでいく。

もちろん内容は、ライニールと裏組織の癒着についてだ。

 慣れた動作でそれを終えると、ルーシーは杖で紙をトントンと二回叩いた。

すると、紙はひとりでにくしゃくしゃと形を変えて、いわゆる「紙飛行機」へと姿を変えた。

 ルーシーが紙飛行機を「ふぅ」と一息吹けば、その紙飛行機は勝手にふわふわとどこかへ飛んでいってしまった。


「パラ殿宛て?」

「そーゆーコト」


 魔力を込めて書いていたため、途中で兵士達が拾ったり盗んでも、文面は読めない。

杖で書いたのは漏洩防止も兼ねているのだ。

もっとも、この城で魔術を扱える人間が居ない以上、不審な浮遊する紙飛行機なんてものを見つければ、それは誰のものだというのは――馬鹿ではない限り分かるはずだ。

不用意に触れたり読んだりしようとする輩は存在しない。

 もしもそんな頭の悪い人間がいるのであれば、いや、そもそも居た時点で死んでいるかもしれない。頭の悪い人間は、口を滑らせたり態度を誤ったりして、幹部達の機嫌を損ねて首をはねられてもおかしくないのだ。


(あーあ。かわいそー、あのイケメン王サマ)


 このあとのライニールの処分を想像しながら、ベルは密かに哀れんだ。

同情するも何もそもそもライニールの自業自得なのだが、顔がいいだけあってベル的には少し擁護してあげたくなるのだ。

 もちろん彼女の中での優先度は、一番にアリスが存在する。これは何においても不動の一位である。


「ま、安心してよ。あーしらがそんなんでやられるワケないし」

「で、でも……」

「もしかしてご自身の心配されてますか? 大丈夫ですよ。アリス様のお名前を使われて保護された人間を、簡単に殺させやしませんから」

(な……なんだろう、自分達は人間じゃないみたいな……)


 先程の謎の魔術といい、プロスペロは違和感を覚える。

特段知識があるわけでもないし、そういった話を小耳に挟んだりしているわけでもない。

 だが目の前に立っている、少女二人の絶対的な自信。その程度の相手では自分が勝るという、圧倒的な態度。

それはプロスペロからみても、理解しやすいものであった。

――この世に生きている全ての存在は、自分達よりも劣っていると。

そう語っているように。


「ささ! んなコトどーでもいっしょ? 早くアンナイしろっての!」

「うぅ、はい……」


 *


「まずはここですね。地元民ですら知ってる闇金融です」

「ほうほう」


 案内されたのはごく普通の建物。周りの建造物とも馴染むような、何も代わり映えのないデザイン。

闇金融だと聞かなければ、ただのオフィスとでも思えそうなほどだった。周りの雰囲気に馴染むように、建物の入り口には誰かがガードマンとして立っているわけでもない。


(まぁ……外は、ね)


 ルーシーが透視で中を少し覗けば、扉を抜けてすぐそこにガードマンがいることが分かる。外におらずとも、中に入ってすぐに待ち構えているのだ。

だが二人にとっては何の問題はない。レベル以前にただの人間相手だ。


「すぐ入ったところに二人」

「はいよ」

「??」


 いつものおちゃらけたルーシーとは違う声色。相手が楽な人間だとはいえ、これはアリスの名前を広めるための、アリスのための仕事。

失敗は許されない。

 そして何よりも。アリスの所有する土地に巣食う、汚れた人間達を処理するという大切な仕事なのだ。


「たのもー!」


 しかし次の瞬間にはいつものルーシーに戻っていた。気さくで誰とでも別け隔てなく接する明るい少女。

もちろんそんな少女が大声を上げて入ってくれば、組織の連中は〝客〟だとは思わない。こんな金融組織に手を染めるよりは、必死に泥まみれになって働くような少女に見えるだろう。

 彼らに関わるとすれば、売春婦が一番適していそうだが、その線もありえない。そこまで落ちぶれたような女にも見えないのだ。

 だから当然この招かれざる客を彼らは警戒する。

一瞬思考が鈍り焦ったが、普段の冷静さを取り戻す。最早迷子に近い少女の対応に当たった。


「なんだ、このガキ」

「一番えらいヤツ、だれ?」

「あぁ?」


 だが迷子の少女は、彼らの予想とは全く異なる質問を投げかけてきた。ここはどこ、ここに行きたいんだけど道が分からなくて。そんなような質問ではなく。

この建物が何の建物か、それを知って入ってきた。その言葉はそう気付くには簡単だった。

 ガードマン達の警戒心が更に引き上がるが、目の前にいるのは成人にも満たない少女二人と、そんな二人に守られるように後ろに立っている情けないプロスペロ一人。

警戒しようにも警戒しづらい相手に困惑を隠せない。


「ねぇ、ルー子。面倒なことしないでさ、みんな殺しちゃえば早くない?」

「ヘイワテキカイケツ、ってやつではなくない? アリス様はあんまし暴力はやだって言ってなかった?」

「んー、でも悪いやつだよね?」

「たしかに」


 二人が物騒な会話をしているが、ガードマンもプロスペロですらも、その言葉が「虐殺をするか、普通に制圧するか」という話し合いだとは思わないだろう。

 特にベルは、ルーシーよりも人間に対する考え方が極端だ。

反発するようならば、アリスの足枷になるようなものならば排除してしまえばいい。

 特に彼女は人間を食らう。だから虐殺に対する敷居が更に低い。

人が食材を調理するように人を殺す。彼女にとっては人間は食べ物か、見目麗しいのであれば愛玩動物でしかないのだ。


 一方ルーシーは、アベスカの民と交流を築いていることから、多少は人間に対する愛着心が存在する。当たり前だが目の前にいるクズどもは制裁すべきだと考えている。

――が、それ以外の人畜無害な存在は、アリスの言いつけ通り守るべき存在であり、仲良くしていくべき者達だと認識している。

 実際、アベスカに派遣された二人で、もしもパラケルススが今やっている〝診療〟がなければ真っ先に信頼されたのはルーシーだろう。


「なぁにゴチャゴチャ言ってんだ、クソガキ!」

「よく分かんねぇ服きた女どもだなぁ……」

「暗そうな見た目して、よく乗り込んできたぜ」


 彼らの処分を話し合う二人に、男達はそう言った。

途端にベルとルーシーの会話が止まる。

そしてその場に、真冬の空気よりも冷たい雰囲気が張り詰める。ぞわりと悪寒がした時にはもう遅いのだ。


「「…………あぁ?」」


 ――二人の中での、殺意が確定する。

目の前にいる、この下卑た男どもを絶対に潰さねばならないと。


「アリス様から頂いた、この容姿をバカにしたワケ?」

「まだ陰キャの部類じゃねぇわ!」


 ルーシーは腰に下げていた杖を、ベルはスキルでナイフを。

それぞれの武器を取り出して、じりじりとガードマン達に近付いていく。

 あれだけ「アリス様が言っていたから」と穏便に済ませようとしていたルーシーですら、アリスに作られた見た目を馬鹿にされて頭に血が上っている。

 この容姿を気に入っているというのも理由の一つだが、自分が忠義を尽くす存在の〝理想の存在〟であり〝好みの存在〟として生み出された以上、自分を否定するもの――つまるところアリスを否定しているようなものだ。

 主人を否定されて黙っていられるような幹部は、存在しない。


「「ぶっ殺す」」

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