女子会2
「そういやさぁ、ベルはまだ統治する国を与えられてないんだよね?」
「そうそう」
ベルに限らず、ルーシーとパラケルスス以外には国を与えられていない。
魔王軍や城の立て直しに、時間がかかっていることが一番の要因だ。
手っ取り早くヴァルデマルが統治していた魔族の長が、城へとやってきてくれれば話は早いのだが、まずそうしてもらうには魔族達にアリスの存在を知らしめねばならない。
方法がないわけではないが、それは魔族と同時に、人間にも知られる可能性があるのだ。
そうなれば今まで隠れて動いていた意味がなくなる。
勇者達は再び結託し、また悪さをしようとしている魔王軍を叩き潰さんとやって来るだろう。
アリス達がいる現在では、それを返り討ちにすることは簡単だ。
だがアリスがやりたいのは、そんな簡単なことではない。一網打尽に一気に叩き潰してしまっては、楽しみというものが全くないのだ。
せっかく異世界に来たのだから。自分の力を堪能して、異世界を満喫し、相手方に恐怖を与える。
準備と鍛錬する時間を許し、希望を持ってやってきたところを絶望に叩き落としてやる。
――それが、彼女の願望。
「あーしもいずれはここから出てって、自分の国を管理しないとだしなー」
「あたしもそれだから見に来たんだー。パラ殿って学者気質だけど、それが功を奏して統治も結構上手くいってるらしいじゃん」
「ハンメンキョーシってこと?」
ちょっと頭の弱いルーシーから、反面教師などというちょっと難しそうな言葉が出てきたことに感動すべきかと思いつつ、ベルは苦笑する。
魔術とオシャレに関しては幹部イチだというのに、そういったところは見た目通りアリスの設定通り〝ギャル〟なのだろう。
「いや、そこは普通に学ぼうよ……」
「ありゃ? ま、いーや。ねーねー! あっちの城はどう?」
「なんだよ、大して離れてないくせに」
「気になんの!」
状況が気になるというよりは、仲間としばらく離れていたことで寂しいのかもしれない。ベルもそれを分かるのか分からないのか、こうして頻繁に顔を出しているのだ。
当然だが彼女は城での仕事がほとんどなく、暇だから来ていると言うのもあるが。
「別に変わりはないよ。ドナネキとハインツおじさまが頑張ってて、エンネキも変に張り切ってるよ」
「うっわ、スライムおばさんが張り切るとか……あとが怖いなー。ベルも手伝わなくていいの?」
「なんかいらないみたい。用事があったら呼ぶって」
「あー、ヴァルくんたちの名簿とか、まだ手間取ってそうだもんなぁ」
そんなところで部屋の扉がノックされる。メイドが戻ってきたのだ。
ティーセットを乗せた小洒落たカートを引いて、部屋へと入ってくる。
「失礼します。お茶とお菓子をお持ちしました」
「わはー! 待ってました!」
「あざまー! あとはあーしらでやるから、置いてっていーよ」
「い、いえ! 是非わたくしめにやらせてください!!!」
「へ?」
あまりにも強い押しに、ルーシーもベルも目を丸くした。
普通ならばここで、二人の恐ろしさに手を引くものだが、彼女達は持ってきたおぼんや菓子の乗ったカートを絶対に離そうとしない。むしろ力を入れて取られまいと必死になっている。
二人にかかればこの程度振り払って奪うことも可能だったが、あまりの驚きにそれは出来なかった。
「ルーシー様、ひいてはパラケルスス様には、大変お世話になっております。是が非でも我々に、皆々様方のお世話をさせて頂きたく思っております! こちらの美味しい淹れ方もマスターしましたし、お菓子も美味しく焼けました! それと、それと……!」
「え、なになに!? は!?」
「あー、うん。わーったわった。じゃあオナシャス」
「ありがとうございます!」
結局あのままつらつらと早口で喋られても、ルーシーは聞き取れないし、ベルは聞き取れたとしても面倒臭くなってきたからと諦めることにした。
どうせ食事に本腰を入れているわけではない魔物の二人だ。二人が紅茶を入れて菓子を用意していたら、「あんまりおいしくなかったね」となってしまうかもしれない。
妥当なところだろう。
「すごいねー、ルー子。あたしも見習おー」
「あーしは何もしてないんですケド……」
焦りながら答えるルーシー。
だが仕事は完璧であれど愛想の悪いパラケルススと違って、人間と会話し他愛のないことで笑っていたのは他でもない彼女だ。
現地の人間からしたら、ギャル語や現代社会の若者言葉を操る彼女の言葉は、ほとんど理解できていないかもしれない。
だけれど、彼女の人柄の良さはそれでも伝わるのだ。
愛想の悪いパラケルススをサポートするように、ルーシーがここにいる。
別にアリスはそれを狙って配置したわけではなかったが、その何も考えていないことが功を奏したということだった。
若い女は甘いものが好き。それはこの二人も例外ではなかったようで、メイド達が用意したものをぺろりと平らげた。
美味しそうに食べるさまはメイド達も嬉しかったようで、ウキウキと片付けをして部屋を去っていった。
「あー美味しかったねー。城に持って帰ろうかな」
「使用人さんごと持っていけばいんじゃね?」
「馬鹿ルー子。魔王城の瘴気に耐えられる人間がいるわけないでしょ」
「あ、そっかぁ」
魔王城には禍々しい瘴気が漂っている。勇者の加護を得ていたり、手練の実力者ではない限りあの雰囲気には耐えられないのだ。
一分もいれば発狂して死んでしまうだろう。
だからこの食べ物を気に入ったのであれば、ベルは定期的にこちらへ来る必要がある。
別段これといって手間ではないので、ベルもそれを渋ったりしない。
「うっし、さ! 行くよ」
「はい?」
元気よく椅子から立ち上がると、そう促した。言われたベルは「はて?」と頭にはてなマークを飛ばしていて、彼女の意図を理解できていない。
これから何か約束でもあったか、と頭を巡らせても浮かぶわけでもない。
伝わっていないことをルーシーも理解したようで、続けて喋った。
「食べたから運動! 太りたくないし」
「うっ、ギャルは基本的に体育会系説……。そもそも堕天使に太るっていう概念あるんですか……」
「わ、わかんないけど! プロポーション維持? っての? 若い子は気にするんでしょって、アリス様が仰ってたから……気にするの!」
「へー」
そうなのかぁ、まぁアリス様が仰ったのならそうだよなぁ、などと思いつつベルも椅子から腰を上げた。
部屋を出て運動の出来そうな広い場所へと足をすすめる途中で、ベルはふと思い出した。そう言えば自分はルーシーよりも食べているな、と。
部屋で茶と菓子を食べる前に、大人を数人飲み込んでいるのだ。お預けを連続で食らっていて我慢出来なかったとはいえ、そこそこの量を食べたと思っている。
アリス様曰く「若い子は体型を気にするもの」ということならば、ここはルーシーに倣ってベルもプロポーションとやらを気にするべきなのだろう。
ベルもベルで、オタク設定にはされているものの、俊敏さと暗殺に長けたしっかりとした運動できる幹部だ。
というかそもそも幹部で運動が出来ないというのは、パラケルススくらいだろう。もちろん人間に比べれば遥かに動けるのだが。
その日は結局、久々の訓練ということもあって白熱に白熱した。
お互いに得意なことを封じたハンデつきの特訓は、そばを通った衛兵や騎士達が自信を失うにはちょうどよいものだった。
◇◆◇◆
「ん?」
「お?」
数日後。
ベルは未だに暇を持て余して、あれからずっとアベスカの城に滞在していた。菓子を食べては訓練、の日を数日繰り返していたのだ。
二人は廊下を歩いていると、前方に見覚えのない影を見つける。
それを連れ歩く衛兵は見たことがある。恐らくどこかの門番か監視者だろう。
人間のことは出来るだけ人間に任せているので、ルーシーは顔を知っていても所属まで知らないことは割とあった。世間話はすれど、彼らの仕事を気にかけるほどでもなかったのだ。
当然だが質問や相談を受ければ、それ相応に気にかけている。
衛兵は見たことある一方、連行されてきた青年は見たことがなかった。
「何だあれ」
「ザイニンかなぁ?」
「聞いてみようか」
パタパタと駆け寄れば、ルーシーとベルを発見した衛兵はピシリと体勢を直し敬礼する。
連れられた人物は当然ながら二人を知らず、ビクビクしている様子だった。それに加えて衛兵が、少女二人に敬礼をするものだから余計に驚いている。
「そいつだれ?」
「ご苦労さま〜」
「ルーシー様、ベル様! お疲れ様です! 彼はアリス様の命により、保護された人物でして……」
見知らぬ男をじろじろと見ながら二人が聞いた。返ってきた答えを理解した二人は、納得と落胆を見せる。
特にルーシーは事前にアリスから話を聞いていたため、「あぁあの男がこいつか」と頭の中で話と話が繋がった。
(ちぇー、食べちゃだめなタイプか……)
「あー! あーしその話聞いた! あーしがパラケルススのとこ連れてくし、仕事戻っていーよ!」
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