スノウズ

 雪山の洞窟内で、4人の小さな生き物が円卓を囲っていた。

彼らは全身が毛で覆われていて、それらには魔力が纏っていた。

これは、寒い雪山で快適に過ごせるためのものであり、彼らが熱心に魔術を研究開発する際に必要な強化バフであった。


 彼らは自身達のことを〝スノウズ〟と呼んだ。

低能であるワイバーンは彼らを〝雪男〟と簡単に呼ぶが、彼らスノウズにとってはそれは気に入らない名前だった。

 この雪山を掌握し、空をも統べるもの。雪のように白い体毛からちなんで、スノウズと自称することにしたのだ。


 スノウズ達は洞窟に潜み、日々魔術の研究を行っている。

そして雪山の管理も行っていた。管理といっても、自分達の邪魔になるような存在がやってこないように魔術を張り巡らせているだけだ。

 吹雪を起こしたり罠を設置したり、この洞窟内の平穏が崩されないように。




「山に侵入者がおるらしいな」


 そう発言したのは、バイル・レッル・バルイルー。

自身を覆う毛は真っ白で、首からは赤い宝玉をぶら下げている。

 バイルはスノウズの中でもリーダーであり、四人の中では一番レベルが高い。


「ワイバーンどもが動きよった、奴らで蹴散らせるだろう。わしらが動くほどでもないわい」


 それに返答したのは、ドリン・ドードン・リーン。

体毛が白と青の二色で形成され、手作りの草で作ったベストを羽織っている。


「フン、俺達の雪山に入ってくるとは可哀想にな」


 このサイラシュ・イーラ・ラッシュは、態度こそ大きいものの最年少だ。

最も青い毛色の彼は、短気やる気負けん気だけは他のスノウズよりも圧倒的に勝る。

まだまだ発展途上国だ。


「たまにおるではないか。我らの〝毛〟が欲しくて来る輩がのお」


 そして最後に、ナズ・ナーズ。

薄いブルーの体毛の彼は、魔術用の杖を2本持っている。どちらも宝玉が設けられており、その強化を得て天候を操る。


「こざかしい輩め……。俺らがどれだけの時間を費やしてこの力を有したと思っておるのか……」

「笑わせるな、サイラシュ。貴様はわしらの中でも一番若い、わしらからすれば下に住む人間共と変わらぬわ」

「チッ……」


 ワイバーン達もスノウズ達を恐れて、山頂の洞窟には足を運ばない。命が惜しいからだ。

 それでも冒険者達はやってくる。己の力を強化したいと、スノウズ達の〝毛〟を求めて。

 長い間魔術の研究に勤しみ、培われた知識。そしてその強力な魔力を宿しているのは、彼らの内側だけではない。

体を伝ってそのふさふさとした体毛にも、魔力が溢れているのだ。


 一本でもあれば、人間にとっては強力な魔術道具になりえる。

杖や剣に織り込むのでもいいし、そのままお守りとして持っておくのでも良い。

あるとないとでは人が変わると言われるほど、スノウズ達の〝毛〟には効力があった。

 もちろんこれだけ警戒されている、手練であるスノウズなのだ。出会った場合は即刻、死を覚えるだろう。

だから冒険者達は必死にこの雪山を駆けずり回り、その〝抜け毛〟を探す。


 本体から貰えないのであれば、おこぼれだけでも……とすがるのだ。

だがただの人間からすれば、この雪山の環境は酷く過酷である。スノウズにこっ酷くいたぶられるどころか、毛すら見つけられず凍死したり、崖から転落死したり。

 麓にある最北の人間の村落をでて、二度と戻らない人間の方が多いのだ。


「だが前に来よった勇者一行とやらは、素晴らしかったな」

「あぁ、あれは望んで〝毛〟を渡してしまったわい」

「この世の真髄を見たやもしれんのう」

「そうだ、あれぞ世界の真理、全てであったな」


 四人は勇者に思いを馳せる。

勇者オリヴァー達は抜け毛ではなく、この洞窟にまで到達出来たのだ。

流石にスノウズ達も、この世のレベルの頂点に達しているオリヴァーには驚いたようで、素直に――いやむしろ喜んで体毛を渡した。

 自分から生まれたアイテムが、この世界の頂の糧となれることを、喜ばずしてどうしろというのだろうか。


「あのような者は二度とまみえぬだろう。一人は常軌を逸しておった」

「そうだ、彼こそが勇者だった。あれがこの世のレベルの最大」

「まさか生きている間に見れるとは思わなんだ。見れたところで我らの誰かが、頂に達すると思っておった」

「然り」


 勇者が連れていた仲間たちも、それに付随するに相応しい実力者だった。

だからスノウズ達は彼らに何も危害を加えることなく、山を堪能させて帰宅させた。

 あの瞬間はスノウズにとっても、いい勉強になった。

千日の勤学より一時の名匠――ではないが、やはり強者と出会い知見を得るということは、どんな人であろうと大切なことなのだ。


 話が遠のいたが、彼らはもとより山への侵入者に関して議論していたのだ。

天候を変えられるナズが仲間に問う。


「どうする、バイル。外の天気を変えようか」

「そうだな。変えよう。吹雪だ、それもとびきりの」

「悪いが……私の天気魔術は正確ではないし、操れぬ」

「心得ておる、やってくれ」


 ナズは椅子から立たずに、そのまま魔術を展開し始める。

どうせ操れない魔術だ。外を見に行っても意味がないと、だいぶ昔に言ったことをきっかけにこうなったのだ。

それでも魔術はしっかりと展開されるのだから、他の三人は文句を言うこともない。

 2本の杖を器用に操りながら、魔術を反映させていた。


 それを待つ間、ドリンとバイルが会話する。


「まさかその侵入者とやらは、ここに向かっているのかのぉ?」

「そんなはずは無いだろう。念の為だ」

「おぉ、すまんのうバイル。歳をとるとどうも心配性になってしまう。お前もおなじだろう?」

「かなわんな、ドリン」

「ほっほっ」


 ナズが席につくと、魔術を展開し終えた合図だ。

外は今頃猛吹雪に見舞われているだろう。基本的に彼らは外には用事がないので、このまま自然と吹雪がおさまるのを待てばいい。


「助かったぞ、ナズ。……一応、入口のあかりも消しておくか」

「今は全員揃っているしな」

「では俺が消してこよう。年寄りは座って待つといい」

「ほっほっほっ、頼んだぞサイラシュ」

「おうよ」


 サイラシュが立ち上がって、入り口の明かりを消しに行こうとしたときだった。

吹雪を発生させたナズがピクリと動く。

毛に覆われていようが、その表情は〝おかしい〟と感じているのがみえみえだった。


「……なんだ? 私の魔法が消された」

「なんだって?」


 立ち上がったサイラシュも、座っていただけのドリンとバイルも動きを止めた。

ナズの言うことが、絶対に有り得ないからだ。


「た、確かに展開後の制御の効かない術だが、精度は高い。間違いなく人の死ぬ程度の吹雪だった、しかもこの術は――」

「人で言う〝英雄の領域〟を超えたところにある、災いの立ち位置だろう?」

「この数百年で飽きるほど聞いた文句じゃわい、さすがのわしも覚えておるわ」

「だったらもっと驚け! 天災を止められるものなどいない!」


 未知の出来事への恐怖。何度確認しても、ナズ自身が展開した魔術はとうに打ち消されている。

綺麗サッパリ何もかも。

 あの勇者ですらあり得なかったことだった。

オリヴァー達は吹雪を物ともせずこの頂上へと辿り着いたが、今の〝侵入者〟は違う。

ナズの有する最高魔術でもある天候操作する魔術を、上書きして取り消してまっさらにした。


「たまたま魔術の繋がりが切れたんじゃないのか? 制御不能ならばそういうこともあるだろ」

「で、では外を見てくればいい! ここまで聞こえるほどの猛吹雪だったのだぞ!」

「……」

「……で、では、誰が来て――いや、何が起こったと言うのだ?」

「分からない……」

「くっ……」


 スノウズ達は長生きだったが、こんな事態に出くわしたことがなかった。

雪山でも誰もが恐れる強大な魔術師であったし、勇者という圧倒的な存在を前にしても己の有能さに変わりはない。

威力や持続力などは劣れど、それでも長きに渡る間に様々な研究開発に勤しんできた成果は絶対だ。知識や経験の面では、勇者たちに勝っている。


 だからこそに敏感なのだ。

ナズの魔術を破るものなど知らない。

臆せずこの場所にやってくる存在を知らない。


「そうだ、ワイバーンどもは!?」

「落ち着けサイラシュ。奴らはお主が威嚇するから怯えて、この辺りには近付かぬようになったじゃろうて」

「くそっ……」

「……誰かが見に行くか?」

「馬鹿をいうな。吹雪いているのならば兎も角、今は吹雪も止まっておる。いくら雪に紛れられる我らの毛色とはいえ、向こうから見つかったらどうする」


 スノウズは魔術の研究開発が趣味なだけで、戦いが得意というわけではない。

普段からワイバーンにすら避けられて生きているため、戦闘行為自体もめったに行わないのだ。

 だから奇襲に弱い。こちらが索敵を済んでいない内に、向こうから仕掛けられてしまえば太刀打ちする事ができないのだ。

 ワイバーンに勝てたのはたまたま相手が慢心していたということと、ワイバーンよりもスノウズの方がレベルが高かったからである。


「ナズの魔術を止められる輩ぞ。一溜りもないわ」

「何が目的がわからんが、ここは一先ず過ぎ去るのを待つべきだろうな」

「クソ……」

「まあそう焦るでない。我らは命が長いのじゃから」

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