旅の再開
二人は最終目的地である、雪山へと向かう。
勇者という面倒だった足かせが失われたことにより、その移動速度は人ならざる速度になった。
旅の当初に、アベスカからイルクナーへ向かった道中のように、お互いに防御魔術を展開して高速で移動する。
――現在、二人はユハナ山地中腹。
ガブリエラが体調不良を訴えるので、足を止めて急速をとっているところだった。
「うぅ……」
「酔っちゃた?」
「う、はい……」
二回目となれど、やはり時間も空いたことと――圧倒的なレベル差により、ガブリエラは体調を崩していた。
だが実際ガブリエラに起きていたのは、その激しい速度による移動による酔いだけではない。
ガブリエラが普段住んでいる地域は平地である。高低差など大してなく、気圧の変化も天候だけ。
アベスカ自身、さして天候の悪い場所ではない。比較的、快適な部類だろう。
だがここは山なのだ。
高度が変われば気圧も変わる。しかも目的地は雪山で、余計に体調を悪くする場所だ。
(この顔色は、ただ酔ってるだけじゃない。私から聞くべきか、本人を待つべきか……。治癒で無理矢理山登りを決行するのも良いかも知れないけど、考えものだな……)
せっかく楽しい旅行だと言うのに、ドーピングをしてまで一緒に行きたいわけではない。
であればどこかで踏ん切りをつけてしまわねばならない。
この旅の中で何度もガブリエラで良かったという点を見てきたが、こればかりは幹部のほうが良かったと痛感する。
高速移動時もそうだが、いちいちガブリエラに合わせて魔術を付与しなければならない。
そういったところがじわじわと〝本当に良いのか〟と思わせてくるのだ。
「ガブリエラ、大丈夫?」
「……え?」
「ここはアベスカとは全く違う土地だから。本当に無理なら言ってね。城に帰すよ」
「そん、そんなことありません。大丈夫です! うっ……」
「本当に? 今は魔術で誤魔化してあげられるけど……ちゃんと言っていいからね」
「はいぃ……」
ガブリエラが頑なに大丈夫だと言い切るので、アリスもそれを信じることにした。
あまりアリスの方からしつこく言えば、今度はお荷物なんじゃないかと勘違いしかねない。もしくは心配を掛けまいと、自己申告をしなくなるかもしれない。
それであればもっと問題だ。苦しいのを我慢し続けた結果、本当にアリスの足手まといになってしまえば本末転倒なのだ。
可愛い可愛い愛玩用の部下。それをここで失うのは勿体ない。
ガブリエラを信じてアリスが治癒魔術を与えてやれば顔色は良くなり、体調不良を訴えることもなくなった。
アリスは再び防御魔術を付与し、ガブリエラを抱きかかえて走り出す。
山頂も近付いてきたことから、付近には雪がちらほらと見られる。アリスの吐息も白くなり、気温がぐんと下がったのだと目に見えて分かった。
(寒い、というのは分かるのに……実際は寒くない。これも魔物になった影響なのかな?)
念の為〈
攻撃もさることながら、今のアリスは防御も圧倒的。岩石をも溶かす高温であっても、万物をも凍らせる極寒であっても。
多少のダメージを負うかも知れないが、その程度だ。活動は可能だし、長居だって出来る。
故にアリスを封印しようと、人間では耐えられない環境に閉じ込めたところで無意味なのだ。
(今度どれくらいに耐えられるか、テストしてみよう。今後の戦闘とかで必要になる知識だろうから……)
耐えられる空間があるか、という話だが――エンプティのスキルを使えば問題ない。
問題があるとすれば、アリスがいなくなったことによって幹部たちが心配することだろう。
(その辺りは……事前に言えばいいか)
「アリス様!」
「ん?」
「いま一瞬、何か見えました。集落のようでしたが……その、速度が」
「あぁ、ごめん。ちょっと木の上に登って見てみようか」
ガブリエラを木の下に置いて……と思ったが、イルクナーまでの道中の襲撃を思い出してそれはやめた。
特にここは亜人や魔獣の多くなる地域だ。
あの時は相手が人間で、ガブリエラを人質として扱ったお陰で死なずに済んだが、魔獣達がそんなことをするはずがない。食べ物を見つければ、すぐに食べるに決まっている。
(そういえばルーシーに渡した盗賊の話は聞いてないな? 滞りなく進んだのかなぁ。人間の犯罪者のことだから、どうでもいいって言うこと?)
帰ったら聞いてみるか、とアリスはふと思う。
「ちょっと上に飛ぶよ」
「はっ、ひゃいっ!」
そう言うとガブリエラがアリスにつかまる力を強めた。そんなに必死にならずとも落とすことなど有り得ないのに……とアリスは微笑んだ。
グッと足に力を入れて、大きく跳躍した。
背の高い針葉樹をも超える地点に飛び出せば、そのまま重力に従って落ちること無く空中で動きを止める。
目の前には雪原が広がっていた。針葉樹すらも白く染まる光景の中に、ポツンと集落が見られる。
この目立ち具合であれば、高速移動の中でもガブリエラが見つけられたのも頷ける。
遠くに見える村落だったが、何本か白い煙が上がっているのが確認できた。
あれが襲撃された際に出た火災や狼煙なのでなければ、火を扱える種族が住んでいるということになる。
となればある程度の知恵があるということ。
もしかしたら、会話も可能かもしれない。
「あそこに行ってみようか」
「はい!」
アリスは再び地面に降り立つと、集落のある方向へと駆け出した。
上から眺めた通り辺りは一面雪だらけだ。地面にも雪が敷き詰められていて、ザクザクと心地の良い音が耳を抜ける。
ただの土と比べて随分と走りづらくなったが、それでも速度は落ちることを知らない。
勇者らと一緒にここまで来ていれば、厳しい寒さの中野宿を強いられたり、危うい雪道をノロノロと歩かされたりしただろう。
人のように振る舞わなければならなかった、アリスにとっては面倒でしかない。
そもそも勇者がここまで来るのを許容したかどうかである。
「部下か魔物を、冒険者として登録しとくのも手だな」
「錬金術師様や魔術師様みたいに、派遣するってことですか?」
「そう。他国の情報網としてでも使えるし、ここ数日の勇者との面倒なやり取りみたいなのも減る」
「いいですね! でも誰を出すんですか?」
「そこだよねぇ……」
それぞれに仕事を振ってある。何よりもアリスの管理下から外れて、しっかりと動いてくれるかが不安だった。
ハインツ、エキドナ辺りならばその点は問題ないだろう。
しかしその二人は魔王城改築と防衛に関しての、責任者であり管理者だ。下手に抜擢するわけにはいかない。
(何よりも似合わないなぁ……。冒険者やってる二人は、ちょっと見てみたいけど)
「? アリス様?」
「あ、ごめんごめん」
一瞬だけ想像して笑いを漏らす。一人で笑っているその姿を、ガブリエラに不安がられてしまった。
そうこうしている内に、二人は集落の目前まで来ていた。
流石に超高速を保ったままで、集落に突入するわけにはいかない。破壊行為や敵対行動をしに来たわけではないのだ。
アリスはスピードを落として、最終的には足を止めた。
抱きかかえていたガブリエラをそっと下ろしてやると、酔い止め代わりの治癒魔術を付与する。
「ここからは徒歩にしよう」
「はぁい!」
雪の上を歩きながら、目的地へと向かう。
集落へと近付いているが、戦闘音などは聞こえることがなかった。遠方から確認した時に見えた煙は、襲撃などの煙ではなかったようだ。
となれば純粋に生活で発生した煙だということ。これだけ寒い地域になれば、暖炉だったりの煙という線もあるだろう。
歩いて数分すると、ようやく集落の入り口が見えてくる。
周囲には気持ちばかりの柵が設けられている。寒い地域だといっても、それに適応した魔物や魔獣、獣がいるのだろう。
それに囲われた村が見えた。寒さに適した頑丈な作りの家々だ。
ヨース領や港とは違い、生きるために最低限の建物しかない。冒険者組合もないし、食事処も恐らくないだろう。
辺り一帯には他の集落というものが存在せず、首都をはじめとする隣町といえるものは遠い。
だからここに住むものは殆ど自給自足をしているのだ。
「この感じだと住んでるのは人っぽいね。村の人に色々聞いてみたいな」
「誘惑が必要な時はお任せください!」
「普通に対話出来るとベストかな……」
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