電報

 昨晩は無事に、ホムンクルスの正体が見破られることのないまま、帰宅が出来た。

折角作ったホムンクルスをそのまま解体するのは可哀想だったため、転移門を用いて魔王城へと送り出したのだ。

もちろんアリスとガブリエラの姿は、変更してある。

 エンプティが見つけた場合、不敬だと怒り狂うかもしれない。それだけならばいいが、アリスの代わりにしてしまわないか不安だったため、解除したのだ。

 ホムンクルスから土産を受け取って、就寝のためにオリヴァーの屋敷へと戻る。そのまま与えられた部屋で休息をとった。


 流石に朝食までは断るわけにはいかず、ヴァジムも「妻の料理を食べてほしい」と強く申し出てきたためアリスも強くは言えなかった。

言えなかったのだが……。


「……で、今何時?」

「九時ですね!」


 時刻は朝九時。もはや朝と形容できるのか怪しい時間だが、少なくとも部屋に設置された時計は九時を示している。

ここまで来てしまうと待っているのではなく、自ら出向いたほうがいいのではないかと思い始める。


「使用人が呼びに行くから、って言ってたよね?」

「はい、間違いなく!」

「この世界の朝ご飯ってこんなに遅いの?」

「……多分ちがうと思いますよ」

「ん~っ、行くかぁ!」

「はーい!」


 ふたりとも空腹なわけではない。ガブリエラは昨日しっかり食事を済ませた。

そのため待っているのはこれと言って苦痛ではないが、あまりにも呼びに来るのが遅いと不安になってしまう。

 しかしながら「呼びに行く」と言われた手前、勝手に出ていくのもどうなのだろう……と下手に思い悩んでしまう。

もしもまだ準備出来ていないと言われたときの、気まずさといったらないからだ。


 だが流石に少々遅すぎる。もう暫くすれば、ランチタイムすら来るであろう時間帯だ。

ヴァジムやオリヴァーは朝早くから起床して、鍛錬をするタイプの人間。

だから余計にこの時間からの朝食、というのは遅すぎるように感じたのだ。


 アリスはガブリエラを連れて部屋を出る。廊下に出ればバタバタと忙しい音が聞こえてきた。

使用人がたくさんいるのは確認していたが、ここまで忙しなく動くものだろうかとアリスは思った。


(……まさか、何かあった?)

「……あっ!」

「ん?」


 声の方を見れば、一人のメイドがアリスを見て驚いている。というより、焦っている。

この表情は「忘れていた」とでも言いたげだ。


「も、申し訳御座いません! ヴァジム様に呼びに行くよう言われていたのですが……その……」

「いいですよー。何かあったんですか?」

「それが……勇者が召喚されたんです――ジョルネイダ公国に!」


 今度固まるのはアリスの番だった。

そのメイドから聞き捨てならない言葉が出てきたから、当然のことである。


 隣国のジョルネイダに、勇者が召喚された。耳を疑う内容だろう。どの国の誰が聞いても驚く事柄だ。

 アリスは引きつった笑顔のまま動けない。


「今朝通信が届いて……。ヴァジム様もマリーナ様も、召集が掛かったんです。もちろん、オリヴァー様達も。今年の戦争は一筋縄ではいかないとのことで、皆様出立の準備をはじめてらっしゃいます」

「そ、そうかぁ……」

「あ、アリスさん……」


 ヨロヨロと突然弱りだしたアリスを、ガブリエラが支える。

きっと人間の頃だったら、ストレスで胃が痛くなっていたことだろう。全てに対しての耐性を得ていることが、良いのか悪いのか。

 頭を抱えながら、アリスはガブリエラに告げる。


「ガブリエラ……私はちょっと、オリヴァー達と会ってくる……」

「はっはい」

「ご案内致します!」


 ガブリエラを部屋において、オリヴァーの元へと向かう。

行き交う誰もが足早に仕事に掛かっていて、オリヴァーの武器やマリーナの魔道具、ヴァジムの装備などなど。ポーションを持って走るメイドさえいる。

 普段から準備はしてあったのだろうが、それは想定された魔物や戦争に向けての準備だ。

まさかオリヴァー達と同等の力を有する勇者が召喚されるとは、誰も思わないだろう。

それはアリスも一緒だった。


 倒すべき相手はオリヴァー達だけだと思っていた。

だがこの世界に新たな勇者が生まれてしまった。

 あの怪しげな神様に頼まれたのは、オリヴァーらを殺すことだけ。新規で追加された戦士を殺す約束などしていないし、そもそも追加されることすら聞かされていない。


(どこかで一度あの神野郎と会って話さないといけないけど……どうやって連絡を取れば?)


 一度死んで目覚めた時、そう、幹部たちと自分を作ったとき。最初のあの時以降神とは会話すらしていない。

アリスの置かれた状況を把握しているのかも分からない上に、連絡方法も知り得ない。

 向こうから連絡してくることもなく、本当に好き勝手にやって良いのだと解釈していた。

だがまさかこんな事態に陥ろうとは。


 廊下を何度も曲がり、階段を降りて玄関ホールに出る。

玄関扉は開けっ放しになっており、使用人達が何人も何度も出入りしていた。ホールは荷物で溢れていて、知識のないものが見てもそこに置いてあるものは、戦闘で扱うものだと分かる。

 外からは、オリヴァー達が話す声が聞こえて来た。


「外にいるんですか? 後は私の方で向かうので、仕事に戻ってください」

「申し訳ございません、宜しくお伝えください!」

「案内ありがとう」


 走り回る使用人の間を抜けて、玄関から出ればここ数日でよく見た顔が並んでいる。

皆険しい面持ちで、着ているのもほぼ完全装備だ。それに気付いたアリスは、悟られないように装備を確認する。


(一般人が到底、手に入れることの出来ない装備――まぁ私が相手するとすれば、大した強さはないな……)

「アリス!」

「オリヴァー。呼びに来ないから、仲間はずれにされたかと思ったよ」

「ごめん……! その、悪いんだけど緊急の召集が掛かってね。今日以降は案内出来そうにないんだ」

「そっか……」


 残念がってみせているが、アリスとしては好都合。邪魔だった勇者の目がなくなり、自由に動けるのだから。

 魔術空間で寝泊まりしたり、一時的に〈転移門〉で宿に戻れば野宿の必要もない。腹が減るわけではないので、不味いスープも飲まないで済む。

超高速で移動が可能なので、チンタラと徒歩で目的地へ向かわなくて良い。

 だがそれもどうでも良くなるくらいには、他国の勇者召喚は面倒なことだ。


「その……勇者ってのは、戦争に参加するの?」

「分からない。うちの王国魔術師が、ジョルネイダで俺と同じレベルの魔力を確認した、と言うことだけだから――それも三つ」

(――ッはぁ!? 三つ!? パルドウィンはレベル199がオリヴァーだけなのに、三つゥ?!)


 これは由々しき事態である。神と連絡をとらねばなぁ……程度で済んでいたアリスの意識が変わった。

草の根かき分けてどうにかしてでも見つけ出して、その胸ぐらを掴んで怒鳴らねばならないくらいには焦る。

 その勇者は放置していいのであればまた話は違ってくるが、どう考えてもオリヴァーを殺せばアリスの存在は明るみに出る。

〝勇者〟であるのならば、魔王に挑んでくるに違いない。

となれば使命でも命令でも神からの頼みでもなくとも、その新たなる勇者と対峙することとなってしまうのだ。


「あ、はは……そうかぁ……」

「オリヴァー様、こちらはどうされますか?」

「! ……悪いけど、アリス。俺達はもう急がなくちゃ。部屋の片付けはさせておくから、自分のタイミングで出ていってくれるか?」

「……分かった。組合にでも行って別の冒険者を探すよ。報酬は使用人に渡しておけばいいかな?」

「うん、頼むよ」


 当たり前だが組合には寄らない。お荷物を抱えて旅をするなんて、懲り懲りだからだ。

このまま首都に行って見学するというのも一つの手だが、勇者召喚で警戒網も高まっている場所に自ら飛び込むわけにもいかない。

 だからアリスはガブリエラを連れて、魔物や亜人の潜む地区に向かうことを決めた。


 オリヴァーとの相談を終えて部屋に戻ると、ガブリエラが布団で二度寝をしていた。

アリスを待っている間、暇で眠ってしまったのだろう。アリスとて咎める気はない。

 ゆっくりとベッドの端に座り、トントンと優しく叩いてガブリエラを起こした。


「おはよう」

「ふぁ……ごめんなさい、寝てましたぁ」

「いいよ、いいよー。ここから先は勇者なしの二人旅だよ」

「うわぁ! 本当ですか!?」

「うん。準備したら行こうか」


 ガブリエラは布団から降りてバタバタと準備し始める。元々朝食を待っている時に大抵の準備は済ませていたため、さほど時間は要さなかった。

二度寝でボサボサになった髪の毛をササッと直すくらいで済む。


 それを待っている間にアリスは廊下に出て、適当な使用人をつかまえる。

小さな袋に金貨を何枚か入れたものを取り出して、そのものに渡す。


「今回の旅行の費用。オリヴァーに渡してくれます?」

「もちろんです。お任せください。……その、お客様方に朝食をご用意できず……」

「気にしないでください。私達はこのまま準備でき次第、勝手に出ていくから」

「かしこまりました。片付け等はこちらで致しますので、お気になさらず」

「よろしくおねがいしま~す」


 再びガブリエラのもとへ戻れば、今度こそ完璧なガブリエラがそこにいた。髪の毛もしっかり整えて、寝癖などないいつものガブリエラだ。

勇者が居ないと聞いて、いつも以上にキラキラとした笑顔を輝かせている。

 ガブリエラはアリスが用事を終わらせたのだとわかれば、ぴょんと腕に抱きついた。


「いきましょー、アリスさん!」

「はいはい」

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