第三勢力
――ジョルネイダ公国。
世界の南西に位置する国である。
西にはアッサルホルト山が高くそびえ立ち、大陸と砂丘を見下ろしている。
そう、ジョルネイダには砂丘が存在する。南のほぼ半分以上は砂丘と化しており、それによる影響は多大なものである。
年々国の面積が砂によって埋め尽くされ、居住可能の地域が年を重ねるごとに減少している。
それだというのに砂丘の地域では、砂に適応した魔物が生まれる。
人間は住む場所を追われる一方、魔物たちはそれに適応して変化している。人も順応出来る暇もないまま、住む場所だけが奪われていく。
なんと言ってもその砂は、アリ=マイアに存在する国にも影響を及ぼしている。
海のように広い河川を超えて砂丘の砂が飛んできては、アリ=マイアの国々に砂嵐として害をなす。
つまるところジョルネイダは、各国から嫌われている国とも言えよう。
そしてそんなジョルネイダは、勇者の生まれたパルドウィン王国に毎年毎年喧嘩を売って戦争を起こしている。
それはもちろん生きるため。
領地を得て国民が生き延びるために、奪いに行くのだ。
だが残念なことに、パルドウィン王国が今も健在ということは、ジョルネイダが負け続けているということ。
ラストルグエフ夫妻とヨース一族、そして新たに生まれた勇者達。
それらがジョルネイダの希望を打ち砕いている。
当然ながらパルドウィンの人間も、己の生活と命、国民からの期待もある。そうやすやすと国を明け渡せるはずもないのだ。
「集まったか」
「ギリギリですが……」
「そうか。では始めろ」
「はい」
ジョルネイダ公国のすべてを決める場所。
そこは大公であるテオフィル・ル・シャプリエの屋敷である。
その地下である巨大な空間には、国の端から端まで駆けずり回って探しだした、大量の魔術師達でひしめき合っていた。
床には既に描かれた魔術陣があり、これから起こるであろう出来事の強大さを物語っているようだった。
「皆のもの! 位置に!」
テオフィルの右腕であるオーレリアン・ボーリューが叫ぶと、魔術師達はゾロゾロと動き始めた。
それぞれが決められた位置に立って、次の指示を待っている。
ただ待っているだけではない、表情はみな重たかった。この仕事は国の存亡に関わる重大なことである。
なんと言っても自分の命をもかけた大きな儀式だ。
命を全ての魔力を捧げて始める儀式。本当に成し得るかすらもわからないものではあったが、ジョルネイダの人間にとっては最早――藁にもすがる思いなのだ。
ジョルネイダ公国は、伝説とも言われる勇者召喚儀式を行うつもりだった。
そのためには膨大な魔力が必要なのだ。だから国を東奔西走してかき集めた魔術師達を、この場に立たせている。
みなが命を掛けて行う儀式だと理解している。それだけ国は逼迫した状態だった。
「なぁ。なぁって、お前」
「……」
「黙って死ぬだなんて寂しいだろ。まだ位置に着けてないやつもいるし、ちょっと話そうぜ」
「……何だよ」
魔術師はまだ全員所定の場所に、辿り着けていないものもいる。最初に移動が完了してしまった男は暇を持て余していたようで、残りの短い人生を語らいたいと話した。
話しかけられた男も、不服ながらそれに応える。
あと暫くすれば尽きる命なのだから、ここで拒もうが関係のないことだった。
「俺は遠方の村から来たんだ。せっかくならもっと都市を見て回りたかったなぁ」
「そうか。俺はこの首都出身だ」
「へえ! 生きて会えたら案内してほしかったぜ」
「今ここで言うことじゃないだろ……」
何がしたかっただなんてここで語ったところでもう遅いのだ。選ばれてしまった時点で、それを断らなかった時点で死が待っている。
最初の公国からの儀式の誘いを断る、という選択肢もあった。
だがそれは結局、滅びゆくだけの国を待つだけという選択肢だ。
男なのであればいずれ戦争のために徴兵させられるだろう。だから早かれ遅かれ国のために死ぬのは決まりきったことだ。
ジョルネイダが毎年、戦争で負けているのは誰もが知っている。
負けて人口が減っているお陰で、なんとかやり繰りできているのだ。むしろ国は土地を奪うためではなく、人を減らすために戦争しているのではないだろうかと噂されるくらいだ。
「そんなにやりたいことがあるなら、何故断らなかった? 国を出るという選択肢もあるだろ」
「家族も故郷も砂に飲み込まれちまったからなぁ」
「……あ」
「気にすんな! これでみんなの元へ行けると思えば、辛くなんてないから」
「……そうだな」
二人は結構話し込んでいるが、上から咎められることはない。それは寛大だからというのではなく、純粋に魔術陣の立ち位置に苦戦しているからだ。
百人近い人間がここにはひしめき合っていて、事前に立ち位置を伝えていたものの実際やってみると違う。
最初に説明を受けたときは、地図のような大きな図面で説明をされた。
だが今のように床に書かれた魔術陣の上に立ってくれとなると、どこがどこだか分からなくなる者が現れてくるのだ。
その調整に時間がかかってしまい、二人の会話をとやかく言われることがなかった。
「お前は?」
「……俺、は、家族――肉親はいる。多分な。孤児院で育った」
「あー……」
「ははっ、この際どうでもいいか。俺はな、里親に殴られたりしてたんだ。時々魔術を使って小金を稼いでなんとかしのいでたけど、どうもしんどくて」
「なんか悪いな、聞いちゃって……」
「いいさ。お互い、今日で死ぬ」
そう言って大臣らの方を顎でさせば、魔術師達が全て指定された位置に立っていた。
これから死ぬというのに男達には絶望も感じられない。
否、元々この国にはたいして期待もしていないし、希望も抱いていなかったからだろう。
人はいずれ死ぬし、それが早くなっただけ。
早熟といえば聞こえは良いかもしれないが、これは諦めだ。
「位置についたな」
「ええ、大公。……では、大公から一言」
「そうだな……」
テオフィルが前に出る。これから死にゆく者たちに投げる言葉は、何が正しいのか。
それはテオフィルにもオーレリアンにもわからない。
それでも――この儀式が成功するかもわからないのに、集まってくれた者たちに何か言葉を投げねばならない。
謝罪か、哀れみか。それとも長としての義務感からか。
「今日集まってくれたみなに感謝する。中には十代の若者もいるだろう。……謝罪などはしない。ここにいる時点で、覚悟をして来ていると私は思っている」
魔術師達は無理矢理、連れてこさせたのではない。細かい文書を渡して誓約書を書かせたわけではないが、強制して連行したわけではないのだ。
断ろうと思えば断れる頼みだった。
どちらを選んでも、滅びゆくジョルネイダとともにあることは変わりない。
もちろん逃げることだってあるだろう。ジョルネイダを捨てて、アリ=マイアやパルドウィンに逃げる人間だっている。
公国はそれを追わない。
もはや追うために人員を割けないといったほうが正しいだろう。亡命した平民を追う時間があるのであれば、砂丘の問題をどうすべきかと議論して実行に移したほうが現実的だ。
「だから言わせて貰えるのならば、ありがとう。ジョルネイダ公国のために命を張ってくれて、ありがとう。君達の名前は全てこちらで控えてある。失敗しようが成功しようが、その名前は記念碑に刻まれることだろう。――君達は、国の誇りだ」
「大公様……」
「ル・シャプリエ様……」
テオフィルの演説に感動していたが、儀式の時間は無慈悲にやってくる。
テオフィルが下がるとオーレリアンが前に出た。彼が声を上げれば、儀式のための魔力注入を開始せねばならない。
自身の持つ魔力を全て注ぎ、その生命力をも魔術陣に捧げねばならない。
数十人にも及ぶ魔術師をもってして成し得る儀式――勇者の召喚。
果たして、成功するのか。それとも多数の命と引き換えに、絶望に染まるのか。
「……みなのもの、開始せよ!」
――それは神のみぞ知る。
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