寄り道

「オリヴァーの実家」

「うん。アベスカに住んでたら知らないかもしれないけど、一応両親は昔有名人だったらしいんだ」

「有名なんてレベルじゃないよ! 超・有・名! パルドウィンに住んでる連中で、知らないやつなんて居ないレベル!」

「そ、そこまでじゃないよ……コゼット」

「そこまでなの!!」


 翌朝。

チェックアウトを済ませて、朝方の静けさの残る街の中。

オリヴァーから聞かされた予定を繰り返せば、勇者一行から説明やら褒め言葉やらが飛んでくる。

 全く予定を立てていないアリスとしては、こうして何かしら提案してくれるのはとても助かることだった。だが如何せんあまりにも突拍子もないことすぎるのだ

 いくら自分や親が有名人だからといって、実家に連れて行って紹介します! だなんて言うだろうか。

仲のいい友人ならばまだしも、アリスとオリヴァー達は出会ってまだ一日の関係だ。知り合い……には、なれた程度だろう。

なんと言っても出会いが険悪だったが故に、その発言は少々疑い深くなってしまう。


 ガブリエラがぐいぐいと袖を引っ張り出した。浮かない顔をしていて、二人でひっそりと相談したいのだろうとアリスはすぐ分かった。


「少し外すね」

「? あぁ」


 オリヴァー達から距離を取れば、ガブリエラがあからさまに両頬を膨らませて不満を伝えている。


「怪しいですっ、アリス様」

「んー。そうだよねぇ。でもいずれ潰す戦力だし、見ておいても損はないんじゃないかな〜?」

「ですけど!」

「安心して、ガブリエラはちゃんと守るから」

「そうじゃなくって!」


 ブンブンと両手をわざとらしく大きく振るうガブリエラ。通じないのがもどかしいのだろう。

自分より小さくて可愛い少女がそんな様子でいるのを、アリスは楽しそうに見つめている。

ガブリエラがこんなに心配しているのに、にこにこと笑っているのだ。それが更にガブリエラには気に入らなかったようで。


「もう、なにが言いたいの?」

「あたしはいいんです。ただの付添い――いえ、捨て駒です。アリス様が無事にお逃げになれるよう、デコイにでもなるべき下級魔物です」

「……」

「いいですか、アリス様。あなた様はもっとご自身の役割や、立場について理解するべきです。たとえこの世界の住人であろうとなかろうと、その常識が通用しようとしまいと、あなたは――今のあなたは魔を統べてその頂点に立ちしお方なんですよ」


 真剣な目だった。普段のふざけたりしている、ガブリエラからは感じられないほどのものだった。

折角、とやかく言わない幹部以外のものを連れてきたのに、結局小言を言われてしまうのか……とアリスは落胆した。

 それと同時に、ガブリエラにすら心配されてしまっているとよく分かった。

出会ったばかりのときも、道中もあれだけ実力を見ている。信頼していないわけではないのだろうが、彼女としては王が傷つくことを避けたいのだろう。

 純粋に上の者の身を案じているのだ。


「分かってるけどさぁ……」

「じゃあそのように動いてください。お気に入りのオモチャでも、いずれは手放さざるを得ない時が来ること。よくご理解してください」


 ガブリエラは本気だ。

たまたま救われた存在で、たまたま愛玩動物として愛でられている存在。だがそれは永遠ではないと、この平和はずっと続かないと心のなかで思っているのだ。

 そんな自分の立場も役割も理解している。嘆くこと無く憂うことなく、残った命に与えられた大切な役割だと重々承知している。


 だが死を覚悟すれども、死にたいというわけではない。誰だって出来ることならば長く生きていたいのだ。

しかしそれを必死に隠してまで貫き通したい忠誠心が、彼女の中にはある。

果たしてそれは奴隷契約からなのか、心からアリスを尊敬するという思いからなのか。


「でもここで断ったら余計に怪しまれるよね? だったら話を合わせて、彼らのとおりにするべきじゃないかな」

「ですけど……」

「200レベルの私を、即死させられるような力はないと思うよ。城に逃げるだけの時間は作れると思う」

「ではその際は精一杯あたしが時間を!」

「馬鹿言わないで。足を隠してる魔術がバレていない時点で、こっちに余裕はあるから」

「……はい」


 必死に貢献できるよう頑張っているが、どうもアリスから役に立たないと言われているようで、ガブリエラはシュンとしてしまう。

それを否定できるほど力は持っていないし、アリスを初めとした幹部と比べたらその差は歴然。

 だからすぐにアリスの言い分に、言いくるめられてしまうのだ。


「それにね」

「?」

「私はガブリエラをお人形みたいに扱うけど、ちゃんと一人の部下として捉えてるよ」

「……あ、アリス様ぁ!」

「〝さん〟」

「アリスさん!」


 アリスにいいように言いくるめられたガブリエラは、最終的には「認めてるよ」という言葉一つでコロコロと心を入れ替えた。

 人を欺く側の魔物サキュバスがこんな単純でよいものか、とアリスは心配した。

単純だからこそ、ガブリエラは弱いのだろう。だがその愛嬌故に同種に守られていたのだ。

誰にでも愛されるという、生まれながらにして持った才能だ。

これは生きていく中でとてつもなく強い武器である。


「戻ろうか。待たせてるし」

「はぁーい。……ふーんだ! 勇者の分際で〜! アリス様のこと、ずぅーっと待ってろって感じです!」


 先程の真面目なガブリエラは何処へやら。いつもの調子を取り戻してプンプンと怒っているではないか。

アリスはその様子をクスクスと笑いつつ、勇者達の元へと戻った。

 会話中もただじっと二人を見つめていた一行。その視線が含む意味は、猜疑心か心配か。

今は深く考えても無意味、せっかくの旅行なんだから――とその考えを取り払った。


「どうかしたの?」

「えーっと、ガブリエラがちょっと怖がってしまって」

「田舎者だからぁ、受け入れて貰えなかったらショックだしぃ……」

(ナイス、ガブリエラ!)


 小動物を思わせる潤んだ瞳。咄嗟に出たアリスの苦しい言い訳に、一瞬で合わせてきたガブリエラへガッツポーズを送る。もちろんアリスの心の中でだ。

 こう言ったシーンが何度も見られた。やはり連れてきたのがガブリエラで良かったな、とその度に痛感する。


 もしも連れてきたのが幹部だったら……と考えるとゾッとするのだ。

 エンプティならば、即座に怒り狂いスキルを使用した武器や酸で相手を殺しにかかるだろう。

 ハインツならば、ある程度は我慢するだろう。アリスのためを思ってギリギリまで我慢をする。だが爆発した時が恐ろしい。

 パラケルススも、エンプティと似たようなものだ。二人はいがみ合っているものの、「人はゴミ」という共通概念を持っているが故にすぐ手が出てしまう。


(ルーシーは割と大丈夫かも?)


 ルーシーはガブリエラと似たようなタイプだ。人に対して嫌悪など抱いていない。

しかしルーシーとて人と気さくに接しられるだけであって、アリスを愚弄されれば結果は同じ。

 ベルもベルで、ルーシーのように人と仲が良く見える時もある。だが彼女にとって人間は食事でしかない。もしくは愛玩動物。

つまり連れ歩くのは危険ということ。


(エキドナ……エキドナか。いいかも!)


 エキドナは完全な前衛でタンクでありつつも、普段は殿方の二歩三歩後ろを歩くようなお淑やかな美女だ。

会議を開いても意見することなどほとんど無く、他者の意見に「良いと思います、思います……」と同調するだけ。

 しかし問題があるとすれば、城の防衛に当たっている存在ということ。

つまり連れ歩くとなると、城の強化と見直しが必要なのだ。


(要検討だなぁ……)


 アリスとしては出来れば、幹部と二人きりで出掛けたい。自分好みに作った、ある意味我が子と一緒に出掛けたいのだ。

可愛いだろうと自慢したいし、強いだろうと誇りたい。

 せっかく生まれた楽しみだったが、己が設定した性格や性能のせいで思い通りにはいかない。


「大丈夫、優しい人達だから」

「そうだよ! すっごい親切で~、いい人たちばっかり! こんなアンゼルムが生まれてきたとは思えないほど……」

「おい、コゼット?」

「えっへへ」


 彼らの談笑で我に返る。に置いてきた、部下達に思いを馳せている場合じゃない。

今この場をどう立ち回るかを考えねばならないのだ。

ガブリエラは心配なのか、純粋に嫌悪なのか――未だに勇者達を睨んでいる。


「どうかな? 悪いくないと思うんだけど」

「…………それなら、お邪魔しようかな」


 彼らと戦うとなれば、必然的に元英雄とも戦うことになるだろう。オリヴァー達は城を避けたくてこういった考えに出たのだろうが、よくよく考えてアリスかられば、パルドウィン王国の貴重な戦力を見て回れるいい機会だ。

……逆もまた然りなのだが。


「良かった! 地元の料理も美味しいから、きっと楽しめるよ」

「そうなんだ。今から楽しみだな」

「部屋も貸すよ。宿代が浮くだろ?」

「助かるよ」


 にこにこと笑顔で話すオリヴァーを見て、言葉に嘘偽りはないと判断する。この辺りは純粋に彼の親切心と、地元を愛する心が成す技なのだろう。

もちろん後ろで「うんうん」とみんなが頷いていることから、料理がうまいというのも嘘ではない。

 しかし食事が不要なアリスと、主食は精液であるガブリエラからすれば全く意味のない情報なのだ。

もちろん食べられないわけではない。嗜む程度には摂取できる。


(楽しみだ、と言った以上……美味しそうに見えるよう演技の練習も必要、かな?)


 とは言え園 麻子だった時代も、テレビのグルメリポーターのような美味しそうな食べ方は出来ない。ヘタにわざとらしく演技すればバレるだろう。

面倒だと思いつつも、アリスにとって演技というのは今後も扱う技術。技術向上のためににも、この旅行で力をつけねばなと心に決める。


「そ、そう言えばオリヴァーくんのことを知らなかった、ってことは……。その、オリヴァーくんのご両親や、アンゼルムくんのご両親のことも知らない、ですか?」

「うん? うん、まぁ。そうだね」

「そっ、そうですよねっ! じゃ、じゃあお話したほうがいいんじゃない、かな?」

(……おぉ!)


 オリヴァーについて回っている、周りいわく〝彼女こいびと〟のユリアナ。

ユリアナは気を利かせて、オリヴァーの両親とアンゼルムの両親の話をするべきだ、と提案してくれた。

 実物と出会えるだけではなく、その四人の紹介まで聞けるとは思ってもみないことだ。

元英雄と言われる存在の話を聞けば、自ずとパルドウィン王国の歴史も垣間見えるはずだ。


「いいんじゃないか。道中はそこそこ時間がかかるし、オリヴァー話してやるといい」

「……そうだな、どこから話そう……」


 一行は歩き出しながら、オリヴァーの会話に耳を傾けた。

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