疑惑と

「それで、オリヴァー。どうなんだ?」

「……分からない。怪しいところもチラホラ見えるんだけど、普通の人にも見えるんだ」


 アリスとガブリエラが退室してから、五人はひそひそと話し合っていた。

オリヴァーはアリスを心配してはいるものの、やはりそれでも怪しんでいた。

アリスが多少強引に、行きたい場所を決めたことも関係している。


「そんな心配? ガブリエラちゃん可愛かったじゃん!」

「もう少し考えろ、バカコゼット」

「失礼な!」


 楽観的なコゼットに対して、アンゼルムが喝を入れる。

感情を顕にして怒っている彼女を尻目に、アンゼルムはオリヴァーへ会話を戻した。


「通例であれば、今の戦争の時期避けて王国になど来ないはず」

「船も減るから来れなくなるんだよね」

「あぁ」


 オリヴァー達の住んでいるパルドウィン王国と、隣接するジョルネイダ公国が定期的に戦争を行っているのは周知の事実。

 武力に自信がある川の遥か向こうに位置するリトヴェッタ帝国ですら、この時期を避けていて船をよこそうとしない。

争いに巻き込まれるのを恐れている他国と違い、帝国の場合は純粋に面倒事に首を突っ込みたくないだけなのだが。

 それに帝国はこの二国間の戦争を、まるで見世物のように楽しんでいる節だってある。


「でも無理矢理この時期に来た。恐怖のことは納得できる部分もあるけど、家族を――唯一の家族を連れてまで来る理由が分からない」

「それに、住んでいる場所だ」

「場所? アリ=マイアでしょ?」


 簡単に〝アリ=マイア〟とだけ言うコゼットに、アンゼルムはため息をついた。

 アリ=マイアとは小さな国々が集まって出来たであって、国の名前ではない。

 あの連合国は五カ国をひとまとめに言う名称なのだ。

所属する国名はまた別に存在する。


「全く。……そうだ。だがあの女性は、アベスカと言っていただろう。アベスカは魔王城に一番近い場所だ」

「それでぇ?」

「……魔王軍の手先なんじゃないか」


 オリヴァーが小さな声でそう言うと、部屋がシンと静まった。

 魔王軍の手先。オリヴァーが殺しそこねた残り物たち。

反逆しないと誓わせたが、相手は魔物、魔族、魔人。それを信じろというのも苦しいものだ。

 実際に殺していないと国に告げたときは、国王を含め貴族たちが大反発したものだ。

どうして殺さなかったのか、何故。何度も質問攻めにあったのは、記憶に新しい。


「オリヴァーくん……」

「わかってるよ、ユリアナ。あんまり人を疑いたくはないけど……」

「だがオリヴァーの心配は正しい。国に魔王軍が来てからでは遅いからな」


 あの二人が魔王軍の手先だと仮定して、今はまだ視察程度で済んでいるかもしれない。

だがそれをヴァルデマルに報告して、戦力を再度整えて襲ってきたら?

そう考えれば恐ろしくなる。

 自分たちの故郷が踏みにじられ、戦地と化す。

いつもジョルネイダ公国と行っているような、可愛らしい戦争ではない。

相手は人の心も、血も涙もない魔であるが故に容赦はないだろう。


「で、でも、そ、それなら……私達が気付けないのは、お、おかしい……ね?」

「…………」

「その点が不明瞭なんだ」

「ヴァルデマル達はあたしたちより弱かったもんね」

「あぁ……」


 ずっと静観していたマイラが口を開いた。

そう、そうなのだ。

もしも姿を偽っているのであれば、勇者でありその仲間である面々が気付けないはずがないのだ。

 世界で唯一最高レベルまで到達した勇者、オリヴァー。

そしてそれを支える高レベルの仲間たち。

彼らのレベルを下回る魔術など、その気配だけで察知できるほどだ。

 だから彼らの前で隠蔽や魔術の使用なんて出来るはずがない。使ってしまえば最後、そこですぐに気付かれてお終いなのだから。


 魔王を名乗っていたヴァルデマルは、オリヴァーたちよりも遥かにレベルが下だった。

そんな者の下につく存在が、オリヴァーたちを欺けるはずがない。


「魔王軍がまた活発化したのなら、ヴァルデマル達は反省しなかったということだね……」


 オリヴァーはとても優しい。人をやめたヴァルデマルにすら慈悲をみせる。

会心するきっかけを与えて、生きることを許したのだ。

 それはさながら聖人である。

だがそれに付随するアンゼルム達がそういった人間であるかといえば、また話は変わってくる。


「……何のために命を救ってやったのか。恩を仇で返すとはな。魔人になる奴らだ、頭がおかしいに違いない」

「い、言い過ぎ……だ、ね」

「なんだと?」

「ひっ!」


 アンゼルムを咎めるように、マイラが小さく呟くとそれはアンゼルムの耳に届いたようで。

じろり、とマイラを睨むアンゼルム。

気の小さいマイラは、そんなことされてしまえば怯えてしまうのは当然のこと。

 びくりと大げさに身体を震わせて、小さくなった。その様子を女子たちが黙っているはずもなく。


「ちょっと、アンゼルム! マイラをいじめないでよ!」

「そ、そうですよ!」

「四対一だよ、謝りなよ」

「オリヴァーまでそちら側なのか!? あー、はいはい! 僕が悪かった!」

「誠意が感じられませーん!」

「このっ……クソコゼット……!」

「うわっ、貴族にあるまじき言動。お父様に言いつけちゃお」

「言いたい放題だな、君は!」


 わいわいと騒ぐ五人は、こうも罵り合っているもののお互い全て本気ではない。

仲が良いから出来た芸当だ。

みなが苦楽を共にして、あの魔王軍と戦った大事な仲間だ。

 アンゼルムも口ではああ言っているが、コゼットもマイラも大切な仲間として認識している。

ただ――貴族として育ったこととちょっとだけ高いプライドのせいで、いつもこうしてツンケンしてしまう。

マイラもコゼットも、オリヴァーもユリアナも。それを理解しているからこそ、こうして口喧嘩出来るのだ。


「……ごほん。随分と脱線した」

「あっはっは!」


 アンゼルムが真面目に軌道を修正しようとすれば、陽気なコゼットが笑ってみせる。

その態度にアンゼルムはまた不愉快そうに睨みつけて、また言い合いに発展しそうだった。

 オリヴァーもこの口喧嘩は好きだったが、今回は連れている相手が相手だ。明日を迎える前にしっかりと打ち合わせをしておきたかった。


「あぁ、それと……」

「?」

「彼女は城も見たいと言っていた」

「……危険度が更に上がるな」


 さすがのコゼットも気が引き締まる。ヘラヘラとしていた表情はグッと抑えられた。

この国に生まれ育った人間としては、国のシンボルでもある城が危険に晒されるのを放っておけるはずがない。

 コゼットも、マイラもユリアナも真面目に二人の会話を聞いていた。


「王都を攻撃し、王を殺めれば国が崩れるのも時間の問題だ」

「どうするつもりだ?」

「遠くから見せるとか……?」

「あ、怪しまれませんか?」


 城が見たいと言われれば、城下町を案内するのが通例だろう。何よりも観光名所が沢山あるのだ。

大抵国に来て首都にやって来れば、そういったポイントを回るのが普通だろう。

 それだというのに「遠くからしか見せられません」だなんて言われてみろ。

万が一相手がヴァルデマルの手先だったとして、怪しまれるに決まっている。


「それならば、国に文を飛ばして近付けない理由を作ってもらうのはどうだ?」

「でも信じてくれるかな……」

「他でもない勇者様のことだ。誰でも信じるさ」

「……そこは勇者の名前を乱用しなくちゃ、か」

「あぁ」


 今晩は依頼書を飛ばして、明日以降時間を稼いで各地を案内する。王城に向かう頃にはなんとか近付けなくなるよう計らってもらうために。

オリヴァー達は怪しまれないように振る舞いつつも、出来るだけ急がず、そして楽しませねばならない。

 今まで様々な任務や戦いをこなしてきたが、それと比べても同じくらい難易度の高いものになりそうだと全員が痛感した。

相手は厄災の再来になりかねない可能性がある存在だ。より丁重に気を配らねばならない。


「それにユハナ山地に行く話になったんだろ?」

「そうだけど……」

「君の実家があるじゃないか。英雄を観光地扱いするのは気が引けるけど、彼らにも見てもらうのはどうだ?」

「……それを言えば、アンゼルムの実家もあるじゃん」

「…………まぁ」


 彼らの言う通り、ユハナ山地に向かう道中でオリヴァーとアンゼルムの実家が存在する。

実家と言ってもアンゼルムのヨース一族の管理する〝領地〟だ。つまるところ、村落のようなもの。

 オリヴァーもヨース家の管理する領地に実家があるのだ。元々戦友だったこともあって、土地やら屋敷やらを貸し出ししているのだ。

元英雄と元騎士団が仲良くしているのは好ましいことだし、この国を守ってきた彼らが同じ地に住まうのは領民も許容している。

 むしろそんな強者と一緒に住んでいれば、大抵の心配はない。

賊に襲われることもなければ魔獣の不安もない。毎日英雄達を見れるという優越にも浸れる。


 そんなこんなで幼少期から同じ領地内で仲良くしていた、オリヴァーとアンゼルム。

それは成長した今も同じことだ。パーティーを組んで共に戦っている。

親から受け継いだその関係を続けているのだ。


「父さん達にも文を飛ばそう」

「そうだな」


 オリヴァー達が手紙を書いている間、コゼットは窓辺に立っていた。

窓を開けて外の空気を入れる――だけではなく、ピュイと口笛を吹いた。すると、どこからか二羽の鳥が飛んでくる。

コゼットにとても懐いているようで、お互いにじゃれ合っている様をみればまるでおとぎ話のお姫様だ。

 コゼット・ヴァレンテは動物使いである。

それは生まれ持って得た〈種族間対話トーク・オブ・オール〉というスキルによる力が大きい。

種族間対話トーク・オブ・オール〉は使役能力こそないものの、どんな動物・種族相手でも会話を可能にする。あとはコゼットの人柄の出番だ。

気さくな彼女は、誰とでも知り合い友達になる。


「じゃあコゼット、頼んだよ」

「まっかせて!」


 書き終えた文書を受け取ると、鳥の足に括り付けて〝お願い〟する。


「これは国王様に、これはヨース家、こっちはラストルグエフ家にね」

「ピィ!」


 既に夜が更け、闇に満ちている空に二羽の鳥が消えていく。

それを見送りながらコゼットはそっと窓を閉じた。〝友達〟の中でも速い鳥だ、朝になる頃には目的地へ着けているだろう。

 文書を読んでもらえさえすれば、あとは時間稼ぎのみだ。


「とにかく、この旅は警戒を怠らないこと。かといって、相手方に怪しまれてもまずい。自然に監視しつつ、動向を探ろう」

「おっけー!」

「はい!」

「あぁ」

「そ、そう、だ……ね」


 一同はそれぞれの部屋へと戻り、翌日に備えて就寝をした。

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