訪問4

「えー! いーんですかぁ! 超うれしー!」

「魔術に特化した国があれば優先的に譲るね。それまで我慢してね」

「我慢だなんて、そんな! あーし、頑張ってアリス様のご期待に応えますね!」


 玉座の間にはテンションの高い少女の声が響いていた。

 先程の謁見から程なくして、城からパラケルススとルーシーが呼ばれた。部屋がほしいと言っていた彼女達に、この国を使うといい、とアリスが言ったのだ。

 同じ国を共有するだなんて文句が出てくると思ったが、彼女達は快く受け入れた。

元々錬金術師のパラケルススと魔術師のルーシーとで、仲も悪いわけではなかったため、何も問題なくことは運んだ。


 いや、そもそもアリスのそんな心配は必要はないのだ。彼女が命令をすれば、どんな確執や険悪な関係があろうとも、彼らは従うだろう。


「パラケルスス! 一緒にみてまわろー」

「良いですぞ。ん〜、それにしても魔術系に長けてない場所で開発に勤しむ……アリス様の期待に応えられるよう、頑張れということですねぇ! やる気が湧いてきましたぞ」

「一緒にがんばろーね! じゃ、ヴァルくんお城案内して」

「了解しました」


 アベスカの人間が見たこともない衣服を着ている少女が、あの魔王ヴァルデマルをこき使っている。それだけでも驚愕なのに、アリスの部下がまだいると思うと頭が痛くなった。

 怪しい喋り方をする白衣の錬金術師も、それに匹敵するだけの力を持ち合わせているのだろうと想像するだけで恐ろしい。

 だがそんな恐ろしい者達が闊歩しているのを、何も咎められない。咎めれば死刑では済まないのだ。最悪国ごと滅びる可能性だってある。

兵士たちはただひたすら、機嫌を損ねぬよう振る舞うほかなかった。


「ぎゃっ! いったーい……ちょっと、ベル! 糸しまってよぉ!」


 兵士が細切れになった廊下で、ルーシーが糸にバインドした反動で転んだ。が、床に倒れる前に転がっていた死体に尻もちをついた。

血液もまだ固まっておらず、ぬちゃりと生々しい音がする。

 衣服はピカピカの汚れすらない状態だったが、ルーシーには触れてしまったことさえも気味が悪かったらしい。

まるで虫でも見たようにギャアギャアと騒いでいる。ちなみにここで言う虫は、幹部達の人間に対する嫌悪といよりは、純粋に死体が気色悪いと言った意味である。


「ゲッ、マジキモいんですけど! 死体処理しとけっつーの! 最悪!」

「我々の衣服は汚れないですから、よいではありませんか」

「そーゆーんじゃないっつの! キノモチヨーってやつ。はぁムカつく」


 ルーシーが指を鳴らすと、床に転がっていた死体は一気に燃え上がる。血液も残さぬまま瞬時に消え去ってしまった。

残された灰がサラサラと廊下を流れて、その灰すら空気と混じって消えてしまった。

肉片も、血溜まりも、何もかもその場から消え去った。


 ルーシーは汚れすら見られない衣服を執拗にはたいている。死体と馴染みの深いパラケルススにとっては理解し難い行動だったが、これも主であるアリスが作り出した性格なのだ。

言うなれば身だしなみを気にする若い娘、学生、ギャル。

 しばらくして声を聞きつけたベルが走ってきた。あの場で逃げる兵士達を狩っていた暗殺者のベル・フェゴールではなく、すでに透明化も解除してあるいつものベルだ。


「ごめん、ルー子――って、あ゛ぁ!? ここにあった死体は!?」

「キショかったから焼いた」

「ああああ!! 私のご飯……」

「え、マ? それはゴメンだけど……でも! 糸しまわなかったベルのせーだし! あーしはセートーボーエーだし」

「糸の件は私が悪いとして、最後はちょっと意味が違うんじゃないかな?」


 まだその場に残っていた兵士達はそんなやり取りを見て震えていた。街を走り回る少女達と遜色ない見た目の若い娘達。しかしその実態は、兵士を細かく切り刻む謎の力を持った少女と、その死体を一瞬で無にした少女。

 当然ながらこの兵士達も魔術には疎い。しかしだがそれでも、尋常ではないと理解できていた。

何よりも彼らが怯え恐れたあのヴァルデマルが、ただの案内人として後ろをついて回っていたことだ。自分達が苦しんだアレはなんだったのだろう、と言わしめるほどの。

彼がまるでウサギのように怯えている。訳の分からない少女と錬金術師と、惨殺劇を見せた少女と共にいる。


 ――彼ら兵士達がここに残っていた理由は、アリスが天井を破壊したことによりあたりが瓦礫やほこりで汚れていたからその掃除のためである。

だが悲しいことにその瓦礫は残っていない。それどころか綺麗サッパリ元通りに片付いている。

 これもアリスが「あぁ、威嚇のために壊した天井直しとくね」と一瞬で修復したからだ。それを見た大臣並びにライニールは、もう口を開くことはなかった。

ただ黙々と国を明け渡す準備をしていただけだった。

 そんな情けないトップ達を見て、いつもの兵士ならば愚痴のひとつやふたつ零すところだろう。だが彼らも圧倒的な力の差を見せつけられては、何も言うことはない。

弱者が強者に歯向かったところで、残された道は死だけなのだから。


「しかし、魔王城よりはしっかりした城ですなぁ」

「ちゃんと国として成り立ってるってことじゃない?」

「ベルの言う通りですな、小国とて侮れませんぞ……」

「とりまこの国参考に、本城も強化してけばいい感じ?」

「そういう感じ。――じゃ、私はアリス様のお手伝いがあるから一緒に回れない。パラケルススと楽しんで」

「りょ!」


 ベルはそのまま玉座の間に戻っていった。彼女も彼女でアリス様から賜った命令があるのだろう。

 小さくなっていく仲間を見送りながら、ルーシーは足を進める。


 ライニールの性格があってか、城の中は代々のアベスカ国王が使っていた時よりも豪華になっている。

あちらこちらに他国から仕入れた土産物や絵画、彫刻。豪華さもさることながら、ここはまるで博物館だ。

 それもあってルーシーは、キョロキョロと周りを見渡して楽しんでいるようだ。元々創造されたばかりの彼女らに、世界の知識は殆どない。だからこういうものは、全て新鮮に映るのだ。

 そんなルーシーはある部屋に目を留めた。一際目立つ装飾を施された扉、二人の兵士が入り口を守っている。


「ヴァルくん、あそこは?」

「あれは王の寝室ですね」

「へー!」


 ルーシーの目が一段と輝く。彼女をずっと警戒しているヴァルデマルが、これを逃すことはなかった。そして今の主人である彼女の思考が、手にとるように分かる。

次に出てくる言葉も。


「見てみよ!」


 ヴァルデマルの横でパラケルススが大きく嘆息したのを聞いた。ヴァルデマルも、これからこの部屋の中にいる人間の胃が痛むのを察した。

 ルーシーを止める理由はない。城は彼女とパラケルススのもの――もとい、アリスの物になったのだ。

それにヴァルデマルにとっては上司。ここで断れば死が待っている可能性だってある。

 そんなことをヴァルデマルが考えているうちに、ルーシーは足を進めて兵士の元へ行っていた。遅れてヴァルデマルとパラケルススが続く。


 突然目の前に現れた見たことのない服に身を包んだ少女を見た兵士は戸惑う。この城でも城下町でも見ない衣服だ。ライニールも十分に異様な服装だが、それを指摘しないのは彼の部下であるからだ。

 そして今後はその更に上の存在に仕えることになる。その直属の部下であるルーシーの衣服を、誰が指摘できよう。


「ど、どうされました?」

「なにか御用でしょうか」


 顔には明らかな恐怖を見て取れる。ヴァルデマルもそれを感じ取っていた。この場合は「うん、わかるよその気持ち……」という同情だ。まさか自分がそう考える日が来ようとは思っても居なかった。

そのへんの町娘のような可憐さを持っているのに、目の前に来られて分かる――異質。圧倒的に強いと理解できる。


「あーし、部屋見たい」

「こ、こちらは王の寝室でして」

「は、はい。今お休みになると入られたばかりです」

「ふーん。で?」


 笑顔のままで言った。――だから、何。それで、と。

 アリス含む、幹部達は疲れをあまり知らない。それは当然魔族やゾンビ、龍などなど、人間ではないからだ。だが彼らに知識として「疲れ」というものが存在するのは知っている。


 ここにいるルーシーもそうだ。人間は疲れる。だからこうして休息が必要なことも知っていた。

しかしそれが何だ? アリスの部下である自分達がこうして来ているのだ。一国の王は出迎えてもてなすべきであろう。――それがルーシーの考えだ。

 そして、もうすでに城はルーシーとパラケルススのものになったのだ。どこをどうしようと、彼女らの自由。


ここはあーし達のになったんだよ。知らないの?」

「いやっ……ですが……」


 おかしいなぁ、と言う素振りで喋るルーシー。

 他の幹部であれば、即座にどかない人間に対して無礼と理由をつけて即刻殺していただろう。しかしそれをしないのも、ルーシーが他の幹部と比べて「人間に対する気持ち」が違うのだ。

 彼女は元々フレンドリーになるよう作られている。誰とも分け隔てなく接し、すぐに友人になるような。それは人間に対しても同じである。


 しかしながら一緒に来ているパラケルススは、人間を実験道具にしか思っていない。

口ごたえされるようなものならば不快に感じるが、今この場で兵士どもを始末しないのは、城を見て回るのがアリスの命令ではなくルーシーの提案だからだ。

 そしてルーシーの邪魔をする人間をわざわざ殺してやるほど、パラケルススは優しくない。

 正直言えばライニールの寝室など興味はないし、「面倒なやり取りは置いて次に行きましょうぞ……」くらいにしか思っていない。


 しかしこのルーシー。豪華絢爛に彩られた扉の先がどうしても気になる様子。ルーシーの実力を見ていない兵士達は、未だに引き下がることなく入室を拒んでいる。

ルーシーが手を出さないからか多少強く言ってきているし、そろそろ口を挟むべきかとパラケルススが動く。


「申し訳ないんですがねぇ、死にたくなければとっとと通してくれませぬか?」

「は……?」

「ルーシー、お前ももう少し強く出るべきですな」

「はぁい。――早く通してくれないと、アリス様に言うよ?」


 本当は王の名をこんなところで使いたくはなかったが――と。しかしアリスの名前の効果は絶大で、先程まで少し強気になっていた兵士達が一気に青ざめる。

入れるべきかどうするか、と二人で相談をし始めた。これはまたかかりそうだと踏んだパラケルススがポケットに手を入れる。

 取り出したのは紫色の気体が入った小瓶。パラケルススが栓を取ると、中から気体が漏れ出してくる。

これは錬金術で生み出したアイテム。一種の睡眠薬であり、低レベルにしか効かない。

 しかし効果は絶大だったようで、その色づいた怪しげな気体に触れた瞬間バタバタと眼の前の二人が倒れていく。

 完全に眠り込んだことを確認すると、パラケルススは瓶の蓋を閉めてポケットに再び戻した。


「パラケルスス、なにそれ?」

「睡眠薬……ですか?」

「んん? 試作品ですぞ。ヴァルデマルに効いていない通り、低レベルにしか作用しないものですな」

「な、なんだかすみません」

「ヴァルくん寝ちゃったら誰案内すんの! 起きてていーの! てか、パラケルススもヴァルくんがヤバくなるカノーセーのある奴使うなってーの!」

「ヌハハ、すみませぬ」


 ルーシーが廊下に倒れる二人の兵士をまたぎながら、扉の前に立つ。

いつも掛けていないのか、それとも心労から掛け忘れたのか定かではないが――部屋には鍵が掛かっていない。

 別段重くもない扉を開けると、中は広かった。

天蓋付きのベッド、テーブル、ソファ。クローゼットは――なかったが、別に衣装部屋が用意されているのだろう。大きな窓がいくつか、閉められたカーテンから見える窓の外には、バルコニーのようなものも見える。


 休んでいるという話は本当のようで、侵入に気づかないどころかベッド付近からはすぅすぅと寝息が聞こえる。

 パラケルススが部屋を一望するが、特にめぼしいものはない。異国の文化を好んで取り入れている王だと聞いていたが、部屋はそこまでコテコテとしたものはなく、この国らしいものだった。とはいえ王だけあって広く豪勢に作られているのは間違いない。


「うっわぁ、ベルが喜びそうな顔」


 いつの間にかベッドに近寄り王の顔を覗き見ていたルーシー。

 寝首をかくようなものに気付く訓練を受けてないからか、王が気付くことはない。未だに眠りについている。


「それは、どっちの意味でですかな?」

「そりゃもちろん、コレクションだよ。顔の良い人間以外は全部あの子にとってご飯だからね」


 ルーシーはそこまで言って、先程自分の怒りのまま彼女の食事を消し炭にしてしまったことを思い出す。もとより仲のいい二人だ。あの程度で溝が生まれることなどないが、時間が経って冷静になり申し訳なくなってくる。

 適当な人間を調達してくる――なんて芸当は、ルーシーには不可能だ。しかしせめて「王の顔は良かったよ」くらいの有益な情報くらいは流しても問題ないだろう。

ルーシー達よりも先にアベスカに来ていたベルのことだから、すでにライニールの顔は拝んでいるかもしれない。だがそれでも、一応報告として教えてあげるのだ。


「この人達は城に住んだままなのかな?」

「ふぅむ。その判断に関しても、後でアリス様に伺いましょうぞ。恐らくこれから城を見て回る際に、様々な疑問が出るはずですから」

「そだね。んじゃ行こ」

「も、もういいのですか?」

「うん。思ってたよりなんもないし」


 異国の文化に高そうな扉。少し期待したルーシーだったが、予想以下だ。

 ベルの好みという情報以外に、良いものは無かった。三人は当然のように部屋から出ると、次の部屋へと歩いていった。

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