訪問2
アリス達はアベスカの城塞内にいた。
ヴァルデマルが転移の魔法を習得していたおかげで、そこそこ遠い距離のある場所へ、空を飛んで向かわずに済んだのだ。
ここはアベスカの城塞内でも端の方だ。正門からは近いが、王城はまだ遠くに見える。
中央の通りからは離れているため、人も少ない。誰かが転移してきたとしてもわからないだろう。
「あ、アリス様、その格好は……?」
ヴァルデマルは城からずっと不思議に思っていたことを口にした。アリスの容姿が全く違うのだ。
さらりとした長髪は白い髪から金髪へ変わり、白目と黒目が反転していた瞳は一般的な碧眼へと変化している。頭にあった黒い羊の角もなく、腕の鱗も消えていた。
衣服もヴァルデマルが知らない民族衣装から、そのへんの村娘がしていそうな質素なワンピースに変わっている。
一枚だけで戦争を完結させそうなあの黒いレースの羽衣も、今は纏っていない。
「自分で言うのもあれだけど、あの姿は化け物でしょ」
「す、すみません……」
「アリス様が化け物なはずありません! この世界で一番お美しいお姿です!」
「はいはい。さあヴァルデマル、案内して」
「はっ、はい!」
アリスに言われてヴァルデマルは前に出る。今までの彼であれば、都市の案内だなんて断るどころかその人間の命を奪うほど面倒な仕事だ。
しかし断らず快く案内しているのは、今は奪う立場ではなく奪われる立場だからだ。ここで反抗する意思を見せようならば、まるで魔族に見せつけるように無残に殺されることだろう。
二人の前を歩くヴァルデマルは、裏路地から迷いもなく大通りに出た。一度襲撃したことがあるだけあって、よく覚えているのだろう。
(ほうほう。ちゃんと覚えてるんだ。連れてきて良かったな)
小国でありながら、往来は人で賑わっている。失われた村からやってきた村民もいるため、現在様々な村落から来た人間がこの城壁の中でひしめき合っている。
大通りは見通しがよく、商人や旅人がよく出入りする正門も見えた。
ヴァルデマルは威勢よく正門を指差したのだが、そこで固まる。
「あれが正門ですが――あれ?」
「何やら人が多いな。私の気のせい?」
「そうですね……。普段は兵士が多くても、二人ほど並んでいる程度だったんですが……」
正門には複数名の兵士が並んでいた。入ってくる民を細かくチェックして、中へと入れている。
この小さな国でここまで厳しい警備をしているなんておかしい。ヴァルデマルはそう思った。その様子はまるで何かに警戒しているように見て取れる。
「もしかして、俺達の動きが……」
「ここへ来るという事がバレてるってこと〜?」
「え、ええ、恐らくですが……」
「ふーん。聞いてくるよ」
「え!? ちょっ、アリス様!!」
ヴァルデマルの制止を聞かず、アリスはスタスタと兵士の元へ歩いていく。
ハインツも止めることはなく、これから攻め入る人間たちのもとへ行く主人を見送っている。
ヴァルデマルはハインツとアリスを交互に見て「大丈夫なの!?」という目線を投げかける。ハインツがそれに答えることはなかった。
アリスが兵士の元へ到着すると、一人の兵士が彼女に気付いた。
小さな国とはいえ兵士程度が全体の国民を覚えているはずがなく、ただの町娘だと兵士は思った。
「んん? どうした?」
「あのね、いつもはもっと兵士さんが少ないでしょう? どうして今日は多いの?」
少しわざとらしく可愛いく振る舞う。怯えているように瞳をうるませて。普通の少女と比べれば少し背は高いが、兵士達よりは小さい彼女は必死に上目遣いをする。
現在は園 麻子だったときの顔ではない。美少女とまでは過言になるが、可愛らしい少女なのは間違いない。
そんな娘に尋ねられて、無視できる男がいようか。
兵士達は顔を見合わせ、言って良いものかとアイコンタクトで会議し合う。
彼らはここの警備を厳重にしろとの命令をくだされただけで、民に対してどこまで告げていいのか聞いていなかった。
しかしながら彼らの今まで培ってきた経験の中で、今回の話は告げるべきではないと理解していた。
していたのだが、空気の読めない――調子のいい男の一人がニヤけながら口を開いた。
「なんか魔王城で大きな音がしたって警戒してるんだよ」
「ちょ、馬鹿、おい!」
「あ、やっべ」
「そうなんだぁ……。私怖いな。兵士さん、頑張ってね!」
「あ、ありがとう」
ひらひらと細い手を振って、ワンピースを揺らめかせて消えていく少女を見送る兵士たち。普段言われないねぎらいの言葉に、彼らの中の意欲が増す。
面倒だった正門警備に力が入った。
アリスは腹を抱えて大笑いしながら二人の元へ戻ってきた。ヴァルデマルは理解が追いつかず混乱している。
ハインツは――楽しそうにしている主人を微笑んでみていた。
「あー、面白い。かわいいって得だねぇ。――で、聞いてきたことだけど。魔王城で大きな音がしたから警戒してるだけだって。ヴァルデマル達の存在が相当怖いみたいだねぇ。その程度で怯えてくれるんだもの」
「もったいなきお言葉です……」
「さ! 計画は崩れてない。とっとと重要事項を案内する!」
「はい!」
とはいえ小国故に城下町の案内はすぐに終わり、問題は城だけになった。
ヨナーシュだけがあの三人で物知りだと思っていたアリスだったが、ここまでの案内で特に「わからない」という言葉もなく説明が進んでいったヴァルデマルに対して、アリスは少しだけ見方が変わった。
アベスカには他国との瞬時に会話ができる手段はないというのも、この情報収集の中で仕入れた中で良いものだった。
「流石に城までは……」
「まぁ入ろうと思えば入れるけど。ここまでの案内で城にこれ以上、何かがあるとは思えないしなぁ」
入ろうと思えば入れるけど、の発言にヴァルデマルは苦笑いした。少なくとも一番警備が強化されている部分に、まるで友人の家に遊びに行くがごとく言うのだから。
もとより彼女に逆らう気はなかったが、今回の訪問から更にその気がそげていく。
そもそもヴァルデマルは、魔法に長けている男だった。
だがそのヴァルデマルでも彼女の容姿がどうしてここまで人間に近くなっているのか、理解が出来なかった。
初めは幻術を疑った。しかし乱れはなく常に――生まれてからずっとその容姿だったかのような安定感がある。幻術の熟練者となると、それも可能と言われているがヴァルデマルは見たことがない。
ここで聞いては失礼に当たるうえに、彼女の技を盗もうと画策していると勘違いされるのも困る。ありもしない知識の中必死に考えるが答えは出ない。
最終的に思考停止という結論にたどり着いた。
「では帰還して兵を集めて改めて来られますか?」
「んー、いらない。ねえヴァルデマル。一旦帰ってヨナーシュとフィリベルト呼んできて。転移場所は私のいるとこ。出来る?」
「は、はいっ。この城塞の中でしたらどこでも転移可能です! アリス様程のお力を持つ方でしたら、魔王城からでも探知出来ますので……」
「そ。じゃあよろしくね」
「はっ。ではしばらく失礼します」
ヴァルデマルはそう言葉を残すとすぐさま消えた。一秒でもアリスという恐怖の権化から離れていたかったというのもあるが、即刻仕事をしないと死が待っているだろうという思いもあった。
アリスは少し人気のない路地に入ると、自身に掛けていた魔法を説いた。
体がぐねぐねと液体のように形を変え、愛嬌のある町娘から、モンスター少女へと変貌する。もちろん、着ているものも羽織っている羽衣もいつも通りだ。
通常のアリスを見たハインツは、咄嗟に地面に膝をついて敬意を示す。うつむいたその顔にはヴァルデマルや幹部に見せる軍人気質の表情はない。
絶対なる王に忠実なしもべ。ただそれだけがそこにいた。
「初陣には丁度いい小さな国だね。私とハインツで王様とおしゃべりしてこよう」
「アリス様の初陣に、供として参戦できる喜びに勝るものは御座いませんッ! 恐れながら言わせて頂きますと、私の中での王はアリス様のみです! このような弱小国家の長を、王などと形容されるのは……!!」
「はいはい。仮にも頑張って国を率いているんだから、そんなこと言っちゃだめでしょ」
「失礼致しましたッッッ」
ハインツの謝罪を適当に流しながら、アリスは城を見る。どのあたりが玉座の間であるか目星をつけているのだ。
魔王城の構造から大体の場所はつかめているが、果たして合っているかどうか。
出来れば格好良く一発でその場所に転移して、そこにいる人間を驚かせてやりたいものだ。サプライズというものはあまりやってきたわけではないが、脅かす側となると色々と考えてみたくなる。
アリスは覚悟を決めて転移先をポイントした。
ハインツを含め転移は成功した。目の前に見えるのは王が座る椅子。つまりここは玉座。うまいことピンポイントで成功した、のだが。
肝心の玉座には誰も座っていない。
(まぁそうか。四六時中座ってるわけないもんね)
ぐるりと見渡すと、警備兵か掃除夫か。入口付近に一人男が立っている。突如としてわいてきた男女二人に驚きが隠せない様子がだだ漏れだ。
口をパクパクとして指を差したり震えたり忙しそうにしている。
完全に人間ではないと見て分かるアリス。だからこの男もこうして挙動不審になっているのだ。
ハインツからすればあまりにも不敬な動きだが、そこはアリスの良心として何も咎めてやらない。
「お前の主に伝えろ! 我が魔王、アリス様が謁見を許すとッッッ」
「ひ、ひぃあああぁ!!!」
返事もせずに逃げるように玉座の間から去る男。なんとも情けない声に、アリスは吹き出しそうであった。
「アリス様! ちょうど椅子が御座います。座って待たれては!?」
「皮肉かい、ハインツ。あれはここの国の王様の椅子だよ」
「ええ!! ですからアリス様が座るべきかと!」
結構な真顔で返され、ハインツは本気なのだとアリスは知らされる。いずれここを支配することにはなるといえ、流石にまだ人のものを取るほどアリスは鬼ではない。
アリスは羽衣を取り、空中へ投げる。ふわふわと浮遊するそれは、丁度いい高さで動きを止めた。それはまさにアリスの腰の高さだ。
アリスはそこに腰掛ける。羽衣の端のほうがいい具合に曲がり肘掛け代わりになる。アリスはそこに肘をついた。
ハインツはその横に立って、王が来るのを待った。
数分経過して、ようやく部屋の扉が開かれた。入ってきたのは王ではなく、石や矢の雨だった。予想通りだ。理想の対応と言えよう。
ヴァルデマルという前例もあったのだ。この程度当然だろう。
攻撃を察知した瞬間、ハインツはアリスの前に立った。
「――〈
ハインツから揺らめくオーラが放たれた。それはアリスをも包み込み、ハインツのあたりを揺れ動いている。
ゆらゆらと二人を包んでいるオーラなのにも関わらず、飛んできた攻撃は全て弾かれ、アリスとハインツの足元にその残骸がカラカラと落ちていく。
数秒と続いていた攻撃は、向こうの残弾が切れるという形で終わった。
二人はダメージを全く受けておらず、アリスに至っては暇そうに欠伸をしている。
ハインツが攻撃終了を察して〈
「これが貴様らの国で、客人を迎えるときにする方法かッ!」
「ぐっ……、なっ、何者だァー! 武器を捨て、床に這いつくばれ!!」
ハインツが問いただせば、兵士団を指揮する男の声が返る。その言葉にハインツはあからさまに顔を歪め、不快感を示している。
いや、ハインツだけではない。もしもここにお供としてやってきた別の幹部がいれば、その者も同じく不快を表していたことだろう。
彼らの中で絶対的な存在であるアリスに、床に這えなどと言ったのだ。ルーシーに言わせるならば「マジありえないんですケド」だ。
「なんと不敬な……!! どうされますか、アリス様ッ!」
「んー。ここって最上階だっけ」
「? はい!」
アリスはそれを聞くと、控えめに人差し指で天井を指差した。そして、たった一言。
「どん」
指先から放たれた炎と雷を帯びたレールガンのような砲撃が、天井を貫く。
数瞬して、その爆音が終わり静寂がやってきた。
と思えば、天井が爆発し一瞬にして風通しのいい部屋が完成した。
幸いにも現在の天候は晴れ。特にこれといって風も吹いていなかった。
たった一瞬で
今まで扉の向こうに隠れていた大臣や王も、この攻撃で丸見えになった。王を囲むように立っていた兵士は、腰を抜かして倒れているものも散見する。
その様子を動じずハインツは見つめる。そして、口を開いた。
「――ではアベスカの者よッ! 改めて言おう!! 我が魔王、アリス・ヴェル・トレラント様との謁見を許可するッッッ!!!」
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