敵襲2

「ハインツ様に忠誠を誓います!!!」


 アリス達が玉座の間に辿り着くと、数刻前に見た光景が広がっていた。ハインツに跪く輩と、それを取り囲む部下達だ。

だが違いがあるとすれば、ハインツに跪いているのは、毛皮を纏った魔族であることだ。

当然ながら彼らは城を襲ってきたウルフマンだった。


 アリスの入室に気付いた幹部とヴァルデマル達は、敬礼をしたりお辞儀をしたり各々で敬意を示した。

少し前のヴァルデマルと同じように、ウルフマン達はハインツが一番強い存在でないことに気付いて驚いていた。


「おぉ~、真っ黒な狼だー」

「ブラックウルフという部族の者だそうです!」


 アリスが感動して声に出すと、ハインツが答える。

アリスの中での狼のイメージは、グレーや白で固定されていた為こういった黒一色の狼を見て感動したのだろう。

 ぽつりと呟いた言葉に返事を貰ったアリスは、更に疑問が湧いた。

――部族。

その種族の中でもいくつかに細分化されているのだ。


「じゃあ灰色の……」

「彼らはグレーウルフです!」

「グレーウルフ。――グレーウルフと、ブラックウルフがここにいるのか? それで全部族なのか」


 アリスが疑問を口にした。

部下に話しかける時のような、素の喋り方ではなかったため部下達はこの狼どもに喋っているのだと判断した。

 だからハインツも誰も答えずに、ただ語りかけられた狼達が口を開くのを待っていた。

暫くの間沈黙が玉座の間に流れる。

 誰も答えを発言しないことに、エンプティが痺れを切らして口を開きかけた時。発言したのは意外にも――


「アリス様、ウルフマン達が沈黙を続けるので、このヨナーシュの発言をお許し下さい」

「ん? 許す」

「ウルフマンは四つの部族により成り立つ種族です。現在城内で侵入の確認が取れているのは二部族でして……」

「ふーん。――おい狼、他の二部族は」


 聞かれたウルフマンが、びくりと体を震わせて答える。

一応アリスも誰も答えなかったことを考慮して、一匹を指定した。


「はっ、はい! えー、今回強襲に参加したのは、我々グレーウルフとブラックウルフです。他にホワイトウルフと……異端者で構成された部族があります。それらは今回の計画に関して乗り気ではなく置いてきた次第です……」

「懸命な判断ですぞ。どちらにせよ魔族であれば、配下におさめる予定でしたがな」

「立候補してくれたカンジ? あざまる~」


 体の黒い狼――ブラックウルフが体を震わせている。これは話しかけられた狼のように、怯えているのではなく幹部からの罵りに対して怒りを覚えているからだ。

相手が圧倒的強者と分かっていようがやはり気に入らないらしい。

 そして愚かにも一番体格のいいブラックウルフが、床に置いていた鈍器を再び手に取りアリスの元へ飛び出した。


「うおぉおお!! 部族のため!!」


 真っ先に動いたのはアリスの側近であるエンプティでもアリスに説明をしているハインツでもなかった。

 ひらりと舞うのは黒く――装飾の施されたセーラー服ロリータ。


 ブラックウルフの首が一瞬にして宙を舞った。ウルフマン達は何が起こっているか分からなかった。

それほどまでに速かったのだ。

 幹部達の目には、空中でキラリと光る数本の糸が見えていた。それがブラックウルフの命を断った凶器であることも理解していた。


 再び沈黙が部屋に流れる。ここにいるウルフマンで彼らに抗おうなんて考えはもう存在しなかった。


「ベル。責任を持って片付けて」

「了解致しました」


 ベルは再び糸をどこかからか召喚すると、転がる死体に巻きつけて部屋を出ていく。

血が滴り床を汚していたが、ルーシーが水魔術で綺麗サッパリ消し去っていた。

 ベルも死体も部屋からいなくなったところで、再びアリスは喋りだす。


「三日やろう。すべての部族のおさを城に呼べ。詳しい話は長にしよう」

「は、ははぁ!」


 アリスが適当に「もう行ってよい」と手で追い払うようにジェスチャーすれば、蜘蛛の子を散らすようにウルフマン達が逃げていく。

 ウルフマン達が去るのを確認したエンプティが近寄り、アリスに疑問を投げかけた。


「よろしかったのですか。監視など付けなくて……」

「期限を与えたでしょ。守らなかったら送ればいい。ただし敵対しなければ殺さないつもり」

「どうしてです。アリス様は余りにも寛大すぎます……」

「エンプティ……。今の魔王軍を見た? あまりにも兵力が低い。もし約束を果たさなくても、いずれ軍に入ってくれるかもしれないんだ。猫の手も借りたいくらいだよ」

「であればキャットマンを探しますか?」

「エンプティさん? ことわざってわかる?」


 エンプティの抜け加減は置いて。初日にして一部族とのコミュニケーションが取れたのは大きい。これが噂としてでも他部族に知れ渡れば、もっと事が楽に運ぶだろう。


 アリスにかかれば、相手が何十万と兵士を連れた勇者であっても、その脳に記録してある〝この世界における全て〟を用いればいともたやすく屠ることが可能だ。

だがそれは本当に楽しいことなのだろうか。

 相手が絶望も苦痛も恐怖も何も知らず、魔術たった一つで滅びてしまう。

祈る時間も何も与えられないまま死んでいくのは、相手にとってみれば安らぎにもなろう。


 何よりもアリスの数少ないオアシスであったホラー映画は、大抵一対一での戦闘を行っている。

その場で手に入れた武器でも、己に思い入れのある呪いでも、他人を恐怖に陥れる怪異であっても。

 一人ずつじわじわと丁寧に殺して、恐怖を煽っていく。


 だからアリスには兵が必要だ。

雑兵を相手する雑兵が必要なのだ。


「そうだな……。ヨナーシュは魔族にも精通してるの?」

「え、は、はい。一応配下のものはそれなりに把握しております」

「……それなり?」


 エンプティが繰り返すと、ヨナーシュは青ざめて「完璧に! 把握しております!」と叫んだ。

アリスとしてはエンプティの威圧に屈してうそぶくよりかは、正しい情報を仕入れたいのだった。

アリスに対する過保護が減少されたとはいえ、まだまだ課題は多い。このスライム女に対しては特にそう感じた。

 アリスが嘆息すると、ヨナーシュがビクビクと怯える。……いや呆れのため息ではないのだが、と思っても口に出さねば伝わらぬわけで。


「エンプティ、無闇に配下を威圧しない。ヨナーシュは割合からして、どれくらいわかるの?」

「は、はい。七割は把握していると……」

「そっか。じゃあそのリスト化もお願いしていいかな?」


 アリスの「お願い」に幹部がザワつく。部下であれば頼むではなく命令だ。

まだ彼女の中では王よりも園麻子の記憶と経験が濃い。

王たる振る舞いが出来るよう補佐するのは、もちろんエンプティだ。


「アリス様」

「ん? あー……めんどくさいなー。こほん。ヨナーシュに命ずる。見取り図の図面化と共に、従えていた魔族のリスト化も行え」

「は! 承りました!」

「あの、アリス様、アリス様……」


 おずおずと声を掛けてきたのは、幹部の一人エキドナ。幹部の中でも端に立ち静観していた。

 彼女が口を開くとなれば大抵は防衛に関することだ。新たな城を手に入れ、これから忙しくなる幹部の一人だ。


「どしたの?」

「防衛に関して、魔族をお借りしたく、お借りしたく……」

「いいよ。ヨナーシュと相談してくれる?」

「御意に……」


 エキドナとヨナーシュはアリスに一礼すると、玉座の間を後にした。これから更に奇襲がない限りまた集まることなどないだろう。


 アリスは今後の方針を残っている連中に話すことにした。もちろんヴァルデマルとフィリベルトにもだ。

 玉座に腰掛けると口を開いた。


「とりあえず当面の目標は軍の拡大。あと城を綺麗に大きくしたいな」


 魔族を再び集結させるには長い時間がかかる。それの穴埋めとはいかないが、しばらくの間はパラケルススの生み出すホムンクルスで代用することとなる。

強者の遺伝子を欲するパラケルススにとっては辛い決断ではあるが、量産のために最低限人間と渡り合える程度のホムンクルスを生み出すことを約束した。


 城の管理に関してはエンプティが対応することになっている。あの亜空間の様子を見た幹部からは異論は生まれなかった。あるとすれば、当人からであった。

 城の管理を任されるとなると、工事につきっきりになるためアリスと一緒にいれる時間が減る。大人しくはなったとはいえ、アリスという名のバッテリーが常に不足している状態になるのだ。

 秘書なんだから我慢しなさい、と無理矢理にねじ伏せ黙らせた。あまりの力技にルーシーやベルが笑いそうになったが、ここで笑ってしまえばエンプティが怒りかねないと我慢をした。


「……こほん。お言葉ですがアリス様。この城の拡張と言いましても限度が御座います」

「だったら近くの小さい国を落としたらどうっすか?」


 だいぶアリスらに慣れてきたフィリベルトが口を挟んだ。拙い言葉に図々しい態度。幹部が激怒しないはずがない。

 フィリベルトに六つもの鋭い視線が降り注ぐ。当人は悪寒を感じたようだが、なぜかまでは気付いていない。

それを察知したアリスが即座に口を出すことで、彼らの怒りがおさまった。


「国があるの?」

「うっす。ここらへんは確か、アリ=マイア……だったっけか?」

「フィリベルトのご無礼をお許しください、アリス様。そして代わって話すことをご容赦ください」

「いいぞ、許す」

「はっ。この魔王城が存在するのは、アリ=マイア教徒連合国という、複数の国からなる連合国家に御座います」


 アリ=マイア教徒連合国。

 その名の通り、アリ=マイア教を重んじる国からなる連合国家である。それぞれが細かな国ではあるものの、力を合わせて――やっと一国に匹敵する。

 そしてこの魔王城が最寄りの国は、アベスカという国である。


 アベスカは魔王城が出来る前は他の国同様小さいながらも繁栄し、国が賑わっていた。

首都とされる城下町の他に、国内各地に小さな村落が点々としている国だった。

しかし魔王城の最寄りになってしまったせいで、細々とした村落は消え去り、現在は城壁をもつ城下町しか残されなかった。


「支部ってことか。いいね。まずは様子を見に行きたいな」

「それでしたら――」

「黙りなさいヴァルデマル。それ以上は求めていないわ」


 人員を構成しようとしたヴァルデマルを、エンプティが止めた。自分の地位をわきまえろ、と睨みつければヴァルデマルは黙り込んだ。

配下のものの動かし方に関しては、アリスが考えるべきだろう。そもそも彼は幹部達よりも更に下の地位にいるのだ。そうそう口を出していい事柄でない。


「ヴァルデマルはそこの国の人に顔は知られてる?」

「は、はい」

「よし。じゃあ私とハインツ、ヴァルデマルで行こう。借りるけどいいね、ルーシー」

「あーしの部下はアリス様の部下ですよぅ。ご許可など求めずとも、お好きにお使いください」

「ありがと」


 こうして国へ出向く人員が決定した。もうアリスが直々に行くことに関して、文句を言う部下はいなかった。

 城に残った者達は、各々の仕事を少しでも進めるということで話は落ち着いた。


 パラケルススは軍の補充。

 エキドナは防衛の強化。

 エンプティは城の改造及び強化。

 ルーシーとベルで使えそうな物を探す事になった。

 ヨナーシュ、フィリベルトは他の幹部の手伝いを言われれば、二つ返事で了承するように、とアリスに言われた。


 そして、最寄りの国・アベスカへ向かう二人は出立の準備を行うこととなった。


「アリス様、戦闘は考えておいでですか?」

「どーした、ヴァルデマル。戦闘用の服とかあるの?」

「い、いえ。聞いただけです」

「そ。別にないけど――売られた喧嘩は買うつもり。負けるつもりもないから」

「了解致しました」

「ヴァルデマルにかかってるからね。今回のこと」

「しょ、承知しております……」


 無邪気に微笑む顔は少女そのものだ。

本来の「園 麻子」よりも幼く作ってあるその顔は、誰がどう見ても人外っぽさを引けば少女である。無邪気な笑顔から繰り出される恐ろしさたるやない。

あの強大な力を見てしまえば、このかわいい笑顔も不気味なものになるだろう。

 そんなわけでヴァルデマルには失敗は許されなかった。アリスの望むように国を無事手に入れられるよう、尽力すること。

 勇者に大敗した彼が今更出ていって何になるかといえば不明だが、少しでも面識のある彼が行くことで有利に運べるとアリスも考えているのだろう。そう考えた。


「ではアリス様! 私もこの姿で向かっていいのですな!?」

「うん。戦争するつもりはないから。ハインツはそのままでも強いでしょ? 魔王と言われてたやつがこの程度なんだから、ヒト相手なんて人間態で十分だよ」


 目の前でヴァルデマルは罵られたが何も反応する様子はない。それは彼自身が事実だと思っていたし、ここで何かをいうようならば即座に殺されていただろうからだ。

事実初めて出会ったときに、ハインツがこの組織のリーダーだと思った。だからヴァルデマルはハインツに跪いていた。

実際はその後から入ってきた化け物――もといアリスがいたため、ハインツは組織の一部でしかないことを知ったのだが。


「そうそう。初回は偵察だから、身分を隠してほしいな。街の説明をしてほしいけど、まだこっちの素性を明かすわけにはいかないから」

「了解致しました。では着替えて参ります」

「よろしく〜」


 ヴァルデマルは深々とお辞儀をすると、足早に二人の元を去った。

 アリスの中では今回の小国襲撃に関して、二度訪問するつもりでいた。

 初めは偵察。国の軍、街の人間、王族貴族、街の周囲などなど、できる限り情報を集めておく。

 そしてメインの襲撃。それまでにはパラケルススがある程度のホムンクルスを生成してくれると信じて。

どの程度の国かわからないが、対人戦闘において強化バフがあるハインツがいる以上負けはないだろう。


 元々ハインツはこういった国とののために作ったようなものだ。

もちろん軍の指揮官としてのスキルや性格・能力もそうだが、人間に対して有利になるスキルも所持している。

 異世界だから魔物魔族その他諸々が存在するのもわかっていたが、勇者と戦うとなれば相手の大半は人間だ。

 そう思って生み出したのはハインツだった。指揮官である故に軍を率いて人間と対峙することも多いだろう、と。

アリスは人間特攻のスキルを多めにつけたのだ。


 そしてハインツの本来の姿であるドラゴン形態では、国を襲った際や戦争で活躍する。一部を除き幹部達は本来の姿で本領を発揮するのだ。

もちろん人間形態でも十分に強いため、本来の姿を見せないことが理想だ。

 勇者サイドの強さがいまだわかっていないため、出来るだけ最終手段というものはとっておきたいものだった。


「しかしアリス様ッッ。国を制圧するとなりますと、内密に他国との連絡を取り助けを求める人間が現れるのでは!?」

「ん? ハインツはそれを許すつもりなの?」

「失礼致しましたッッ!! 我々がそうならぬよう努めればよいのですね!」

「まぁでもそれも注意しないとね。人間がどんな手段で連絡を取ってるのか。魔術で瞬時に会話が出来るのならばそれは厄介だ。手紙などアナログな手段であれば幾らでも阻めるし……」

「ではそれも今回の視察にて調査致しましょう!」

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