第七十話「紫闇刀の真価」
「この地に流れる、水流の化身。
生を与え、潤いを与える、水の精霊よ。
熱を逃がし、水を凍らせよ。
「ぐっ……!
このっ……!」
ひたすら
先ほどからこの攻防が何度も続いていた。
なんとか発生する氷の粒を全て紫闇刀で吸収しても、その間にドリアンは詠唱を完成させて次の氷が発生する。
そのため、逃げるに逃げられないのが現状なのである。
最初は、俺の足元を狙っていたドリアンだったが、今は俺の腕に狙いを定めているようだ。
俺の紫闇刀が魔術を吸収することに気づき、紫闇刀を封じるために俺の腕を狙う作戦に切り替えたのだろう。
魔術を吸収する刀なんて見るのは初めてだろうに、すぐにそういった作戦に切り替えてきたところからドリアンの戦闘勘の良さが伺える。
とはいえ、先ほどからドリアンの表情は苦しそうだ。
何度も魔術を連発しているため、魔力が足りなくなってきているのだろう。
俺はその様子を見て、ドリアンは人並み外れた巨体を持ってはいるが、やはりこいつは人族なのだなと思った。
人族は魔力量がそれほど高くないという話はルイシャから既に教わっていた。
確か、魔水晶で魔力量を測定すると、人族の魔力量は大抵緑色で、魔力が高い者でも赤色を示す程度だと言っていたのを覚えている。
そして、ドリアンもその枠に当てはまるのだろう。
ドリアンの魔力量がどれほどのものかは知らないが、この決闘中に魔力枯渇が起きようとしているのであれば、人並み程度であることは間違いない。
それは、メリカ城でルイシャやフェロを見てきたからこそ言えることだった。
ルイシャやフェロの魔力量は莫大で、二人とも修練のときは一日中魔術の詠唱をしていることも多々あった。
フェロは中級魔術を一日中使ってもケロッとした顔をしていたし、ルイシャに至っては、上級魔術である
それを見てきた俺からすれば、いくら氷系統の魔術とはいえ、氷系統の中では初級魔術である
先ほどから俺の体にまとわりついてくる氷の量が減ってきているのを見るに、そろそろ限界のようだ。
「はぁはぁ……。
くそ、なんだその刀剣は!
俺の魔術を吸収しやがって!」
最後の氷を剣で吸収し終わると、吐き捨てるようにドリアンは叫んだ。
そんな叫びを無視しながら、俺はドリアンを観察する。
肩で息をしながら苦しそうな表情をしているドリアンを見るに、おそらく魔力切れが近いはずだ。
俺は魔力を持っていないから分からないが、魔力が減ってくると段々と頭痛がしたり、息が苦しくなって来たりするのだという。
そして、完全に魔力が無くなると気絶するのだとか。
ドリアンの今の状態は魔力が切れかけているといったところだろう。
本来であれば、一撃で俺を捕らえようと思っていたはずだ。
それが、俺の紫闇刀で氷を吸収されてしまったがために、魔力枯渇を起こす一歩手前まで魔術を打たされる羽目になったのだから、ドリアンにとっては想定外の自体のはずである。
俺にとっては、ドリアンがあのまま大剣で何度も突撃してくる方がきつかった。
ドリアンが魔術を使ってきただけでなく、魔力枯渇まで引き起こしているのはラッキーである。
魔力枯渇の影響で、ドリアンの動きは最初の時より鈍くなっているように見える。
これなら、攻撃を避け続けることも難しくはないかもしれない。
俺は、そこまで観察したところで紫闇刀を前方に向けて構える。
すると、ドリアンは苦々しい様相で俺を睨みながら、大剣を俺と同様に前方に構えた。
「余裕ぶりやがって、クソ王子があああああ!」
怒り狂った表情のドリアンが、咆哮しながら再び俺に向かって突っ走る。
右手だけで大剣を持ち上げながら走る姿は、まるで野獣のようである。
俺は、その雄たけびに圧倒されながらも、なんとか踏ん張りながら紫闇刀の柄を強く握りしめて集中する。
向かってくるドリアンの巨大な大剣をとにかく良く見て躱す算段を早めにつけよう。
「はあああああ!」
目の前に来たドリアンは、そう叫びながら大剣に力を込める。
ドリアンの右腕の筋肉に力が込められ、制服の右腕部分がパツパツになっているのが見えた。
このときドリアンの腕から振り下ろされる大剣を見上げながら、これなら躱せると直感した。
やはり、魔力枯渇で体力を持っていかれたのか、剣速が遅い。
そう瞬時に考えながら、再びドリアンの脇腹のあたりを目指して横っ跳びをしようとしたとき。
先ほどまで顔を真っ赤にして怒り狂っているように見えたドリアンの顔が、急に口角を上げて二ヤリと薄気味悪い笑いを浮かべたのを見えた。
その顔を見て、鳥肌が立つ。
なんだ?
なぜ、急に笑った?
なにか、ミスをしてしまったか?
そう考えたときにはすでに遅かった。
俺の体はドリアンの大剣を躱そうと、ドリアンの左脇腹の方へと横っ跳びしていた。
そして、横っ跳びしている最中に気づいた。
ドリアンが、左手に何かを持っている。
なんだあれは。
何かペラッとした羊皮紙のようなものが何枚か。
なぜ、紙を持っているんだ?
いつの間に取りだしたというのだろうか。
横っ跳びをしている最中に見えたドリアンの左手に持つ羊皮紙から、何か強烈に危険な雰囲気を感じる。
「はっ!
馬鹿が!
そう何度も同じ手を喰らうか!」
ドリアンは振り下ろしていた右手の大剣の動きをピタッと止めて、そう叫んだ。
そして、ジャンプしながら突っ込む俺に向かって、左手に持っていたその羊皮紙をばらまいた。
地面を片手で支えて受け身をとりながら、その羊皮紙に目を向けると、なにやら魔法陣が描かれているのが見えた。
やばい。
咄嗟にそう思った俺は、紫闇刀を魔法陣に向ける。
「発動!」
俺が紫闇刀を魔法陣に向けたのと同時に、ドリアンは手元の一枚の羊皮紙の上に大剣を持ったまま右手を置いて叫ぶ。
その瞬間。
俺の目の前に大量の氷の粒があふれ出る。
その氷で溢れた視界に驚きながらも、俺は咄嗟に紫闇刀を振り回す。
だが、紫闇刀でとにかく吸収を図るも、氷の量が多すぎて間に合わない。
みるみるうちに、俺の体の周りに氷のつぶが集まってくる。
「くそっ!」
凍るのは、一瞬だった。
なんとか紫闇刀の吸収して頭が凍るのは防げたが、体の大部分が凍らされてしまった。
頼みの紫闇刀も、腕の関節部分まで凍らされてしまって、もはや手首を動かす範囲でしか紫闇刀を振ることができない。
体が冷えて、体温が下がっているのを感じる。
体温が下がりながら、俺は頭の中で、この危機的状況を作ってしまったことを瞬時に反省した。
完全に油断である。
俺は、ドリアンの右手の大剣に気を取られていて、左手は見ていなかった。
予め左手の羊皮紙を目視していれば、ある程度対処できたはずだ。
この魔術はフェラリアの家の庭で見たことがある。
確か、フェラリアがジェラルディアとジュリアに放った技だ。
魔法陣の羊皮紙をばらまき、手元の羊皮紙に手を置いて「発動!」と叫ぶことで魔術が発動という発動条件まで知っていたにも関わらず、対処出来なかったのが悔しい。
まさか、あんなに怒り狂っていたように見えたドリアンが、ここにきてこんなトリッキーな技を使ってくるとは思っていなかった。
おそらく、あの怒り狂っているような態度は演技だったということだろう。
ちくしょう。
足を凍らされてその場に留まることしかできないこの状況に臍を噛む俺を見て、ドリアンは二ヤリと下卑た笑いを浮かべながら口を開く。
「がはは!
メリカ王国の王子がこのざまか!
フェラリア教授に頼み込んで
勝ち誇った顔で俺に向かってそう叫ぶドリアン。
やはり、これはフェラリアの魔法陣だったか。
ジェラルディアやフェラリアを凍らせた魔法陣と発動する魔術が全く同じだったから、そうだと思っていた。
水を凍らせる
流石は、フェラリアの魔術だ。
すでに足の感覚は無くなってきており、全く出られる気がしない。
絶体絶命である。
俺がこの状況に絶望したと同時に、ドリアンは巨大な大剣を肩の上でプラプラとさせながら近づいてくる。
ドリアンの目が殺意で満ち溢れているのが伝わってくる。
これは、完全に今から俺を斬ろうとしている。
ああ、こんなところで俺の人生は終わるのか。
なんて思ったとき。
「ドリアン。
最初に言ったが、授業内で殺しは無しだぞ」
そう後ろから声が聞こえたので、凍らされていながらも首だけ後ろに向けると。
戦いと同時に離れて行ったジェラルディアが、いつの間にか腕を組みながら俺の背後にいた。
「はいはい。
ちゃんと分かってますよ。
それでも、腕の一本や二本は斬ってもいいですよね?」
と、ジェラルディアの前では急に敬語になるドリアン。
だが、言っている内容はかなり凶悪である。
ジェラルディアはそんなドリアンの言葉を聞いて、少し考えた様な仕草をしてから口を開く。
「確かに、ルール上、腕を斬るのは問題ない。
殺さなければ、なんでもありだ。
だが。
最初に説明した通り。
もし、エレインが『参りました』と言えば、そこで試合終了だ」
「ちっ……」
それを聞いて、明らかに機嫌が悪くなるドリアン。
そんなに俺のことを斬りたいのだろうか。
それにしても、助かった。
それならば、ここで「参りました」と言えば、俺の四肢は無事に済む。
当初は、三百人以上はいるであろう多数の生徒の前で負けるわけにはいかないなどと考えてはいたが、そんな小さな意地より自分の体の方が大切である。
体さえあれば、いくらでも復讐の機会なんてあるのだ。
俺が魔王に復讐しようと目論んでいるようにな。
なんて考えていると、ジェラルディアが俺を見下ろしながら呟いた。
「で、エレイン?
お主は降参するのか?」
もちろん、答えはイエスだ。
俺はそのジェラルディアの質問に答えようと口を開こうとしたとき。
急に、俺の視界に紫色の光が広がった。
突然の発光に驚いていると。
目の前にいたドリアンも、目を丸くしながら口を開く。
「魔術を吸収したり、急に光ったり、おかしな刀剣だ。
まあ、俺がおめぇの手を斬り落としたら、お前はもうその刀剣は持てねえ。
そしたら、その刀剣は俺が貰ってやるから、安心しとけ。
がはは!」
そう俺を見下ろしながら笑うドリアン。
しかし、そんなドリアンの汚い野次が耳に入らなかった。
俺が今考えているのは紫闇刀のことだけ。
そういえば、旅の序盤でジャリーが紫闇刀について説明してくれたことがあった。
あのとき、ジャリーが説明してくれたおかげで、紫闇刀の魔力吸収の能力を知ることができたが、説明してくれたのはそれだけではなかった。
『魔力が限界まで溜まると、刀は紫一色になり強力な一太刀が放てる』
と、ジャリーは言っていた。
まさか、この光はそれか?
いや、それしか考えられない。
おそらく、今回の旅で何度も魔術を吸って魔力を蓄積してきた紫闇刀も、先ほどのドリアンの魔術との攻防でドリアンが魔力枯渇するほどの魔力と、フェラリアの魔法陣に込められた大量の魔力を吸って、紫闇刀の魔力許容量も限界を迎えたのだろう。
ならば、俺にもまだ勝ち目があるかもしれない。
この紫闇刀から出る強力な一太刀がどれほどの物か分からないが、これまでの旅でたくさんの魔力を吸収してきただけに、それが一気に放出されるとなると、かなりの威力が期待出来るのではないだろうか。
しかし、もし逆に、その一太刀がそうでもなかったとしたら最悪である。
ここで降参せずに戦いを挑んで、その強力な一太刀が不発に終わったら、待っているのは地獄。
確実に腕は斬り落とされるだろう。
「どうするんだ、エレイン?
降参するか」
催促するように聞いてくるジェラルディア。
さて、どうしようか。
強力な一太刀が発動すれば勝てるかもしれないが、発動しなければ負けて腕は無くなる。
かなりリスクのある選択肢。
だが、俺の中で答えは決まっていた。
この紫闇刀は、俺が尊敬する父親シリウスに貰ったもの。
それに、強力な一太刀という特性に関しては、信頼出来るジャリーが教えてくれたことだ。
だったら、迷うべくもない。
「俺は降参しません」
「は?」
俺の言葉を聞いて、ドリアンがそんな間の抜けた声を出した。
そして、見る見るドリアンの顔が、歓喜と嘲笑が混ざった表情をし始めた。
「がはは!
どうやら、メリカ王国の王子は相当馬鹿らしい!
この状況で勝てると思ってんのか?
舐められたもんだな!
そのおかしな刀剣ごと、そのほっせえ腕を斬ってやるぜ!」
そう叫んで、俺の前で巨大な大剣を振り上げたドリアン。
それを見て、俺も紫闇刀を持つ右手首に力を入れる。
体を覆う氷のせいで、体の感覚が無くなってきているが、右手首だけはまだどうにか動かせる。
「しねえええええ!」
ドリアンは巨大な大剣を凍った俺の腕を目がけて振り下ろしてくる。
それと同時に、俺の右手首も動く。
動いた紫闇刀の軌道は、下から振り上げるようにしてドリアンの大剣に吸われるように動く。
その瞬間。
紫闇刀の紫の光が強まる。
俺の視界は、紫一色となった。
視界が紫一色で、何も見えない。
どうなっている。
その光景に混乱していると。
バゴオオオン。
と、近くで轟音が鳴り響いた。
なんだ今の音は。
音と同時に、地震でも起きているかのように地が揺れているのを感じる。
何かが起きている。
だが、紫の光で全く見えない。
そして、そんな状態がしばらく続いた後。
だんだんと、光が薄れていく。
そして、目の前に視界が開かれた。
「なっ……!」
俺はその目の前の光景を見て驚いた。
目の前には、膝を足につけて、巨大な大剣を失い、目を丸くしながら右腕を失っているドリアン。
だが、驚いたのはそこではなかった。
そのドリアンの消滅した右腕の先。
ドリアンの消えた右腕部分から先に牛の大軍でも通ったかのように砂の闘技場の地面が一直線に深く
そして、その抉られた砂の先にある、ドリアンの後方の観客席が消し飛んで、その抉られた跡は闘技場の外にまで続いているのだった。
この場にいる全員がその光景を見て息をのんでいたと思う。
そして、闘技場は静寂に包まれた。
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