第六十九話「vsドリアン」
俺とドリアンが互いに走り寄るのと同時に、ドリアンは巨大な大剣を軽々と持ち上げ、左方上段から俺の体に向かって勢いよく斜めに振り下ろそうとする。
それを見た瞬間、この攻撃はまともに受けてはならないと直感した。
俺の体よりも大きい腕の筋肉と巨大な大剣。
確実にパワーはドリアンに分があるだろう。
今の五歳児の体でこんな攻撃をまともに受けたら、紫闇刀で受けたとしてもタダでは済まされない。
となると、まずは確実に初太刀を避けるしかない。
幸いなことに、俺はドリアン以上の大剣使いと、この世界で一度戦ったことがある。
ディーンのところにいた、黒甲冑のオリバーだ。
確かに、ドリアンの大剣は大きい。
しかし、オリバーほどの剣速や威圧感はなかった。
確か、オリバーはイスナール国際軍事大学を主席で卒業したとフレアが言っていた。
つまり、オリバーはおそらく第一階級であったはずであるし、同じ大剣使いであるならば、第三階級のドリアンより実力が上ということ。
それならば、オリバーを倒した経験を持つ俺なら、ドリアンに勝ち目もあるはずだ。
はっきり言って、ドリアンの大剣の剣速は遅い。
今まで、ジャリーやジュリアの素早い剣技をたくさん見てきたし、光剣流の光速剣という常軌を逸した剣速を何度も目の当たりにしてきた。
それらの剣技に比べると、ドリアンの剣速は断然遅いのだ。
大剣という重い武器では光速剣を使うことはできないのかもしれないが、それでもオリバーの剣はもっと速かった。
オリバーは、ドリアンの大剣と同じくらいの大きさの大剣を、ジャリーやジュリアの剣と変わらない剣速で振っていたのを覚えている。
やはり、ドリアンはオリバーと比べれば格下ということだろう。
とはいえ、ドリアンが手にしている武器は巨大な大剣。
もし、一撃でも喰らえば俺は戦闘不能になるだろう。
反対に、一撃も喰らわなければ俺にも勝ち目はある。
全て避けるしかないのだ。
俺はそこまで思考した後、動き始める。
「しねええええええええ!」
ドリアンは、そう叫びながら俺に大剣を振り下ろす。
いや、この試合稽古は殺してはいけないルールだったはずだが。
もはや、このドリアンの剣筋は、俺の体を真っ二つにしようとしているようにしか見えない。
ルール違反もいいところだ。
だが、俺も負けるわけにはいかない。
好成績を修めるチャンスであると同時に、周りではたくさんの生徒が見ている。
ここでドリアンに勝って、俺が強い人間であることをアピールすることも重要だ。
その思いで、俺は大剣が振られる方向に向かってスライディングをした。
「ぐっ……!」
ドリアンは、俺が急に身を屈めて剣筋から外れたせいで対応が遅れている様子。
やはり、この大剣という巨大な武器だと小回りを効かせるのが難しいのだろう。
俺はなんとかドリアンの剣筋の下を潜り抜けて、ドリアンの右半身の隙をついた形となった。
そして、俺は紫闇刀をスライディングの勢いに任せて、ドリアンの右足に一刀を全力で放つ。
ドリアンは大剣の軌道修正に集中していて、もはや俺が紫闇刀を振っていることに気づいてすらいない。
これはもらった、と思ったのだが。
ギンッ。
と、まるで鉄にぶつかるかのような音が、紫闇刀がドリアンの右足に触れた瞬間に鳴り響いた。
手に伝わる感覚は、まさに剣と剣がぶつかり合ったときのような感覚。
なんだ、この感覚は!?
俺は驚きながら紫闇刀の刀身を見ると、ドリアンの右足がまったく切れていなかった。
「うがああああああ!」
俺がドリアンの右足を確認したのと同時に、ドリアンが物凄い咆哮をした。
俺が驚いている隙に、ドリアンは大剣を持ち上げて方向転換。
再び俺が避けた方向に真上からの攻撃を勢いよく放つ。
まずい。
一先ず撤退だ。
俺は、瞬時にそう判断し、後ろにバックステップで急いで撤退する。
すると、俺が数瞬前までいたところに、勢いよく大剣が振り下ろされる。
ドカン!
と音が鳴り響いた。
まるで、大砲の音のような爆発音がした方を見ると、ドリアンの大剣が思いっきり地面を突きさし、砂の地面に大きな穴が出来ている。
なんていう破壊力だ。
地面から出る砂埃を見て冷や汗が流れる。
「ちっ!
避けたか!
すばしっこい奴め!
だが、おめえの攻撃は、俺の足には通らねえ!
俺の勝ちだ!」
と、勝ち誇った表情で叫ぶドリアン。
悔しいが、ドリアンの言う通りである。
ドリアンの剣速は遅いため避けることは難しいことではないが、俺の剣がドリアンの足に通らなかった。
いくら避けても攻撃が当たらないのであれば、俺に勝ち目はない。
これは大問題である。
なぜ、ドリアンの足に俺の紫闇刀が通らなかったのだろうか。
ドリアンの足に防具が装備されていたわけではない。
青いパツパツの制服の上から直接紫闇刀を叩きこんだはずだ。
俺は、混乱しながらも、よくドリアンの足を観察する。
すると、よく見ると、パツパツの青い制服の布は切れているのが見えた。
そして、その破けた部分から微かに血が流れている。
どうやら、一応傷は与えたらしい。
だが、あの程度ではほとんど掠り傷である。
ドリアンは、見た目は人族のようにしか見えないが、実は魔族で超頑丈な体の作りなのだろうか?
いや、魔族であったとしても、魔剣の一刀を直接受けて耐えられるはずがない。
あのジェラルディアでさえも……。
と、思考が進んだところで、ついに思い出した。
そういえば昨日、ジェラルディアがジャリーと戦った時、ジェラルディアはジャリーの剣を生身の体で受けて耐えていた。
確かあのときジェラルディアは、無剣流奥義『気堅守』だとか言っていた。
あのジャリーの鉄をも斬る剣を生身で受けて耐えるなんて、普通はありえない。
おそらく、なんらかの技術で体の強度を上げる技のはずだ。
そして、ドリアンが使っているのもおそらく……。
「無剣流か?」
ドリアンの傷口を見ながら呟くと。
ドリアンは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「フンッ!
知っていたとしても、俺の気堅守をおめえじゃ破れねぇ!
俺の勝ちだ!」
そう叫びながら大剣を振り上げ、再び俺に向かって走り出した。
やはり、無剣流か。
そうなると困ったものだ。
無剣流がどのような原理で体の強度を上げているのか分からないため、攻略法が見つからない。
俺は、ドリアンが走りこんでくるのを見ながらも、ジェラルディアとジャリーの戦いの記憶を急いで頭の中から引っぱり出す。
あの戦いでは最初、ジャリーがジェラルディアを追い詰めていた。
ジャリーの剣はジェラルディアの体に掠り傷程度ではあるが、傷をつけていた。
そして、影剣流奥義『暗影』を使ったとき、ジャリーがジェラルディアを圧倒していたように見えた。
ジャリーはジェラルディアに対して、暗影を使って、一撃では掠り傷にならない一刀で何度も攻撃していた。
そして、その掠り傷を何度も作っていくことで、結果的にジェラルディアに対して一定のダメージを与えていた。
俺も、あのときのジャリーと同様の状況。
この世界での経験値はジャリーの方が俺よりも断然上。
やはり、俺もジャリーと同様に、ドリアンの攻撃を避けながら何度も掠り傷を与えてダメージを蓄積させていくことが今できる最善策なのだろう。
そう瞬時に判断した俺は、走りこんでくるドリアンに向かって紫闇刀を構える。
「がああああああ!」
今度は、突きをするように大剣を俺に向かって押し出してくるジェラルディア。
気合いが入っているせいか、先ほどより剣速が速い。
しかし、躱せない速度ではない。
俺は、ここでジュリア直伝の回転ターンを使った。
右足を大剣から避けるように右側に踏み込み、左回転のターンを決める。
大剣の側面で踊るようにターンを決めて、ドリアンの左脇腹に紫闇刀を放つ。
「ぐっ……!」
回転の遠心力も付加された大技。
先ほどの右足への一撃よりも威力が大きくなる。
ドリアンの左脇腹を見ると、先ほど右足に与えた掠り傷よりも出血量が多い。
小さな悲鳴を上げたところからも察するに、本人がダメージを感じる程度の威力はあったはずだ。
とはいえ、気堅守で守られているため、致命傷というほどではない。
ドリアンは、すぐに俺の方に向かって大剣を方向転換させて横なぎの一刀を振り払うように放つ。
横目で大剣の方向転換を確認した俺は、すぐに緊急退避をする。
ドリアンから離れるように横っ跳びで逃げる。
俺の頭上スレスレを通る横なぎの大剣。
先ほどのスライディングも加味して大剣の軌道を少し低めに調整したのだろう。
あともう少し高い位置に飛んでいたら頭に直撃していた。
下手したら即死もありえたその一刀に、背筋が凍る。
「ちっ!
逃げ足の速いやつだな!」
俺が転がりながら退避しているのを見て、イライラしているように見える。
そして、俺はすぐに起き上がり体勢を整えながら、ドリアンがイライラしているのを余所に思考をする。
ドリアンは俺が避けることにイライラしているようだが、圧倒的に不利なのは俺の方である。
ドリアンの左脇腹に与えた俺の攻撃は、出血こそしているものの掠り傷の域を越えていない。
それに対して、俺の方はドリアンの攻撃をギリギリで避けたものの、もし当たっていたら即死だった。
危険すぎる。
俺の五歳の体と、明らかに成人しているどころか理想的な体と言ってもいいレベルの筋肉質の巨体を誇るドリアン。
このままこのやりとりを続けていれば、体力があるドリアンの大剣が俺の体を捉えるのは時間の問題だろう。
さてどうするか。
このままヒットアンドアウェイの戦法を続けていてもジリ貧なのは明白だが、いかんせんそれ以外の戦い方が見つからない。
無剣流の原理が分からない以上、俺に出来ることはひたすら掠り傷をドリアンに付けていくことだけなのだ。
考えても勝筋が見つからない。
難しい顔をしながら、紫闇刀をドリアンに向けていると。
急に、ドリアンが大剣を持っていない左手を俺の方へ向け始めた。
「この地に流れる、水流の化身……」
これを聞いて驚いた。
この呪文は、水系統魔術の最初に唱える祈祷文言だ。
まさか、ドリアンは魔術まで使えるのか?
考えてみれば、ドリアンは赤い記章をつけた第三階級。
第三階級といえば、複数の教科で好成績を修めているということになる。
ドリアンが魔術の授業を履修していたとしてもおかしくない。
とはいえ、ドリアンが巨体と大剣で突撃する戦法を見てきたのと、そもそも剣術の授業内での決闘というのもあり、魔術を使うということを想像していなかった。
だが、ルールは殺さなければなんでもありだ。
魔術を使ったとしても何も問題ないのだろう。
意表をつかれる形となってしまい、俺の動きは一瞬止まってしまった。
今からでは、呪文の詠唱が終わるまでにドリアンの元まで辿りつけない。
呪文の詠唱中が魔術師にとって一番の隙であるため、この隙を突けなかったのは痛い。
それでも、俺には紫闇刀がある。
こういうときのための紫闇刀なのだ。
風系統魔術のような範囲攻撃ではない限り、刀身から魔術を吸うことが出来るため、俺の紫闇刀は魔術に有効だ。
今の祈祷文言は、水魔術の祈祷文言。
このような一対一の決闘で使う魔術は、文言が少ない初級魔術、もしくは中級魔術だろう。
水系統の攻撃魔術であれば、
それならば、ドリアンの左手に集中すれば、紫闇刀で防ぐのも難しくないはずだ。
俺は昔ルイシャから教わった魔術からドリアンの魔術を予想をしながら、紫闇刀を構える。
「……生を与え、潤いを与える、水の精霊よ。
熱を逃がし、水を凍らせよ。
なんだと!?
氷魔術だと!?
氷魔術についてはルイシャから呪文を教えてもらうことはなかったが、普通の水魔術に水の温度を下げるという特性変化を加えているため、氷系統の魔術は水魔術より習得難易度が高いという話は聞いていた。
その難易度の高い魔術を軽々と使うドリアンに驚いた。
思い返してみれば、
その生徒が
それにしても、
あの魔術は文言の長さから察するに初級魔術。
初級なだけに、最初から氷を生成するわけではなく、その場にある水を凍らす特性変化を物体にもたらす技のようである。
しかし、この場に水なんてない。
あるのは、地面の砂だけだ。
一体何を凍らすというのか。
と思っていたら。
ふと、俺の足元からヒヤリとした感覚が伝わった。
違和感を感じた俺は、足元をチラリと見る。
すると、俺の足元には氷の粒があふれていた。
そして、どんどんとその氷の粒が増殖して、俺の足を凍らせようとしている。
「うわあ!」
思わず俺も声を出して驚いて左足を引き上げる。
「逃がさん!」
俺の動きに反応して、ドリアンが叫ぶ。
ドリアンの左手は、俺の右足に集中している。
それと同時に、右足にもヒヤリとした感覚が伝わってくる。
なぜ、水がないのに氷が発生しているんだ!?
何が起きているのか、分からない。
しかし、今はそんなこと言っていられない。
俺は、紫闇刀を足元で振り払い、足元を凍らそうとしてくる氷の粒たちを振り払う。
そして、氷は紫闇刀に吸収されるように消えるのだった。
「なに!?
氷が消えた!?」
ドリアンは、俺が足元に発生した氷を紫闇刀で吸収した様子を見て目を丸くしていた。
そして、ドリアンは続けざまに呪文を唱えながら、俺の足元や腰回りなどを左手で狙ってくる。
原理は分からないが、なぜかいきなり俺の周りに発生する氷の魔術で俺の動きを封じるつもりらしい。
しかし、動きを封じられたら絶体絶命。
俺は、紫闇刀を振り回して、何度もドリアンの氷を吸収するのだった。
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