第五十六話「フェラリア・ブラックサンダー」

 べネセクト王国を出てから五日ほどたった日の朝。

 俺達は、河原で朝の修練をしていた。

 

 修練には、ピグモンも参加した。

 ピグモンは木刀を手に取り、ジュリアと一対一の実戦形式の稽古をしていた。

 そして、それをジャリーとトラが並んで見ているのだった。


 いつもは俺がジュリアに誘われているのだが、今日はピグモンが誘われたようだ。

 なんだか捨てられたようで少し寂しいが、俺には俺でやることがあった。


 それは、サシャの烈風刀を試すことだ。


 烈風刀はマサムネ・キイの九十九魔剣の一刀であり、強力な能力を持っている。

 それは、刀剣を振った方向に突風を巻き起こす力だ。

 ピグモンやジャリーでさえも吹き飛ばすその力は、使い方次第では無敵だといえよう。


 そんな烈風刀の能力の詳細を確認するために、俺とサシャは川の前に並んで立っていた。

 強烈な突風も川に向かって撃てば、誰かに当たるというようなことはないだろう、という判断である。


 ちなみに、この川の名前は「イスナール川」というらしい。

 イスナール川は、イスナール湖から出ている川で、ヒグラカグヤ王国と南のナルタリア王国の国境間を流れて海にまで繋がっているポルデクク大陸最長の川だと、ピグモンが言っていた。


 俺達は最初、イスナール湖沿いに走っていれば、ポルデクク大陸北東にあるヒグラカグヤ王国にはほぼ滞在せずにナルタリア王国まで通過できると思っていた。

 しかし、このイスナール川が存在するためイスナール湖沿いに走って近道をすることはできず、一旦ここより東にある橋を目指さなければならないらしい。


 というわけで、俺達はイスナール川沿いに馬車を走らせ始めたところなのである。


 そして、今そのイスナール川に向かって、サシャは難しい表情をして烈風刀を向けていた。


「エレイン様。

 普通に振ればいいんですよね?」

「ああ、そのはずだ。

 キースは振るだけで突風を出していたからな」

「わ、分かりました」


 少し緊張した様子で、烈風刀を構えるサシャ。


 サシャは毎朝俺の素振りに付き合って、隣で木刀を振っていた。

 初めて持つ真剣に緊張しているようだが、烈風刀をしっかり前に向かって振るくらいなら、サシャでも問題ないはずだ。


 俺が、サシャの隣で見守っていると、サシャは思いっきり烈風刀を振り上げ、勢いよく川に向かって振り下ろした。


「きゃあっ!」


 振り下ろすと同時に、大きな突風が目の前に巻き起こり、サシャは悲鳴を上げながら尻もちをついた。

 そして、突風は川に向かって勢いよく巻き起こり、ついには川の水を一刀両断するかのようにして水が斬り分かれ、川の底が一瞬チラリと覗かせていた。


 俺はその光景に、開いた口が塞がらなかった。

 まさか、これほどの威力があったとは。

 川の流水を斬り分けるという異常な光景に、俺だけでなく、稽古中だったジュリアとピグモンも、こちらを見て目を丸くしていた。


 これほどの威力を、サシャの細い腕で振っただけでも出せる烈風刀は流石である。

 威力が強すぎて使い勝手が難しそうではあるが、サシャの護身用にはピッタリだろう。


 俺は、この成果に満足しつつ、尻もちをついたサシャを起こそうとしたそのとき。


「あら、驚いた。

 あなた、魔剣を持っているのね」


 何やら、上空から声が聞こえた様な気がした。


 俺は、ありえない方向から急に聞こえた声に驚き、勢いよく振り返る。

 そして、首を上空に向けると。

 そこには、ほうきに座り、黒い帽子を深々と被った女性が、上空にフワフワと浮いていた。

 

 俺は、それを見た瞬間、咄嗟に紫闇刀を構えた。

 俺の脳が、危険信号を発していたからだ。

 

 この世界では、空中を飛行するのであれば、風魔術『天空飛翔エアフライ』を使うしかないという話はルイシャから聞いている。

 そして、メリカ王国で天空飛翔エアフライを使えるのは現在ルイシャのみだという話を前にサシャから聞いた。

 それならば、上空にいるこの女性は、ルイシャ並の実力を持っているということになる。

 危険だ。


 だが、そんな俺の警戒とは裏腹に、まったく警戒していない様子でその女性はニコニコと笑いながら叫んだ。


「あらあらあら。

 あなたも魔剣を持っているの?

 余計に、興味が出てきたわ」


 そう言うと、女性は呪文を唱えだした。


「この地に流れる、水流の化身。

 生を与え、潤いを与える、水の精霊よ。

 熱を逃がし、水を凍らせよ。

 氷結フリージング


 呪文を唱え終わると、女性の真下にあった川の表面が凍り、俺とサシャがいるところまで氷の道を作る。

 そして女性は、一気に急降下し、その凍った水の上に優雅に降り立った。


 女性の見た目は、綺麗なお姉さんという感じだ。

 少し露出度の高い全身黒の服装で、後ろにマントを羽織っている。

 髪まで黒色で、黒一色という見た目をしている。

 魔術を使ったのから察するに、どこかの宮廷魔術師とかだろうか。


 などと観察していると、急に、俺の目の前にジャリーが現れた。

 おそらく、影法師で俺の影の上に現れたのだろう。

 ジャリーは、剣を構えて前を向きながら叫ぶ。


「エレイン!

 サシャ!

 下がれ!」

「は、はい!」


 それを聞いて、急いで俺とサシャは、三歩ほど下がる。


 俺はジャリーの表情を見て、事の重大さを再確認した。

 やはり、この魔術師のお姉さんは、かなりヤバいのだろう。

 ジャリーの警戒度はマックスで、川の上に降り立った魔術師のお姉さんのことを睨みつけている。


「お前は何者だ!

 名を名乗れ!」


 ジャリーが叫ぶと、魔術師のお姉さんはニコリと余裕の表情を見せながら口を開いた。


「私の名前は、フェラリア・ブラックサンダー。

 見ての通り、魔術師よ。

 あなたは、そこの子たちの護衛?

 ユードリヒア語を話すのね。

 それにしても、興味深いわ。

 あなた今、転移魔術を使ったわね?

 うふふふ」


 その言葉に俺だけではなく、ジャリーも驚いていた。

 なぜなら、彼女が当たり前のようにユードリヒア語を話し始めたからである。

 このポルデクク大陸で、ユードリヒア語を扱える者など、俺達以外に見たことがなかったからだ。

 しかし、彼女はユードリヒア語を話せるらしい。

 

 氷の上で笑うフェラリアと名乗る彼女は、中々に不気味である。


「エレイン!

 サシャ!

 もっと下がりなさい!」


 後ろからトラと一緒に走ってきている、不死殺しを持ったジュリアが叫ぶ。

 その後ろには、大斧を持ったピグモンも走ってきている。


 その様子を見て、さらにフェラリアは歓声を上げる。


「あら、魔剣がもう一本出てきたわ

 一体何本魔剣を持っているのかしら?

 その刀剣はかなり貴重で、大学ですら一本しか手に入らなかったというのに」


 ジュリアの不死殺しを見て、少し興奮気味になるフェラリア。

 その様子を見て、ジュリアが少しビクッと反応していた。

 おそらく、ポルデクク大陸でユードリヒア語を叫ぶ彼女が珍しくて、ジュリアも驚いたのだろう。


 だが、俺は今、別のところに引っかかっていた。


「大学?」


 引っかかった言葉を思わず呟いてしまう。

 すると、フェラリアは、ニコリと笑った。


「ええ。

 大学はもちろん、イスナール国際軍事大学のことよ。

 そして私は、その大学の教授というわけ。

 主に、魔術・魔術理論・魔法陣分析等を担当しているわ」

「なっ……!」


 俺は、思わず驚いた声を出してしまった。

 こんなところで、イスナール国際軍事大学の者に会えるとは思わなかったからだ。

 しかも、教授となってくると、かなり偉い立場の者なのではないだろうか。

 魔術・魔術理論・魔法陣分析などは、俺が実際に教えてもらいたい分野ばかりだったので、余計に驚きが大きい。


 俺が、驚いて声が出ないでいる間に、ジャリーが声をあげた。


「大学の教授がこんなところで何をしている?」

 

 俺の代わりに質問をしてくれたジャリー。


 そう、それだ。

 まず上空から降ってくるという状況が摩訶不思議ではあるが。

 そもそも、なぜこんなところいにいたのだろう。

 大学はナルタリア王国の中心にあるので、もっと南のはずだが。


「それはもちろん、通勤よ。

 私、実はこの辺に住んでるのよね。

 で、朝からイスナール国際軍事大学へ行こうと思って空を飛んでたら、あなたたちが川を斬ってるのが見えて慌てて飛んできたってわけ

 そしたらまさか、こんなところで魔剣を三本も拝めるとは思ってなかったから本当に驚いたわ。

 これは、今日は授業休んでも仕方ないわよね?

 ええ、仕方ないわ」


 急に饒舌になり始めたフェラリアは、喋りながら腰に携えるポーチから羊皮紙の巻物を取り出した。

 そして、フェラリアは巻物を開く。

 巻物の上には、魔法陣が書いてあるのが見える。


 フェラリアは、巻物を足元の氷の上に開き、その上に手を置いた。


「召喚」


 フェラリアが叫ぶと、フェラリアの手の下から俺の身長くらいありそうな、大きめのインコが出てきた。

 そして、フェラリアはニコリと笑いながら、そのインコを見下ろす。


「インコちゃん。

 今から私が言うことを覚えて、大学まで伝えに行きなさい」

「うん、わかった!」

「……いくわよ。

 私、フェラリア・ブラックサンダーは、大発見があったため、本日の授業をお休みします。

 生徒達にどうぞよろしくお伝えくださいませ。

 以上です」

「……いくわよ。

 私、フェラリア・ブラックサンダーは、大発見があったため、本日の授業をお休みします。

 生徒達にどうぞよろしくお伝えくださいませ。

 以上です」

「うーん。

 最初と最後はいらなかったけど、まあいっか。

 行ってきなさい」

「うん、わかった!」


 インコはイスナール語で返事をしながら頷くと、勢いよく南の方へと羽ばたいていってしまった。


 おそらく、あのインコは召喚した魔獣だろう。

 大きさや知能が普通の動物ではないあたり、どう見ても魔獣である。

 それにしても、ああしてインコに声をインコに覚えさせて、声を伝達させるのは初めて見た。


 生前は、鳥の足に手紙を巻いて情報の伝達をしていたものだが、鳥が途中で死んだり、目的地に辿りつかなかったりで、散々だった。

 だが、あれは召喚魔術であり、魔力によって魔獣を従わせることができる。

 それならば、あのインコは目的地に直行するだろうし、あの大きさの魔獣なら途中で死ぬこともないだろうから、伝達率はかなり高いだろう。

 

 召喚魔術にこんな使い方があったとは知らなかったため、目から鱗である。

 イスナール国際軍事大学で魔術の教授をしていると言っているだけあるなと、この僅かの時間に思わされるのだった。


 そして、巻物をポーチに仕舞うと、再びこちらに振り返ったフェラリア。


「ところで、あなたたち。

 この近くに私の家があるのだけど。

 良かったら来ない?

 美味しい紅茶もだせるわよ」


 と言ってニコリと笑うフェラリア。


 その提案は俺にとって、とても興味深いものだった。

 何しろ相手は、イスナール国際軍事大学の教授様だ。

 入学前に話せるというのであれば、そのチャンスを逃す手はない。


「ぜ、ぜひ……」

「いや、駄目だ」


 俺が、フェラリアの提案を受けようと返事をしている最中に、被せるようにジャリーが返事をした。

 ジャリーはフェラリアを睨んでいる。


「お前のその魔術。

 かなり危険だ。

 護衛として、それは許可できない」


 まあ、ジャリーの言い分も最もではある。


 このフェラリアと名乗った女性が、本当にイスナール国際軍事大学の教授であるかもわからない。

 それに、この者が本当に教授だったとしても、俺達に危害を加えない可能性がないとは言い切れない。

 ジャリーの警戒は正しいだろう。


 だが、相変わらずニコリと微笑んでいるフェラリア。


「じゃあ、私が魔術を使えなければいいのね。

 それなら、契約魔術を結びましょう」


 そう言って、呪文を唱え始めた。


「誓約を守りし主。

 誓いを聞きとげ、約束を守る、契約の神よ。

 絶対的な約束を。

 裏切りには死を。

 かの者の誓いを聞き、かの者の誓約を守れ。

 絶対誓約ゴッドオース


 そう言いながら、フェラリアの右手は自分の胸に当てている。

 そして、言葉を続ける。


「私、フェラリア・ブラックサンダーは、今から明日の日が上るまで魔術の行使を禁じます」


 すると、右腕が光ったような気がした。

 そして、ニコリと笑ってフェラリアは言う。


「これで私は、今日一日魔術が使えないわ」


 これが噂の、契約魔術というやつか?

 初めて見たな。

 確かに、これでフェラリアも魔術を使えなくなったことだし安心だろう。


 と思っていたら、ジャリーは口を開く。


「いや、その契約魔術がしっかり作動している保証がないから、駄目だ」


 きっぱりとした口調で言うジャリー。

 それを聞いて、口をムッと膨らませるフェラリア。


「もう、頑固さんね!

 ここまでして、何が不満なの!」


 と、ちょっと怒っている様子。


 まあ、フェラリアの言い分は分かる。

 今の契約魔術は、魔術を行使すれば死ぬという、かなり重い誓約をしている。

 そこまでしてくれているのに、それを裏切るというのはやや気が引ける。


「分かりました、フェラリアさん。

 あなたの家に、お邪魔することにしましょう。

 もし何かあったとしても、ジャリーがいれば心配ないでしょう」


 俺がそう言うと、ジャリーはため息をついて、それ以上何も言わなかった。

 ジャリーは護衛としての責務はこなしつつ、俺の意見も尊重してくれる。

 良い護衛である。


 そして、俺達は、フェラリアのお家へと行くことになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る