第五十七話「訪問者」

 フェラリアの家は、本当に近くにあった。

 河原から十分くらい馬車を走らせたら着いたほどだ。

 通勤中にたまたま俺達を見つけたのは本当なのだろう、と思った。


 場所は、森林の中の道を抜けたところ。

 たくさんの木々の中を抜けると、開けたところに出た。

 

 そこには、色とりどりの花が植えられていた。

 そのほとんどが見たこともない花であり、その花々に囲まれるように一軒の家が建っていた。

 一階建てで煙突のついた、田舎によくありそうなレンガ造りの家である。


 すると、道案内するように御者台でサシャの隣に座っていたフェラリアは、馬車を降りて家の扉の前まで行く。

 そして、扉を開いて中を手で指し示す。


「お客さんを入れるのは久しぶりだけど、どうぞ入って。

 美味しい紅茶を入れてあげるわ」


 そう言ってニコリと笑うフェラリア。

 俺達は、言われるがままに馬車を降りて、フェラリアの家の中へと入っていくのだった。


 家の中は、物で溢れている、というのが最初の印象だった。

 部屋で別れているわけでなく、吹き抜けで広く見える大部屋が一つあるだけなのだが、至る所に器具や杖や剣、それから色とりどりに光る石や謎の液体の瓶詰めなど、様々なアイテムが置かれていた。


 俺達が、見たこともないような部屋に驚いていると、後ろから最後に入ってきたフェラリア。


「好きなところに座ってくつろいでいて頂戴」


 どこにくつろげばいいのだろうか?

 と、思いながらも奥の方に進むと、火のついていない暖炉があり、その近くに大きな机を囲むようにいくつか椅子があったので俺達はそこに座った。


 そして、フェラリアは、隅の棚にあった茶葉が入っている瓶と幾つかの木製のコップを手に取ると、お盆の上にそれらを乗せて持ってきた。

 俺達全員分のコップを机の上に置き終えたところで、フェラリアは呟いた。


「あ、私、今魔術使えないんだった。

 この中で魔術使える人はいる?

 出来れば、魔術でお湯を出してもらえると助かるんだけど」

「あ、私使えます!」

「そう、じゃあお願いするわね」

「は、はい!」


 サシャが返事をすると、当然かのようにサシャにお湯の作成をお願いするフェラリア。

 それが客人に対する態度なのだろうか、とも思ったが、魔術が使えないのはこちらのせいなので何も言えない。


 というか、俺は魔術が使えないからその感覚がなかったが、魔術が使える者にとっては水なんて当たり前のようにその場で出せるから、井戸水なんて汲んでこないのか。

 だから、フェラリアの家には水がないし、魔術が使えないフェラリアはお湯の作成をサシャに頼んでいるのだろう。


 一人で納得していると、サシャの水魔術と火の魔術でお湯が出来上がったようで、フェラリアが持ってきたコップの上に注がれた。

 先ほどの茶葉が入っていたようで、コップから良い匂いがするようになる。


「サシャちゃん、ありがとね。

 じゃあみんなどうぞ。

 特製の紅茶だから、口に合うといいのだけど」


 言われて、ジャリー以外は紅茶をすする。

 ジャリーは警戒しているのだろう。


 だが、飲んでみたら意外にも美味しかった。

 メリカ城に住んでいたころは、サシャやルイシャから上質な紅茶を毎日のように出されていたので、高級紅茶には飲み慣れていたはずではあったが、俺の舌は衝撃を受けていた。

 少しの甘味と深いコク、それでいて爽やかさに感じる後味。

 今まで飲んだことのないタイプの紅茶だった。


 これには、いつも紅茶の茶葉にうるさいサシャも驚いている様子。


「フェラリアさん!

 これ、どこの茶葉なんですか!

 とても美味しいですね!」


 やや興奮した様子で、フェラリアに詰め寄るサシャ。

 その様子が嬉しかったようで、フェラリアはニコリと笑いながら口を開く。


「口に合ったようで良かったわ。

 この茶葉は、テュクレア大陸の奥地で採集出来る『チャンパー』という茶葉から出来ているのよ。

 確かその場所は、黒妖精族ダークエルフが住んでいるところだったと聞いているわ。

 ジャリーさんやジュリアちゃんにとっては、故郷の味なんじゃないかしら?」

「へー!

 美味しいわね!」


 ジュリアはテュクレア大陸が何なのか分かっていなさそうではあるが、紅茶が美味しいようで、適当に返事をしながら紅茶を一気飲みしている。

 そして、ジャリーもその話を聞いたからか、紅茶を少しだけ飲んでいた。


 その様子に満足した様子のフェラリア。

 そして、俺の方に顔を向ける。


「さて。

 じゃあ、お話させてもらおうかな。

 まず、エレイン君が、このパーティーのリーダーなのかな?」


 この世界に来てから、他人に君付けされて呼ばれたのは初めてなので少し戸惑った。

 が、なんとか返事を返す。


「そ、そうですね。

 俺があるじで、ジャリーとジュリアとピグモンは俺の護衛。

 サシャは俺の使用人というです」


 そう言うと、ふむふむと言いながら、机の上にあった羊皮紙にメモを取り始めたフェラリア。

 その情報を書いてどうする気なのだろうか。


あるじってことは、エレイン君は、どこかの貴族ってことかな?

 それとも……王族とか?」


 フェラリアの目が、急に鋭くなる。


「え……えっと。

 俺は、ダマヒヒト王国の田舎貴族です」


 俺は、咄嗟に嘘をついた。

 だが、これは予めダマヒヒト王国で、フレアやクレセアと打ち合わせた内容である。

 

 バビロン大陸の者がイスナール国際軍事大学へ行くということは、普通はありえないし迫害の対象になるらしい。

 なので、ポルデクク大陸にいる間は、ダマヒヒト王国の田舎貴族と名乗るようにした方が良いとフレアに提案されたのである。

 そして、俺はその提案を受け、クレセアにもイスナール国際軍事大学への推薦書に俺がダマヒヒト王国の貴族であることを書いてもらったのだ。


 だが、フェラリアはそれを聞いて、訝しんだ目を向けてきた。


「ダマヒヒト王国の田舎貴族?

 それならなぜ、あなたはユードリヒア語を扱えるの?

 それに、護衛もピグモンさん以外、全員ユードリヒア語を扱えるようだけど?」


 フェラリアの疑問は真っ当だ。

 これには、俺も言葉が詰まる。


 確かに、ポルデクク大陸に住んでいて、ユードリヒア語を覚える機会なんて普通はない。

 覚えるのなんて、大峡谷を越える盗賊や人攫いや冒険者、それから物好きな旅人くらいのものだろう。

 

 加えて、俺の見た目年齢は五歳。

 五歳の子供が二言語扱えるだけでも普通ではないのに、扱える言語がイスナール語とユードリヒア語となると、訝しむのも当然である。


 だが、俺は必死に頭を働かせて、言い訳を考えた。


「え、ええと。

 少し前に、ジャリーとジュリアとは大峡谷を見物していたときに出会いまして、それから俺の護衛になってもらったんです。

 その後に、俺とサシャはユードリヒア語を教えてもらったという感じですね……」


 咄嗟に出た嘘ではあったが、上出来なのではないだろうか。

 と思っていたら、フェラリアはジトッと俺を見下ろしながら呟いた。


「それにしては、エレイン君はユードリヒア語の方がイスナール語より上手なように聞こえるけれど?」


 と言われて、あからさまにギクッとなった。

 確かに、言われてみれば、この嘘はイスナール語がまだ下手な俺では通じないかもしれない。

 などと、俯いて考えていたら、フェラリアはニコリと笑った。


「まあ、聞かれたくないことなのでしたら深くは聞かないわ。

 人間、隠したいこともあるものでしょう」

「……ああ、助かる」


 何か負けた様な気がして悔しいが、深く追及されなかっただけ良しとしておこう。


 相手は、イスナール国際軍事大学の教授様である。

 もし、俺がメリカ王国の王子だなんて知られたら、入学を拒否されるやもしれない。

 ここは、穏便に済ませるが吉だろう。


 そして、フェラリアは言葉を続ける。


「それで?

 ダマヒヒト王国の田舎貴族さんが、なんでイスナール川の川沿いにいたのかしら?

 ここは、ヒグラカグヤ王国よ?

 ダマヒヒト王国からだと、べネセクト王国を越えてこなければいけないし、かなり距離があると思うのだけど。

 一体、ヒグラカグヤ王国に魔剣を三本も持って何をしに来たのかしら?」


 フェラリアは、ニコリと笑いながらも詰問する姿勢を崩さない。

 フェラリアもフェラリアで、俺達のことを警戒しているのだろう。


「俺は今、留学のために旅をしています」

「留学?」

「ええ。

 あなたが教授をしているというイスナール国際軍事大学へ留学するために、ダマヒヒト王国から馬車を走らせて来たのです」

「まあ!」


 俺がそう言うと、あからさまに明るい顔になるフェラリア。

 ニンマリとした笑顔で、俺を見つめる。


「あなたが入学してくれるのなら、私は歓迎するわ!

 だって、魔剣を三本も持っているんですもの!

 是非、私の魔剣研究に協力して頂戴!」

「魔剣研究?」

「ええ。

 私は職業柄、魔術関係ばかり研究しているけれど、マサムネ・キイの九十九魔剣についても研究しているの。

 九十九魔剣は強力な魔術に近い特殊な能力を、剣士の魔力なしで生み出す恐ろしいアイテムよ。

 そんな剣は、魔術師として看過できないの。

 だからこそ、どのようなカラクリで力を発生させているのかを調べているのよ。

 ただ、大学には一本しか魔剣がないのが難点で。

 サンプル数があまりにも少ないから、魔剣研究はほぼ進んでいなかったのよ。

 エレイン君が大学に入学するというのなら、是非、魔剣を見せに来てくれると嬉しいわ。

 もちろん、壊したりはしないから安心して」


 なるほど。

 俺は、そういうものだと思っていたけど、確かに九十九魔剣それぞれに特殊な能力があるのは謎ではある。

 紫闇刀や不死殺しは、少し能力が魔術とは違うような気がするが、烈風刀に関しては、風の魔術を剣を振るだけで発動出来るようになったようなものである。

 魔力なしであれだけの威力の突風を発動できるのだから、確かに魔術師からしたら見過ごせない物だろう。


 そして、そんな代物が量産できるとなったら、恐ろしいことである。

 本来魔術は魔術師のみしか使えないものだったのに、剣士までが全員魔術のような能力を持つことになるのだから。

 大軍の兵一人一人が烈風刀を持って、突風を飛ばして来たらと思うと、想像するだけでも恐ろしい。

 国を破壊できるレベルである。


 この研究は俺の方こそ看過出来ないと思った。


「フェラリアさん。

 俺達が所持する魔剣を、あなたの研究のために見せに行くのは構いません。

 その代わり、あなたの研究に俺も参加させてくれませんか?」


 気になるのであれば、俺もその研究に参加してしまえばいいのだ。

 万が一、魔剣を量産できる技術をフェラリアが手にした時に、俺もその技術を知ることが出来るのがベストである。


 「ええ、もちろん!

 私の研究に参加したいだなんて。

 まだ、入学していないのに、やる気のある生徒さんね!

 ありがとう!」


 そう言って、微笑んでいるフェラリア。

 

 研究の参加願いを怪しまれるどころか、お礼まで言われてしまった。

 それほど、魔剣研究にサンプルが欲しかったのだろう。

 俺も魔剣については気になっているところだ。

 研究に参加出来るのならそれでいい。


「ところで。

 エレイン君達が持っている魔剣を、全部見せてもらってもいいかしら?

 それぞれの能力と入手経路とかも出来れば教えてほしいわ」

「それはもちろん」


 俺はジュリアとサシャに合図して、不死殺しと烈風刀を机の上に置いてもらった。

 俺も、腰に携えている紫闇刀を机の上に置く。


「ええと。

 右から、紫闇刀、不死殺し、烈風刀ですね」

「ふむふむ」

「紫闇刀は、親に誕生日プレゼントとしてもらったものです。

 能力は、刀身に当たった魔術の魔力を吸い取ります」

「魔力を吸い取るですって!?」

「ええ。

 それから不死殺しは、知り合いにお礼として頂いたものです。

 能力は、不死の者を殺すことが出来ます。

 実際に、吸血鬼ヴァンパイアと戦った時は、この魔剣のおかげで討伐できました」

吸血鬼ヴァンパイア!?」

「ええ、そうです。

 それから烈風刀は、討伐したべネセクト王国の盗賊から奪った物ですね。

 確か、『灰鼠』とかいう盗賊でしたね。

 能力は、先ほども川で見た通り、振ると突風を巻き起こす力があります」

「灰鼠ですって!?」


 先ほどから、キャラ崩壊をするかのごとく、フェラリアは驚いてばかりいる。

 驚きながらも、羊皮紙に俺が言ったことを急いで書いている。

 そして、書き終わると。


 バンッと机を両手で叩いて、俺に詰め寄る。


「魔力を吸うってどういうことですか!

 具体的にどのように吸い取るんでしょうか!

 吸っているところを見せてもらうことはできるでしょうか!?

 あと、吸血鬼ヴァンパイアと戦ったんですか!?

 吸血鬼ヴァンパイアなんて、いまやほとんど伝説上の生き物なはずなのに、どこで遭遇したんですか!?

 それに、べネセクト王国の『灰鼠』といえば、懸賞金イスナール金貨一万枚も掛けられている大盗賊団ですよ!

 それを本当に討伐したんですか!?」


 フェラリアはやや興奮気味に、俺を質問攻めする。


「え、えっと……」


 あまりの急な質問攻めに、俺がタジタジになっていると。


 急に入口の方からガンッと大きな音が聞こえた。

 俺は急な大きな音にビクッとしながらも、入口の方に目を向ける。


 入り口の扉の方を見ると、扉があった場所には扉が無くなっていた。

 

 そしてそこには、上半身裸の大男が立っているのだった。

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