第五十四話「ピグモンの本気」

 烈風刀と言っていたあの刀剣。

 おそらく、先ほどの強力な突風は、あの刀剣の能力だろう。

 能力の詳細までは分からないが、かなり危険な魔剣であることは間違いない。


 すると、前にいたジャリーが、受け止めたピグモンを地面に捨てて駆け出した。

 通路を全力疾走して、奥にいるキースを狙う。


「させるかあ!」


 それを見て、キースは即座に烈風刀を振るう。


「ぐっ……!」


 烈風刀を振るうと、刀の振るった方向に大きな突風が生まれ、ジャリーは吹き飛ばされて階段の方まで押し戻される。


「かっかっか!

 不意を突いたつもりかあ?

 お前が妙な技を使うのはもう聞いてんだよ黒妖精族ダークエルフ

 だったら、お前が近づく前に烈風刀で吹き飛ばしてやるぜ!」


 ジャリーを嘲るようにして笑うキース。

 どうやら、ジャリーが影剣流を使うことをすでに知っているらしい。

 おそらく、一階にいた男たちのうち二階に逃げた男が何人かいたから、そいつらが報告たのだろう。


 ジャリーの影剣流は不意をつけるほど効果は増す。

 警戒されているとなると厄介である。


 今いる階段の位置からだと、奥にいるキースの位置まで影法師はおそらく届かない。

 確かジャリーは、影法師を使うには相手の影を視認する必要があると言っていた。

 ここからだと、キースが遠すぎて影が見えるはずもない。


 俺が状況を分析していると、目の前でピグモンが斧を地面につきながら立ち上がった。


「くっ……!

 俺は、キースを絶対許さないぶひ……!」


 そう言って再び斧を構えるピグモンを見て、嘲け笑うキース。


「おいおいおい、豚ちゃんよお!

 お前は、その大きな斧を振る力はあるようだけどなあ!

 俺には敵わねえんだよ!

 俺には烈風刀があるからなあ!

 わはは!

 これさえあれば、俺は最強だ!

 昔、とある奴から盗んだ刀だったが、これを持ってからは負けなし!

 お前らなんかに負ける気はしねえなあ!

 弱い豚ちゃんは雌豚でも探しにどこかへ行きな!」


 そう言って笑うキースの隣で、ピグモンの元彼女、ポプラも笑っている。


 それを見て、悔しそうに睨むピグモン。

 あまりにも可哀想である。


 すると、起き上がったジャリーがこちらに振り返った。


「エレイン。

 紫闇刀でいけるか?」


 「いけるか?」というのは、「紫闇刀で、あの突風を突破できるか?」といった意味だろう。

 紫闇刀は、魔力を吸って相手の魔術を掻き消す能力があるためにでた発想だろう。

 丁度、俺も考えていたところだった。

 だが。


「おそらく無理です。

 紫闇刀は、刀身に当たったところしか魔力は掻き消しません。

 あのような範囲攻撃だと、一部の風は掻き消せても全体の風は掻き消せず、結局突風をくらうことになってしまうと思います……。

 ジャリーこそ、吸血鬼ヴァンパイアを倒したときに使っていた影剣流奥義『暗影』は使えないんですか?」

「そうか……。

 悪いが、今の状態だと『暗影』を使おうにも魔力が足りない。

 前の探索時に使った影分身で魔力を使い果たしてしまったからな。

 吸血鬼ヴァンパイアを倒したときは、影分身で魔力を消費していたが、サシャが魔力の薬をくれたから『暗影』を使えた。

 あれで、魔力を回復することができたのだが。

 サシャ。

 魔力の薬は持っているか?」

「申し訳ありません……。

 急なことだったので、馬車の方に置いてきてしまって……」

「そうか……」


 ジャリーの苦い顔を見て、サシャが申し訳なさそうな顔をする。

 だが、急なことだったので、準備不足は仕方がないだろう。

 無いものをねだっていても仕方がない。


 とはいえ、万策尽きた状態である。

 おそらく、あの突風を攻略しない限り、キースに近づく手段はない。

 だが、突風を攻略する方法がない。


 ここは一旦引くという手もありかもしれない。

 キースの烈風刀は、あの一本道の狭い通路だからこそ、力を発揮しているだけだ。

 外の広い空間に出てしまえば、ジャリーやトラであれば突風が来ない方へと瞬時に回り込んで倒すことが出来るだろう。


 だが、ここで引いても、彼らは俺達を追ってこない恐れがある。

 おそらく、この一本道で力を発揮するということは、キースも分かっているのだろう。

 だからこそ、俺達が二階に来るのを待ち、階段から距離のある場所に現れたのだ。

 それが分かっているキースは、わざわざ不利な戦場にはこないだろう。

 そして、追ってこなければ、俺達の盗られた金貨は盗られたままになってしまい、困るのは俺達なのだ。


 明らかに打つ手がない状況に、全員疲弊した様子で階段のところで固まっていると、ピグモンが一歩前に出て、こちらに振り返った。


「俺が行くぶひ。

 ジャリーさんとジュリアちゃんは、俺がこことキースの間くらいまで走ったら、俺を経由してキースの元に特攻をかけてほしいぶひ!」


 そう言って、前を向いて大斧を構えるピグモン。


 なるほど。

 今ピグモンが言ったのは、おそらく影の中継地点を作るということだろう。

 キースまでの位置が遠いため、影剣流の影法師が届かない。

 ならば、キースと俺達の中間地点に人がいれば、その人間を経由してキースの元まで影法師の連続使用で一瞬で辿りつけるという考えか。


 だが、その作戦には問題がある。

 どうやって、あの突風を切り抜けて中間地点まで行くのかということだ。

 あの突風は、相手を吹き飛ばすだけであるため、切り傷などはできないが、その代わり近づくことを許さない。

 通路全体を覆うレベルの突風なので、躱すことも不可能だ。

 その中で中間地点までではあっても、辿りつくのはかなり難しいように思える。


「行けるのか?」


 ギラリとした目でピグモンを見下ろしながら聞くジャリー。

 だが、後ろに振り返ることなく、キースを見つめながらピグモンは言った。


「任せろぶひ。

 俺は、冒険者になってから二十年間。

 パーティーではずっと盾役をやってきたぶひよ?

 これくらいの突風に負けるようじゃ、盾役は務まらないぶひ」


 そう言って、大斧の柄を力強く握ったピグモン。


「うああああああ!」


 ピグモンは一気に駆け出した。


「お前ら、矢を放て!」


 キースは烈風刀を振り上げながら、隣にいる鎧の男たちに矢を放つ準備をさせる。


 まずいな。

 ただでさえ、あの突風だけで近づけないのに、そんなときに矢まで放たれたら恰好の的である。


 だが、ピグモンは俺達に「任せろ」と言った。

 俺は、ピグモンを信じて階段から見守る。


 すると、ピグモンは矢が発射されるタイミングで、思いっきり横に転がりつつ、大斧を地面に叩きつけた。


 なぜ、叩きつけたんだ?

 と思っていると、ピグモンに突風と矢が襲い掛かる。


 しかし、矢はピグモンの足を掠める程度だった。

 咄嗟に横に転がったおかげで、矢の軌道から反れたのだろう。

 だが、まだ突風が残っている。


「吹き飛べえええ!」


 キースの叫びと同時にピグモンが吹き飛ぶと思われたそのとき。


「なっ……!」


 キースが驚きの声をあげた。


 ピグモンは、大斧を地面に突き刺し、柄を持ってなんとか踏ん張っていたのだ。

 ピグモンの身体は、大斧を持ちながら突風で宙に浮いている。

 しかし、なんとか握力だけで吹き飛ばされるのを耐えているのだ。


 そして、突風が止んだ。

 

 ピグモンは急いで大斧を地面から引き抜き、またキースに向かって駆け出す。


「早く二射目を放てえ!」


 そう言いながら、キースは烈風刀を振る。


 だが、二射目もピグモンには当たらなかった。

 今度は逆側に転がりながら低姿勢になり、また地面に刺した斧にしがみつき、なんとか突風を耐える。

 頭上を矢が掠めていたが、なんとか当たらずに済んで良かった。


 そして、そろそろ中間地点。

 距離が近くなった分、矢を避けるのはかなり厳しそうなものだ。

 だが、次を避ければいけるかもしれない。


「くそ!

 ちょろちょろ避けやがって!

 いい加減、当てろおお!」


 ピグモンが駆け寄るのを見て、急いで三射目の準備をする鎧盗賊達。

 そして、ピグモンを狙って、五本ほどある矢が一気に放たれた。


 今度もまた逆側に転ぶように避けようとするピグモン。

 

 だが、甘かった。


 鎧盗賊の中に、ピグモンの動きを読んで矢を放った者いたのだろう。

 五矢のうちの一本が、ピグモンの頭をめがけて勢いよく飛んできた。


 その瞬間のキースは勝ち誇った表情をしていた。


「死ねええええ!」


 キースの叫びとともに、矢は吸い込まれるようにピグモンの額へ一直線に進む。

 そして、あと数センチで頭に直撃するといった瞬間。


「ピグモン!」


 叫びが聞こえた方を向くと、琥珀色の細い刀剣をキラリと光っているのが見えた。


 ジュリアの不死殺しだった。


 ジュリアは、ピグモンの背後に影法師で移動し、ピグモンに当たりそうになっていた矢を思いっきり叩き斬っていた。

 そして、その後ろにはジャリーまでもが影法師で飛んでいた。


 その様子を見て、キースの顔色が濁る。


「いつの間に、そこに移動したんだ!

 お前ら全員、吹き飛べえええ!」


 そう言いながら、烈風刀を三人に向けて振るキース。

 しかし、それはもう遅かった。


 本来であれば、隣にいる鎧盗賊達が矢を放ったタイミングで突風を放つべきだった。

 そうすれば、ジャリーやジュリアは影法師で移動した先に突風がきて、吹き飛ばされていただろう。

 しかし、キースは鎧盗賊達の矢がピグモンに当たりそうと見るや、それを見ているだけで烈風刀を振らなかった。

 その油断から現れた隙だった。


 ジュリアとジャリーがその隙を見逃すはずもない。

 階段とキース達の中間地点にいるジュリアとジャリーは、キースが烈風刀を振ったのを見るや影に包まれるようにして消えた。


 ピグモンはキースが放った突風に、ついに吹き飛ばれたが、その表情は勝ち誇った顔だった。


 ピグモンからキースの方に首を向けると、その背後にはすでにジャリーとジュリアがいた。

 そして、次の瞬間。


 ジャリーとジュリアの放った一振りが、キースの両腕を切断した。

 持っていた烈風刀が、カランカランと音をたてて地面に転がる。


「きゃあああ!」


 悲鳴をあげたのは、隣にいたポプラとかいう女性だった。

 ポプラは、キースの左腕に掴まっていたため、掴まっていた腕が取れて驚いたのだろう。

 ポプラは後方へと逃げて行き、どこかの部屋へと隠れてしまった。


「ぐっ!

 お前ら……どうやって!」


 両腕を失ったキースは、膝をつきながら苦しそうな顔でジャリー達を睨んでいた。

 そして、その近くにいる鎧盗賊達は、キースが腕を切断されたことで、剣を捨てて尻込みしていたのだった。

 

 剣を捨てているか、戦意があるか、なんてジャリー達には関係ない。

 そんな戦意を失った鎧盗賊達を一掃するように、ジャリーとジュリアは首を切断して回る。


 俺は、おびただしい悲鳴を聞いて、戦いの終結を察知したのだった。



ーーー



 その後、屋敷内を隈なく捜索した。


 屋敷内にいたのは、倒したキースの部下と思われる男たちとキースとポプラで全部だった。

 キースの部下達は全員殺し、キースとポプラは縄で捕縛した。

 キースの腕は出血が酷かったので、サシャにすぐに治癒魔術で止血してもらった。

 これで死ぬことはないだろう。


 盗られた金貨に関しては、屋敷中を探し回ったところ、地下に宝物庫のようなところがあり、そこで見つかった。

 そこには、盗られた金貨以外にも、金貨や宝石、剣や書物など、様々な物が保管されていたが、回収したのは盗られた金貨だけに留めておいた。

 

 他の物もおそらく盗品だろうし、俺達がそれを盗ってしまったらやっていることは盗賊と変わらない。

 あとあと盗品を回収したことで角が立つ可能性も考えられるし、他の物は金目にはなりそうではあったが、回収はしないでおいた。


 代わりにといってはなんだが、キースが持っていた烈風刀は回収した。

 九十九魔剣の一つである烈風刀は、恐ろしく強い武器だった。

 そんな危険な代物を盗賊が持っていたら、どんな悪さに使うかわかったものではないということで、回収したのだった。


 とはいえ、俺とジュリアはすでに紫闇刀と不死殺しを持っている。

 なので、魔剣を持っていないジャリーに烈風刀を渡そうかと思ったのだが、ジャリーは、


「刀剣から相手を吹き飛ばす風が出るなんて、使いづらいことこの上ない。

 私はいらん」


 と、きっぱり断った。


 まあ確かに、刀を振った瞬間毎回突風が出ていたら街中では使えないし、相手が吹き飛ばされて斬ることすらできない。

 使い勝手はかなり悪い刀剣といえよう。

 言われて気づいたが、それを瞬時に見抜いたジャリーも流石である。


 じゃあどうしようかと考えた末、烈風刀は結局サシャに渡した。

 サシャは魔術師であるが、有効な攻撃呪文は火射矢ファイヤーアローを覚えているくらいで、あまり戦闘に向いていない。

 だから、護身用にということで渡すことにした。

 サシャは少し微妙な顔をしていたが、「ありがとうございます」とだけ言って、腰に差していた。


 さて、ここまでが物品回収の流れである。

 だが、問題はそこではない。


 今現在、縄で縛られたキースとポプラの前にはピグモンが腕を組んで立っていた。

 キースとポプラの二人は、恐怖で顔を真っ青にしてピグモンを見あげている。


 暴れられたら困るからという理由で、キースの部下の盗賊達は殺したが、この二人は殺していない。

 なぜなら、この二人をどうするかを決めるのはピグモンだと思っているからだ。


 ピグモンは、キースに散々こき使われて、最後には腹を剣で刺された。

 そして、ポプラには裏切られて振られてしまった。

 一番怒っているのはピグモンだろう。


 俺とジュリアとサシャとジャリーは、後ろでどうなるかを見ているだけ。

 この二人を生かすも殺すもピグモンの自由である。

 どうなろうとも、文句を言うつもりはない。



 そして、ピグモンは神妙な面持ちで口を開いた。

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