第五十三話「烈風刀」

 屋敷の近くに戻ると、扉は閉まっていて、近くには誰もいなかった。

 だが、屋敷の中に、ピグモンを刺した男がいることは間違いないだろう。


 ピグモンの話によると、あの屋敷は、ワイナ地区一帯を縄張りにしている盗賊団「灰鼠」の本拠地ということだ。

 そして、その盗賊団の頭領が、ピグモンを刺した男。

 名前をキース・バロリというらしい。


 あの屋敷の中には、二十名程の屈強な男がいるという。

 俺達はピグモンを入れても、五人と一匹しかいない。

 圧倒的に数的不利ではある。


 しかし、イスナール金貨を盗られてしまったのを見逃すわけにはいかない。

 あのお金がないと、ここらで宿に宿泊することも、食料を買い込むことも出来ないからだ。

 どうにかして、取り返さなければならない。


 まあ、こちらには格闘パンダのトラもいるし、ジャリーという最強の剣士がいる。

 相手方の実力にもよるが、一般的な盗賊レベルなら負けることもないだろうとたかをくくっていると、ジャリーが小さく呟いた。


「エレイン。

 私は先ほどの探索で、すでに影分身を四体作って魔力が枯渇している。

 もう影分身は作れないし、影剣流の奥義はそう何度も使えない」


 苦々しい表情で言うジャリー。


 そういえば、吸血鬼ヴァンパイアと戦った時も、影分身は四体作るのが限界だと言っていた。

 どうやらジャリーは、先ほどの探索で魔力は大分消費してしまったようだ。

 その額からは、汗が流れているのを見るに、あまり調子も良くなさそうだ。


 ジャリーは影剣流を使わなくても強いとはいえ、やはり力は落ちる。

 影剣流を使えないジャリーは、良くて上級剣士レベルではないだろうか。

 数度であれば奥義も使える、といった口ぶりではあるが、やや不安である。


 そんな俺達の空気を察したのか、先頭に立つピグモンは振り返った。


「俺は、こう見えてもA級冒険者ぶひ!

 パーティーでは、この大斧で盾の役割を担っていたぶひ!

 任せておくんだぶひ!!」


 胸を張って言うピグモン。

 

 まあ、盗賊団の元に行かねばならなくなったのは、お前のせいなんだがな。

 とは、心の中で思うも、ピグモンの言ったことに少し驚いた。


 ピグモンは、自分のことを「A級冒険者」だと言った。

 生前の世界では、A級冒険者といえば、Aランクのモンスターを単体で倒せるほどの実力を持つ者を指していた。

 この世界では、冒険者のランクがどのように分けられているのか知らないが、もし近いクラス分けをされているのであれば、ピグモンは相当な実力者である。


 それに、盾役を自ら買って出る者は、あまりいない。

 自身の力が強くないと、真っ先にやられてしまうのが盾役だからだ。

 つまり、盾役を買って出たピグモンは、相当に自信があるということだ。

 俺の中での、ピグモンに対する期待値がやや高まった。


 そして、ジャリーを見上げる。


「作戦はどうする?」

「ふむ……」


 ジャリーは俺の質問に、少し考える素振りを見せてから、顔を上げた。


「そうだな。

 正面突破で行くしかないだろう。

 サシャの火射矢ファイヤーアローで一気に屋敷を燃やす手も考えたが、それだと金貨の回収が難しくなる。

 迅速に潜入し、敵の不意をつく作戦でいくぞ。

 まず、入り口の扉の突破方法だが、トラの蹴りであの扉を破壊しよう。

 おそらく、木造のあの扉なら、トラの蹴りで破壊できるだろう。

 扉を破壊したら、陣形を作って、全員で突っ込む。

 先頭は、盾役が出来ると言っていたから、ピグモンだ。

 殺さないでやる代わりに、せいぜい死ぬ気で働くんだな。」

「ぶ……ぶひ」


 ジャリーの睨みに、怯えた様な顔をするピグモン。

 おそらく、ジャリーはピグモンを許したことに、まだ納得していないのだろう。

 まあ、一緒に戦えるのであれば、それでいい。


「それから、二列目は、私とジュリアだ。

 おそらく、あの屋敷の中は広い。

 右方と左方で、戦う陣地を分けた方が効率的に敵の不意をつけるだろう。

 とはいえ、私は一人で十分だが、ジュリアは心配だ。

 ジュリアは、トラに戦闘を補助してもらうようにしろ」

「わ、わかったわ、ママ!」


 ジュリアは緊張した面持ちで頷く。

 ジュリアは、ジャリーの話を聞くときだけは真剣なのだ。

 俺の話を聞くときも、こうあってほしいものだ。


「エレインは、その後ろだ。

 紫闇刀を持っているエレインは、敵が魔術を使いそうになったら適宜対応するようにしろ。

 だが、基本的にはお前は護衛対象だ。

 攻撃に参加しなくていい。

 いつものように無茶をするのは止めろ」

「わ、分かりました……」


 あまり、無茶をした覚えはないだがな……。

 と思って、思い返してみると、吸血鬼ヴァンパイアフレディと一対一で戦ったり、ディーンの大剣を思いっきり受けにいったり。

 よく考えてみれば、無茶だらけだった。

 ジャリーに予め言われるのも、無理はない。


 俺は、主人として反省した。


「あと、サシャはいつも通り、後方だ。

 屋敷を燃やす可能性があるから、火射矢ファイヤーアローは使うな。

 治癒魔術でのヒールに徹しろ」

「はい!」


 サシャは自信を持ったいい返事をする。

 サシャはこの旅中で、なんだかんだ戦いに慣れてきているような気がする。

 思えば修羅場の多い旅だった。

 メイドなのに、サシャにまで戦わせてしまって申し訳ない。

 今回は、後方で待機していてもらおう。


 そして、全員がジャリーの指示を受け、準備は万全。


 皆、緊張感を交えた真剣な表情で、屋敷の前へと歩くのだった。



ーーー



 屋敷の扉の前。


 扉の前には、パンダのトラ。

 その後ろに大斧を構えたピグモン。

 右にジャリー。

 左にジュリア。

 そして、その後ろに俺とサシャが構えている。


 突入の体制は、完璧である。


 すると、ジャリーから合図があった。

 ジャリーはジュリアに向けて、指でカウントしている。


「三……二……一……」


 と、口では言わないが、指の本数が段々減っていく。

 そして、指の本数が0になったとき。


「トラ!

 扉を壊しなさい!」


 ジュリアが叫んだ瞬間。

 トラは、思いっきり扉に向かってハイキックを放った。


「メェェェ!」


 トラの咆哮と同時に、木造の扉は吹っ飛ばされる。


「うおお!」

「なんだ、お前ら!」

「パンダ!?」


 扉の破壊と同時に、流れるように全員で突入すると、中からそのような声が聞こえてきた。

 中を見ると、部屋はなく、一階全てが吹き抜けの、かなり広いロビーだった。

 そこには、驚いた顔をしている屈強そうな男たちが十人弱くらいいた。


 その驚いている隙に、ピグモンは中央、ジャリーとトラは右方、ジュリアは左方に斬りこんだ。


「てめえ!

 あの豚じゃねえか!

 ……ぐはあ!」

「なんだ、このパンダ!

 ぎゃああ!」

「豚の連れが攻めてきたぞおお!

 ぐあああ!」


 ジャリーとトラが凄まじい勢いで、敵を殲滅していく。

 やはり、ジャリーは影剣流なしでも強いし、トラの動きの速さは化け物じみている。

 動きの速いジュリアは、トラとの相性がいいようで、お互いに連携しあって敵を斬り殺している。

 

 それから、ピグモンはA級冒険者というだけあって、かなり強い。

 持っている大斧を大振りに振って、敵の盗賊の身体を真っ二つにしている。

 デリバの上位互換といったところだろうか。

 その怪力ぶりに、後ろにいる盗賊達が引いている。


 これは勝てそうだ。


 周りを見渡すと、ピグモンを刺したキースとかいう男がいない。

 あいつが頭領だから、金貨もあいつが持っているはずなんだが。

 と思っていると。


「お頭!

 大変です!!」


 そう叫びながら、逃げるように奥にある階段を上る男がいた。


 なるほど。

 頭領のキースは上に階にいるのか。

 それならば、盗られたイスナール金貨も上の階にあるかもしれんな。


 俺は、サシャと一緒に扉の前に立ちながら、戦いの様子を観察していると、いつの間にか一階にいた屈強な男たちは殲滅されていた。

 床には肉片と血で一杯になっている。


「隊列を組みなおせ」


 ジャリーは、冷静な声で階段の方へと目を向けながら、言った。

 その表情は、何やら警戒をしているようにも見える。

 圧勝を飾ったにもかかわらず、まだ敵がいることを想定して警戒しているジャリーは流石である。

 ジュリアなんて、圧勝していることに思いっきり喜んでいたが、ジャリーの様子を見て身を引き締めている様子だ。


 そして、隊列を組みなおすとジャリーが言った。


「ピグモン。

 二階に罠がある可能性がある。

 先頭のお前が一番危険だ。

 気を付けろ」


 一理ある。

 一階の男たちを殲滅したというのに、誰も二階から降りてこない。

 それに、やけに静かである。

 罠が仕掛けられている可能性が高いな。

 あるとしたら、階段を上ったところで待ち伏せ、とかだろうか。


 などと考えていると、サシャに通訳してもらったピグモンは二ヤリと笑った。


「伊達に長年冒険者やっていないぶひ!

 罠なら、任せておけ!

 先頭は俺ぶひ!」


 胸を張って、言うピグモン。

 先ほどの戦闘ぶりから見ても、ピグモンは中々強い。

 頼もしい限りである。


 その言葉を信じて、隊列は先ほどと同じで、ピグモンに先頭を任せることにしたのだった。

 そして、俺達は二階へ上る階段へと進んだ。



ーーー



 階段に辿りつくと、ピグモンはこちらに振り返って、「止まれ」という指示を手のひらを前に持ってきてした。


 なんだ?

 怖気づいたか?

 などと思っていたら、ピグモンは着ていた冒険者風のマントと上着を脱ぎだした。

 それを見て、全員ポカンとしていると。


 ピグモンは大斧を構えながら、片手でその服を二階に続く階段の頂上へと投げた。

 その瞬間。


 頭上で、カランカランと音が鳴った。

 それは、物凄い速さで放たれた五本ばかりの矢だった。

 それらの矢は、ピグモンが投げた服を狙って放たれたようだ。

 中身のない服に貫通するだけで、空を切る矢。


 なるほど。

 ピグモンは、待ち伏せ対策として、自分の服を放り投げて相手の攻撃を誘発させたのか。

 やるじゃないか。

 流石、冒険者だ。


 などと、思っている間に。

 ピグモンはすでに大斧を振り上げて、駆け出していた。


 俺達も、ピグモンを追うようにして、階段を駆けのぼる。

 すると、広め通路のようなところに出た。

 一階と違い、二階にはいくつか部屋があるようだ。

 そして、その通路には、五人くらいの鎧と弓矢を装備した屈強な男たちがいた。

 

 どうやら、先ほどの矢を放ったのは、あいつららしい。

 一階にいた男たちよりかは、強そうだ。

 ピグモンが突撃しているのを見て、慌てて腰の剣を抜刀している。

 だが、剣を抜くのが遅い。

 おそらく、何人かはピグモンの斧に真っ二つにされるだろう。


 と思ったその時。

 突然、強力な突風が廊下に発生した。


「ぶひいいいいいいい!」


 大斧を振り上げて、男たちに突撃しようとしていたピグモンは、階段の方まで吹き飛ばされて戻ってきた。

 それを、なんとかジャリーがキャッチする。

 

 なんだ、この突風は!


 と、驚いていると、通路の奥から声が聞こえた。 


「くっくっく。

 豚さんよお。

 今度は、お仲間連れて攻めてきたってか?」



 通路の方に目を向けると、キースと、キースの左腕に手を回した茶髪の女性が、こちらをニヤニヤとした表情で見ながら立っていた。

 それを見て、ピグモンは苦い表情をする。


「ぽ、ポプラ!

 なんで、そんな男の隣に……!」


 と、ピグモンが問いかけるも、ポプラは聞こえないという顔で無視をする。

 そして、代わりにキースが口を開いた。


「豚のくせに未練深いねえ、お前は。

 素直に諦めればよかったものを、お仲間をつれて復讐に来るとはねえ。

 お前。

 俺の『烈風刀』にくわれたいのか?」


 そう言って、ギロッとピグモンを睨む。


 烈風刀?

 聞いたことのない名前だな、と思いながらキースが右手に持つ刀剣を見て、俺は思わず声が出た。


「きゅ、九十九魔剣……」


 そう。

 キースが右手に持っているその刀は、俺の紫闇刀やジュリアの不死殺しに似て、見覚えがある形だった。

 その緑色に光る細長い刀剣は、まさしく、マサムネ・キイが打った名刀、九十九魔剣のいうちの一刀だろう。


「ほう。

 ガキでも知っているか。

 そうだ、この魔剣こそ、かの有名な九十九魔剣だ!

 名を『烈風刀』という!

 こいつで、お前らを粉々に殺してやるぜ!」


 キースの意気揚々とした声が、通路に響き渡ったのだった。

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