第二十一話「護衛」

 首都のタタンを出てから、しばらくたった。

 風景は一変し、建物が減り、あたり一帯が草原となっていた。

 首都のタタンとその周辺は栄えているようだが、そこを出るとそうでもないらしい。

 一応、道は整備されているものの、人通りは少ない。


 さて、俺たちの雰囲気はというと、はっきり言って最悪だった。


 サシャは泣きやんでからは、ずっと無言で馬を操縦している。

 その間、俺とジャリーとジュリアの間でも会話はない。

 荷台の中は静かで、カタカタと積み荷が揺れる音が聞こえるだけだった。


 気まずい沈黙の中、突然ジャリーが口を開く。


「止まれ」


 その言葉に反応したサシャは、直ちに手綱を引いて馬を止める。

 サシャが振り返ってジャリーを見る。

 振り返ったサシャの目は、赤く腫れている。


「ジャリーさん。

 どうしたんですか?」

「どうやらエレインが用を足したいらしい。

 あっちの茂みの中でさせてくるから、サシャとジュリアはここで待っていろ」

「そうですか。

 わかりました」


 サシャは事務的な返事で、ジャリーの提案を受け入れた。

 しかし、俺は首をかしげた。


 へ?

 別に俺は便意を催してなどいないが。


「いや、俺は……」


 と、言いかけたところでジャリーに捕まえられる。

 ジャリーは俺の腹に手を回して、片手で俺を抱える。


「いいからいくぞ」


 ジャリーはそれだけ言うと、有無を言わさずに俺を茂みの方へとと抱えて歩き出した。


 ジャリーの抱える力は強く、抜け出せる気がしない。

 俺はジャリーに抱えられたまま、なされるがままに茂みに連れて行かれるのだった。


 ジャリーは荷台を降りるときに、ジュリアに何やら目で合図をしていた。

 ジュリアは不安げな表情でジャリーを見る。


 俺はサシャとジュリアを二人きりにして大丈夫なのだろうか、と心配になった。

 まあ、すぐに戻ってくれば大丈夫か。



ーーー



「ここでしばらく待つぞ」


 俺を茂みに放り投げたジャリーは、茂みの中にあった切り株に座りながら言った。


「え?

 待つって、どういうことですか?」


 俺が用を足すためにつれてきたんじゃなかったのか?

 別に俺は便意を催してはいないのだが。


「さっきサシャが泣いていたのは見ただろう?」

「はい」

「あれは完全にジュリアが悪い。

 ならば、ジュリアが謝るのが筋だろう」


 それを聞いて、ジャリーの思惑を理解した。


 なるほど。

 ジャリーは無表情のため、何を考えているか分からないところがあるが、状況はしっかりと飲み込めていたらしい。


 つまり、ジュリアがサシャに謝る場を作るために、わざわざ嘘をついて俺を茂みに連れてきて、ジュリアとサシャを二人きりにしたというわけか。

 荷台を降りるときに、ジュリアに目で合図をしていたのはそういうことか。


 しかし、それには問題がある。


「ジュリアはサシャに謝るのでしょうか?」


 当然の疑問だった。

 

 俺は、サシャとジュリアを二人きりにしたところで、ジュリアがサシャに謝ることはないと思っている。

 なぜなら、ジュリアがサシャに対して罪悪感を持っているとは思えないからだ。


 ジュリアはサシャに剣を振ったときも、サシャの髪色を馬鹿にしたときも、サシャに謝ることはなかった。

 謝るときは、いつもジャリーに対してだけだった。

 そこから察するに、ジュリアはサシャに対して罪悪感を微塵も感じていない。


 むしろ、サシャとジュリアを二人きりにして喧嘩にならないかが心配だ。

 今は俺もジャリーもいないため、サシャを守れる者がいない。

 サシャは治癒魔術は使えるが、決して戦えるタイプではない。

 大丈夫だろうか。

 

 不安な感情が俺の顔にでていたのだろう。

 ジャリーは俺の顔を見て、やれやれといったようなポーズで手をあげる。


「お前は勘違いしているかもしれないが、ジュリアは素直な子だ。

 サシャが泣いているのを見て、何も思わない子ではない。

 あとは場を作ってやれば、自ずと解決するだろう」

「そうでしょうか……」


 ジャリーはジュリアに対してかなり厳しいように見えたが、心ではジュリアを信頼しているらしい。

 やはり母親なのだなと、思った。


 しかし、俺は不安だった。

 ジャリーはこう言うが、あのジュリアが素直にサシャに謝るだろうか。

 戻ったらジュリアがサシャに怪我を負わせていたらどうしよう。


 俺がソワソワしているのを見て、ジャリーはフッと笑った。


「まあ、子供の喧嘩だ。

 見守ってやろうじゃないか」


 そう言うと、ジャリーは刀を切り株に立てかける。


 やや不安ではあったが、俺はジャリーを信じて待つことにした。



ーーージュリア視点ーーー


 

 まったく。

 ママとエレインはいつになったら帰ってくるのだ。

 気まずいったらない。


 前を見ると、サシャが手綱を持ちながら無言で御者台に座って馬の方を見ている。

 こちらに振り返ることは一切ない。

 幌馬車の中に流れる静けさが気まずい。


 サシャが私のことを嫌っているのは分かっている。

 そして、私が悪いことも理解している。


 まず、サシャに切りかかったのがよくなかっただろう。

 もちろん、当てるつもりはなかった。

 ギリギリで剣を止めようと思っていたのだ。


 でも、よく考えてみれば剣を人に対して振りかざした時点で、私が悪い。

 ママに詰め寄るサシャを見て、ついカッとなってしまった。

 反省はしている。


 それに、サシャの髪色を「気持ち悪っ」と言ってしまったのもよくなかった。

 あのときは、サシャにガミガミ怒られてこちらもムカついて、思わず悪口を言ってしまったのだ。

 本当に気持ち悪いなどとは思っていない。

 

 でも、ママに殴られて頭が冷えた。

 もし他の種族の者に自分の髪色を馬鹿にされたら、私だって嫌な気持ちになるはずだ。

 それは他種族を差別するということでもあり、ママが最も嫌っていた行為である。

 そんな大変なことを私はやってしまったのだ。

 サシャには申し訳ないことをしたな、と思った。


 本当はサシャに謝りたい。

 でも、つい意地を張って、すぐに謝ることが出来なかった。

 それに、あんなサシャの泣き顔を見てしまった後だと謝りづらい。

 時間がたてばたつほど、謝りづらくなってくる。

 私は、どうすればいいのか分からなかった。


 そこで、ふとあることを思い出した。

 そういえば、ママはここを出るときに目で私に何かを訴えていた。


 よく考えてみたらママの行動はおかしい。

 ママはいきなり、エレインが用を足すから茂みに連れて行くと言っていたが、エレインの様子に変化はなかったし、便意を催している様子でもなかった。

 それに、ママは無理やりエレインを抱えて行ったようにも見えた。

 やはり、不自然だ。


 と考えたところで、私は気づいた。


 もしかしたら、ママは私をサシャと二人きりにするためにエレインを連れて行ったのではないだろうか。

 それに、あの目は私に「しっかりやりな」と言うときの目だったように見えた。

 つまり、二人きりの間にサシャに謝れということだろうか。


 ありえる話だ。

 ママは不愛想だし暴力的だけど、ああ見えて根はやさしい。

 私はそんなママが大好きなのだ。


 それならば、私はママの期待に答えなければならない。

 私は御者台で馬を見つめているサシャの方を見た。


「あ、あのさ……」


 やや緊張しながらサシャに向かって話しかけた、そのとき。


「よう、お嬢ちゃん!

 こんなところで馬車に乗って何してんの?

 髪色は珍しいけど、可愛いねぇ!

 ちょっと俺らと話さないかい?」


 サシャのいる方から下卑た男の声が聞こえた。


 覗き込むと、馬車の脇に二人組の男がいた。

 片方は、金髪の小汚い感じの男。

 もう一人は背の高いスキンヘッドの男。

 二人とも剣を帯剣していて、傭兵のような恰好。

 

 どうやら、話しかけているのは金髪の男の方みたいだ。

 スキンヘッドの男の方は、金髪の男の隣で佇んでいるだけ。

 

 金髪の男は荷台の中にいた私にも気づいたようで、前から覗き込んでくる。


「うひょ~!

 黒妖精族ダークエルフのガキまでいますぜ兄貴!

 黒妖精族ダークエルフなんて久しぶりに見ましたけど、この子は上物ですぜ!」

「おいおい、お前は子供もイケるのか?

 趣味が悪いな」

「冗談よしてください、兄貴!

 他種族のガキは、結構高い金で売れるって話ですぜ!

 馬車にはこの二人しかいないようですし、攫っちまいましょうよ!」

「ほう……金か。

 それはいい話だ」


 二人は、気持ちの悪い目つきで私とサシャを舐めまわすかのように見てくる。


 サシャはというと、二人を蔑む目でチラッと見たが何も言わない。

 そして、また視線を前方の馬に戻して黙っているのだった。


 男たちは、そんなサシャの態度が気に食わない様子。

 金髪の男の方がサシャを睨んだ。


「おい、姉ちゃん!

 こっちが話しかけてんのに、無視するのはないだろ!」


 そう言って、金髪の男はガシッと手綱を持ったサシャの手を掴んで引っ張ろうとする。

 サシャを引っ張る男の顔は、鼻の下が伸びていて気持ちが悪かった。


「なにするんですか!

 やめてください!」


 サシャは引きずり落とされそうになるのを、必死な表情で抵抗する。

 しかし、男は手を離さない。

 それどころか、肩にまで掴みかかろうとしている。


 これはまずい。

 今はママがいない。

 私がサシャを守らなければならない。


 私は自分が護衛であることを思い出した。

 

 急いで席を立ち、腰の剣に手をそえる。

 狙いは、サシャに掴みかかる金髪の男の腕。

 私は勢いよく荷台から踏み込んだ。

 

 踏み込みと同時に抜刀する。

 そして、抜刀と同時に剣を振る。

 左方下段からの斜めの剣筋で剣が走る。

 サシャの体を避けるようにして、私の剣が金髪の男の腕を捉える。


 金髪の男は、私の剣に反応できていない。

 あと三十センチで金髪の男の腕を斬るといったそのとき。

 何もなかったその空間にいきなり剣が現れた。


 ギンッと鉄のぶつかる音が鳴った。


 私は驚いた。

 私の剣を、スキンヘッドの男の剣が止めていたのだ。


 男の位置からは、幌で私を目視することはできなかったはずだ。

 私が馬車から身を乗り出して抜刀した瞬間に、視認して止めたということだろうか。

 

 ありえない。


 私が抜刀して金髪の男の腕まで剣が到達するまで、一秒とかかっていない。

 その間に、私の剣を視認して、抜刀して、防ぐ、という一連の動作をやってのけたというならそれはもう常人ではない。


「ひい!」


 金髪の男は、剣の音に驚いてサシャの手を離して後ずさる。

 サシャは解放されるとすぐに振り返る。

 私とスキンヘッドの男の剣がぶつかり合っているのを見て目を丸くしていた。


「ほう。

 黒妖精ダークエルフのお嬢ちゃん。

 君、中々やるね」

「あ、あんたこそ、やるじゃない」


 スキンヘッドの男は二ヤリと不敵に笑う。

 余裕がありそうな顔だ。

 私は負けじと返事をするが、余裕はない。


 すると、後ろに下がった金髪男が声をあげる。


「あ、兄貴!

 助かりやした!」

「おう。

 お前はさがって見てな。

 この黒妖精族ダークエルフのお嬢ちゃんの方は、まあまあ強いみたいだ」


 まあまあだって?

 私はカチンときた。

 人に見下されるのが一番嫌いなのだ。


 しかし、ここでママによく言われていた言葉を思い出す。


「剣士はいつでも冷静でいろ」


 修練中に口をすっぱくして言われた言葉だ。

 私は一旦息を吐き、状況を整理する。


 敵は一人、目の前のハゲの男のみだ。

 後ろの金髪の男は、臆病風に吹かれて後ずさりしている。

 あちらが攻撃することは、ほぼないだろう。


 そして、守るべき対象はサシャだ。

 サシャは御者台の端で硬直している。

 どうすればいいか分からない、といった表情だ。

 

 最悪の場合、どうにかしてサシャだけでも逃がそう。

 そう思った。


 最悪の場合を想定したのは、このハゲの男の実力が未知数だからだ。

 私が十四年修行して体得した抜刀術を防げる人なんて、ママくらいしか見たことがない。

 ママに言われてメリカ王国の兵士と模擬戦を何度もしたことがあるが、私の抜刀術を完全に防げた兵士はいなかった。


 それなのに、こいつは防いだのだ。

 少なくとも、メリカ王国の兵士達よりは強いということになる。


 私は全身の毛が逆立つ。


 ここで負けたら殺される。

 そう感じた。

 負けるわけにはいかない。


 スキンヘッドの男との鍔ぜりあい。

 当然、筋肉のない私では勝てる気がしない。

 しかし、男は様子を見ているのか、侮っているのか、力で押し込んでこない。


 チャンスだと思った。


 私は、男に隙ができた瞬間に奥義を叩きこもうと考えた。

 使うのは得意技の『影法師』だ。


 影法師は名前の通り、相手の影の上に瞬間的に移動する技。

 幸い、男の影は背後側にできている。

 背後に飛んでからの私の剣を防げる者など、ママくらいしかいない。

 

 男が私に剣を振った瞬間に飛べば勝てる。

 そう思った私は、男をよく観察する。


「なんだい、お嬢ちゃん。

 攻めてこないのかい?

 じゃあ、俺の方からいかせてもらおうか!」


 男は、剣に力が入りだした。

 そして、力任せに私の剣を押した。

 

「うっ!」


 私は荷台の後ろにやや押されて、よろめく。

 そして、男は私がよろめいた隙を見て、剣で私を突こうとする体勢に入った。


 これは、今日のエレインとの戦いとまったく同じ状況だ。

 ここで突かれる瞬間に影法師を使えば勝てると確信した。


 男は予想通り、私に向かって突きを放つ。

 その瞬間。


 私は影剣流奥義『影法師』を発動した。

 私は瞬間的に男の背後に飛ぶ。

 そして、飛んだ瞬間に剣を振る。


「うあああああ!」


 私は咆哮しながら、剣を全力で振る。

 

 私の最速の一撃。

 これで殺せなかったら、私の負けだ。

 と、思った瞬間。



 ギンッッッ!!



 本来鳴るべきではない音が鳴った。

 絶望の音。

 瞬間的に理解するも、嘘だと信じたい。

 しかし、嘘ではなかった。



 私の剣は、男の剣に防がれていた。

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